8 / 37
都からの使者(7)
しおりを挟む
(もう一度王都へ……)
ヨハンを見送ったマリアは中庭で物憂げな顔で思案していた。
「――マリア」
振り返ると、アンネが庭へしずしずと姿を見せた。
「お母様!? いけません!」
「大丈夫。今日は気分が良いの……」
「お母様……」
「お茶を淹れてくれる?」
マリアは母の手を引いて席に座らせ、「お茶をどうぞ」とカップに注いで差し出す。
ありがとう、とアンネはカップに口を付ける。
「ヨハン様とはどんなお話をされたのですか」
「知っておいでだったんですか」
「もちろんですよ。私はエリントロス家の当主ですよ」
マリアは微笑む。
「……そうですね」
マリアはヨハネから頼まれたことを口にする。
「何とお答えしたの?」
「ヨハン様からは明後日王都へ出立するまでに答えをもらいたい――と」
「陛下のお側には行きたくないの」
「そんなことはございません。ただ、これはヨハン様の独断なのです。陛下は私を望んで
おられないのに、のこのこと出かけることは……」
「つまり陛下が望まれなければ意味が無い。つまりはそういうことなのね」
アンネがイタズラっぽい笑みを見せる。
「わ、私は……」
マリアは頬を染めて抗議しようとするが、言葉が出てこなかった。
「であれば、陛下に拒絶されてしまうのが辛い?」
アンネの言葉は核心を突いていた。
そう、確かにそうなのかもしれない。
ヨハンに言った様々な理由は確かにそれはその通りなのだが、本当に慮《おもんぱか》っていることとは違うのだと母の答えで思い知らされたような気分だった。
「でも安心した。もしかしたら私のことを考えて躊躇ったのかしらって思ったから」
「あ、もちろん、それもありました」
「あら、ありがとう。お世辞でも嬉しいわ」
「いえ、お母様……」
そのようなことは、と今さら言っても説得力はないだろう。
アンネが真剣な顔でマリアの手に触れる。
「考える前に飛んでみなさい」
「お母様」
「どれだけ考えてみても今の陛下があなたのことをどう思っているかは謁見し、言葉を交わさない限り分からないことよ。もし、あなたの存在を陛下が歯牙にもかけなければ、その時はすぐに戻ってくれば良いわ。そうすれば何も煩うことなく縁談に臨めるでしょう?」
母の思いきった提案に、マリアは笑ってしまう。
「でも私がいなくなったら、お母様が大変ですよ」
「あら、人を老人扱いしないで。大丈夫よ。あなたは自分のことだけを考えなさい」
アンネは「良いわね」と微笑み、使用人達に介助されながら屋敷へ戻っていった。
それを見送ったマリアは母の強さに励まされて立ち上がり、執事に言って馬車の用意をさせる。
向かう先は町外れの軍基地だ。
数日後、マリアの姿はヨハンと共に箱形馬車の中にあった。
「ご弟妹《きょうだい》方に慕われているんですね」
向かいに座るヨハンが目を細める。
「ふふ。いつも腕白な二人ですけど」
出発する際、自分たちも一緒に行くと泣きながらドレスにしがみついてなかなか言うことを聞かなかったのだ。
それでもどうにか諦めたのは母が「マリアは大切なお役目の為に向かうのです。我がままで引き留めるのではなく、笑顔で見送りなさい」といつになく強い調子で言ったからだ。
二人は目に涙を一杯に溜め、唇を引き結んでいた。
マリアは二人を抱きしめ、「あまり長くならないようにするからね」と後ろ髪を引かれつつ出立したのだった。
「――ヨハン様。王都へ行ってどうされるのですか」
「その事なんですが、このように急がしてしまった後からこのようなことを申し上げるのは恐縮なのですが、しばらく私の屋敷にて逗留を。いきなり陛下にお会いされても、受け容れられないかもしれない。ですから機を見計らい、陛下とお会いして頂きます」
「そうなのですか」
「こういうことは演出が肝心ですから」
「演出……?」
マリアはよく分からなかったが了承した。
もう一度ジクムントと会う。
それはもうすでにマリアの中で確固たるものになっているのだ。
どのような言葉をかけられようとも構わないと。
ヨハンを見送ったマリアは中庭で物憂げな顔で思案していた。
「――マリア」
振り返ると、アンネが庭へしずしずと姿を見せた。
「お母様!? いけません!」
「大丈夫。今日は気分が良いの……」
「お母様……」
「お茶を淹れてくれる?」
マリアは母の手を引いて席に座らせ、「お茶をどうぞ」とカップに注いで差し出す。
