102 / 111
壮途に就く
102.進む者の足跡は必ず残る
しおりを挟む
この要求は、2人で今朝がた話し合って決めたものだった。
ハイデルからは「彼らは退位だって軽いくらいだけれど。」と言われたが、マリの心は今すぐ退位して欲しいと願っていたわけじゃなく、うまく言葉にするのには少々時間がかかった。
この国での奴隷や身分に対する考え、扱い方が嫌だと思ったこと、自分の居た国には世界で唯一軍隊がなかったこと、貴族や平民という考えはなく個々が己の好む道に進めること…。美しいテラスでハイデルとの朝食の間に色々と話しているうちにまとまった要求が、軍制度の撤廃と奴隷制度の廃止だった。
クリストバルは終始苦笑いをしていたが、その苦笑いにハイデルがまた怒りを溜めているのに気付いたのか、別れのタイミングでは「鋭意行います。」と誓っていた。立場が逆転しているようでなんだか少し面白くも感じられた。それでも彼らを許す気は到底なかったけれど。
馬車でハイデルの過去の話が出た時に、思い出はどうやって保存するのかと聞いたら、貴族の場合は肖像画や風景画を描いてもらうと聞いたので、マリは写真の話をそっと胸にしまっておくことにした。
馬車で半日かけてシュベルトへ向かう道の間、ふたりはこの三年間の時間を埋めるように話をし続けた。時折車酔いのように疲れて外を見たり、ほんの少しうとうとしたりもしたけれど、明るい時間は外の景色を見ながら話すのがとても楽しかった。
「そういえばハイド様。
どうして髪、切られたんですか?頑張って髪紐作ったのに。」
冗談交じりに頬を膨らませると、親指と人差し指で頬を押しつぶされる。
「君を思い出すために使ったんだ、許しておくれ。
髪なんてすぐにまた伸びるさ。」
申し訳なさそうに俯き、さっぱりとした襟足を触って確かめるハイデルが可愛く思える。
「思い出すため…?
私を忘れちゃってるのに、私を思い出すために使ったんですか?」
どうやったらそういう状況になるのか、全く想像ができない。むむむと悩んでいると、向かいに座っていたハイデルはそっとマリ横へ座り直して、抱きしめるように腕の中に包み込むと、ポツリと話し出した。
「君を忘れてからしばらくして…エカードへ行く日程が決まってからだったかな。紺色の長い髪の少女が出てくる夢を見るようになったんだ。
しかも、夢の中でははっきりと君の名前を呼んだり、出かけたりするのに、目覚めると大抵すべてを忘れてしまっていて、記憶に靄がかかったように、何も思い出せない。それは明らかに怪しいはずなのに、何者かに操作されているように、その夢の記憶だけが曖昧になるんだ。
それがあまりに不思議で、カタリナとその話をしたらカタリナまで同じ夢を見ているというから、さらに不審に思ってね。どこかに答えがないかと、城中の書物や棚、絵画、いろんなものを見て回った。
そして、精霊の神殿で、君と僕の名前を見つけたんだ。ゴブレットに名前が刻まれるのは、正式に契約をした時だけだ。それなのに、僕の記憶にマリという娘はいなかった。
直感的に、絶対にこれだと思ったよ。
それからは簡単で、泉の水はゴブレットを通じて流れる分、魔力を孕んでいるから、この魔力と僕の魔力を練り上げれば君の事を知れるんじゃないかと思って…泉に僕の髪を束ごと喰わせて、建物と泉に残る君の記憶を全て吸い上げた。」
今君の髪が真っ白なのも、もしかしたらニンフに関係があるかもね、と笑いながら、ハイデルはマリの美しい髪を掬って月に透かし、さらりと流した。
「だからもう、僕は何も迷わない。
あの最初の日からの、全ての瞬間の君を覚えている。
君のいない日々に比べたら、僕の髪なんてちっとも惜しくない。」
エカードで再会してからもう何度も彼に触れ、抱きしめられているのに、それでもふとした瞬間にキスしたり、抱きしめたりしたくなるのは、どうしてだろう。肩に寄せるようにして頭を撫でられると、心が落ち着くし、とても安心する。ハイデルの腕の中こそが自分の居場所そのものなんだと思えた。
ハイデルからは「彼らは退位だって軽いくらいだけれど。」と言われたが、マリの心は今すぐ退位して欲しいと願っていたわけじゃなく、うまく言葉にするのには少々時間がかかった。
この国での奴隷や身分に対する考え、扱い方が嫌だと思ったこと、自分の居た国には世界で唯一軍隊がなかったこと、貴族や平民という考えはなく個々が己の好む道に進めること…。美しいテラスでハイデルとの朝食の間に色々と話しているうちにまとまった要求が、軍制度の撤廃と奴隷制度の廃止だった。
クリストバルは終始苦笑いをしていたが、その苦笑いにハイデルがまた怒りを溜めているのに気付いたのか、別れのタイミングでは「鋭意行います。」と誓っていた。立場が逆転しているようでなんだか少し面白くも感じられた。それでも彼らを許す気は到底なかったけれど。
