5 / 37
都からの使者(4)
しおりを挟む
「……陛下が私のことをお望みでしょうか。ヨハン様だって私共が陛下の不興《ふきょう》を買って里下がりを命じられたのはご存じでしょう」
――もう仕える必要はない。領地へ帰れ。
ジクムントはマリアたちに背を向けたままそう言ったのだ。
ヨハンは真面目な眼差しでマリアを見つめる。
「あれが陛下の本心からの言葉であると、マリア様は本当にそう思っていらっしゃるのでしょうか」
「…………」
そんなことはない――そんなことは分かっていた。
あれはマリアたちを守る為の方便だったのだ。
ジクムント自身の弱みを少しでも無くすための。
でもあれから決して短くない時が過ぎ、立場も変わった。
あの頃は本心ではなかったかもしれない。
でも今は?
マリアたちのことを今のジクムントが必要とするとは思えなかった。
マリアの無言に、ヨハンは苦い顔をする。
「陛下に言えば、マリア様を王都へお連れすることを決して許されないでしょう。こうしてこちらに参るのも別件を終えた帰りという態《てい》をとったほどですから。
しかしそれはマリア様を不要だと思われたからではなく、今でも陛下にとってマリア様が大切だからなのです。未だ反対派は駆逐できておりませんし……。
しかし陛下を癒《い》やすことが出来るのはマリア様をおいて他にはいらっしゃないのも事実でございます」
「それは、買いかぶりというものです」
マリアは目を伏せた。
「――それとも、すでに縁談の話が進んでおられるのですか」
マリアははっとする。
「どうしてそれを……」
「申し訳ございません。マリア様とお会いするのは久しぶりということもありまして、その……幾つか調べさせて頂いたのです」
言葉こそ控えめだが、全て知られていると思って間違いないだろう。
しかしマリアはそれに対する怒りは無かった。
ヨハンとマリアは長らく会わなかった。
あの頃とどれほど変わっているか――それを踏まえて、会うかどうかを決めたのだろう。
「縁談の話は関係ありません」
「では……もう、陛下のことは」
「違います。そうではありません。でも、陛下が望まれていないのに……」
「それは、そうですが」
「確かにヨハン様は陛下には私が必要であると思って下さっているのかもしれません。でも陛下がそうであるとは限りません。私のことを邪険に思われる可能性も……」
目を閉じると、当時、第五王子時代だったジクムントの傍に仕えていたことのことがまざまざと思い出される。
ジクムントが心を許せる人間が少しでも増えればと、メンデスがジクムントと一歳下のマリアを仕えさせたのだった。
あの頃は何もかも楽しかった。
ジクムントは決して人に心の内や感情を見せない子であった。
それは一見華やかに見えながら多くの大人の思惑が渦巻く王宮における身を守る術だった。
でもマリアには彼の考えていることが分かった。その無表情の奥にある感情が分かった。
「少し考えさせて頂けますか」
「急なことで恐縮ではありますが明後日までにお返事を戴きたい。その日に王都へ発ちますので……」
「分かりました」
マリアはヨハンを見送る為に立ち上がった。
――もう仕える必要はない。領地へ帰れ。
ジクムントはマリアたちに背を向けたままそう言ったのだ。
ヨハンは真面目な眼差しでマリアを見つめる。
「あれが陛下の本心からの言葉であると、マリア様は本当にそう思っていらっしゃるのでしょうか」
「…………」
そんなことはない――そんなことは分かっていた。
あれはマリアたちを守る為の方便だったのだ。
ジクムント自身の弱みを少しでも無くすための。
でもあれから決して短くない時が過ぎ、立場も変わった。
あの頃は本心ではなかったかもしれない。
でも今は?
