冷酷な王の過剰な純愛

魚谷

文字の大きさ
6 / 37

都からの使者(5)

しおりを挟む
 ハイメイン王国の王都ヴァラクイナは大運河に面した交通の要衝《ようしょう》である。

 街中にはいくつも川を引き込み、街の間を縫《ぬ》うように流れる。

 その為、幾つもの橋がかかり、まるで迷路のように入り組んだ構造をしていた。

 これは本来王都への侵入者を惑わせ、敵兵を散らばらせる働きを意図した構造だったが、長い平和の時の中で、この街の名物になっていた。

 橋は古くは創建の時から残っている木造のものから、著名な石大工《いしだいく》によって装飾された豪奢《ごうしゃ》な石橋、王侯貴族や外交使節のみが通行を許された宝石をちりばめた橋……など多岐にわたっていた。

 その王都の中心地、一方の跳ね橋のみが唯一の通路として用いられているのが、国王の棲まうトーレス宮である。

 幾つもの尖塔《せんとう》がそびえ立ち、外見からは内部は一切、窺《うかが》い知れない。

 その宮殿の最深部に、ジクムント・フォン・ハイメインはいた。

 国民の目にする姿は鎧に身を包んだ姿だったが、今は平服を着用し、執務に励んでいた。

 ジクムントは即位以来、政務に励《はげ》み続けている。

 自分が足を止めれば、自分の寄って発つ足場が崩壊するのだから仕方がない。

 ジクムントが即位してすぐに行ったのは名のある貴族たちを要職より罷免《ひめん》し、爵位にかかわらず実力のある者を重用することだった。

そのせいで当たり前だが、政務は停滞を来した。

 ジクムントはそれを全て力技で突破をする。

 財務に明るい官吏《かんり》が不足すれば、街の商人たちを雇い入れた。

 軍務を放棄する指揮官がいれば容赦なく首を刎《は》ね、新しい指揮官にすげ替えた。

 そもそもが貴族というのは完成した組織の上にただ胡座《あぐら》をかいているだけの存在に過ぎない。

 貴族がいてもいなくても組織は回るように作られている。

 血の粛清を断行すれば命がけで王に逆らうほどの胆力のある官吏など存在しない。

 政務がどうにかこうにか回り始めた頃に起こったのは貴族たちの相次ぐ反乱である。

 昨日北で反乱が起きたと思えば、今日は東、明日は南――。

 ジクムントは爵位の没収と親征によってこれに対処した。

 逆らえば容赦なく自ら進んで血をかぶった。

 そもそも己の利権に固執しただけの連中だ。

 今では反乱は散発的なものになっている。

(後は……ダートマスか)

