【弐】バケモノの供物

よんど

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三ノ巻

頁22

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【レオside】


「今日もまた行くの?」


チャイムが鳴ったと同時に席を離れたタイミングで、隣で宙を仰ぐ様に椅子に座っているクラスメートの一人に声を掛けられる。人間に紛れて生活する様になってからだいぶ周りの環境に慣れてきた。スッと視線を合わせ「そうだな」と頷いてみせる。途端にその青年の前に座っていた女が「また?」と悲しそうに眉を下げ、此方を見た。


「立花君、今日こそ一緒にご飯食べよーよ。あの子って確か無口で一匹狼のエリート君でしょ。一緒に居てもつまんなさそうじゃん」
「無口でエリート君って、もしかして天城千紗か。そういえば彼、入学試験も満点だったって聞いた事あるな」


目の前で勝手に千紗の話を繰り広げる事に内心不快感を抱きながら思う。
一匹狼の無口エリート君。あまり本人のオドオドした所から想像出来なかったし聞いてもなかったが、千紗は他学年の人も知る程成績がとても良いらしい。しかし彼の性格上、周りと接する事が滅多になく、ツンとした感じが生意気だと言われているのを耳にした。


(一匹狼…狼というよりは小さな兎にしか見えないが)


うるうるの目をして恥じらっていた彼の姿を思い出して小さく笑う。それを見た女はムッと顔を顰めた後、席を立ち上がり「立花君」と腕を組んできた。ピクッと反応し彼女の方を向くと、明らかに胸を押し付けてアピールしているのが分かった。女は私の事が好きらしく、千紗の所を毎度訪れる自分を嫌に思っているのが嫌な程伝わってくる。


「千紗と居る時は安らぐから一緒に居て落ち着くんだ。後、彼はそんなに強くないからあまり悪く言わないでくれ」


にこやかに告げ、そのまま女の方に冷たい視線を送る。
ゆらりと揺らいだ人間離れした真っ赤な宝石眼を見て、ビクッと怯えた彼女は一気に青褪めていく。私の僅かな殺意が伝わってきたのだろう。笑みを繕ったままスッと彼女の腕を外し、立ち尽くしたままの女の横を通り過ぎながら小さく耳の側でボヤく。


「千紗の事を悪く言う人間は嫌いだ。次は許さない」
「……!」


私にしては珍しく冷静さを失ってしまっていた。
カケラも優しくない自分は冷たいナイフの様な言葉を女に告げると、そのまま教室を後にする。血の気が一気に引き、へたりと座り込んだ彼女が震え出すのを見て、一部始終を見ていた男が「お前、嫌われる様な事言うなよ」と呆れた様に近付く。しゃがみ込み、「大丈夫か?」と手を差し伸ばす男に「…じゃない」と小さな声で呟く。


「立花君…人間じゃないみたいに怖かった」


人間では無いし、殺意を向けたから怖いに決まっている。しかし、女の些細な一言に、男は「ほら、立てよ」と結局聞く耳を持たなかった。




……千紗以外はどうでもいいのだが、この見た目だと如何してもあんな風に絡まられる事が尽きない。これでも元の姿より地味にしたつもりだったが今更変更なんて出来ないのだから仕方ない。溜息を小さく零しながらいつもの様に千紗の居る教室に向かう。廊下から教室を覗き込み、名前を呼ぼうとした矢先、ピクッと口角が痙攣する。
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