【弐】バケモノの供物

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六ノ巻

頁52

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俺は如何しても彼女を諦められなかった。部屋中に貼られた写真を一枚も捨てずに残したままにしてしまう程。だから怪しまれない様に計画を立てた。この頃の自分は精神がすり減って残虐的な事しか考えられない様になっていた。






『久し振り、香織』


…計画実行の日、自分は彼等の愛の巣に行く前に香織と意図的に会った。

彼女が毎週土曜日はヨガに通いに行っている事は既に網羅していた。そんな事を知りもしない彼女は子供用のオモチャの入った袋と食材の入った買い物袋を手に『実君?何年振り?』とビックリした様に目を見開いた。久々に間近で見たが、いつ見ても本当に変わらない。綺麗だ。再会に喜んでくれている彼女を見ていると、これから起こる悲劇を伝える事に罪悪感が湧くが構わないとかぶりを振る。俺と香織が幸せになる為の計画なんだから。


『香織。ずっと言いたかった事がーー…』
『待って』


遮る様に発言を制する彼女。
そろそろ火が上がっている頃だろう。チラリと彼女の家の方を一瞥してから直ぐに視線を戻し『香織』と両肩を掴む。しかし彼女の視線は揺らがない。『何か臭わない?』と震える声で続ける。


『確かに臭いな。それより俺、香織に…』
『ごめん、実君、私もう帰らないと』


最後迄聞くどころか火の匂いに察して、荷物をその場に捨てて走り去って行く彼女。
まぁこれは計画内の彼女の反応だと仕方なく後を追う。現場は思った以上に多くの人で賑わっていた。彼女は呆然とソレを眺める。清々しい青の下で真っ赤に燃え盛っていく一軒の家。彼女、陵和、そして二人の子供の住んでいる場所だ。


『う、嘘…中には二人がまだ…』


それも承知の上で自分は火を放った。
彼女の一番大切なモノが放置されているタイミングを狙って行ったのだから。陵和とその子供がリビングで遊んでいる姿を直前で見た。扉が開け放たれていたから余裕で中に入れた。


(しかし…ここ迄酷いと焼け死んでいるだろうな)


陵和と俺には関係ないその子供には悪いが、香織の事は俺が幸せにするから安心して死んでくれよ。内心そうほくそ笑み、隣の香織の肩に手を伸ばそうとした次の瞬間…彼女は迷わず家に向かって走って行った。


『はっ…?!ちょっ…香織!』
『貴方!千紗!』


もう死んでいるかもしれないのに如何して。

先程迄隣に居た彼女は止めようと近付く消防隊の腕を振り払い、そのまま火の中に飛び込む様に入った。そんな勇気も無い俺は、口をパクパクと金魚の様に震わせ、呆然とその光景を見る。何故行ったんだ。もう死んでいるのかもしれないのに。自分も死にに行った様なものだ。


(香織を手に入れる為に手段を選ばなかったのに、君に死なれたら俺は何を得るというんだ)


そして…計画は予想外の展開を招いたと同時に失敗した。
案の定、助けようと火の海に飛び込んでいった香織、そして陵和は焼かれた状態で遺体として出てきた。予想外の展開というのは、二人の間に出来た子供である「千紗」が生き残ったという事。そして、その子供が香織に瓜二つだったという事だった。

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