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都からの使者(2)
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「すみません。悪い時に来てしまったようで……」
「いえ。我々も突然知らされて驚いたんです。実はつい先刻、王都より国王陛下の使者が参りまして」
「そうでしたか。やはり」
「やはりとは?」
「あ、いえ、何か物々しい雰囲気がありましたので、高貴な方がいらっしゃっているような気がしたのです」
「ああなるほど。……そういう訳でして、しばらくは色々とゴタゴタするかと思いますので近づかれない方がよろしいかと存じます」
「分かりました。色々と教えて下さってありがとうございます」
「いえ」
中年の兵士に見送られ、基地を離れる。
(やはり、あれは中央の兵士……だったのね)
かつて王都で暮らしていたマリアにとってはある意味懐かしさを含む物だった。
何よりあの真剣で澄んだ眼差しからは自らの職務への誇りが色濃く、にじんでいた。
こんなことを言うのはおかしいが、田舎に派遣された兵士はやる気に欠けた人間も多いのだ。
(あれはもしかしたら王の近衛では?)
そんな可能性まで考えてしまう。
(でもこんな所に何の用があって?)
国王、ジクムントが自らに反抗する貴族たちを討伐し続けていることは有名である。
その残党がこの辺りに出没したと言うことなのだろうか。
(とにかくお母様にお話ししなければ)
マリアは馬腹を蹴り、屋敷へ急いで戻った。
※
マリアが屋敷に到着すると馬を厩《うまや》へ戻し、家に入る。
執事たちが恭しく頭を下げて出迎えてくれる。
「お嬢様、お疲れ様でございます。朝食の準備が出来ております。まず湯浴みからにいた
しますか?」
「その前にお母様に会いたいんだけど、大丈夫?」
「奥様はただいまお部屋で朝食をお取りになられております。……その、ご弟妹方もご一緒でして……」
使用人たちはマリアを窺うように付け加える。
マリアは小さく鼻から息を漏らす。
どうせ弟妹たちが無理を言い、母が弱り切った使用人たちに救いの手を差し伸べたのだろう。
「分かったわ。私から二人には言い聞かせます。では私の食事もお母様の部屋へ持ってくるように」
使用人たちはほっと胸を撫で下ろす。
「かしこまりました」
「――お母様。お加減はいかがですか」
マリアが母、エリントロス伯爵家の当主、アンネの寝室に入ると、二人の弟妹《ていまい》たちが顔を上げて、走りよる。
「お姉様!」
「姉上っ!」
「二人とも、食事中に席を立つなんてお行儀が悪いわよ」
一緒になって食事をしている弟妹に声をかける。
今年で十二歳を迎えた妹のセリノ、十歳の弟、カルロスだ。
「それから、みんなに無理を言ってお母様と食べるなんて。もっとエリントロス家の人間として相応しい行動を取りなさい」
二人は不服そうに唇を尖らせた。
「でも……」
「言い訳は聞かないわ。二人とももう幼児ではないのよ」
「マリア、良いのよ。私も賑やかな方が良いもの」
アンネが優しく言うと、「ね、お母様!」「母上!」と二人は得意げな顔をする。
マリアは二人の頭を軽くはたく。
「お母様も大変なのだから甘えないのっ」
二人は「お姉様がぶったぁ」「姉上が怖いよぉ!」と母親に縋《すが》り付く。
(まったく)
アンネもアンネで「よしよし」と頭を撫でる。
「二人とも。少し部屋を出ていて。お母様と大切な話があるの」
弟妹たちは少し渋い顔をしたが、「大丈夫。すぐに終わるから」というアンネの言葉に、「はあい」と部屋を出て行く。
マリアは息を吐く。
「お母様、あまり甘やかさないで下さい。図に乗るとみんなが苦労しますから」
「そうね、気をつけないと」
アンネは言う。
しかしそれは常套句《じょうとうく》でもある。
今日はいつもより顔色が良かった。
寒いよりも温かい方が良いが、暑いとそれはそれで体調を崩す原因にもなる。
「それで話というのは? 農園の方で何かあったの?」
「いいえ。作物の生育に問題はありませんでした。でも王都から客人が参ったらしいのです。詳しくは分からなかったのですけれど……」
「そう……」
アンネは呟き、考える。
身体こそ病弱ながら、心は誰よりも強い。
マリアの父であり、夫でもあるメンデスを失いながらも懸命に当主としての責務を果たそうとしている。
こんな女性になりたいと、マリアは言葉にこそ出してはいないが、ずっと心の内では目標にしていた。
アンネは寝台のそばにある鈴を鳴らす。
すぐに執事がとんでくる。
「村の人々に軍基地へ近づかぬように通達を出しなさい。それから見慣れない兵士には近づかぬよう、何か問題があれば至急、私に伝えるように」
「かしこまりました」
「いえ。我々も突然知らされて驚いたんです。実はつい先刻、王都より国王陛下の使者が参りまして」
「そうでしたか。やはり」
「やはりとは?」
「あ、いえ、何か物々しい雰囲気がありましたので、高貴な方がいらっしゃっているような気がしたのです」
「ああなるほど。……そういう訳でして、しばらくは色々とゴタゴタするかと思いますので近づかれない方がよろしいかと存じます」
「分かりました。色々と教えて下さってありがとうございます」
「いえ」
中年の兵士に見送られ、基地を離れる。
(やはり、あれは中央の兵士……だったのね)
かつて王都で暮らしていたマリアにとってはある意味懐かしさを含む物だった。
何よりあの真剣で澄んだ眼差しからは自らの職務への誇りが色濃く、にじんでいた。
こんなことを言うのはおかしいが、田舎に派遣された兵士はやる気に欠けた人間も多いのだ。
(あれはもしかしたら王の近衛では?)