 書類に署名をしながら考える。

 ダートマスは前宰相で、侯爵だ。

 最初こそジクムントのやり方に反発する貴族たちを糾合《きゅうごう》し、その旗頭に収まっていたが、今はその領地はもちろん爵位を失い、行方をくらましている。

 ダートマスの首さえ挙げることが出来れば貴族の反乱は収束していくだろう。

 王国領内はもちろん外国にも手配をかけているが有力な手がかりは無い。

 表沙汰にはなっていないが、ジクムントへの不満はまだまだこの国には根強い。

 ダートマスが逃げ切り続けているのはそれもあるのは分かりきっているが、ジクムントはやり方を変える気はない。

 この国の全ての貴族は、ジクムントにとれば仇であり、その頭目がダートマスなのだ。

 許すことなどありえないし、今後も不穏分子の摘発は続けていく。

 パキッ、とペンが真っ二つに折れ、黒いインクで手が汚れた。

 ジクムントはしかし顔色一つ替えず、手を拭《ぬぐ》う。

 始末を終えると手元の鈴を鳴らす。

「陛下、お呼びでございますか」

 執務室の重厚な扉を開け、ゲオルグ・コールが姿を見せる。

 ゲオルグは栗色の髪に茶色い、やや垂れがちな目をしている。

 その温和そうな見た目通り、性格も柔和でありつつも事務の処理能力は特にすぐれ、ジクムントを補佐してくれている。

 彼はジクムントの側近集団の一人である。

 その集団をまとめるヨハンは今、地方巡察で王都を空けている。

 ヨハンは元々孤児で王宮に出入りしていたところを、その如才なさに目を付け、自分の側近に取り立てた。

 最初は周囲から氏素性の定かではない平民を傍におくことへの反対意見はあったが、一蹴した。

 父王にその才覚を愛され、ジクムントを陰に日向に支えてくれた忠臣メンデスのことがあるジクムントからすれば血筋などはどうでも良いことだった。

 現に血統を誇る貴族共はどの王族に付けば安泰か、始終皮算用をしているではないか。

 家柄など関係無い。大切なのはその人間の自分に対する忠誠心。

「書類が終わった。持っていってくれ」

「かしこまりました。陛下。あ、お手が……」

「少し力を入れすぎてペンが折れただけだ」

「すぐに新しいものを」

「構わん。書類仕事はこれで終わりだろ。それよりヨハンの奴はまだ戻らないのか」

 ヨハンは巡察期日を急に日延べしていた。

 ヨハンは幼い頃よりジクムントに仕える、最も信頼する臣下の一人であると同時に、政務に励むジクムントの目でもある。

 地方を見て回り、王宮に籠もっているだけでは分からない実情を探る役目を負う。

「予定通りあればもう数日かかるかと存じます。呼び戻しますか?」

「いや。あいつが気になるというのだから任せる」

「かしこまりました。お茶を?」

「……中庭に出る。用意をしておいてくれ」

「かしこまりました」

 ゲオルグが出て行くのを見送ったジクムントは国王専用の通路を通り、中庭に出る。

 そこは空中庭園のようになっており、城下の様子を一望できる。

 こうして晴れやかな日には街を縦横に流れる川の流れが日射しにきらめく。まるで光の道のように見えていた。

 さらに街の建物の壁は必ず白を用いることが義務づけられていた。

 この壁がさらに陽光を受けて白く輝く。

 これをして、吟遊詩人はヴァラクイナを光の都と呼んでいた。

 様々な種類の花々が咲き乱れ、甘い香りに包まれながら、庭園の一画にある東屋《あずまや》に腰を落ち着かせた。

 頬杖を突きながら庭をぼんやりと眺める。

 みずみずしい緑と名の知らぬ花々の紅や白。

 柔らかな色合いがささくれた心を撫でていく。

 そうしている内に、ジクムントはうつらうつらと船を漕ぎ始めた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

身代わりにと差し出された悪役令嬢は上主である、公爵様に可愛がられて~私は貴方のモノにはなれません~

一ノ瀬 彩音
恋愛
フィルドール子爵家に生まれた私事ミラ・フィルドールには、憧れの存在で、ずっとお慕い申していた、片思いのお相手がいるのです。 そのお方の名前は、公爵・ル・フォード・レリオ様、通称『レリオ公爵様』と人気の名高い彼はその若さで20と言う若さで、お父上の後を継ぎ公爵と成ったのですが、中々に冷たいお方で、営業スマイルを絶やさぬ表の顔と、常日頃から、社交辞令では分からない、裏の顔が存在されていて、そんな中、私は初めて出たお披露目の舞踏会で、なんと、レリオ公爵様とダンスをするという大役に抜擢されて、ダンスがうまくできればご褒美を下さると言うのだけれど? 私、一体どうなってしまうの?!

桜に集う龍と獅子【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
産まれてから親の顔を知らない松本櫻子。孤児院で育ち、保育士として働く26歳。 同じ孤児院で育った大和と結婚を控えていた。だが、結婚式を控え、幸せの絶頂期、黒塗りの高級外車に乗る男達に拉致されてしまう。 とあるマンションに連れて行かれ、「お前の結婚を阻止する」と言われた。 その男の名は高嶺桜也。そして、櫻子の本名は龍崎櫻子なのだと言い放つ。 櫻子を取り巻く2人の男はどう櫻子を取り合うのか………。 ※♡付はHシーンです

鉄壁騎士様は奥様が好きすぎる~彼の素顔は元聖女候補のガチファンでした~

二階堂まや♡電書「騎士団長との~」発売中
恋愛
令嬢エミリアは、王太子の花嫁選び━━通称聖女選びに敗れた後、家族の勧めにより王立騎士団長ヴァルタと結婚することとなる。しかし、エミリアは無愛想でどこか冷たい彼のことが苦手であった。結婚後の初夜も呆気なく終わってしまう。 ヴァルタは仕事面では優秀であるものの、縁談を断り続けていたが故、陰で''鉄壁''と呼ばれ女嫌いとすら噂されていた。 しかし彼は、戦争の最中エミリアに助けられており、再会すべく彼女を探していた不器用なただの追っかけだったのだ。内心気にかけていた存在である''彼''がヴァルタだと知り、エミリアは彼との再会を喜ぶ。 そして互いに想いが通じ合った二人は、''三度目''の夜を共にするのだった……。

