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ダルマータ国
8. 目的
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クリスタは握手をした手を放し、エドワードとリルルをじっと見る。
「二つですよ。一つはエドワード様へこの手紙を渡すため。もう一つがパルクルトの港の北東にある海底火山を確認するため、です」
「なるほど……。それで、海底火山の結果は?」
クリスタはハッと息を噴き出して笑った。
「私が確認したあとだと、どうして思うのですか?」
エドワードは手紙についている焔の揺らぎを見ながら応える。
「君は出会い頭に、私にエメラルド家の地下室に行ったのだろう、と言った。それは、私を味方につけるためなのかもしれないが、私の目的がキミの目的と同じことを指す、ということだともとれる。我々がいつパルクルトに訪れるか、はたまた来ないかもしれない。それにも関わらず、キミはもう一つの目的を果たさず、ただ待っているだけの男とは思えないからだ」
「その通り、ですよ」
クリスタは一度席を外すと、壁にかけている絵に触れ、壁から額縁ごと剥がし、裏返す。
すると、そこにはパルクルトの街の地図が出てきた。
「精霊の国と人々の暮らす国は表裏一体だということはお分かりですね? つまり、海底火山は聖霊の国では、海底にあるとも限らない、という事です」
「ああ」
「では、どのようにすれば精霊の国へ行けるでしょうか?」
クリスタの問いに、エドワードは答えを持ち合わせていない。
「それは、私に聞かれても……」
リルルが自身の艶やかな髪を肩にかけると「そこで、わたしですか?」と、言った。
「はい。リルルさんは探索が得意でいらっしゃる。例えあなたが、このパルクルトからこちらの世界に来ていないとしても、あなたならば、他の妖精がどのようにして現れるのか、それを調べるのは容易いのではないですか?」
リルルは汚い者でも見るように、目を細めて、クリスタをみる。
とてつもなく嫌そうに。
「精霊痕がないと、うまくいきませんよ」
「そこは問題ありません。精霊を捕まえておりますから」
クリスタの発言にリルルが青ざめた。
「精霊をつかまえたのですか?」
「はい。まあ、混血児ですし、ね。そこら辺は心得ていますよ」
クリスタは少しだけ寂しそうに自身の手を見つめ、ソファから立ち上がった。
「すぐ、連れてきます」
エドワードはクリスタが扉を閉めたことを確認すると、リルルに小声で訊ねる。
「私、というより、リルルの力を確認するために、マルゲリータに仕組まれたようだな」
「だろうね」
(王室図書館でのダルマータ創世記の探索も、おそらくマルゲリータ嬢によるものだろう。このミッションが成功させるにたる能力をゆうしているか、の)
リルルはパルクルトの地図を見ながら、顎に手を置く。
「不思議なのが、サファイア家のことを嫌っていながら、なぜ皇太子と婚約したんだろうね。普通ならそんなことする必要がないだろう?」
「なら、婚約しなければならない理由があった、ということだろう」
「ええ、どんな?」
リルルは地図からエドワードに視線を移す。エドワードの髪がすっかり銀髪に戻っており、その銀髪が窓から差し込む光を反射して、エドワードの表情を確認することはできなかった。
ただ、エドワードのまとう空気がどことなく、重苦しく感じ、リルルはこれ以上、マルゲリータの話をすることは気が引けてしまった。
(あんな女に利用されていたなんて、考えるだけでも気持ち悪いのに……。エドワードが悲しむから、話せないじゃないか)
リルルはエドワードに話を突っ込めない代わりに、地図をじーっと睨みつける。
「あ」
「何だ?」
リルルは地図をトントンと叩く。すると、うっすらと地図の端に文字が浮かび上がっていた。
「おそらく果実酒か、何かで、地図に文字を書いている。火を当てたら文字が浮かび上がるように、なっていたんだね」
「ああ、さっきの火か……。でも、それ、精霊痕関係なくないか?」
リルルも首を縦に振る。
「ぶっちゃけ、精霊痕があっても広範囲から見つけるのは骨が折れるし、見つからない可能性もあるから、ある程度絞っておきたいところではあるけれど……。エドワードの好きな子はサディスティックだね」
ぐうの音も出ない。
「全てがテストというわけ、だな。手紙を燃やさなければ、この絵も出ない。この絵の謎も解かなければ、精霊も出さない、という事だろうからな」
(では、断っていたら?)