そんな可能性まで考えてしまう。
(でもこんな所に何の用があって?)
国王、ジクムントが自らに反抗する貴族たちを討伐し続けていることは有名である。
その残党がこの辺りに出没したと言うことなのだろうか。
(とにかくお母様にお話ししなければ)
マリアは馬腹を蹴り、屋敷へ急いで戻った。
※
マリアが屋敷に到着すると馬を厩《うまや》へ戻し、家に入る。
執事たちが恭しく頭を下げて出迎えてくれる。
「お嬢様、お疲れ様でございます。朝食の準備が出来ております。まず湯浴みからにいた
しますか?」
「その前にお母様に会いたいんだけど、大丈夫?」
「奥様はただいまお部屋で朝食をお取りになられております。……その、ご弟妹方もご一緒でして……」
使用人たちはマリアを窺うように付け加える。
マリアは小さく鼻から息を漏らす。
どうせ弟妹たちが無理を言い、母が弱り切った使用人たちに救いの手を差し伸べたのだろう。
「分かったわ。私から二人には言い聞かせます。では私の食事もお母様の部屋へ持ってくるように」
使用人たちはほっと胸を撫で下ろす。
「かしこまりました」
「――お母様。お加減はいかがですか」
マリアが母、エリントロス伯爵家の当主、アンネの寝室に入ると、二人の弟妹《ていまい》たちが顔を上げて、走りよる。
「お姉様!」
「姉上っ!」
「二人とも、食事中に席を立つなんてお行儀が悪いわよ」
一緒になって食事をしている弟妹に声をかける。
今年で十二歳を迎えた妹のセリノ、十歳の弟、カルロスだ。
「それから、みんなに無理を言ってお母様と食べるなんて。もっとエリントロス家の人間として相応しい行動を取りなさい」
二人は不服そうに唇を尖らせた。
「でも……」
「言い訳は聞かないわ。二人とももう幼児ではないのよ」
「マリア、良いのよ。私も賑やかな方が良いもの」
アンネが優しく言うと、「ね、お母様!」「母上!」と二人は得意げな顔をする。
マリアは二人の頭を軽くはたく。
「お母様も大変なのだから甘えないのっ」
二人は「お姉様がぶったぁ」「姉上が怖いよぉ!」と母親に縋《すが》り付く。
(まったく)
アンネもアンネで「よしよし」と頭を撫でる。
「二人とも。少し部屋を出ていて。お母様と大切な話があるの」
弟妹たちは少し渋い顔をしたが、「大丈夫。すぐに終わるから」というアンネの言葉に、「はあい」と部屋を出て行く。
マリアは息を吐く。
「お母様、あまり甘やかさないで下さい。図に乗るとみんなが苦労しますから」
「そうね、気をつけないと」
アンネは言う。
しかしそれは常套句《じょうとうく》でもある。
今日はいつもより顔色が良かった。
寒いよりも温かい方が良いが、暑いとそれはそれで体調を崩す原因にもなる。
「それで話というのは? 農園の方で何かあったの?」
「いいえ。作物の生育に問題はありませんでした。でも王都から客人が参ったらしいのです。詳しくは分からなかったのですけれど……」
「そう……」
アンネは呟き、考える。
身体こそ病弱ながら、心は誰よりも強い。
マリアの父であり、夫でもあるメンデスを失いながらも懸命に当主としての責務を果たそうとしている。
こんな女性になりたいと、マリアは言葉にこそ出してはいないが、ずっと心の内では目標にしていた。
アンネは寝台のそばにある鈴を鳴らす。
すぐに執事がとんでくる。
「村の人々に軍基地へ近づかぬように通達を出しなさい。それから見慣れない兵士には近づかぬよう、何か問題があれば至急、私に伝えるように」
「かしこまりました」
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