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第1章
第12話 王女な妖精は、全裸でも美しく
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イリグウェナで馬車に乗り込み、北へと進んだ山中。木々が生い茂り、野鳥の囀りが木霊する空間にひっそりと構えられた街ネディア。
この場所自体は温泉街ということもあり知られた観光名所らしいが、俺の目的は何を隠そう秘湯——女神の湯だ。
出てくる時に寮母さんに少し話を聞いてきたが、その秘湯の在処は地元の人間と、後は数少ない名湯ハンターくらいしか把握していないとのこと。まぁ、寮母さんが知っている時点で地元の人間しかという部分には疑問を抱くが、寮母さんが隠れた名湯ハンターだという線も捨てられないわけで。
そんなこんなで寮で貰った手書きの地図に記載された、女神の湯が湧いているという宿屋の前に立っているわけなのだが。
「本当にこれ言わなきゃ入れないの……?」
手書きの地図にはメモ書きで、『秘湯を置いている宿屋に着いたら店番をしている爺さんにこう伝えなさい——楽園より滴り落ちた神秘を纏いし生命の一滴よ、暗く閉ざされたこの世界に悠久の安寧と癒しを賜り給え。汝自身をしれ。それは私であると』というように記されている。だがしかし、この文言はいくらなんでも恥ずかしすぎるというか、まるで御伽話に出てくる賢者が使う詠唱みたいじゃないか。
「確かにお爺さんが店番してるけどさ……てか、普通に入りたいって言えば入湯させてくれるんじゃ……?」
考えてもみれば来る人来る人がこんなの言ってると思えないしな。さすがに恥ずかしすぎるし入口で詰まってしまう。危ない危ない。危うく寮母さんのせいで大恥をかくとこだった。
自分の中で合点が入った俺は、お爺さんが店番をしている年季が入った木造の宿屋へと足を踏み入れる。
「あのー、女神の湯がここで入れるって聞いて来たんですが合ってますか?」
「……あぁ」
「良かったー!学生一人お願いします!」
「……合言葉は?」
「あ!料金表ここにあったんですね!えーっと、五百ジルですね!タオルは持参してるので大丈夫ですー!」
あのお爺さんが何か言っていたような気がしたが、お金もしっかりと渡したことだし中に入ってしまおう!
俺は足早に温泉があるであろう暖簾の先へと向かったが、突如黒い影が目の前へと着地し立ちはだかる。
「……合言葉は?」
「お、お爺さん!?ってか、一体何歳なんですか!?そんな俊敏な動き……」
「……合言葉は?」
「そんなに拘ります……?それにほら、よくよく考えてみたら一々あんな長い合言葉なんて言ってたら、お客さん詰まっちゃいますし!?」
「……少年よ、何か忘れていないか?そもそもここは、秘湯……客などほぼ来ん!」
お爺さんは目をクワッと開き、年齢にそぐわない力強い響きでそう言った。
「客足が伸びないのをそんな誇らしげに言われても……」
しかし、このお爺さんの合言葉という名目のあの恥ずかしい文言への執念は強く、一歩も引こうとはしない。
「……合言葉は?」
秘湯女神の湯を諦めるか?いや、ここまで来てそれは否だ。断じて否だッ!!……なんか、口調があの詠唱に引っ張られてない……?
「わ、分りました……一度しか言いませんからね!」
「……合言葉は?」
「ら、らくえんより……ぉち……ぁ」
「声が小さいッ!!」
「ヒッ!」
初めてこのお爺さんが会話で間を開けずに喋った!
