冷酷な王の過剰な純愛

魚谷

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都からの使者(6)

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 父王が崩御したことで、それまで仲が良かった兄たちとの間にさざ波が立つなか、ジクムントは板挟みになってどうすることも出来ずただ戸惑うことしか出来なかった。

 ジクムントは無力感の中でこうして東屋で一人、ぽつねんとしていた。

 そこへ、あの少女が現れた。

 輝くような飴色の髪に、緑柱石のように円らな瞳をした少女。

 マリア・デ・エリントロス。

 その名の通り、マリアは異国の血筋を持った、この伝統的な王国においても特異な存在であった。

 マリアの父、メンデスの才覚を愛した父王が爵位を与え、臣下とし、ジクムントの後見役にした関係で彼女も王宮へ出入りしていた。

 ――殿下、何かあったのですか。

 マリアは鍵盤《けんばん》楽器の高音を思わせる優しい声で囁きかけてくる。

 ――問題ないがどうしてだ?

 ――そうでしたか。いえ、いつもよりお加減が優れないようにお見受けしましたので……。

 マリアだけがジクムントの心を見抜いていた。

 それまでずっと堪《こら》えていた激情に突き上げられたジクムントは、溜まらずマリアを抱きしめていた。

 その腕に、男とは何もかも違う細く柔らかな身体を抱きしめる。

 マリアが力を抜き、身を任せる。

 ジクムントははっと我に返り、マリアを解放した。

 ――すまない、こんなことを。

 ――い、いえ……。

 マリアはかすかに頬を上気させたまま首を横に振った。

「っ」

 ジクムントはゆっくりと瞼《まぶた》を持ち上げる。

(……夢、か)

 茶器一式を持ったゲオルグが焦ったような声を上げる

「もっ、申し訳ございません、起こしてしまいましたか?」

「いや、良い。すまない」

「寝所のご用意をいたしましょうか?」

「大丈夫だ。下がれ」

「かしこまりました。私は控えておりますのでいつでもお呼び下さい」

「分かった」

 ゲオルグが下がるのを確認して眉間を揉んだ。

(あの時の夢は……久しぶりだな)

 長らく見なかった。

 あの後、宮中が次期王位を巡って不穏《ふおん》さを増す中で、マリアたちを里帰りさせた。

 自分の傍にいればマリアたちにも危害が及びかねない。

 メンデス同様、マリアにもしものことがあれば、ジクムントはどれだけ悔やんでも悔やみきれない。

(メンデス、お前の仇はきっと俺が討つぞ)

 ジクムントが前宰相ダートマスを執拗に追うのは反ジクムント派の中心というだけではなく、メンデス殺害を計画した犯人であると確信しているからだ。

 犯行そのものは女官の手によって行われたが、その女官は拘留中に毒を呷《あお》って死んだ。

 後から調べた所によれば女官には弟妹が多く、家は貧しかった。

 女官の犯行の後、多額の金が女官の実家にもたらされたことが分かっている。

 誰が与えたのかは分かっていないが、まさか偶然という訳があるはずがない。

(いずれにせよダートマスさえ捕まえれば、全て明らかになる)

 ジクムントは過去に逃げるなと己を叱咤した。

 もし全ての敵対勢力を討伐することが出来れば。

(……マリア)

 彼女に縁談の話がいくつももたらされていることは知っていた。

 里帰りさせた時から密かにトルシア州には間諜を送り、マリアはもちろんエリントロス家の状況について逐一、報告を届けさせていた。

 これについてはヨハンも知らない。極秘でだ。

 最初は心配だったからだ。

 たとえ宮中より離れても危害を加えようとする輩がいるかもしれないと。

 それはこうして即位してからも続いていた。

 宮中に仕えている時からマリアは可憐で、気遣いの出来る聡明な女性だった。

 三年――三年だ。

 今はもっとみずみずしく成長し、磨きがかかっているだろう。

 縁談の話が持ち上がった時、ジクムントは何度その話を叩き潰してやろうと思ったか知れない。

 しかしマリアはこれまで幾つも持ち上がった縁談を断り続けている。

 手を差し伸べることが出来ない状況ながらジクムントは、それが自分の存在を彼女が意識しているのではないか――そんな自惚《うぬぼ》れた妄想で己を慰めていた。
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