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3. 朱色③
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アカリことシンデレラは家に帰ると、玄関にかけておいた箒を手につかむと急いで家中の埃をかき集めはじめた。
特に暖炉の前は煤があるので、顔や服が灰色になるから、義理の姉や母が笑ってアカリのことを灰かぶりと呼んだ。
それでも、いつもより全然気にならないのは、街から家に帰る途中で配布された号外のおかげだ。
この国の王子様が成人するお祝いにお城で大きなパーティーをするそうだ。
いつもは貴族だけなのに、なぜか今回は貴族だけではなく、町娘も参加していいと書いてあった。
お城に行くことなんてこれから先の人生であるのだろうか、たった一度だけのチャンスだろう。
それなら絶対に行きたい。そう思っているものの、着ていけそうなドレスは、と頭の中で考えると、死んだお母さまのドレスだ。
義理の母と姉に処分されていなければいいのだが。
そんなことを考えながら、シンデレラは屋根裏にある荷物置き場から、年月が経っているからか、穴が所々空いているドレスを取り出すと、心がワクワクする気持ちを抑えられず、思わず抱きしめた。
あった。あった。穴も空いてるし、デザインも古いと思う。アクセサリーはないし、靴もない。けれど、このドレスがあった。
父と母の思い出のドレス。これがあったことがシンデレラにとってとてつもなく嬉しい気持ちでいっぱいとなった。
美しい宝石を身につけた令嬢たちの中で私の姿はひどく見窄らしいだろう。
そんなことが簡単に想像がつくけれど、それでも一生に一度のチャンスである華やかな場所に行ける機会なんてもう二度とないだろうから、絶対に行きたい。
大丈夫。母様が守ってくれる。
シンデレラの心はじわりじわりと音を立てるように満たされていった。
「だめよ。ぜったい。だいたい家の掃除は誰がやるのよ」
義理の母が不機嫌そうに眉を吊り上げ、腕を組んでシンデレラに言い放った。
「家事はきちんと行います。お願いです」
「ダメよ」
ピシャリと戸を閉めるように否定され、シンデレラは肩をすくめていると、雲雀のような声で義理の長姉がニヤニヤと笑って口を挟む。
「まあまあ、お母さま、そう冷たくしないで。義理とはいえ私たちは家族なのだから、この子の望みも叶えてあげましょうよ」
何が変だ。
そう思った時には遅かった。
義理の下姉が意気揚々と階段を駆け降りる音がした時、ああ、そういうことか、とシンデレラは認識した。
その後は、下姉が母のドレスを持って居間に現れたのだが、手に持ったドレスは無惨にも切り刻まれていたのだ。
屈辱や怒りが腹の底から湧き上がってくるが、それを口にしたらどうなるか、分かっている。だから、言葉を飲み込み、思わず言葉がこぼれ落ちないよう唇を噛み締め、血の味が口腔内に滲み出ても、我慢をした。
(大丈夫。なくなったわけではない)
「服があるなら行きなさいな。もっとも、そんな覚悟があればの話だけど」
高らかに笑った声が、耳に残ったけれど、涙を流したら、負けだ。だから、シンデレラは思いを殺して、下姉からドレスを受け取ると、頭を下げて居間を後にする。
(だいじょうぶ。だいじょうぶ)
「あの子の顔、見た?」
「おかしいったらないわ。ほんと」
義理の母と姉たちの嫌味ったらしい笑い声が退席した居間から漏れ出てきて、シンデレラの心がナイフでえぐられ、血が滲み出てくる。
そんな気持ちが湧き上がってきたけれど、もう、何にも感じない。
「朱里、宿題は? 遊んでないで勉強しなさいってママはいっぱい言ってきたけれど、こんなことに比べるとママの方が全然良かったな」
シンデレラは切り刻まれたドレスに涙を落とし、震える声でつぶやいた。
(ん? ママ? 宿題?)