「……もう一度だ」
「はぁ……」
仕方がない。こうなればもはや、吹っ切って叫んだほうが恥ずかしくない気さえしてくる。
俺は一度深呼吸をした後、歯を食いしばりいっぱいに空気を吸い込んだ。そして、
「楽園より滴り落ちた神秘を纏いし生命の一滴よ!暗く閉ざされたこの世界に悠久の安寧と癒しを賜り給えッ!汝自身をしれ!それは私であるとッ!!!」
お爺さんはほんの少し黙り込んだ後、ゆっくりと後ろへ続く道を開けた。
「……よくぞ、殻を破ったな少年よ」
ずっと瞑っていた目を薄く開き、俺の肩にポンっと手を添え、店番をしていた位置へと戻っていくお爺さん。
「お、お爺さん!」
やり場のない達成感を右手の握り拳に託し、俺は拳を掲げる。
そして、おじいさんに一礼をして中に足を進めた。
「ママー!あのお兄ちゃん、なんか恥ずかしいこと大声で叫んでたよ!」
「こ、こら!危ない人は見ちゃいけません!」
本当にフィレニア学園に来てからは溜息が止まらない。
✳︎
秘湯と噂されるくらいだから温泉の内装はあちこちかが古びたボロボロなのを想像していたが、そんな予想とは一転、露天式のこの温泉は綺麗に清掃されており洗い場も几帳面に整えられていた。
そして、天へと立ち昇る白い湯気を発している秘湯女神の湯は、石で囲まれた広々とした開放的な空間と周りに生えている草木との相性で、とても雰囲気の良い壮観な温泉となっている。
身体を洗い流し終わった俺は、親指の先からそーっと美しく澄みきった水面へと足をつける。
「はぁー……めっちゃ気持ち良い……」
全身を優しく包む温かく柔らかいお湯。ずっと溜め込んでいた疲れが神聖な水へと溶け消されていく。
「確かに!ユメルの言ってた通り、最近色んなことがありすぎてまともに休息をとる時間も、心の余裕もなかったからなぁ……」
特にこの三日は波乱続きであった。衆目の視線を一挙に集めるほどに名が知られている妖精剣士ファルネスさんとその妖精剣であるミラさんとの出会いを筆頭に、初めての大きい都市に来たり、見たこともない不気味な人形を貰ったり、学園の重宝されていた時計を奇跡の重ねで転落させたりと。
「それに、一番は……」
浮かんでくるのは、脳内から片時も離れないほどに印象的であり、なによりも美しく、霞んでしまうほどに儚い妖精の面影。
確かにミラさんや教室で見た妖精も、美しいという固定の価値観を変えられてしまうほどに美人だが、シエラさんは形容のしようがない絶世の可憐さであり、もはや神というしかない。女神だ。温泉だ。
「また話してみたいけど、王女様だもんなぁ……住む世界が違いすぎる」
一人でに苦笑する。
周りの景観を楽しみながら広々とした温泉を独占していると、脱衣所の方向から地べたに裸足をつける湿った足音が聞こえてきた。
ここまで質の高い温泉で人が寄らないわけがないのだが、そもそも秘湯と呼ばれる温泉であり、入口では変な合言葉を言わないと入ることすら許されない。そんな場所な訳あって、特に意味はないが訪れる人がどんな人物なのか少し気になる。
「地元の人か、はたまた名湯ハンターか……」
立ちこめる白い湯気にその人物の影がうっすらと浮かび、湯気の軌道に沿ってゆらりゆらりと揺れている。
「……ん?なんか、男の人っぽくないような気が」
いやでも、男湯なことはしっかり確認して入ったしな。
湯気に身体を隠されながら、ゆっくりとした足取りで近付いてくるその人。
その影をぼーっと眺めていると、中から見覚えのありすぎる妖精の姿が。
「綺麗なところね……秘湯って言うくらいだから、もっとボロボロなのかと思ってたわ……ん?」
金色の髪を束ね髪飾りを外したその妖精と目が合った。思考が全くついていかず、彼女の華奢でさらけ出された豊かな双丘、一糸まとわぬ裸体をただただ眺めてしまった。
その刹那、脳内に衝撃が走り現在の状況が伝達され、遅れに遅れた思考はやっと追いつく。つまり、なんでこうなったかは分からないが、今直面している状況は奇しくも理解できてしまったということ。
頭が真っ白になった俺は、驚きなのか恐怖なのか、はたまた怒りなのかで口をパクパクとしているシエラの代わりに、声帯が壊れる寸前まで声をあげた。
「うわぁぁぁあああ!!!」
この場所自体は温泉街ということもあり知られた観光名所らしいが、俺の目的は何を隠そう秘湯——女神の湯だ。
出てくる時に寮母さんに少し話を聞いてきたが、その秘湯の在処は地元の人間と、後は数少ない名湯ハンターくらいしか把握していないとのこと。まぁ、寮母さんが知っている時点で地元の人間しかという部分には疑問を抱くが、寮母さんが隠れた名湯ハンターだという線も捨てられないわけで。
そんなこんなで寮で貰った手書きの地図に記載された、女神の湯が湧いているという宿屋の前に立っているわけなのだが。
「本当にこれ言わなきゃ入れないの……?」
手書きの地図にはメモ書きで、『秘湯を置いている宿屋に着いたら店番をしている爺さんにこう伝えなさい——楽園より滴り落ちた神秘を纏いし生命の一滴よ、暗く閉ざされたこの世界に悠久の安寧と癒しを賜り給え。汝自身をしれ。それは私であると』というように記されている。だがしかし、この文言はいくらなんでも恥ずかしすぎるというか、まるで御伽話に出てくる賢者が使う詠唱みたいじゃないか。
「確かにお爺さんが店番してるけどさ……てか、普通に入りたいって言えば入湯させてくれるんじゃ……?」
考えてもみれば来る人来る人がこんなの言ってると思えないしな。さすがに恥ずかしすぎるし入口で詰まってしまう。危ない危ない。危うく寮母さんのせいで大恥をかくとこだった。
自分の中で合点が入った俺は、お爺さんが店番をしている年季が入った木造の宿屋へと足を踏み入れる。
「あのー、女神の湯がここで入れるって聞いて来たんですが合ってますか?」
「……あぁ」
「良かったー!学生一人お願いします!」
「……合言葉は?」
「あ!料金表ここにあったんですね!えーっと、五百ジルですね!タオルは持参してるので大丈夫ですー!」
あのお爺さんが何か言っていたような気がしたが、お金もしっかりと渡したことだし中に入ってしまおう!
俺は足早に温泉があるであろう暖簾の先へと向かったが、突如黒い影が目の前へと着地し立ちはだかる。
「……合言葉は?」
「お、お爺さん!?ってか、一体何歳なんですか!?そんな俊敏な動き……」
「……合言葉は?」
「そんなに拘ります……?それにほら、よくよく考えてみたら一々あんな長い合言葉なんて言ってたら、お客さん詰まっちゃいますし!?」
「……少年よ、何か忘れていないか?そもそもここは、秘湯……客などほぼ来ん!」
お爺さんは目をクワッと開き、年齢にそぐわない力強い響きでそう言った。
「客足が伸びないのをそんな誇らしげに言われても……」
しかし、このお爺さんの合言葉という名目のあの恥ずかしい文言への執念は強く、一歩も引こうとはしない。
「……合言葉は?」
秘湯女神の湯を諦めるか?いや、ここまで来てそれは否だ。断じて否だッ!!……なんか、口調があの詠唱に引っ張られてない……?
「わ、分りました……一度しか言いませんからね!」
「……合言葉は?」
「ら、らくえんより……ぉち……ぁ」
「声が小さいッ!!」
「ヒッ!」
初めてこのお爺さんが会話で間を開けずに喋った!