たらればを、考えても詮無いことだが、マルゲリータはおそらく私を滅していたのかもしれない。
そう考えると、エドワードの背筋に寒気が走る。
「その地図の件は簡単すぎでしたか?」
紫色の瞳をした小さな馬のような精霊を連れてクリスタが戻ってきた。
「お宅のお姫様を連れ帰るのが、本来の目的なんでね、そっちについてもヒントが欲しいくらいだわ」
リルルが読み解いた地図を見るよう、クリスタを促す。
「そのうち、出てきますよ」
「だといいけど……」
エドワードは二人のやりとりを眺めながら、思案する。
本当に、マルゲリータは何を考えているのだ。
王族に手を挙げることは死を意味する。エメラルド家はこの計画のために資材を投げ打っている。
つまり、没落し、王族、旧六帝の括りから逸脱する存在となる。
では、もし、命の危険を伴う場合、失踪だけで事足りるだろうか?
答えはNOだ。
エドワードは次男である。エドワードに爵位は与えられない。
故に、己の立場が守られて、エドワードが誰とも結婚せず、パール家から離れていない状態でなければ、この計画は命を落とすリスクが高い。
殿下との婚約はマルゲリータが命を守る上で致し方ないことなのかもしれない。
リルルなら、いや、本当に好き合っているかもしれないじゃないか、とツッコミを入れそうだが……。
エドワードは首を横に振り、考えを続ける。
では、なぜマルゲリータは私を頼っているのか。
自分で計画を実行する方が、容易い上に確実だ。リルルの能力はあれど、エメラルド家は元より精霊を巧みに使う一族。
リルル一人を使わずとも、よほど効率が良いと思える。
答えは一つだ。
マルゲリータは命の危険がある状況にある、ということだ。
もしかしたら、ここも誰が聞いてるとも限らない。
エドワードは戻ってきたクリスタの顔色を確認する。
涼やかな目もとだが、どことなく、目の下にクマがうっすらとある。
何日も寝ていないのだろう。
なんとしても、このミッションをクリアしないといけない、という事をエドワードは悟ったのだった。
「二つですよ。一つはエドワード様へこの手紙を渡すため。もう一つがパルクルトの港の北東にある海底火山を確認するため、です」
「なるほど……。それで、海底火山の結果は?」
クリスタはハッと息を噴き出して笑った。
「私が確認したあとだと、どうして思うのですか?」
エドワードは手紙についている焔の揺らぎを見ながら応える。
「君は出会い頭に、私にエメラルド家の地下室に行ったのだろう、と言った。それは、私を味方につけるためなのかもしれないが、私の目的がキミの目的と同じことを指す、ということだともとれる。我々がいつパルクルトに訪れるか、はたまた来ないかもしれない。それにも関わらず、キミはもう一つの目的を果たさず、ただ待っているだけの男とは思えないからだ」
「その通り、ですよ」
クリスタは一度席を外すと、壁にかけている絵に触れ、壁から額縁ごと剥がし、裏返す。
すると、そこにはパルクルトの街の地図が出てきた。
「精霊の国と人々の暮らす国は表裏一体だということはお分かりですね? つまり、海底火山は聖霊の国では、海底にあるとも限らない、という事です」
「ああ」
「では、どのようにすれば精霊の国へ行けるでしょうか?」
クリスタの問いに、エドワードは答えを持ち合わせていない。
「それは、私に聞かれても……」
リルルが自身の艶やかな髪を肩にかけると「そこで、わたしですか?」と、言った。
「はい。リルルさんは探索が得意でいらっしゃる。例えあなたが、このパルクルトからこちらの世界に来ていないとしても、あなたならば、他の妖精がどのようにして現れるのか、それを調べるのは容易いのではないですか?」
リルルは汚い者でも見るように、目を細めて、クリスタをみる。
とてつもなく嫌そうに。
「精霊痕がないと、うまくいきませんよ」
「そこは問題ありません。精霊を捕まえておりますから」
クリスタの発言にリルルが青ざめた。
「精霊をつかまえたのですか?」
「はい。まあ、混血児ですし、ね。そこら辺は心得ていますよ」
クリスタは少しだけ寂しそうに自身の手を見つめ、ソファから立ち上がった。
「すぐ、連れてきます」
エドワードはクリスタが扉を閉めたことを確認すると、リルルに小声で訊ねる。
「私、というより、リルルの力を確認するために、マルゲリータに仕組まれたようだな」
「だろうね」
(王室図書館でのダルマータ創世記の探索も、おそらくマルゲリータ嬢によるものだろう。このミッションが成功させるにたる能力をゆうしているか、の)
リルルはパルクルトの地図を見ながら、顎に手を置く。
「不思議なのが、サファイア家のことを嫌っていながら、なぜ皇太子と婚約したんだろうね。普通ならそんなことする必要がないだろう?」
「なら、婚約しなければならない理由があった、ということだろう」
「ええ、どんな?」
リルルは地図からエドワードに視線を移す。エドワードの髪がすっかり銀髪に戻っており、その銀髪が窓から差し込む光を反射して、エドワードの表情を確認することはできなかった。
ただ、エドワードのまとう空気がどことなく、重苦しく感じ、リルルはこれ以上、マルゲリータの話をすることは気が引けてしまった。
(あんな女に利用されていたなんて、考えるだけでも気持ち悪いのに……。エドワードが悲しむから、話せないじゃないか)
リルルはエドワードに話を突っ込めない代わりに、地図をじーっと睨みつける。
「あ」
「何だ?」
リルルは地図をトントンと叩く。すると、うっすらと地図の端に文字が浮かび上がっていた。
「おそらく果実酒か、何かで、地図に文字を書いている。火を当てたら文字が浮かび上がるように、なっていたんだね」
「ああ、さっきの火か……。でも、それ、精霊痕関係なくないか?」
リルルも首を縦に振る。
「ぶっちゃけ、精霊痕があっても広範囲から見つけるのは骨が折れるし、見つからない可能性もあるから、ある程度絞っておきたいところではあるけれど……。エドワードの好きな子はサディスティックだね」
ぐうの音も出ない。
「全てがテストというわけ、だな。手紙を燃やさなければ、この絵も出ない。この絵の謎も解かなければ、精霊も出さない、という事だろうからな」
(では、断っていたら?)
たらればを、考えても詮無いことだが、マルゲリータはおそらく私を滅していたのかもしれない。
そう考えると、エドワードの背筋に寒気が走る。
「その地図の件は簡単すぎでしたか?」
紫色の瞳をした小さな馬のような精霊を連れてクリスタが戻ってきた。
「お宅のお姫様を連れ帰るのが、本来の目的なんでね、そっちについてもヒントが欲しいくらいだわ」
リルルが読み解いた地図を見るよう、クリスタを促す。
「そのうち、出てきますよ」
「だといいけど……」
エドワードは二人のやりとりを眺めながら、思案する。
本当に、マルゲリータは何を考えているのだ。
王族に手を挙げることは死を意味する。エメラルド家はこの計画のために資材を投げ打っている。
つまり、没落し、王族、旧六帝の括りから逸脱する存在となる。
では、もし、命の危険を伴う場合、失踪だけで事足りるだろうか?
答えはNOだ。
エドワードは次男である。エドワードに爵位は与えられない。
故に、己の立場が守られて、エドワードが誰とも結婚せず、パール家から離れていない状態でなければ、この計画は命を落とすリスクが高い。
殿下との婚約はマルゲリータが命を守る上で致し方ないことなのかもしれない。
リルルなら、いや、本当に好き合っているかもしれないじゃないか、とツッコミを入れそうだが……。
エドワードは首を横に振り、考えを続ける。
では、なぜマルゲリータは私を頼っているのか。
自分で計画を実行する方が、容易い上に確実だ。リルルの能力はあれど、エメラルド家は元より精霊を巧みに使う一族。
リルル一人を使わずとも、よほど効率が良いと思える。
答えは一つだ。
マルゲリータは命の危険がある状況にある、ということだ。
もしかしたら、ここも誰が聞いてるとも限らない。
エドワードは戻ってきたクリスタの顔色を確認する。
涼やかな目もとだが、どことなく、目の下にクマがうっすらとある。
何日も寝ていないのだろう。
なんとしても、このミッションをクリアしないといけない、という事をエドワードは悟ったのだった。
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