初恋をこじらせた騎士軍師は、愛妻を偏愛する ~有能な頭脳が愛妻には働きません!~

如月あこ
恋愛
 宮廷使用人のメリアは男好きのする体型のせいで、日頃から貴族男性に絡まれることが多く、自分の身体を嫌っていた。  ある夜、悪辣で有名な貴族の男に王城の庭園へ追い込まれて、絶体絶命のピンチに陥る。  懸命に守ってきた純潔がついに散らされてしまう! と、恐怖に駆られるメリアを助けたのは『騎士軍師』という特別な階級を与えられている、策士として有名な男ゲオルグだった。  メリアはゲオルグの提案で、大切な人たちを守るために、彼と契約結婚をすることになるが――。    騎士軍師(40歳)×宮廷使用人(22歳)  ひたすら不器用で素直な二人の、両片想いむずむずストーリー。 ※ヒロインは、むちっとした体型(太っているわけではないが、本人は太っていると思い込んでいる)

メイウッド家の双子の姉妹

柴咲もも
恋愛
シャノンは双子の姉ヴァイオレットと共にこの春社交界にデビューした。美しい姉と違って地味で目立たないシャノンは結婚するつもりなどなかった。それなのに、ある夜、訪れた夜会で見知らぬ男にキスされてしまって…? ※19世紀英国風の世界が舞台のヒストリカル風ロマンス小説(のつもり)です。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

俺様御曹司は十二歳年上妻に生涯の愛を誓う

ラヴ KAZU
恋愛
藤城美希 三十八歳独身 大学卒業後入社した鏑木建設会社で16年間経理部にて勤めている。 会社では若い女性社員に囲まれて、お局様状態。 彼氏も、結婚を予定している相手もいない。 そんな美希の前に現れたのが、俺様御曹司鏑木蓮 「明日から俺の秘書な、よろしく」 経理部の美希は蓮の秘書を命じられた。     鏑木 蓮 二十六歳独身 鏑木建設会社社長 バイク事故を起こし美希に命を救われる。 親の脛をかじって生きてきた蓮はこの出来事で人生が大きく動き出す。 社長と秘書の関係のはずが、蓮は事あるごとに愛を囁き溺愛が始まる。 蓮の言うことが信じられなかった美希の気持ちに変化が......     望月 楓 二十六歳独身 蓮とは大学の時からの付き合いで、かれこれ八年になる。 密かに美希に惚れていた。 蓮と違い、奨学金で大学へ行き、実家は農家をしており苦労して育った。 蓮を忘れさせる為に麗子に近づいた。 「麗子、俺を好きになれ」 美希への気持ちが冷めぬまま麗子と結婚したが、徐々に麗子への気持ちに変化が現れる。 面倒見の良い頼れる存在である。 藤城美希は三十八歳独身。大学卒業後、入社した会社で十六年間経理部で働いている。 彼氏も、結婚を予定している相手もいない。 そんな時、俺様御曹司鏑木蓮二十六歳が現れた。 社長就任挨拶の日、美希に「明日から俺の秘書なよろしく」と告げた。 社長と秘書の関係のはずが、蓮は美希に愛を囁く 実は蓮と美希は初対面ではない、その事実に美希は気づかなかった。 そして蓮は美希に驚きの事を言う、それは......

第3皇子は妃よりも騎士団長の妹の私を溺愛している 【完結】

日下奈緒
恋愛
王家に仕える騎士の妹・リリアーナは、冷徹と噂される第3皇子アシュレイに密かに想いを寄せていた。戦の前夜、命を懸けた一戦を前に、彼のもとを訪ね純潔を捧げる。勝利の凱旋後も、皇子は毎夜彼女を呼び続け、やがてリリアーナは身籠る。正妃に拒まれていた皇子は離縁を決意し、すべてを捨ててリリアーナを正式な妃として迎える——これは、禁じられた愛が真実の絆へと変わる、激甘ロマンス。

処理中です...