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13 謁見

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 王都に戻ると、その足で謁見の間へ向かう。
 はじめてジェレミーが足を踏み入れる場所である。
 謁見の間で国王に会うということは前回と違い、公式ということだ。
 普通、学生など呼ばれるような場所ではない。
 国の舵取りを任されている重臣が集う中、末席に父の姿を見たジェレミーは驚きを隠せなかった。
 父は末席ながら、この場に呼ばれたことで上機嫌だ。

「ルーファス・ゼノン・サドキエル、ならびに、ジェレミー・ランドルフ。無事、視察より帰還して参りました」

 ルーファスが最敬礼の姿勢のまま、国王へ告げた。
 玉座の国王はにこやかだ。顔の皺が深い。

「うむ、ご苦労だった。そしてこたびの隠し金山の件、大手柄である」
「もったいない御言葉でございます。詳しいことは報告書にて」
「すでに受け取っている。まさかここまでお前がやってくれるとは予想していなかった。お前の亡き母は賢く、機転がきいた。お前もその血を引いてくれているようで嬉しいぞ」

 公の場で国王が、元踊り子の側妃について言及するのは異例である。
 それもすぐ隣には、王妃、そして王妃との間に儲けた王太子であるレイヴンがいるというのに。
 ちなみにレイヴンは、ジェレミーたちが謁見の間にやって来てからというものの、ずっと睨み続けていた。
 実はこれは数日後に判明するのだが、代官は王太子の取り巻きの一人、トール・ヴォギャットと結びついていた。

 代官がトールに賄賂を贈り、自分に有利な情報を得ていたのだ。
 国家への反逆を働いたことで代官とトールの家はどちらも取りつぶされ、王国より追放された。
 王太子からすれば自分の側近を潰されたことへの怒りが深く、睨むのも当然だ。
 ジェレミーとしては代官とトールが結びついていた事実を、レイヴンは本当に知らなかったのだろうかと疑っていた。

 いくら王太子の取り巻きとはいえ、そんなに容易く監察の情報が手に入るものなのか。
 レイヴンも一枚噛んでいるのではないか。
 しかしただの憶測で、何の根拠もないことだ。

「男爵」
「は、はい……!」

 国王から呼ばれた父が緊張に表情を強張らせながら、国王の前に進み出る。

「良き子を持ったな。今後も、王家への忠節を期待するぞ」
「は、はぃぃ! 命に代えましても……!」

 上がっているのが丸わかりな返事に、微笑ましそうな笑いが謁見の間に響く。

「二人には追って褒美を取らせる故、よく休め」

 こうして謁見の間より退出することになる。
 国王との謁見からの解放感に、ジェレミーは回廊で思いっきり伸びをする。

「これで心おきなく休めます!」
「公務を終えてこう言うのもおかしいが、楽しかった。きっと、お前が来てくれたからだろう」
「! で、殿下……」

 ストレートにお礼を言われ、頬が熱くなってしまう。

「……僕こそ、とても楽しい視察でした」
「そう言ってもらえて良かった。それじゃあ、また学校で。解放感のあまり休むなよ。もしあれだったら明日は迎えに行くが」
「もう子どもじゃないので、そんなことまでしてもらわなくても大丈夫です」

 ジェレミーはルーファスの背中が見えなくなるまで見送った。



 学院に復帰すると、すでにルーファスたちの活躍を知らない生徒は誰もいなかった。
 教室ではクラスメートたちから視察先での出来事を教えて欲しいとせがまれた。
 辟易しつつも、ルーファスの株を大いに上げるチャンスとばかりに、代官の手勢と戦った話をすると、案の定、クラスメートたちは昂奮に目を輝かせた。
 ルーファスが褒められると自分のことのように嬉しい。
『推し』を人に紹介して、好意的な反応が返ってきた時に似ている。
 昼休みは、久しぶりにクリスとラインハルトと再会し、一緒にお昼を食べた。もちろんルーファスも一緒だ。

