【完結】貧乏公爵(令嬢)マルゲリータの失踪

カズモリ

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ダルマータ国

20. 思い出3

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「その瞳は」
 リルルは、目を見開いて思わず、そう言った。
 侍女は、言葉の意味を即座に理解し、顔を下に向けた。
 そして風に流れて、雲がなくなり日差しが戻った時、再度リルルに顔を見せる。

 アレキサンドライトとはよく言ったものだ。
 王女の魔力は小さかったが、昼間はエメラルドのような翠で、日が当たらなくなると、赤目となり、父譲りの魔力をます特性を持つ彼女自体がまさにアレキサンドライトなのだ。

 だから、リルルが魔力を探ろうにも昼間に会う侍女からは魔力をほぼ感じることができなかった。だが、昨夜のようになると父の血が濃くなるか、魔力の流れを感じることができたのだ。

 昼間は政務があるから合わず、夜は赤目になる。だから、早朝と政務が終わって、陽のある夕方しか会わない。

「王女なのか」
 リルルの問いに侍女は首を縦に振る。
「そうか」

 彼女とて、騙していたわけではない。ただ言っていなかっただけだ。
 だが、裏切られたようなそんな気持ちになる。

「それは?」

 リルルは彼女がいつも干す洗濯物が気になり、洗濯籠に視線を落として尋ねる。
 少なくとも王女の部屋を清掃する侍女はいる。王女の身支度をする者も。実際、リルルは身支度をするため、王女の部屋に訪れたのだから。

「母様のよ。母様は私と父様以外、受け付けないの」

 皇后はヒトだ。だが、精霊の寿命は人の10倍だ。   
 老けない夫を見続け、老けていく己を恥じ、次の子も産めぬその体を、これ幸いとばかりに、野心家の高官は側室にと自分の娘たちを王城へ送り込む。
 そして、精霊である彼らの方が相応しいとささやいては、魔力のない王妃を蔑む者たち。
 そのような中で、王妃は心を病んでいき、今ではほとんど外に出ない、ときく。

「父は母様だけを愛しているのよ。だから、あの石を贈ったのに。みんな意地が悪いのよ」

 エメラルドのことだろう。アレキサンドライトを贈らないのは珍しいことだった。
 エメラルドは本来、夫婦となる男女のための石であり、王妃の出自であるエメラルド家を最大限に尊ぶ行いだ。
 王は人である王妃を愛しており、だからこそ、人間のマナーを尊重した。
 だが、ここは精霊の国。
 周りは王が皇帝の石を贈らなかった娘を王妃にふさわしくないと判断した。
 たまたま王の第一子を腹に宿したので、王妃となった運の良い人間、皆が陰で揶揄した。

 そして生まれた子は半獣でもなく、人間の姿で生まれてきた。
 精霊王の子ではないのではないか、人間との間にできた不義の子では、と周囲は噂をした。
 成長すれば、魔力があるかもしれないと思ったが、その兆しもなく、王妃は子供が大きくなるにつれ、微かな希望も消えていく現実と、孤独から、精霊国の人間を信じることができなくなっていた。

「私は皆の期待どおり、魔力も少ないし、半獣でもない。きっと母様のように人の血が濃くて、すぐ死ぬと思うわ。だけどその前に抗ってみたいじゃない」

 彼女はそう言って笑った。
 この娘の決意を後押しするかのように、突然、風が吹いて、娘の髪がふわりと揺れた。

 それがあまりにも美しく、リルルをこの世の者とは思えないほど美しい、と言ったこの娘の方が美しい、とリルルは思った。
 無意識に彼女の姿を捉えている。視線を逸らすことなどできないほどに、彼女は美しい。
「名前を教えて」
 リルルの言葉に娘は、意外だったのか、目をぱちくりさせた。
 この王城で、王女の名を知らぬ者などいないのだから、驚いても無理はない。
 だが、それを指摘すると不敬だと言っているようで、敢えて指摘しないことにする。
「アビー」

 アビーという愛称を言われ、自分がどれほど愚かなのかと、流石のリルルも気がついた。
 ここに働く者ならば王族の名前は覚えている。それなのに、なを聞くのだから、愛称を聞いたと思われても仕方がない。

 リルルはアビーに手を差し出し、洗濯籠をヒョイと持ち上げる。
「洗濯、取り込まないと雨が降るぞ」
「ええ、大変。でも、干したばかり」

 リルルは自分の言葉に焦るアビーを見て、何かを閃いたのか「いい提案がある」と言って、アビーについてくるよう促す。

 そこは大きな乾燥室があった。
 乾燥室といっても簡易的なもので、上空は陽の光が入るようにガラス張りとなっており、風魔法が得意なものが、生み出す風によって洗濯物を乾かすというシステムで、実に古典的なものだ。
 それでも雨の日には重宝するので、洗濯物が沢山干されている。

「ここを使うといい」
 得意げに言ったリルルをアビーの翠の瞳が細くなり、パチパチと手を叩いた。
「便利ね。ありがとう」
 昨夜のような神々しい雰囲気はなく、アビーはただただリルルに感謝をするので、こそばゆくなる。
「今日は私がお前の世話係らしいからな。とっとと部屋に戻って着替えとけ。コレも乾いたら部屋に持っていく」

(頼むから、礼を言わないでくれ)

 リルルは自分の両手を見ると、ずるずるとその場にしゃがみ込んだ。

 この手はあまりにも汚く、犯罪を幾度も重ねすぎた。
 自分の境遇を悲嘆し、他者を妬み奪いとる己とは異なり、この娘は他者を非難することなく、己の境遇を受け入れていた。

 王城に来た時、この世の綺麗なところしか見せていない王城で暮らす呑気で無力な娘から、王族としての証を奪うことは、さほど悪いことと思っていなかった。
 金のあるところから余っている金をもらうだけ。寄付と同じだ。
 生きるためには盗みをしなければならない。より強いものに媚びて、それの何が悪い。

 そう思っていた。
 
 あの娘は母親のために毎日自ら洗濯をしている。それはただの一端だということが、容易に想像できた。
 精霊嫌いなのだ。当然、母の身支度もあの娘と王が行っているのだろう。精霊を信じられなくなった母のために、嘆くことなく、淡々と己のできることをする。
 外の世界も知らず、魔力がないと蔑まされても、ただ母のために。
 そして自分を非難する国民のために政治、経済、外交を学ぶ。

 それを当たり前と捉えながら。
 
 きっと王城にいる使用人の何人かは、王女が王妃の世話を行っていることに気がついているはずだ。
 4ヶ月しかすごしていない自分ですら気がついたのだからと、リルルは思った。

「やりにくい仕事だ」

 しゃがみ込んだリルルの頭上から冷たい水滴がいくつも降ってきて、雨が降ってきたのだなと、悟った。    
 雨水がやたらと冷たく感じた。
 薄汚れた俺の過去も心根もこの雨で流れ落ちることができたらどんなに良いか。

 過去は消えないのだ。

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