レジナレス・ワールド

式村比呂

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1巻

1-2

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「大丈夫ですか?」

 シュウが声をかけると、呪いが解かれたかのように男たちは生気を取り戻した。

「……あ、ああ。助かった、感謝する」
「サラ、その人見てやって」
「あ、うん……」

 道に伏せたまま動かない御者を指してシュウが言うと、まだ右手に血まみれの剣を握ったまま呆然としていたサラは、のろのろと倒れた男に顔を向けた。
 これはダメだな。シュウはサラを見て直感した。

「その人の手当てお願いできますか?」

 シュウは警護の男たちに声をかけてから、荷馬車の中をのぞき込んだ。
 そこには、かっぷくのよい商人風の男が一人、がたがたと震えながらうずくまっていた。

「すみません」

 声をかけるとびくっと飛び起き、シュウを見て、また固まった。

「何かくものをお借りできますか?」

 そう聞くと、やっと我に返ったのか、柔らかそうなタオル大の布を何枚かくれた。
 シュウはそれで顔をぬぐったが、なかなか血糊ちのりが取れないので、やむを得ずサラの手を引きながら河原に下りていく。
 川で手と顔を洗って、やっと人心地ついたシュウは、そのまま布を水にひたし、サラを岩に腰掛けさせ、顔と手を拭ってあげた。

「サラ? 大丈夫?」
「え? うん」

 サラはまだ心ここにあらずといった状態だった。
 シュウはサラの手から剣をはぎ取ると、こびり付いた血を落とし、サラの腰の鞘に収めた。
 そして、サラの顔を胸に抱きしめて、そっと耳元でささやく。

「サラ、終わったよ。もう大丈夫」

 サラは何も答えず、ただシュウの腰を力一杯抱きしめた。

「なあ、あの二人何者だろう?」

 助けられた男たちのうち、やや若い男が、大柄な年配者に小声で話しかけた。

「わからん」

 大柄な男は、シュウたちを食い入るように見つめながらも、興味のなさそうな声色で素っ気なく答えた。

「装備も腕も半端じゃない。だのにあれは、初陣の後の新米みたいな……」
「わからん」

 今度は明らかに不快感を漂わせながら、大柄な男は若者に振り返り言った。

「なんにせよ、俺らにとっちゃあ、命の恩人だ」

 その様子は街からも見えていたのだろう。しばらくすると、街の守備隊らしき男たちが二十人ほど、連れ立ってこちらに駆けてきた。
 彼らにいざなわれ、シュウとサラもゆっくり街の方に歩みを進める。
 ひどい傷だが御者の男もなんとか命を取り留めたようで、今は馬車に載せられ、介抱されながら街に向かっている。

「お前さんたち、何者なんだ?」

 守備隊のリーダーらしき貫禄のある男が、シュウに尋ねた。

「あの腕前はすさまじい。なんにせよ助かった、礼を言う」
「すみませんが、今はとにかく体を綺麗にして休みたいんです。今日は朝から何も食べてませんし、一日歩き通しで疲れてるんです」

 シュウはサラの肩を抱きながら、リーダー風の男にそう返す。

「任せてくれ。宿と食事、風呂の手配は俺たちでする。俺はガイラス。お前らの名前を聞いていいか?」
「僕はシュウ。こっちは、サラです」
「格好からすると冒険者か?」
「訳あって旅をしています。まあ特に冒険者ではないんですが」
「そうか。とにかく歓迎する。旅と言ったが、やはり王都を目指しているのか?」
「ええ、まあそうですね。急ぐ旅でもないんですが」

 勝手がわからないので、シュウものらりくらりと歯切れが悪い。

「ならゆっくりしていってくれ。ようこそ、レリウの街へ――」

 レリウは、小さいながらもしっかりとした外郭を持つ都市だった。
 人口はさほど多くはなさそうなものの、暮らしぶりからそこそこの地力じりきがあるようにも見える。
 シュウもサラもゲーム時代に貯めた分で、この世界においては一財産というにふさわしい金銀を持っている。金の面での不安はさほどないだろう。反対に、それを狙われる恐れがあった。
 まあとにかく、ここの、この世界の様子をしばらく学ばねばならない。
 シュウは、まだ呆然とすくんだままのサラの肩を抱く手に力をこめ、ガイラスの招きに応じ、街の中心近くにある一軒の宿屋へと向かっていった。
 ガイラスの顔なじみらしい宿の女将おかみが、シュウとサラの血まみれの姿に一瞬顔を強張らせながらも、すぐに事情を悟ったらしく、お湯を用意しに走り回った。
 シュウは女将に、「誰かサラの入浴を手伝ってあげて欲しい」と頼んだ。

