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都からの使者(1)
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「うーん! 今日も良い天気っ!」
マリア・デ・エリントロスは両腕を空一杯に突き上げて、背伸びをする。
朗《ほが》らかな日射しが温かく、快い。
春先は冷える日も少なくないが、ここ数日はまるで初夏のようで軽く汗ばむこともあるほどだ。
日射しを受けたマリアの緑柱石のような瞳が澄んだ光を帯びた。
短袖の上衣に乗馬袴、飴《あめ》色のロングヘアを高く結い上げたマリアは風に乗って鼻をくすぐる、新芽の香りを感じながら馬に揺られて農園の田舎道を進んでいた。
見渡す限り、木々が広がっていた。
今はまだ実りは小さいが、初夏を迎えるとアルの実という真っ赤な果実をつける果樹園だ。
柑橘系のそれは王侯貴族は元より庶民にまで愛される、ハイメイン王国の名物だ。
ハイメイン王国の南部にある、ここトルシア州は一年を通して気候が温暖で、アルの実の一大産地として名高い。
そしてマリアの家、エリントロス家はトルシア州を収め、伯爵の位を王家より戴《いただ》いていた。
木々を丁寧に育てる農夫夫妻がマリアに気付くと、「これはお嬢様、おはようございますっ」と帽子を脱いで深々と頭を垂れる。
「おはよう、二人とも。作物の生育はどう?」
夫のほうが嬉しそうに目を細める。
「天候も良く、育ちは順調でございます」
「今年も良く実ることを祈っているわ」
「ありがとうございます」
夫婦に見送られ、マリアは馬を進める。
すると子どもたちの嬉々とした歓声が聞こえてきた。
そちらに目を向ければ、農水路で、この暑さに我慢出来なくなった下着姿の子どもたちが水遊びをしている。
「みんな気持ちよさそうね」
「――マリア様だっ!」
子どもの一人が気付けば、「マリア様! 一緒に遊ぼう!」と声を重ねて馬の周りを嬉しそうに走り回る。
「ごめんね。今は巡回の途中だから、また後で」
「えー。少しでいいからぁっ」
「こーら、みんな。マリア様の邪魔をしてはいけません。すみません。礼儀を知らなくて」
見かねた保護者たちが子どもを捕まえる。
マリアはにこりと微笑む。
「大丈夫です。子どもはそういうものですし。私も子どもの頃はここで遊びましたから」
「そうでしたねえ。心配するお家の方に水をかけるお転婆で……」
マリアは昔のことを言われ、頬をほんのりと染めた。
「そ、そういうことは言わないで下さい……っ」
「えー。マリア様、いけないんだぁ!」
「マリア様、悪い子だーっ!」
けらけらと子どもたちが笑う。
「昔はそうだったということです。みんなは親御さんを困らせないようにするのよ」
これ以上子ども時代の恥ずかしい想い出を語られては困るとばかりにつんと澄ましたマリアは馬腹を蹴り、逃げ出した。
マリアの向かったのは果樹園を抜けた先にある王国直轄の警備基地である。
トルシア州のように豊かな地には、それを収める領主の私兵の他にこうして王国直轄の軍が置かれる。
と言っても三年前に王位を巡る内戦をジクムントが収めて以来、周辺諸国との関係も良好な現在としては人員もある程度押さえられ、百人程度のこぢんまりとしたものだ。
マリアが基地に向かうのも治安面の情報交換というのが表向きだが、実のところはただの世間話が主な目的と言って良かった。
しかし基地へ近づくと、常とは違う物々しい気配に手綱をぎゅっと引いた。
「誰だっ」
基地の門前に居並んでいた象牙色の鎧をまとった兵士たちが槍を構える。
(この人達……)
マリアはすぐに下馬した。
「女?」
ぴりついた空気を瞬時に察し、マリアはこうべを垂れた。
「私はエリントロス伯爵家のマリア・デ・エリントロスと申します」
「エリントロス……?」
兵士は要領を得ない顔をする。
伯爵の位を戴いていても田舎貴族の知名度は無いに等しい。
「マリア様っ」
と、この基地に常駐している顔見知りの中年兵士が駆け寄ってくる。
「こちらはトルシア州のご領主様の娘さんです。病がちなお母上に代わってご領主として
の政務を代行されているのです」
若い兵士たちは槍の穂先を持ち上げた。
「そうでしたか。しかし、そのような方がどのようなご用件でしょうか」
「実は隊長様と治安についての情報交換を……」
中年の兵士はうなずく。
「そうでしたか。申し訳ございません。今現在隊長殿は別件にて手が空いておりません。日を改めて頂きたい」
「お嬢様、私が途中までお送りします」
「分かりました。お願いします」
マリアは「ご苦労様です」と若い兵士たちに頭を下げ、軽快に馬へ跨《また》がった。
