虹色古書店

カズモリ

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6. 朱色⑥

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 舞踏会当日になっても、結局ドレスは出来上がらず、シンデレラは家の庭で野菜の手入れをしていた。

「仕方ないよ。間に合わなかったから」

 一度でいい。だから、胸を躍らせて、煌びやかな世界に行ってみたかった。
 けれど、分不相応な希望や夢は打ち砕かれた。

「灰かぶりだもんなあ」

 目頭に熱いものが溢れ出し、視界がぼやけていく。

 すっかりと傾いた陽が野菜を照らしながら、一筋の涙が頬を伝った時、シンデレラの視界が少しだけ暗くなり、思わず顔を上げると、見知らぬ人が立っていた。

 老女というには少しばかり違う。白髪の髪を結い上げているのに、顔には皺がほとんどない。
 そのアンバランスさが、奇妙で、涙を流すのをやめた代わりにシンデレラは首を傾けた。

「あなたは?」

 女性はシンデレラの土いじりをしていた手を握ると、ふふっと笑った。

摩訶不思議まかふしぎよね」
「え?」
「いいえ。あなたの望みをかなえてあげるわ」

 シンデレラが訝しい気持ちで眉を寄せると、女性はシンデレラの手から己の手を離した。
 すると爪の中にまで泥が入っていたというのに、跡形もなく、その汚れはなくなっているばかりか、爪には美しい装飾が施されていた。

「信じるか否かは、あなた次第よ」と言って、ウィンクをする女性を見ながら、シンデレラは心を決めたように、ツバを飲み込んだ。

 普通ならば有り得ぬことだが、なぜかシンデレラは信じてしまった。
 それはあまりにも普通の出来事のように、じっくりと感じているのだ。

「信じるわ」

 まだ望みはある。

 シンデレラの答えを聞いて、女性は嬉しそうにわらった。


 それからどれくらいの時間が経っただろうか。

 陽がすっかり沈み、舞踏会の会場には多くの人が集まっていた。
 その中を豪華絢爛な装いで現れた一人の女性に会場が騒がしくなった。

 会場の視線を全て攫っていくその女性は紛れもなく、シンデレラなのだが、あまりの変わりようで、彼女の姉や義母も気づいていない。

 無理もない。

 金糸や銀糸をふんだんに用いた刺繍にビジューを散りばめ、柔らかそうな生地を幾重にも重ねたドレス、首元には大粒のブルーの宝石をあしらい、女性の瞳の色とあっており、それがまた息を呑むほどの洗練さを醸し出していた。
 足元はすっきりとしたガラスの靴は歩く度に輝きを放ち、さらに彼女を際立たせた。

 数日に分けて城下町に住む未婚の女性を集め、王子の誕生日パーティーが催される。
 名目は婚約者探しだ。

 王子の婚約者になれるとは思っていない。
 人生に一度だけ、この世界を経験したい。

 シンデレラは胸を高鳴らせ、着飾った人々、装飾品、調度品に目を奪われていると、目の前に白い手袋が見えたので、ゆっくりと視線を上げていく。

 そこにはブラウンの髪に青色の瞳を持つ高貴な男性がいた。

「踊っていただけますか?」

 それは王子だった。

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