【弐】バケモノの供物

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六ノ巻

頁53

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【千紗side】

「俺が引き取った理由は、お前が香織に似ていたからだ。お前を見ていると香織が側に居るみたいで落ち着く。ガキの頃は幼いせいで言う事を滅多に聞かなかったから躾けるのが大変だったよ」


ケラケラ空笑いをしながら言う叔父の言葉に、自分は青褪めた表情で後退る。

今の話は…全て本当なのだろうか。信じたくないが、彼の話が本当なら、この殺人鬼の起こした事が全て実話なら辻褄が合ってしまう。自分は、勝手な恋愛感情で両親を殺した相手と何年も一緒に住んでいたというのか…?躾ける…あんな風に殴るのが躾だったというのか…?


「ーー…!」


今迄の舐める様な気持ち悪い視線の意味を思い知った瞬間。
この空間、この家に留まる事に恐怖を覚え、直後振り切る様に走った。チッと舌打ちをした彼は狂った様に「逃げるな!」と叫びながら追ってくる。この男は僕と母さんを重ねて見ていたんだ。僕と母さんの顔が似ているから。彼の掌の上で転がされていたんだ。過去も。今もずっと…!


「…っ、逃げんなって言ってるだろうが!」


荒く息を吐いた彼はダイニングに置いたままにしてあった食器を勢いよく腕で落とした。ガシャン、パリンッとガラスの破片が飛び散るのを横目で見た自分は思わず怯み、転けてしまう。勢いよく四つん這いの状態で乗っかってきた叔父は僕の首に両手を掛けると圧を掛けながら叫ぶ。


「お前も逃げるのか。折角ここ迄育ててやったのに…くそっ…香織…」
「…っ!離せ、人殺し!」


自分でも使った事のない強い口調で必死に彼のみぞおち辺りを蹴るが、効果は無い。それどころか益々彼は歪んだ表情をつくり、狂った様に「そんな目で見るな!」と殴ってくる。頬がじんわり熱くなるのを覚え、殴られたのだと瞬時に察した。力が抜けた僕の首に回す手に力を込めた彼は「くそっ」と毒を吐きながらブツブツと呟く。


「昔みたいに笑えよ…何で笑わない。如何してそんな目で俺を見るんだ…俺はただお前が好きなのに。アイツを殺してしまうくらいに…」
「……っ」


僕を通して「母さん」を見ている彼の耳に僕の声は届かない。グッと爪がめり込み、痛みで顔を顰める。「何だよ、その目は…」と半泣きで僕を見下ろす彼に、自分は次の瞬間、スッと彼の腕をグッと掴み、されるがままの状態で自嘲気味に告げた。


「可哀想な人」


頭上で彼が目を見開くのが確認出来た。
この言葉が彼を煽ると分かっていながら言わずにはいられなかった。

何て哀れで無様なんだろう。
好きになったのなら余計な事を考えず、伝えれば良かったものを。母さんは優しかった。人の気持ちを蔑ろにする様な人間じゃなかった。相手がこんな奴でも、きちんと素直に伝えていれば話を聞いてくれた筈だ。それなのに周りを巻き込んで、自分勝手に行動して傷つけて…


「あんたの身勝手さに振り回された両親は二度と帰って来ないんだ。好きだから何をしても良い訳じゃない!僕は絶対にあんたを許さない!」
「…っ」


「母さん」に怒られた様に感じているのか、彼の視点は定まらず、先程より更に手に力が込められた。ググッ…と首が段々締まっていき、意識もぼんやり薄れ始める。僕はもしかして、このまま殺されるのだろうか。
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