馬車でハイデルの過去の話が出た時に、思い出はどうやって保存するのかと聞いたら、貴族の場合は肖像画や風景画を描いてもらうと聞いたので、マリは写真の話をそっと胸にしまっておくことにした。
馬車で半日かけてシュベルトへ向かう道の間、ふたりはこの三年間の時間を埋めるように話をし続けた。時折車酔いのように疲れて外を見たり、ほんの少しうとうとしたりもしたけれど、明るい時間は外の景色を見ながら話すのがとても楽しかった。
「そういえばハイド様。
どうして髪、切られたんですか?頑張って髪紐作ったのに。」
冗談交じりに頬を膨らませると、親指と人差し指で頬を押しつぶされる。
「君を思い出すために使ったんだ、許しておくれ。
髪なんてすぐにまた伸びるさ。」
申し訳なさそうに俯き、さっぱりとした襟足を触って確かめるハイデルが可愛く思える。
「思い出すため…?
私を忘れちゃってるのに、私を思い出すために使ったんですか?」
どうやったらそういう状況になるのか、全く想像ができない。むむむと悩んでいると、向かいに座っていたハイデルはそっとマリ横へ座り直して、抱きしめるように腕の中に包み込むと、ポツリと話し出した。
「君を忘れてからしばらくして…エカードへ行く日程が決まってからだったかな。紺色の長い髪の少女が出てくる夢を見るようになったんだ。
しかも、夢の中でははっきりと君の名前を呼んだり、出かけたりするのに、目覚めると大抵すべてを忘れてしまっていて、記憶に靄がかかったように、何も思い出せない。それは明らかに怪しいはずなのに、何者かに操作されているように、その夢の記憶だけが曖昧になるんだ。
それがあまりに不思議で、カタリナとその話をしたらカタリナまで同じ夢を見ているというから、さらに不審に思ってね。どこかに答えがないかと、城中の書物や棚、絵画、いろんなものを見て回った。
そして、精霊の神殿で、君と僕の名前を見つけたんだ。ゴブレットに名前が刻まれるのは、正式に契約をした時だけだ。それなのに、僕の記憶にマリという娘はいなかった。
直感的に、絶対にこれだと思ったよ。
それからは簡単で、泉の水はゴブレットを通じて流れる分、魔力を孕んでいるから、この魔力と僕の魔力を練り上げれば君の事を知れるんじゃないかと思って…泉に僕の髪を束ごと喰わせて、建物と泉に残る君の記憶を全て吸い上げた。」
今君の髪が真っ白なのも、もしかしたらニンフに関係があるかもね、と笑いながら、ハイデルはマリの美しい髪を掬って月に透かし、さらりと流した。
「だからもう、僕は何も迷わない。
あの最初の日からの、全ての瞬間の君を覚えている。
君のいない日々に比べたら、僕の髪なんてちっとも惜しくない。」
エカードで再会してからもう何度も彼に触れ、抱きしめられているのに、それでもふとした瞬間にキスしたり、抱きしめたりしたくなるのは、どうしてだろう。肩に寄せるようにして頭を撫でられると、心が落ち着くし、とても安心する。ハイデルの腕の中こそが自分の居場所そのものなんだと思えた。
0
あなたにおすすめの小説
愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました
蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。
そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。
どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。
離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない!
夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー
※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる
マチバリ
恋愛
貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。
数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。
書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。
魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。
「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。
【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる