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第三章(2)
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夕方になると、再びあの邸宅に向かうということになるが、その前に、着替えろとスーツを渡された。
「準備が良いんだな」
服を着替え、ネクタイを締める。
「こっち向け」
富永に見せると、じろじろと見つめられた。
「ネクタイが曲がってるぞ」
「そうか?」
「動くな」
富永の手が伸び、互いの距離が近づく。不覚にも鼓動が早まってしまう。
(相手は犯罪者だぞ……)
そう念じるように自分に言い聞かせるうちに、富永は「良いぞ」と言って離れた。
「……悪い」
そうして車に乗り込み、再びあの別荘へ向かう。その時にはブツを入れたアタッシュケースまで持参している。
車止めには昼間よりも車の数が増えていた。
広い庭で、夕涼みのカクテルパーティーが開かれていた。
女性たちは胸元が大きく開き、豪華な装飾品で自らをかざりたてる。
景たちが足を向けると女性たちが値踏みするような視線を向けてきた。
「来てくれて良かった。待っていたぞ」別荘の主が近づいて来た。
受け取ったアタッシュケースに相好を崩し、そして欲望を隠さない眼差しで、景を見て来た。景は知らぬ振りをした。
そしてカクテルパーティーに付き合う。無論、失礼にならない程度でカクテルで唇を濡らした。基本的に富永の付き添いだが、話しかければにこやかに応じる。それこそ一生分笑ったと思えるくらい微笑んだ。頬が攣らないか、ハラハラするほどだ。
日が落ちると、別荘の中のホールに場所を移す。やることは大して変わらないが、こちらは、カクテルパーティーで親交を深めた同士が親しげに話して、いくつもの男女のペアが出来る。
富永はビジネスの仕事に熱中をし、景は所在なげにしていた。
「ねえ、お話いたしません?」
「いえ、私は……」
景は富永に助けを求めるよう目を向けたが、「どうぞ、そんな奴でよければ」と追い払うようだった。
(ったく)
それとなく富永たちの話は聞いておきたかったが、しょうがない。
女性に付き合い、ホールを抜けて、庭に出た。
「ごめんなさい。少し待っていて下さります?」と女性に言われた。
「え、ええ……」
誘っておいてそれは幾ら何でも失礼ではないかとも思ったが、出来る限りにこやかに応じた。
しばらくして戻って来たかと思うと、現れたのは小山田だ。
「――驚かせてすまんね。私が声をかけたのでは、富永君が警戒するのではないかと思ってね」
「警戒、ですか?」
「いやあ、君と話がしたくてね」
カクテルを手渡される。
「富永君から言われたかもしれないが、私はゲイでね」
「……そうですか」
「安心したまえ。別に手込めにしようと思ってはいないから。私にも交際している相手がいるんだ。ただ、あの富永君が優しい目で君を見つめていたんでね、気になったんだ。彼は有能である反面、人間味に欠けると言うべきか……」
「そうなんですか?」
「一体、どんな魔法を彼にかけたいんだい?」
冗談めかして言いつつ、小山田はカクテルをぐっと飲んだ。
それに釣られるように、景もカクテルを呷る。
「私は何もしてません」
「彼は男性を取っ替え引っ替えしているが、あんな愛おしげな目は初めてみたよ。君をそれだけ信頼していると言うべきなのかな?」
「……どうでしょうか」
と、景は身体が妙に熱くなるのを実感した。次に襲われたのは目眩だった。
体勢を崩してしまうと、「大丈夫かね」と小山田に支えられる。
脈が明らかに早くなり、グラスを取り落としてしまう。
「……すみません……こんなこと……」
「まあ少し休めばよくなるだろう。来たまえ」
そうして小山田に付き添われながら辿り突いたのは、部屋だった。
ベッドに横に寝かされる。その時はますます身体が熱く火照っていた。
「平気かね?」
小山田に見下ろされる。
「……た、多分」
涙で揺らいだ視界の中で、小山田が微笑んでいた。彼の手が股間に伸びる。最初は気のせいだと思ったが、明確に、その手は股間をまさぐる。
「ぁあっ……」
声が口を突いて出てしまう。それは甘ったるい、喘ぎだった。
「君は薬を使いながらのセックスの経験あるかい? それはまるでこの世のものとも思えぬくらい幸せなものなのだよ。全身が研ぎ澄まされ、どんな触れあいすら心地よい。実際、今だって気分が良いだろう?」
小山田に唇を奪われそうになるが、景ははっとして突き飛ばした。
「何をするんだっ!」
「気分が良い……? 最悪だぞ……っ。この変態オヤジっ!」
「こんな無礼をされて、ただで済むと思うなっ! 富永に言って、お前なんざっ……」
「俺がどうかしたのか?」富永が部屋に入ってきた。
「おお、よく来てくれたっ!」小山田は顔を上げた。
「何かされたのか?」
「突き飛ばされたんだっ!」
「お前になんざ聞いてない。――涼介。おい、平気か?」
「……まだ何もされてない」
「まだ、か」
「おい、富永君! そいつが誘ってきたんだ。私は被害者……」
「黙れっ!」
富永は小山田の胸ぐらを乱暴に掴むや、引き上げた。
小山田の顔が恐怖に引き攣る。
「それ以上、くだらねえことをほざいてみろっ。てめえの歯を全部、へし折ってやるからなっ」
景は吐き気と全身の虚脱感と戦いながらも、富永の背に抱きついた。
「や、やめろっ……俊也。お、お願いだから……。俺は何もされてないからっ」
強張っていた彼の身体から力が抜けていけば、小山田がずるずると床にへたりこんだ。 スーツの股間がみるみる黒く湿っていく。
「変態ジジイ。二度とくだらねえことをするなよ。それから、今日のことを言ってみろ。お前のちんけな社会的な地位なんざ、いつだってめちゃくちゃにできるんだ」
富永は、景を横抱きにした。
「お、おい……っ」
「黙ってろ」
だが、抵抗する力などなく、辛うじて景は富永の首に腕を回して、しがみついた。
富永は歩きながら部下に電話を入れて、車を回させ、ホテルへ帰った。
「準備が良いんだな」
服を着替え、ネクタイを締める。
「こっち向け」
富永に見せると、じろじろと見つめられた。
「ネクタイが曲がってるぞ」
「そうか?」
「動くな」
富永の手が伸び、互いの距離が近づく。不覚にも鼓動が早まってしまう。
(相手は犯罪者だぞ……)
そう念じるように自分に言い聞かせるうちに、富永は「良いぞ」と言って離れた。
「……悪い」
そうして車に乗り込み、再びあの別荘へ向かう。その時にはブツを入れたアタッシュケースまで持参している。
車止めには昼間よりも車の数が増えていた。
広い庭で、夕涼みのカクテルパーティーが開かれていた。
女性たちは胸元が大きく開き、豪華な装飾品で自らをかざりたてる。
景たちが足を向けると女性たちが値踏みするような視線を向けてきた。
「来てくれて良かった。待っていたぞ」別荘の主が近づいて来た。
受け取ったアタッシュケースに相好を崩し、そして欲望を隠さない眼差しで、景を見て来た。景は知らぬ振りをした。
そしてカクテルパーティーに付き合う。無論、失礼にならない程度でカクテルで唇を濡らした。基本的に富永の付き添いだが、話しかければにこやかに応じる。それこそ一生分笑ったと思えるくらい微笑んだ。頬が攣らないか、ハラハラするほどだ。
日が落ちると、別荘の中のホールに場所を移す。やることは大して変わらないが、こちらは、カクテルパーティーで親交を深めた同士が親しげに話して、いくつもの男女のペアが出来る。
富永はビジネスの仕事に熱中をし、景は所在なげにしていた。
「ねえ、お話いたしません?」
「いえ、私は……」
景は富永に助けを求めるよう目を向けたが、「どうぞ、そんな奴でよければ」と追い払うようだった。
(ったく)
それとなく富永たちの話は聞いておきたかったが、しょうがない。
女性に付き合い、ホールを抜けて、庭に出た。