中年の兵士が馬の轡《くつわ》を取って歩き出す。
マリア・デ・エリントロスは両腕を空一杯に突き上げて、背伸びをする。
朗《ほが》らかな日射しが温かく、快い。
春先は冷える日も少なくないが、ここ数日はまるで初夏のようで軽く汗ばむこともあるほどだ。
日射しを受けたマリアの緑柱石のような瞳が澄んだ光を帯びた。
短袖の上衣に乗馬袴、飴《あめ》色のロングヘアを高く結い上げたマリアは風に乗って鼻をくすぐる、新芽の香りを感じながら馬に揺られて農園の田舎道を進んでいた。
見渡す限り、木々が広がっていた。
今はまだ実りは小さいが、初夏を迎えるとアルの実という真っ赤な果実をつける果樹園だ。
柑橘系のそれは王侯貴族は元より庶民にまで愛される、ハイメイン王国の名物だ。
ハイメイン王国の南部にある、ここトルシア州は一年を通して気候が温暖で、アルの実の一大産地として名高い。
そしてマリアの家、エリントロス家はトルシア州を収め、伯爵の位を王家より戴《いただ》いていた。
木々を丁寧に育てる農夫夫妻がマリアに気付くと、「これはお嬢様、おはようございますっ」と帽子を脱いで深々と頭を垂れる。
「おはよう、二人とも。作物の生育はどう?」
夫のほうが嬉しそうに目を細める。
「天候も良く、育ちは順調でございます」
「今年も良く実ることを祈っているわ」
「ありがとうございます」
夫婦に見送られ、マリアは馬を進める。
すると子どもたちの嬉々とした歓声が聞こえてきた。
そちらに目を向ければ、農水路で、この暑さに我慢出来なくなった下着姿の子どもたちが水遊びをしている。
「みんな気持ちよさそうね」
「――マリア様だっ!」
子どもの一人が気付けば、「マリア様! 一緒に遊ぼう!」と声を重ねて馬の周りを嬉しそうに走り回る。
「ごめんね。今は巡回の途中だから、また後で」
「えー。少しでいいからぁっ」
「こーら、みんな。マリア様の邪魔をしてはいけません。すみません。礼儀を知らなくて」
見かねた保護者たちが子どもを捕まえる。
マリアはにこりと微笑む。
「大丈夫です。子どもはそういうものですし。私も子どもの頃はここで遊びましたから」
「そうでしたねえ。心配するお家の方に水をかけるお転婆で……」
マリアは昔のことを言われ、頬をほんのりと染めた。
「そ、そういうことは言わないで下さい……っ」
「えー。マリア様、いけないんだぁ!」
「マリア様、悪い子だーっ!」
けらけらと子どもたちが笑う。
「昔はそうだったということです。みんなは親御さんを困らせないようにするのよ」
これ以上子ども時代の恥ずかしい想い出を語られては困るとばかりにつんと澄ましたマリアは馬腹を蹴り、逃げ出した。
マリアの向かったのは果樹園を抜けた先にある王国直轄の警備基地である。
トルシア州のように豊かな地には、それを収める領主の私兵の他にこうして王国直轄の軍が置かれる。
と言っても三年前に王位を巡る内戦をジクムントが収めて以来、周辺諸国との関係も良好な現在としては人員もある程度押さえられ、百人程度のこぢんまりとしたものだ。
マリアが基地に向かうのも治安面の情報交換というのが表向きだが、実のところはただの世間話が主な目的と言って良かった。
しかし基地へ近づくと、常とは違う物々しい気配に手綱をぎゅっと引いた。
「誰だっ」
基地の門前に居並んでいた象牙色の鎧をまとった兵士たちが槍を構える。
(この人達……)
マリアはすぐに下馬した。
「女?」
ぴりついた空気を瞬時に察し、マリアはこうべを垂れた。
「私はエリントロス伯爵家のマリア・デ・エリントロスと申します」
「エリントロス……?」
兵士は要領を得ない顔をする。
伯爵の位を戴いていても田舎貴族の知名度は無いに等しい。
「マリア様っ」
と、この基地に常駐している顔見知りの中年兵士が駆け寄ってくる。
「こちらはトルシア州のご領主様の娘さんです。病がちなお母上に代わってご領主として
の政務を代行されているのです」
若い兵士たちは槍の穂先を持ち上げた。
「そうでしたか。しかし、そのような方がどのようなご用件でしょうか」
「実は隊長様と治安についての情報交換を……」
中年の兵士はうなずく。
「そうでしたか。申し訳ございません。今現在隊長殿は別件にて手が空いておりません。日を改めて頂きたい」
「お嬢様、私が途中までお送りします」
「分かりました。お願いします」
マリアは「ご苦労様です」と若い兵士たちに頭を下げ、軽快に馬へ跨《また》がった。
中年の兵士が馬の轡《くつわ》を取って歩き出す。
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