「ありがとうございます、ジェレミー先輩!」

 ジェレミーはさっそくプレゼントを渡すと、すごく喜んでくれた。

「すごく素敵です! 僕、月が好きなんです!」

 クリスは制服につけてみせる。

「どうですか?」
「うん、よく似合う」
「ライン、どう?」
「お前は何をつけてもよく似合うが、特にその月はいいな」
「だよね! 先輩、一生大切にします!」
「一生は大袈裟だけど……うん」

 無邪気に喜んでくれるクリスを前に、ジェレミーも嬉しくなった。

「ルーファス先輩、その首飾り、素敵ですね」

 食事をしていると、クリスが気付く。

「ジェレミーからプレゼントされたんだ」

 ルーファスは本当に嬉しそうに言った。
 どこか誇らしげにも見えるのは、プレゼントをあげた手前、気に入っていて欲しいと思うジェレミーの思い込みがみせた幻だろうか。
「誕生日プレゼントのお礼にね」
「よくお似合いですよ」
「そうだろ」

 ルーファスはじんわりと頬を赤らめ、頷く。
 そんな反応をされてしまうと、気恥ずかしくなる。
 頬をあからめあうルーファスとジェレミーを前に、クリスはにこにこと微笑んだ。

「お前ら、視察前より仲良くなってるな」

 ラインハルトがぽつりとこぼす。

「そうか? 変わらないだろ」

 ルーファスは素っ気なく言った。

「いや、距離感が縮まったように見える。付き合いはじめた、とか?」

 そこへ何気なく放り込まれる爆弾。それもラインハルトから。
 ジェレミーはゲホゲホと咳き込んだ。

「な、何を言ってるんですか……」

 動揺のあまり、声が上擦った。
 ルーファスはと言えば、別に動揺した様子もなくいつも通り、落ち着き払っている。

「いや、友だ。大切な」
「ふうん」

 ラインハルトはどこか納得していない風で頷く。
 そんなものにも構わず、ルーファスは懐から封筒を取り出す。

「そうだ。忘れないうちにこれを渡しておく」

 王家の紋章の封蝋がされて、仰々しい。

「夜会の招待状だ」
「夜会? 僕ではなく父に渡すべきでは?」
「主役は私たちだぞ」
「えっ」
「視察を終えた私たちの功績を陛下が評するためにもうけてくださる、祝いの席だ。どうせ学校で顔を合わせると思って、直接私が渡しておくと持って来たんだ。王都にいる貴族たちにも同じ招待状が送られるはずだから、クリスやラインハルトも予定がなければ、ぜひ参加してくれ」

 予定がなければなんて。王家からの招待状を無碍に出来る貴族などいるはずもない。

「あのぉ……主役ということですが、僕は何かしたりとかは?」
「安心しろ。謁見の間でしていたように、黙ってにこにこしていればそれでいい。あとは周りが勝手にしてくれる」
「安心しました」

 クリスがくすくすと笑う。

「さらに先輩たち、有名になっちゃいますね。社交界でも評判だと父も言ってました。ルーファス先輩が王太子殿下を支えれば、この国の将来は安泰だろうって」

 ラインハルトも相づちを打つ。

「たしかにその話は俺も聞いたな。騎士団の中にもルーファスの大立ち回りは評判になっているみたいだ」
「大袈裟に褒めているだけだ」
「そんなことありません。あの時の殿下はすっっごく格好良かったですから! もっと自信を持ってください!」
「でもあの時はお前に助けられた」
「助けるのは当然ですし、助けられたからって、殿下の価値が損なわれたりはしません!」

 本心から言うと、ルーファスは「そ、そうか」と口ごもり、そっぽを向いてしまう。

(変なこと言ったかな?)

 そんなジェレミーとルーファスのやりとりを、クリスとラインハルトは微笑ましそうに見つめるのだった。
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