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壮途に就く
108.祭りの前に
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挙式の最終準備は非常に細かく、ハイデルは精神をすり減らしていた。
ノイブラに到着してすぐ別室へ案内されたハイデルに待っていたのは、衣装に小物、会場装花や花束の仕上がりチェック、入退場や音楽の合図設定、謝辞の原稿の推敲など、いままで手をかけてきたほとんど全ての行程の最終チェックだった。各担当者が各々にチェックしましたというサインをしている書類をさらに確認し、午後からは現場を直接見て回って、ようやく終わりになる。
「これを慣例通りにするならば、新婦が一人で行うらしいが…恐ろしい仕事量だな。」
自分と執事しかいない部屋でボソリと呟くと、カタリナを呼びますか?と聞かれる。
「いや、いい。カタリナは今日マリに付き合ってもらっているし、明日は彼女にマリのベールダウンを頼もうと思っているからな……これ以上仕事を増やしては可哀想だ。」
承知しました、とだけ返事をした執事は、ハイデルがチェックをした書類をどんどんと箱にまとめ、少しでも机に空間を作ろうとする。
何事かと思えば、ちょうど扉をノックする音と共にサンドイッチが届けられた。
「少しでも早く終われば、夜にはお部屋でお過ごしいただけるかと思いまして…。」
「ん、それでいい。さっさと済ませて部屋へ戻るぞ。」
むさ苦しい見た目ではないけれど、男二人でこの部屋に長居する理由などない。ほとんど殴り書きのようにサインを済ませてサンドイッチを頬張り、外していたジャケットの第二ボタンを留めて部屋を後にした。
・・・
いつもより早めのディナータイムは、今日1日どんなことがあったのかを楽しそうに語るマリに時々相槌を打ちながら、笑顔を見つめるという素晴らしい時間だった。カタリナと二人で回った市場がどんなに活気があって、どんなにたくさんの品物に溢れていたか、彼女は大きな身振り手振りで話してくれる。
「…というわけで、素敵な髪留めやピンを手に入れたので、私もたまには髪を結ったり、飾ったりしようかと思うんです。明日の花祭りは、今日買った髪飾りをつけて行ってもいいでしょうか?」
「明日は僕から、洋服と花冠をプレゼントしたいと思っていてね……それに合わせるかたちで飾ってくれると嬉しいんだが。」
「お洋服もご用意くださったんですか?ありがとうございます。もちろん、そのつもりです!」
「そう言ってくれると、贈り甲斐もあるというものだ。明日、着飾る君を見るのが今から楽しみだよ。」
一部隠している事実はあるけれど、別に嘘はついていない。明日は沢山のカスミ草で作った花冠と、同じ花の大きなブーケを彼女に与える予定だ。
「ハイド様も明日は正装されるんですよね?久しぶりに拝見するので、私もすごく楽しみです…!」
ワクワクしています!という感情が表情に溢れ出しているマリの可愛いこと。18になったとはいえ、ハイデルとは一回り以上違う幼い娘だ。
「水路へ流す花は決めたかい?この宿の中庭を走っている水路から流してもいいけれど…せっかくだから一度大通りに出て、さまざまな花が流れてくる水路を見るのもまた、趣があって美しいよ。」
「お花は…まだ迷っているんですけど、せっかくだから表で子供たちが売っていたアマリリスにしようかなって、思っています。アマリリスでもいいですか?」
「もちろん。子供たちから買いたいだなんて、君らしいな。」
「実は…表で明日の花祭りのお話をしていたら、子供達が、明日は特別な花祭りの日になるんだって教えてくれて…それで仲良くなったんです。
お昼から、広場の先にあるステンドグラスの有名な教会で大きな挙式があるらしくて。皆でお祝いを贈るために、お花を売っていたのですが、そのアマリリスがすっごく大輪で美しくて。
流石に私達が市民の方の挙式に参加するわけには行きませんけど、ちょっとでもお祝いの気持ちを贈れたらいいなって、思ったんです。」
ぎくり、と驚きと焦りが背筋を走る。どう考えてもそれは、自分とレオンが出した挙式の知らせを見た市民たちだ。
【花祭り当日昼の刻、高貴で麗しき者の挙式あり】とだけ書いたその知らせが、まさかこんな形でマリの元へも届くとは。
「なるほど。それはめでたいな。あまり遅くなってはいけないし、今も表で売っているなら早めに買ってくるといい。」
「ふふ、そう言ってくださると思ってました。ありがとうございます、ハイド様。」
顔をくしゃっとさせた笑顔で軽くお辞儀をし、マリはカタリナがハイデルから預かっていた財布を手に、表へと出て行った。
「…カタリナ。まさか彼女に気付かれたりは、していないだろうな?」
「まさかまさか…!マリ様は最後までお買い物を楽しんでらっしゃいましたよ!」
「ならばいいが…。」
「マリ様の笑顔のため、もう少しの辛抱です。どうか頑張って成功させてくださいませ。」
ありがとう、と礼を言うと、これが職務ですから…とカタリナは小さくお辞儀をして、マリを追いかけていった。少ししてから部屋へ帰ってきたカタリナの腕には、気を抜くとすぐに落ちてしまいそうなほど沢山のアマリリスが抱きかかえられていた。
「すみません、彼らがもうあと少しだというので、全て買い取ってしまいました…」
えへへと笑う彼女は、「買い取ってしまいました」と言ったけれど、その表情からやってしまったという申し訳なさそうな感情は読み取れない。むしろ、彼らの売り上げに貢献できたことに対して嬉しそうな顔をしている。
「買い取ったこと自体は全く構わないが…そんなに沢山の花は、流石に流せないだろう。」
「私たちの分以外は、しばらくこちらの宿で飾ればいいかな?と。」
「まぁ、それなら。」
「ふふふっ、よかった!ありがとうございます。」
両腕に抱えた花束の中から2輪咲きしている1本を手に取ってハイデルに手渡すと、マリは残りのアマリリスを宿屋の店主の元へと届けに行った。
ノイブラに到着してすぐ別室へ案内されたハイデルに待っていたのは、衣装に小物、会場装花や花束の仕上がりチェック、入退場や音楽の合図設定、謝辞の原稿の推敲など、いままで手をかけてきたほとんど全ての行程の最終チェックだった。各担当者が各々にチェックしましたというサインをしている書類をさらに確認し、午後からは現場を直接見て回って、ようやく終わりになる。
「これを慣例通りにするならば、新婦が一人で行うらしいが…恐ろしい仕事量だな。」
自分と執事しかいない部屋でボソリと呟くと、カタリナを呼びますか?と聞かれる。
「いや、いい。カタリナは今日マリに付き合ってもらっているし、明日は彼女にマリのベールダウンを頼もうと思っているからな……これ以上仕事を増やしては可哀想だ。」
承知しました、とだけ返事をした執事は、ハイデルがチェックをした書類をどんどんと箱にまとめ、少しでも机に空間を作ろうとする。
何事かと思えば、ちょうど扉をノックする音と共にサンドイッチが届けられた。
「少しでも早く終われば、夜にはお部屋でお過ごしいただけるかと思いまして…。」
「ん、それでいい。さっさと済ませて部屋へ戻るぞ。」
むさ苦しい見た目ではないけれど、男二人でこの部屋に長居する理由などない。ほとんど殴り書きのようにサインを済ませてサンドイッチを頬張り、外していたジャケットの第二ボタンを留めて部屋を後にした。
・・・
いつもより早めのディナータイムは、今日1日どんなことがあったのかを楽しそうに語るマリに時々相槌を打ちながら、笑顔を見つめるという素晴らしい時間だった。カタリナと二人で回った市場がどんなに活気があって、どんなにたくさんの品物に溢れていたか、彼女は大きな身振り手振りで話してくれる。