「ごめんなさい。少し待っていて下さります?」と女性に言われた。
「え、ええ……」
誘っておいてそれは幾ら何でも失礼ではないかとも思ったが、出来る限りにこやかに応じた。
しばらくして戻って来たかと思うと、現れたのは小山田だ。
「――驚かせてすまんね。私が声をかけたのでは、富永君が警戒するのではないかと思ってね」
「警戒、ですか?」
「いやあ、君と話がしたくてね」
カクテルを手渡される。
「富永君から言われたかもしれないが、私はゲイでね」
「……そうですか」
「安心したまえ。別に手込めにしようと思ってはいないから。私にも交際している相手がいるんだ。ただ、あの富永君が優しい目で君を見つめていたんでね、気になったんだ。彼は有能である反面、人間味に欠けると言うべきか……」
「そうなんですか?」
「一体、どんな魔法を彼にかけたいんだい?」
冗談めかして言いつつ、小山田はカクテルをぐっと飲んだ。
それに釣られるように、景もカクテルを呷る。
「私は何もしてません」
「彼は男性を取っ替え引っ替えしているが、あんな愛おしげな目は初めてみたよ。君をそれだけ信頼していると言うべきなのかな?」
「……どうでしょうか」
と、景は身体が妙に熱くなるのを実感した。次に襲われたのは目眩だった。
体勢を崩してしまうと、「大丈夫かね」と小山田に支えられる。
脈が明らかに早くなり、グラスを取り落としてしまう。
「……すみません……こんなこと……」
「まあ少し休めばよくなるだろう。来たまえ」
そうして小山田に付き添われながら辿り突いたのは、部屋だった。
ベッドに横に寝かされる。その時はますます身体が熱く火照っていた。
「平気かね?」
小山田に見下ろされる。
「……た、多分」
涙で揺らいだ視界の中で、小山田が微笑んでいた。彼の手が股間に伸びる。最初は気のせいだと思ったが、明確に、その手は股間をまさぐる。
「ぁあっ……」
声が口を突いて出てしまう。それは甘ったるい、喘ぎだった。
「君は薬を使いながらのセックスの経験あるかい? それはまるでこの世のものとも思えぬくらい幸せなものなのだよ。全身が研ぎ澄まされ、どんな触れあいすら心地よい。実際、今だって気分が良いだろう?」
小山田に唇を奪われそうになるが、景ははっとして突き飛ばした。
「何をするんだっ!」
「気分が良い……? 最悪だぞ……っ。この変態オヤジっ!」
「こんな無礼をされて、ただで済むと思うなっ! 富永に言って、お前なんざっ……」
「俺がどうかしたのか?」富永が部屋に入ってきた。
「おお、よく来てくれたっ!」小山田は顔を上げた。
「何かされたのか?」
「突き飛ばされたんだっ!」
「お前になんざ聞いてない。――涼介。おい、平気か?」
「……まだ何もされてない」
「まだ、か」
「おい、富永君! そいつが誘ってきたんだ。私は被害者……」
「黙れっ!」
富永は小山田の胸ぐらを乱暴に掴むや、引き上げた。
小山田の顔が恐怖に引き攣る。
「それ以上、くだらねえことをほざいてみろっ。てめえの歯を全部、へし折ってやるからなっ」
景は吐き気と全身の虚脱感と戦いながらも、富永の背に抱きついた。
「や、やめろっ……俊也。お、お願いだから……。俺は何もされてないからっ」
強張っていた彼の身体から力が抜けていけば、小山田がずるずると床にへたりこんだ。 スーツの股間がみるみる黒く湿っていく。
「変態ジジイ。二度とくだらねえことをするなよ。それから、今日のことを言ってみろ。お前のちんけな社会的な地位なんざ、いつだってめちゃくちゃにできるんだ」
富永は、景を横抱きにした。
「お、おい……っ」
「黙ってろ」
だが、抵抗する力などなく、辛うじて景は富永の首に腕を回して、しがみついた。
富永は歩きながら部下に電話を入れて、車を回させ、ホテルへ帰った。
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