「任せておきな。こう見えてもあたしは若い頃、エルナー様のお屋敷にご奉公に上がってたんだ」

 彼女は大きな胸を叩いて見せた。
 サラの容姿と格好から、女将はサラが高貴な身分だとでも思ったのだろうか。まあ問題になる誤解でもないので放っておく。
 金はいくらかとシュウが聞くと、「まあ今日のところはおごらせてくれ」とガイラスが大きな口を開けて笑った。
 人間、現金なもので、風呂に入り身なりを整え食事をすると、胸にわだかまった嫌悪感より疲労と眠気が勝っていく。
 入浴中のサラの様子を女将に聞き、また、食事中の表情も窺っていたシュウは、彼女がかなり参っているのをひしひしと感じた。

「じゃあサラ、お休み。なんかあったら隣にいるから」

 シュウはそう声をかけると、自室に戻った。
 サラの精神がダメージを受けるのはわかる。
 正直、シュウにとっても先刻さっきのあれはこたえた。
 手に伝わる肉を切る感覚。噴き出す血。生暖かく不快なそれが自分の顔に、服に、手にこびりつく。さらに、あの血と臓物の臭い。
 魔獣ゴブリンとはいえ、生き物の死にもの狂いの叫びと、断末魔のうめきは強烈だった。
 寝るしかないな。シュウは布団の中で苦笑する。
 日が落ちてからもどこかしら喧噪けんそうの絶えなかったレリウの街が、ようやく寝静まった頃。シュウはふと違和感を覚えて目を開けた。
 自分の布団の右側に誰かがいるのに気付いて顔を向ける。そこには子供のような寝顔をしたサラがいた。
 どうしたんだろう。怖くて一人で寝られなかったのだろうか?
 ただ、シュウも今日はさすがに限界だった。
 空腹と疲労、そして緊張。
 それらから解放された肉体は思考さえ許さず、シュウの意識を睡眠へと引きずり込む。
 街までずっとそうしてきたように、せめてサラの肩を抱いてあげよう。そう思ったところで、再びシュウは深い眠りへと戻っていった。


「おや、夕べはお楽しみでしたかね?」
「……それどころじゃありませんでしたよ」

 にやりと笑う女将に声をかけられ、シュウはゆらゆらと起き上がる。
 布団では、サラがまだ寝息を立てている。

「ガイラスとグレイズが下に来てるよ。あんたに話があるようだが、後にさせるかい?」
「グレイズ?」
「あんたらが昨日助けた商人だよ」
「ああ……着替えるから待ってもらっていいですか?」
「あいよ」

 女将は水を張った洗い桶と新しいタオルを置いて出て行った。
 シュウは、昨日洗濯を頼んでまだ返ってこない羽織袴の代わりに別の軽装で身なりを整え、洗い桶で顔をすすいで階下に下りていった。

「おはよう、シュウ」

 ガイラスが一階の食堂風になっている広間のテーブルに腰掛けていた。

「おはようございます、ガイラスさん」
「おはようございます。昨日は危ないところをお助けいただき、誠にありがとうございます」

 例の恰幅のいい商人――女将がグレイズと呼んでいた男が、おずおずとシュウに声をかけた。

「いえ。たまたまですし、おかげで昨夜ゆうべは私たちも助かりました」

 半日以上無人の草原をふらつき、食うや食わずだった一日の終わりにしては、非常に心地よい風呂と食事と寝床だった。生き返った気がする。
 招かれるまま座り、シュウは女将の心づくしの朝食を食べながら、二人の用件を聞くことにした。

「実はシュウたちに、王都までグレイズの護衛をしてもらいたいんだ」

 ガイラスはそう切り出した。
 早い話が、昨日の立ち回りを見て用心棒として雇いたい、ということらしい。しかしシュウは、サラの様子が気になってあまり気乗りがしなかった。
 王都に行こうとは考えているが、別に急ぐ旅でもないし、それよりサラがゆっくり心を落ち着かせてくれた方がよほどありがたい。
 いち早くその思いを読み取ったグレイズが、困ったような目線でガイラスを促した。

「ここんところあまり魔物に出くわすこともなかったんだが、昨日のあの騒ぎでさ」

 こいつがひどく不安がってるんだと、ガイラスは言う。

「それに、あんたらももし王都を目指すんだったら、一石二鳥じゃないかと思ってな」

 まあ確かに、それはその通りだ。

「ただ、僕たちも誰かと約束があるわけではありませんし、サラの調子が戻るまで、ここで休んでいたいんですよ」

 すると今まで黙り込んでいたグレイズが、こちらを窺いながら話し出した。

「で、でしたら、シュウさんだけでもいかがでしょう?」

 グレイズによると、普段であれば、街の若者が数人もいれば護衛として充分らしい。
 だが昨日、このあたりでは数十年ぶりにゴブリンの集団が奇襲してきたため、グレイズも、護衛の面子も肝を潰しているのだという。
 だが、人口もそれなりにあり人の往来も活発なレリウにとって、物流の停滞は非常につらい。
 そこで、シュウやサラといった凄腕の冒険者が滞在している今、ガイラスたちにもう一台馬車を仕切ってもらい、二台で王都まで大量に必需品を買い出しに行きたい――というのがグレイズの考えらしい。

「出発の予定はいつですか?」
「明日、あるいは出来るだけ早い方がいいのです」

 少し相談します。シュウはそう告げると、それっきり黙って食事を続けた。


 さすがにお腹が空いたのか、サラは昼前にやっと起き出してきた。
 どうやら確信犯だったらしく、シュウの布団に潜り込んだことには全くノータッチだった。だったら明日から同室でもいいかな、とシュウは思う。
 とりあえず一階のフロアのテーブルで、サラの食事が終わった後、先ほどのガイラスたちの頼み事を相談してみた。

「また、昨日みたいなことになるのかな」

 サラの口調は静かだったものの、明らかに後ろ向きだった。

「じゃあ、僕一人で行ってみようか? どちらにせよ一度王都ってところの様子は見たいし。サラはその間、ここでゆっくり休んでいたらどうかな」
「えっ……」
「片道十日くらいかかるかもしれないみたいな話だった。まあ二十日はつかくらいしたら帰ってこられると思うけど、いいかな?」
「……」

 サラはうつむき、何も話さなくなってしまった。


「とりあえず、気分転換に買い物に行かない?」

 食事を終えたサラにシュウが提案してみる。

「買い物?」

 サラがあまり前向きでないような口調で返すと、シュウは小声でサラに耳打ちした。

「下着、とか」

 サラは一瞬身を硬くした後、真っ赤になりながらうなずいた。


 レリウは活気のある街だった。
 縫製の技術はあまり発達していないのか、服や肌着の類はデザインも機能性もよくなかったが、二人ともそうした手持ちが全くなかったので、ここで十着以上のストックを買いそろえた。
 そもそもVR‐MMOのゲーム世界では、下着の必要性がない。そのため、アイテムとして一切存在していなかった。もちろん女性用も同じだ。
 買い込んだパンツはゴムが使われていないために、使い勝手というか履き心地がひどく悪い。ごわごわした肌触りなのが特に残念だった。
 だがまあ、ないよりはマシなのである。
 支払いの段になって、ちょっとしたトラブルがあった。

「おいおい、街場の店で金貨なんぞ出されても困るよ」

 相場がわからないので、とりあえず金貨を出して払おうとした二人に、店主が困惑顔で言った。日用品の買い物はせいぜい銀貨で事足り、通常は銅貨が主要な通貨になるらしい。
 ゲーム中では通貨を意識せず買い物が出来たため、今ひとつ二人は相場観がない。