思わず自問自答してしまったが、聞き慣れない言葉を発した自分が信じられないと言った感覚だった。
ママなんて言葉は使ったことがないし、「お母様」か「お義母さま」しか言ったことがない。それに「宿題」って、言葉そのものを使ったことがない。
「変なの。それより、仕事しないと」
シンデレラは破かれたドレスを自身のベッドの中に隠すと、箒と塵取りを持って、部屋を後にした。
ドレスが破かれて嘆こうとも仕事は減らない。それどころか、サボっていると言われ、罵られ、もっと仕事は増すだろう。
泣いちゃダメ。
シンデレラは心の中で強くそう思って、いつものように仕事に戻り、料理、洗濯、裁縫、掃除を行ったあと、自室に戻り、ベッドにしまったドレスを取り出した。
大丈夫。できる。縫えばいいのだから。
そう思って針と糸をとり、丁寧にひと針ひと針塗っていく。
でもやはり、体力の限界なのだろう。瞼は下がっていき、視界もぼやけてくる。
おそらくシンデレラ自身が気付かぬうちに、針と糸を持ったまま、ベッドに倒れ込み、眠ってしまっていた。
夢の中は、妙な世界だった。どれくらい先の世界なのか、はたまた空想の世界なのかは不明だが、シンデレラはアカリと呼ばれ、学校というところにいた。
ドレスとは違う服を来て、真っ赤なランドセルを背負って今よりもっと歩きやすい道を歩いていた。
商店街の先にある電気屋では光る箱が置いてあり、なぜかその箱の中には人がたくさんいるのだが、それを不思議とも思わなかった。
その箱はテレビといい、そんな魔法のような箱を店先に置いてあった。
すると、突然テレビが光だし、眩しさで目の前がチカチカと光が飛び、アカリと呼ばれるシンデレラは思わず耐えられなくなり、目を閉じた。
その時、聞き慣れたような音や声がシンデレラの頭や閉じたはずの瞼の裏に視界として広がった。
スーツを纏った女性で髪は肩くらいまでの女の人や、この世界にはにつかわしくないテレビ、スマートフォン、学校、塾、赤いランドセル、赤色の布張りの本に、ステンドグラス。
おかっぱ頭の少女が二人。
映像と共に、テレビの何気ないニュースに、天気予報。そして「アカリ」と呼ぶ懐かしい声。
シンデレラは「ママ……」と思わず口から溢れていた。
そして、寝ているのに涙が一筋、頬に流れて、その生温かい感触で目が覚めた。
なぜだかとても懐かしい夢を見ていた。そんな心が満たされるような充足感を、窓から漏れる朝日を見て思っていた。
特に暖炉の前は煤があるので、顔や服が灰色になるから、義理の姉や母が笑ってアカリのことを灰かぶりと呼んだ。
それでも、いつもより全然気にならないのは、街から家に帰る途中で配布された号外のおかげだ。
この国の王子様が成人するお祝いにお城で大きなパーティーをするそうだ。
いつもは貴族だけなのに、なぜか今回は貴族だけではなく、町娘も参加していいと書いてあった。
お城に行くことなんてこれから先の人生であるのだろうか、たった一度だけのチャンスだろう。
それなら絶対に行きたい。そう思っているものの、着ていけそうなドレスは、と頭の中で考えると、死んだお母さまのドレスだ。
義理の母と姉に処分されていなければいいのだが。
そんなことを考えながら、シンデレラは屋根裏にある荷物置き場から、年月が経っているからか、穴が所々空いているドレスを取り出すと、心がワクワクする気持ちを抑えられず、思わず抱きしめた。
あった。あった。穴も空いてるし、デザインも古いと思う。アクセサリーはないし、靴もない。けれど、このドレスがあった。
父と母の思い出のドレス。これがあったことがシンデレラにとってとてつもなく嬉しい気持ちでいっぱいとなった。
美しい宝石を身につけた令嬢たちの中で私の姿はひどく見窄らしいだろう。
そんなことが簡単に想像がつくけれど、それでも一生に一度のチャンスである華やかな場所に行ける機会なんてもう二度とないだろうから、絶対に行きたい。
大丈夫。母様が守ってくれる。
シンデレラの心はじわりじわりと音を立てるように満たされていった。
「だめよ。ぜったい。だいたい家の掃除は誰がやるのよ」
義理の母が不機嫌そうに眉を吊り上げ、腕を組んでシンデレラに言い放った。
「家事はきちんと行います。お願いです」
「ダメよ」
ピシャリと戸を閉めるように否定され、シンデレラは肩をすくめていると、雲雀のような声で義理の長姉がニヤニヤと笑って口を挟む。
「まあまあ、お母さま、そう冷たくしないで。義理とはいえ私たちは家族なのだから、この子の望みも叶えてあげましょうよ」
何が変だ。
そう思った時には遅かった。
義理の下姉が意気揚々と階段を駆け降りる音がした時、ああ、そういうことか、とシンデレラは認識した。
その後は、下姉が母のドレスを持って居間に現れたのだが、手に持ったドレスは無惨にも切り刻まれていたのだ。
屈辱や怒りが腹の底から湧き上がってくるが、それを口にしたらどうなるか、分かっている。だから、言葉を飲み込み、思わず言葉がこぼれ落ちないよう唇を噛み締め、血の味が口腔内に滲み出ても、我慢をした。
(大丈夫。なくなったわけではない)
「服があるなら行きなさいな。もっとも、そんな覚悟があればの話だけど」
高らかに笑った声が、耳に残ったけれど、涙を流したら、負けだ。だから、シンデレラは思いを殺して、下姉からドレスを受け取ると、頭を下げて居間を後にする。
(だいじょうぶ。だいじょうぶ)
「あの子の顔、見た?」
「おかしいったらないわ。ほんと」
義理の母と姉たちの嫌味ったらしい笑い声が退席した居間から漏れ出てきて、シンデレラの心がナイフでえぐられ、血が滲み出てくる。
そんな気持ちが湧き上がってきたけれど、もう、何にも感じない。
「朱里、宿題は? 遊んでないで勉強しなさいってママはいっぱい言ってきたけれど、こんなことに比べるとママの方が全然良かったな」
シンデレラは切り刻まれたドレスに涙を落とし、震える声でつぶやいた。
(ん? ママ? 宿題?)
思わず自問自答してしまったが、聞き慣れない言葉を発した自分が信じられないと言った感覚だった。
ママなんて言葉は使ったことがないし、「お母様」か「お義母さま」しか言ったことがない。それに「宿題」って、言葉そのものを使ったことがない。
「変なの。それより、仕事しないと」
シンデレラは破かれたドレスを自身のベッドの中に隠すと、箒と塵取りを持って、部屋を後にした。
ドレスが破かれて嘆こうとも仕事は減らない。それどころか、サボっていると言われ、罵られ、もっと仕事は増すだろう。
泣いちゃダメ。
シンデレラは心の中で強くそう思って、いつものように仕事に戻り、料理、洗濯、裁縫、掃除を行ったあと、自室に戻り、ベッドにしまったドレスを取り出した。
大丈夫。できる。縫えばいいのだから。
そう思って針と糸をとり、丁寧にひと針ひと針塗っていく。
でもやはり、体力の限界なのだろう。瞼は下がっていき、視界もぼやけてくる。
おそらくシンデレラ自身が気付かぬうちに、針と糸を持ったまま、ベッドに倒れ込み、眠ってしまっていた。
夢の中は、妙な世界だった。どれくらい先の世界なのか、はたまた空想の世界なのかは不明だが、シンデレラはアカリと呼ばれ、学校というところにいた。
ドレスとは違う服を来て、真っ赤なランドセルを背負って今よりもっと歩きやすい道を歩いていた。
商店街の先にある電気屋では光る箱が置いてあり、なぜかその箱の中には人がたくさんいるのだが、それを不思議とも思わなかった。
その箱はテレビといい、そんな魔法のような箱を店先に置いてあった。
すると、突然テレビが光だし、眩しさで目の前がチカチカと光が飛び、アカリと呼ばれるシンデレラは思わず耐えられなくなり、目を閉じた。
その時、聞き慣れたような音や声がシンデレラの頭や閉じたはずの瞼の裏に視界として広がった。
スーツを纏った女性で髪は肩くらいまでの女の人や、この世界にはにつかわしくないテレビ、スマートフォン、学校、塾、赤いランドセル、赤色の布張りの本に、ステンドグラス。
おかっぱ頭の少女が二人。
映像と共に、テレビの何気ないニュースに、天気予報。そして「アカリ」と呼ぶ懐かしい声。
シンデレラは「ママ……」と思わず口から溢れていた。
そして、寝ているのに涙が一筋、頬に流れて、その生温かい感触で目が覚めた。
なぜだかとても懐かしい夢を見ていた。そんな心が満たされるような充足感を、窓から漏れる朝日を見て思っていた。
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