「……もう一度だ」
「はぁ……」
仕方がない。こうなればもはや、吹っ切って叫んだほうが恥ずかしくない気さえしてくる。
俺は一度深呼吸をした後、歯を食いしばりいっぱいに空気を吸い込んだ。そして、
「楽園より滴り落ちた神秘を纏いし生命の一滴よ!暗く閉ざされたこの世界に悠久の安寧と癒しを賜り給えッ!汝自身をしれ!それは私であるとッ!!!」
お爺さんはほんの少し黙り込んだ後、ゆっくりと後ろへ続く道を開けた。
「……よくぞ、殻を破ったな少年よ」
ずっと瞑っていた目を薄く開き、俺の肩にポンっと手を添え、店番をしていた位置へと戻っていくお爺さん。
「お、お爺さん!」
やり場のない達成感を右手の握り拳に託し、俺は拳を掲げる。
そして、おじいさんに一礼をして中に足を進めた。
「ママー!あのお兄ちゃん、なんか恥ずかしいこと大声で叫んでたよ!」
「こ、こら!危ない人は見ちゃいけません!」
本当にフィレニア学園に来てからは溜息が止まらない。
✳︎
秘湯と噂されるくらいだから温泉の内装はあちこちかが古びたボロボロなのを想像していたが、そんな予想とは一転、露天式のこの温泉は綺麗に清掃されており洗い場も几帳面に整えられていた。
そして、天へと立ち昇る白い湯気を発している秘湯女神の湯は、石で囲まれた広々とした開放的な空間と周りに生えている草木との相性で、とても雰囲気の良い壮観な温泉となっている。
身体を洗い流し終わった俺は、親指の先からそーっと美しく澄みきった水面へと足をつける。
「はぁー……めっちゃ気持ち良い……」
全身を優しく包む温かく柔らかいお湯。ずっと溜め込んでいた疲れが神聖な水へと溶け消されていく。
「確かに!ユメルの言ってた通り、最近色んなことがありすぎてまともに休息をとる時間も、心の余裕もなかったからなぁ……」
特にこの三日は波乱続きであった。衆目の視線を一挙に集めるほどに名が知られている妖精剣士ファルネスさんとその妖精剣であるミラさんとの出会いを筆頭に、初めての大きい都市に来たり、見たこともない不気味な人形を貰ったり、学園の重宝されていた時計を奇跡の重ねで転落させたりと。
「それに、一番は……」
浮かんでくるのは、脳内から片時も離れないほどに印象的であり、なによりも美しく、霞んでしまうほどに儚い妖精の面影。
確かにミラさんや教室で見た妖精も、美しいという固定の価値観を変えられてしまうほどに美人だが、シエラさんは形容のしようがない絶世の可憐さであり、もはや神というしかない。女神だ。温泉だ。
「また話してみたいけど、王女様だもんなぁ……住む世界が違いすぎる」
一人でに苦笑する。
周りの景観を楽しみながら広々とした温泉を独占していると、脱衣所の方向から地べたに裸足をつける湿った足音が聞こえてきた。
ここまで質の高い温泉で人が寄らないわけがないのだが、そもそも秘湯と呼ばれる温泉であり、入口では変な合言葉を言わないと入ることすら許されない。そんな場所な訳あって、特に意味はないが訪れる人がどんな人物なのか少し気になる。
「地元の人か、はたまた名湯ハンターか……」
立ちこめる白い湯気にその人物の影がうっすらと浮かび、湯気の軌道に沿ってゆらりゆらりと揺れている。
「……ん?なんか、男の人っぽくないような気が」
いやでも、男湯なことはしっかり確認して入ったしな。
湯気に身体を隠されながら、ゆっくりとした足取りで近付いてくるその人。
その影をぼーっと眺めていると、中から見覚えのありすぎる妖精の姿が。
「綺麗なところね……秘湯って言うくらいだから、もっとボロボロなのかと思ってたわ……ん?」
金色の髪を束ね髪飾りを外したその妖精と目が合った。思考が全くついていかず、彼女の華奢でさらけ出された豊かな双丘、一糸まとわぬ裸体をただただ眺めてしまった。
その刹那、脳内に衝撃が走り現在の状況が伝達され、遅れに遅れた思考はやっと追いつく。つまり、なんでこうなったかは分からないが、今直面している状況は奇しくも理解できてしまったということ。
頭が真っ白になった俺は、驚きなのか恐怖なのか、はたまた怒りなのかで口をパクパクとしているシエラの代わりに、声帯が壊れる寸前まで声をあげた。
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