ありがとう、とアンネはカップに口を付ける。
「ヨハン様とはどんなお話をされたのですか」
「知っておいでだったんですか」
「もちろんですよ。私はエリントロス家の当主ですよ」
マリアは微笑む。
「……そうですね」
マリアはヨハネから頼まれたことを口にする。
「何とお答えしたの?」
「ヨハン様からは明後日王都へ出立するまでに答えをもらいたい――と」
「陛下のお側には行きたくないの」
「そんなことはございません。ただ、これはヨハン様の独断なのです。陛下は私を望んで
おられないのに、のこのこと出かけることは……」
「つまり陛下が望まれなければ意味が無い。つまりはそういうことなのね」
アンネがイタズラっぽい笑みを見せる。
「わ、私は……」
マリアは頬を染めて抗議しようとするが、言葉が出てこなかった。
「であれば、陛下に拒絶されてしまうのが辛い?」
アンネの言葉は核心を突いていた。
そう、確かにそうなのかもしれない。
ヨハンに言った様々な理由は確かにそれはその通りなのだが、本当に慮《おもんぱか》っていることとは違うのだと母の答えで思い知らされたような気分だった。
「でも安心した。もしかしたら私のことを考えて躊躇ったのかしらって思ったから」
「あ、もちろん、それもありました」
「あら、ありがとう。お世辞でも嬉しいわ」
「いえ、お母様……」
そのようなことは、と今さら言っても説得力はないだろう。
アンネが真剣な顔でマリアの手に触れる。
「考える前に飛んでみなさい」
「お母様」
「どれだけ考えてみても今の陛下があなたのことをどう思っているかは謁見し、言葉を交わさない限り分からないことよ。もし、あなたの存在を陛下が歯牙にもかけなければ、その時はすぐに戻ってくれば良いわ。そうすれば何も煩うことなく縁談に臨めるでしょう?」
母の思いきった提案に、マリアは笑ってしまう。
「でも私がいなくなったら、お母様が大変ですよ」
「あら、人を老人扱いしないで。大丈夫よ。あなたは自分のことだけを考えなさい」
アンネは「良いわね」と微笑み、使用人達に介助されながら屋敷へ戻っていった。
それを見送ったマリアは母の強さに励まされて立ち上がり、執事に言って馬車の用意をさせる。
向かう先は町外れの軍基地だ。
数日後、マリアの姿はヨハンと共に箱形馬車の中にあった。
「ご弟妹《きょうだい》方に慕われているんですね」
向かいに座るヨハンが目を細める。
「ふふ。いつも腕白な二人ですけど」
出発する際、自分たちも一緒に行くと泣きながらドレスにしがみついてなかなか言うことを聞かなかったのだ。
それでもどうにか諦めたのは母が「マリアは大切なお役目の為に向かうのです。我がままで引き留めるのではなく、笑顔で見送りなさい」といつになく強い調子で言ったからだ。
二人は目に涙を一杯に溜め、唇を引き結んでいた。
マリアは二人を抱きしめ、「あまり長くならないようにするからね」と後ろ髪を引かれつつ出立したのだった。
「――ヨハン様。王都へ行ってどうされるのですか」
「その事なんですが、このように急がしてしまった後からこのようなことを申し上げるのは恐縮なのですが、しばらく私の屋敷にて逗留を。いきなり陛下にお会いされても、受け容れられないかもしれない。ですから機を見計らい、陛下とお会いして頂きます」
「そうなのですか」
「こういうことは演出が肝心ですから」
「演出……?」
マリアはよく分からなかったが了承した。
もう一度ジクムントと会う。
それはもうすでにマリアの中で確固たるものになっているのだ。
どのような言葉をかけられようとも構わないと。
35
あなたにおすすめの小説
身代わりにと差し出された悪役令嬢は上主である、公爵様に可愛がられて~私は貴方のモノにはなれません~
一ノ瀬 彩音
恋愛
フィルドール子爵家に生まれた私事ミラ・フィルドールには、憧れの存在で、ずっとお慕い申していた、片思いのお相手がいるのです。
そのお方の名前は、公爵・ル・フォード・レリオ様、通称『レリオ公爵様』と人気の名高い彼はその若さで20と言う若さで、お父上の後を継ぎ公爵と成ったのですが、中々に冷たいお方で、営業スマイルを絶やさぬ表の顔と、常日頃から、社交辞令では分からない、裏の顔が存在されていて、そんな中、私は初めて出たお披露目の舞踏会で、なんと、レリオ公爵様とダンスをするという大役に抜擢されて、ダンスがうまくできればご褒美を下さると言うのだけれど?
私、一体どうなってしまうの?!