「あ、すいません」

 シュウは慌てて銀貨を取り出し、支払いを済ませたのだった。
 その後、武器屋や防具屋を見て回り、まだ少し早いが二人は宿に引き返した。
 武器や防具はめぼしいものがなかった。
 そもそも二人は、この世界では非常識に高性能な品々を大量にストックしているため、改めて買いたいと思えるほどの品がないのだ。
 シュウたちは宿屋に着くと、女将に「今日から相部屋にしたい」と相談する。ベッドはツインがあったので、そうしてもらった。
 料金を聞くと、ガイラスが払うと言って帰ったとのことで、女将はそれ以上答えようとしなかった。
 あまり世話になるのは居心地が悪いので、シュウとしては自腹で泊まりたかったのだが、やむを得ない。
 二人がそれぞれの部屋から移動をしている時、女将がサラを呼び止めた。

「ねえあんた、凄腕なんだってねえ」
「……なんでしょうか?」
「一瞬でゴブリンを十匹くらい、ばっさばっさ斬っちまうんだってね」
「……」
「うらやましいねえ」

 サラはカチンと来たのだろう。女将をにらむと、小声で吐き捨てるように言った。

「何がうらやましいんですか」
「うらやましいさ。あんたはその腕であの坊やを守れるんだからね」

 今までの、サラをからかうような口調から一転し、女将はしみじみと言った。

「あんたちょっと下においで。お茶でも飲んで話そう」
「あれ、どこに行くんですか?」

 シュウは、サラを連れて行こうとする女将に問いかける。

「女同士の話だよ。あんたは部屋でも片付けておきな」

 サラと女将は、一階のカウンター奥にある厨房のテーブルに腰掛けた。サラにお茶を勧めると、自分も軽くお茶をすすって、女将は話し始めた。

「もう二十年も前になるかね。あたしの旦那も、よく頼まれちゃ護衛の仕事をしてたのさ。だけどある日、あんたらと同じように、ゴブリンの大群に出くわしちまってさ」

 街の人間が大挙して捜索に出たものの、馬と荷は奪われ、四人分の死体が散乱していた。
 死体はひどい有り様だったらしい。

「あの人なんか、頭と足がなくなってたし、いくら探しても見つからなかったねえ。内臓もすっかりなくなって、ぽっかり穴が開いてるようだったよ。食われちまったか、どうしたもんか」

 そこで女将は、サラをじっと見つめた。

「あんたは、そういう奴らと戦ってるんだ。あの日あんたらがいなければ、護衛の連中は奴らに殺されてただろうさ」
「……」

 サラはとっさに返す言葉が浮かばない。

「あたしにあんたの腕があったなら、亭主を一人で行かせたりしなかったろうね」

 そう言うと、女将は自分の茶碗を流し場ですすぎ、勝手口から表に出て行った。


 夕食の時間になると、再びガイラスとグレイズが宿屋を訪ねてきた。
 シュウとサラを交え四人で夕食を取りながら、明日以降の予定を話したいようだ。

「僕も王都へ行ってみたいですし、とりあえずご一緒しようと思います」

 シュウはそう言うと、サラを窺った。

「私も、行きます」

 何があったのか、サラはずいぶんあっさりとそう言った。
 シュウは不思議に思いながらも、心の内ではサラの変化を喜んでいた。やはり二十日以上も離れるのは心配だし、なんと言っても淋しい。
 こんな世界に突然放り出された二人だから、どこかしら共鳴している部分があるとシュウは感じている。
 だからこそ出来る限り常に一緒に行動したいと思う。だが、まだサラにはっきりそう頼むことが出来ない思春期特有の歯がゆさを、シュウは抱えていた。
 ガイラスとグレイズはとても喜んで帰って行った。
 明日からは、二人にとって新しい冒険が待っている。シュウは胸の高鳴りを感じながら眠りにいた。



   2


 翌朝目覚めると、サラはまたシュウのベッドに潜り込んでいた。
 洗い桶に水を張って持ってきた女将に「夕べはお楽しみでしたかね?」と聞かれて、シュウは「はいはい……」と答える。
 ガイラスとグレイズはすでに宿屋に来ていたので、サラとシュウでテーブルを囲み、朝食を済ませた。
 別のテーブルには見覚えのある護衛が二人。そして初顔合わせになる護衛も二人。
 つまりここにいる八人が、今回の道行きの顔ぶれということらしい。
 食事が終わった後、早速二台の馬車に分乗し、王都への旅がスタートした。
 このまま川沿いの道を東に下り、五日ほど行ったところにあるライダンという都市から南東に進むようだ。
 このコースのよいところは、なんといっても片道十日間、野宿が一度もないことだろう。
 言うまでもないが、野宿せねばならない道のりというのは、それだけでさまざまなリスクを抱えることになる。
 夜盗、野獣、魔獣に、もちろん自然現象も含まれる。
 だから、一見遠回りに見えても一度ライダンまで出るコースを必ず取る、とグレイズは言った。
 それはおそらく賢い判断なのだろうとシュウは思った。
 第一、野宿はリスクだけではない。疲労も大きいのだ。
 旅においては疲労も重要な課題になる。疲れているとまず、ミスが多くなり、集中を欠くようになり、理性より感情で物事を判断するようになり、そして体調を崩しやすくなる。
 商人としては、そのどれもが致命的な失敗につながり得る。
 見た目はちょっとだらしないが、このグレイズという男、これでなかなか優れた商人かもしれない。シュウはちょっと彼を見直していた。
 ガイラスとグレイズという、この世界の大人とじっくり話す機会を得られたのは、サラとシュウにとって非常に有益だった。
 ガイラスは冒険者、グレイズは商人という立場から話してくれるので、とても参考になった。
 そして、サラもシュウも、この世界においては相当な強者であるということもわかった。

「まず、あのレベルでゴブリンを蹂躙じゅうりんできるというのは、王家直属の騎士や、教会の聖騎士ホーリー・ナイトでもほとんどいません」

 ガイラスは言った。

「最初の一撃で何匹かを狩り上げるというのは、まあ膂力りょりょくがあれば誰だってやり得るけどな。あんたらは、たった二人で何十匹のゴブリンを駆逐したんだ」
「全滅させたんじゃなくて、向こうが逃げ出したんですけどね」

 なんだか持ち上げられているような感じになって、シュウは照れた。
 まあいずれにせよ、シュウやサラのようなプレイヤーキャラ(PC)的な強い存在はあまり多くない、ということだろう。実際問題、そんなに強いのがごろごろいるゲーム世界というのは、ちょっと異常なのかもしれない。
 それにしても、あの光の玉に言われてはいたが、本当にこの世界はリアルなのだとシュウは改めて感じた。
 ノンプレイヤーキャラ(NPC)やモブと呼ばれる存在が、一人一人意思を持って動いている。
 それは確かに、シュウやサラの気の紛れになった。
 サラにとっては、ここ数日の旅程りょていが、こんな世界に巻き込まれた自分を『納得』させるためのよい機会になっている。
 あの宿屋の女将の言葉は、確かな衝撃となってサラを襲った。
 シュウと二人っきり、なぜこの世界に放り投げられたのかはわからない。だが、もし――シュウがいなかったら。
 宿屋の女将の言葉で自分が戦慄したのは、「もし、シュウ一人行かせて、帰ってこなかったら?」ということだった。
 初戦の様子を見る限り、確かにでもシュウはかなりの使い手だろう。
 だが、寝込みを襲われたりだまし討ちを食らえば、どんなに強い者でも容易に命を落としうる。
 自分がシュウと共にいない状況で、もし彼が死んだら……自分はそれに耐えられるだろうか?
 ここ数日、サラはシュウに甘え、毎晩彼のベッドに潜り込んでいる。シュウがそばにいなければ息苦しいほどに依存しているのだ。
 それにしてもシュウは、ベッドに潜り込んだサラにいくらでも手を出すチャンスがあるというのに、全くそうしない。
 それどころか、幼い娘をあやす父親であるかのように、ただ優しく肩を抱いてきたりする。それが嬉しい反面、腹立たしくもあった。
 一方、シュウは無意識であるにせよ、サラのこの行動――自分の布団に潜り込んでくることの真意を理解していた。
 シュウは無意識に恐れているのだ。
 もし今一時の気まぐれでサラと男女の仲になったとしても、その後つまらないイザコザで彼女との関係が壊れたら、と。


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