「…というわけで、素敵な髪留めやピンを手に入れたので、私もたまには髪を結ったり、飾ったりしようかと思うんです。明日の花祭りは、今日買った髪飾りをつけて行ってもいいでしょうか?」
「明日は僕から、洋服と花冠をプレゼントしたいと思っていてね……それに合わせるかたちで飾ってくれると嬉しいんだが。」
「お洋服もご用意くださったんですか?ありがとうございます。もちろん、そのつもりです!」
「そう言ってくれると、贈り甲斐もあるというものだ。明日、着飾る君を見るのが今から楽しみだよ。」
一部隠している事実はあるけれど、別に嘘はついていない。明日は沢山のカスミ草で作った花冠と、同じ花の大きなブーケを彼女に与える予定だ。
「ハイド様も明日は正装されるんですよね?久しぶりに拝見するので、私もすごく楽しみです…!」
ワクワクしています!という感情が表情に溢れ出しているマリの可愛いこと。18になったとはいえ、ハイデルとは一回り以上違う幼い娘だ。
「水路へ流す花は決めたかい?この宿の中庭を走っている水路から流してもいいけれど…せっかくだから一度大通りに出て、さまざまな花が流れてくる水路を見るのもまた、趣があって美しいよ。」
「お花は…まだ迷っているんですけど、せっかくだから表で子供たちが売っていたアマリリスにしようかなって、思っています。アマリリスでもいいですか?」
「もちろん。子供たちから買いたいだなんて、君らしいな。」
「実は…表で明日の花祭りのお話をしていたら、子供達が、明日は特別な花祭りの日になるんだって教えてくれて…それで仲良くなったんです。
お昼から、広場の先にあるステンドグラスの有名な教会で大きな挙式があるらしくて。皆でお祝いを贈るために、お花を売っていたのですが、そのアマリリスがすっごく大輪で美しくて。
流石に私達が市民の方の挙式に参加するわけには行きませんけど、ちょっとでもお祝いの気持ちを贈れたらいいなって、思ったんです。」
ぎくり、と驚きと焦りが背筋を走る。どう考えてもそれは、自分とレオンが出した挙式の知らせを見た市民たちだ。
【花祭り当日昼の刻、高貴で麗しき者の挙式あり】とだけ書いたその知らせが、まさかこんな形でマリの元へも届くとは。
「なるほど。それはめでたいな。あまり遅くなってはいけないし、今も表で売っているなら早めに買ってくるといい。」
「ふふ、そう言ってくださると思ってました。ありがとうございます、ハイド様。」
顔をくしゃっとさせた笑顔で軽くお辞儀をし、マリはカタリナがハイデルから預かっていた財布を手に、表へと出て行った。
「…カタリナ。まさか彼女に気付かれたりは、していないだろうな?」
「まさかまさか…!マリ様は最後までお買い物を楽しんでらっしゃいましたよ!」
「ならばいいが…。」
「マリ様の笑顔のため、もう少しの辛抱です。どうか頑張って成功させてくださいませ。」
ありがとう、と礼を言うと、これが職務ですから…とカタリナは小さくお辞儀をして、マリを追いかけていった。少ししてから部屋へ帰ってきたカタリナの腕には、気を抜くとすぐに落ちてしまいそうなほど沢山のアマリリスが抱きかかえられていた。
「すみません、彼らがもうあと少しだというので、全て買い取ってしまいました…」
えへへと笑う彼女は、「買い取ってしまいました」と言ったけれど、その表情からやってしまったという申し訳なさそうな感情は読み取れない。むしろ、彼らの売り上げに貢献できたことに対して嬉しそうな顔をしている。
「買い取ったこと自体は全く構わないが…そんなに沢山の花は、流石に流せないだろう。」
「私たちの分以外は、しばらくこちらの宿で飾ればいいかな?と。」
「まぁ、それなら。」
「ふふふっ、よかった!ありがとうございます。」
両腕に抱えた花束の中から2輪咲きしている1本を手に取ってハイデルに手渡すと、マリは残りのアマリリスを宿屋の店主の元へと届けに行った。
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