桜に集う龍と獅子【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
産まれてから親の顔を知らない松本櫻子。孤児院で育ち、保育士として働く26歳。
同じ孤児院で育った大和と結婚を控えていた。だが、結婚式を控え、幸せの絶頂期、黒塗りの高級外車に乗る男達に拉致されてしまう。
とあるマンションに連れて行かれ、「お前の結婚を阻止する」と言われた。
その男の名は高嶺桜也。そして、櫻子の本名は龍崎櫻子なのだと言い放つ。
櫻子を取り巻く2人の男はどう櫻子を取り合うのか………。
※♡付はHシーンです
メイウッド家の双子の姉妹
柴咲もも
恋愛
シャノンは双子の姉ヴァイオレットと共にこの春社交界にデビューした。美しい姉と違って地味で目立たないシャノンは結婚するつもりなどなかった。それなのに、ある夜、訪れた夜会で見知らぬ男にキスされてしまって…?
※19世紀英国風の世界が舞台のヒストリカル風ロマンス小説(のつもり)です。
初恋をこじらせた騎士軍師は、愛妻を偏愛する ~有能な頭脳が愛妻には働きません!~
如月あこ
恋愛
宮廷使用人のメリアは男好きのする体型のせいで、日頃から貴族男性に絡まれることが多く、自分の身体を嫌っていた。
ある夜、悪辣で有名な貴族の男に王城の庭園へ追い込まれて、絶体絶命のピンチに陥る。
懸命に守ってきた純潔がついに散らされてしまう! と、恐怖に駆られるメリアを助けたのは『騎士軍師』という特別な階級を与えられている、策士として有名な男ゲオルグだった。
メリアはゲオルグの提案で、大切な人たちを守るために、彼と契約結婚をすることになるが――。
騎士軍師(40歳)×宮廷使用人(22歳)
ひたすら不器用で素直な二人の、両片想いむずむずストーリー。
※ヒロインは、むちっとした体型(太っているわけではないが、本人は太っていると思い込んでいる)
虐げられた出戻り姫は、こじらせ騎士の執愛に甘く捕らわれる
無憂
恋愛
旧題:水面に映る月影は――出戻り姫と銀の騎士
和平のために、隣国の大公に嫁いでいた末姫が、未亡人になって帰国した。わずか十二歳の妹を四十も年上の大公に嫁がせ、国のために犠牲を強いたことに自責の念を抱く王太子は、今度こそ幸福な結婚をと、信頼する側近の騎士に降嫁させようと考える。だが、騎士にはすでに生涯を誓った相手がいた。
オオカミ課長は、部下のウサギちゃんを溺愛したくてたまらない
若松だんご
恋愛
――俺には、将来を誓った相手がいるんです。
お昼休み。通りがかった一階ロビーで繰り広げられてた修羅場。あ~課長だあ~、大変だな~、女性の方、とっても美人だな~、ぐらいで通り過ぎようと思ってたのに。
――この人です! この人と結婚を前提につき合ってるんです。
ほげええっ!?
ちょっ、ちょっと待ってください、課長!
あたしと課長って、ただの上司と部下ですよねっ!? いつから本人の了承もなく、そういう関係になったんですかっ!? あたし、おっそろしいオオカミ課長とそんな未来は予定しておりませんがっ!?
課長が、専務の令嬢とのおつき合いを断るネタにされてしまったあたし。それだけでも大変なのに、あたしの住むアパートの部屋が、上の住人の失態で水浸しになって引っ越しを余儀なくされて。
――俺のところに来い。
オオカミ課長に、強引に同居させられた。
――この方が、恋人らしいだろ。
うん。そうなんだけど。そうなんですけど。
気分は、オオカミの巣穴に連れ込まれたウサギ。
イケメンだけどおっかないオオカミ課長と、どんくさくって天然の部下ウサギ。
(仮)の恋人なのに、どうやらオオカミ課長は、ウサギをかまいたくてしかたないようで――???
すれ違いと勘違いと溺愛がすぎる二人の物語。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
鉄壁騎士様は奥様が好きすぎる~彼の素顔は元聖女候補のガチファンでした~
二階堂まや♡電書「騎士団長との~」発売中
恋愛
令嬢エミリアは、王太子の花嫁選び━━通称聖女選びに敗れた後、家族の勧めにより王立騎士団長ヴァルタと結婚することとなる。しかし、エミリアは無愛想でどこか冷たい彼のことが苦手であった。結婚後の初夜も呆気なく終わってしまう。
ヴァルタは仕事面では優秀であるものの、縁談を断り続けていたが故、陰で''鉄壁''と呼ばれ女嫌いとすら噂されていた。
しかし彼は、戦争の最中エミリアに助けられており、再会すべく彼女を探していた不器用なただの追っかけだったのだ。内心気にかけていた存在である''彼''がヴァルタだと知り、エミリアは彼との再会を喜ぶ。
そして互いに想いが通じ合った二人は、''三度目''の夜を共にするのだった……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる