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命に替えて

63.第三外国語はシュベルト文字

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 ハイデルはそのあとすぐにレオンに呼ばれ、部屋にはマリ1人になった。部屋を見て回りたい気持ちもあったけれど、貰った本への好奇心の方が強く、そのままソファで青い背表紙の本を開く。どうやら表紙は動物の皮を厚紙に貼って作られているようで、こんな触り心地の表紙の本には出会ったことがなく、とても驚いた。

 内側のページも薄い紙ではなく、一枚一枚がとにかく厚い。捲る指先でページを擦り、写真用紙…いや、安い名刺くらいかな?と勝手に厚さを想像した。

 [シュベルト帝国史]と書かれたその本には、初代皇帝とニンフが出会ったとされるヴェルヌの泉の絵や、国旗の話、巫女の話しが事細かに記されていた。

「………第一章 一節
…シュベルトはすなわち剣であり、国土を守る英雄であり皇帝の在り方を表すものである。」

 内容は大切だし、書いてあることもわかるのだけど、ただそれがなぜか理解ができることの方が不思議すぎて、なかなか頭に入ってこない。

「……あ、えっ、コレ読めるんだ?私」

 自分の体が、自分自身の知らない文字を、言葉として認識しているのが不思議すぎる。英語の文を英語で書いてあると理解し、単語を読み上げ、その意味を組み立てて、文章を理解するときとは、訳が違う。

 この能力は……同時翻訳能力とでも呼べばいいのかな?日本語を話していた時と同じレベルで、単語がチラッと見えただけでもなんとなくの意味がわかるし、しっかり読めばそれと同時に言葉の意味が入ってくる。

 これって書くことも出来たらめちゃめちゃ重宝するかも!とは思った、けれどメモできるものはすぐには見当たらなかった。

 でも今私が文字を読めることがわかったということは、やれることがとても増える。この国の勉強もできるし、魔術だってもっと使えるかもしれない。いま暇を持て余している私のお昼時間の、最高の暇つぶしになりそうで、心が躍った。



──ヴェルヌ城 皇帝公室にて

「ハイデル、まずい事になりそうだ。」

 中央の座に腰掛け、通達書をもった兄上は内容を見て頭を抱えている。どうしたのかと問うと、どうやら昨日火を消したのが、良くなかったという。

「炎を消したにもかかわらず、エカード領だけが燃え続け、大部分が焼失したらしい。

 それぞれエカード側はうちの衛兵が、うちの衛兵達はエカードの兵士が、この火災を仕掛けたという報告をあげていて、このままでは大きな衝突も免れない事態だ。」

 マリの昨日の魔力酔いを見ていれば、エカード側を顧みる余裕がなかったことなどはすぐにわかることだが、取り乱してそこまで意識を回せなかった自らを悔いた。

「兄上、それは……私の確認不足が全てです。
目の前で炎の消えた有様を目撃し、炎の全てが消えたと目測を誤りました…。」
「しかし、どちらの兵士も、火をつけた兵士を見たと言っているという報告だ。
何者かが争いを生むために、あえて仕組んだこととは考えられんか?」
「犯人探しをして互いに憎み合うのは、今は得策とは思えません。
エカード側は何か要求していているのですか?」
「いや、まだ今は何も。」

 …ただ近いうちに何かしらの知らせがあるだろうから、心しておけよ。と兄はつぶやいて、様々な書類に判を押し、指示を出していった。

 静かに部屋を出て廊下を歩きながら、この騒ぎから得をする者の可能性をあげる。武器商人、戦い好きの兵士、宿屋、巫女を求めている国やこの土地をすぐに侵略しそうな国…どれもすぐに浮かぶような心当たりは出てこない。

 単純な隣国との細かい摩擦で済めばいいが、ここ数日のヴェルヌの曇り空のせいもあってか、なんともすっきりしない気持ちだ。この国に大変な禍が起きるのではないかという不安は、ハイデルだけでなく皇帝や国民にも広がっている。ブツブツと考え事をしていると自室までの距離はとても短く、一瞬で到着してしまった。

「マインズューゼ。戻ったよ。」

 マリの姿は見えない。ベッドルームか?と思い部屋を移動するが、そこにもいない。おかしいと思い元の部屋に戻ると、魔術の本を開きながらソファでうたた寝をしているようだった。

「私が教えると言ったのに、君はまた無理をするんだな。」

 本をそっと腕の下から抜く。おでこにキスをして抱き抱えると、んぅ…と小さな声をあげたが、目を覚ますことはない。そろそろ夕食の時間だが、昨日今日の疲労が溜まっていたのだろう。彼女の眠りを優先しようとベッドに寝かせた。

 これから何が起こるかわからない今の時勢が不安で、これが役に立つ日が来ないようにと願いながら、外していた錠前をマリの下腹部へと装着した。

 金色に輝くそれは、彼女をより淫らに美しく見せる。誰の目にも見せたくはないが、何かあった時にはこれに頼るしかないことも事実だった。


 ソファへ戻り、彼女に与えた本を片付けようと持ち上げると、見たことのない長い紐がハラリと落ちた。よく見ると、マリの髪に似た紺色と、瞳の色に似た紫色の糸が、幾重にも細かく結ばれていて、とても美しい細工になっている。

 瞬間、ハイデルはマリの用意したしおりか何かかと思ったが、それはしおりにするには余りに太く、美しい装飾からして、彼女から自分へのプレゼントだと理解した。マリが自分にプレゼントをしたいと、日々用意を頑張っているというのはカタリナから聞いてはいたが、何をどんな風に用意しているのかは、敢えて聞かずにいた。

 もしその用意をしている所を見てしまっても、受け取るまでは見て見ぬ振りをしてあげて欲しいとも言われていたし、そのつもりでいたのだけれど。いざ実物を見ると、胸が熱くなるような嬉しさが込み上げてきて、今すぐにでも身につけたいと思った。この長さから察するに髪紐だろうと、今つけている髪紐をほどき、この新しい髪紐で結ってみる。

 長さも太さもちょうどよく、気になるところもない。歩いていて外れることもなさそうだ。彼女の手元にそのまま彼女へ返すことも考えたが、用意してくれたことが嬉しくて外したくない気持ちが勝ち、明日の朝彼女を驚かせようと、そのまま結んで公室へ向かった。
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