マリアたちのことを今のジクムントが必要とするとは思えなかった。
マリアの無言に、ヨハンは苦い顔をする。
「陛下に言えば、マリア様を王都へお連れすることを決して許されないでしょう。こうしてこちらに参るのも別件を終えた帰りという態《てい》をとったほどですから。
しかしそれはマリア様を不要だと思われたからではなく、今でも陛下にとってマリア様が大切だからなのです。未だ反対派は駆逐できておりませんし……。
しかし陛下を癒《い》やすことが出来るのはマリア様をおいて他にはいらっしゃないのも事実でございます」
「それは、買いかぶりというものです」
マリアは目を伏せた。
「――それとも、すでに縁談の話が進んでおられるのですか」
マリアははっとする。
「どうしてそれを……」
「申し訳ございません。マリア様とお会いするのは久しぶりということもありまして、その……幾つか調べさせて頂いたのです」
言葉こそ控えめだが、全て知られていると思って間違いないだろう。
しかしマリアはそれに対する怒りは無かった。
ヨハンとマリアは長らく会わなかった。
あの頃とどれほど変わっているか――それを踏まえて、会うかどうかを決めたのだろう。
「縁談の話は関係ありません」
「では……もう、陛下のことは」
「違います。そうではありません。でも、陛下が望まれていないのに……」
「それは、そうですが」
「確かにヨハン様は陛下には私が必要であると思って下さっているのかもしれません。でも陛下がそうであるとは限りません。私のことを邪険に思われる可能性も……」
目を閉じると、当時、第五王子時代だったジクムントの傍に仕えていたことのことがまざまざと思い出される。
ジクムントが心を許せる人間が少しでも増えればと、メンデスがジクムントと一歳下のマリアを仕えさせたのだった。
あの頃は何もかも楽しかった。
ジクムントは決して人に心の内や感情を見せない子であった。
それは一見華やかに見えながら多くの大人の思惑が渦巻く王宮における身を守る術だった。
でもマリアには彼の考えていることが分かった。その無表情の奥にある感情が分かった。
「少し考えさせて頂けますか」
「急なことで恐縮ではありますが明後日までにお返事を戴きたい。その日に王都へ発ちますので……」
「分かりました」
マリアはヨハンを見送る為に立ち上がった。
35
あなたにおすすめの小説
身代わりにと差し出された悪役令嬢は上主である、公爵様に可愛がられて~私は貴方のモノにはなれません~
一ノ瀬 彩音
恋愛
フィルドール子爵家に生まれた私事ミラ・フィルドールには、憧れの存在で、ずっとお慕い申していた、片思いのお相手がいるのです。
そのお方の名前は、公爵・ル・フォード・レリオ様、通称『レリオ公爵様』と人気の名高い彼はその若さで20と言う若さで、お父上の後を継ぎ公爵と成ったのですが、中々に冷たいお方で、営業スマイルを絶やさぬ表の顔と、常日頃から、社交辞令では分からない、裏の顔が存在されていて、そんな中、私は初めて出たお披露目の舞踏会で、なんと、レリオ公爵様とダンスをするという大役に抜擢されて、ダンスがうまくできればご褒美を下さると言うのだけれど?
私、一体どうなってしまうの?!
桜に集う龍と獅子【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
産まれてから親の顔を知らない松本櫻子。孤児院で育ち、保育士として働く26歳。
同じ孤児院で育った大和と結婚を控えていた。だが、結婚式を控え、幸せの絶頂期、黒塗りの高級外車に乗る男達に拉致されてしまう。
とあるマンションに連れて行かれ、「お前の結婚を阻止する」と言われた。
その男の名は高嶺桜也。そして、櫻子の本名は龍崎櫻子なのだと言い放つ。
櫻子を取り巻く2人の男はどう櫻子を取り合うのか………。
※♡付はHシーンです
メイウッド家の双子の姉妹
柴咲もも
恋愛
シャノンは双子の姉ヴァイオレットと共にこの春社交界にデビューした。美しい姉と違って地味で目立たないシャノンは結婚するつもりなどなかった。それなのに、ある夜、訪れた夜会で見知らぬ男にキスされてしまって…?
※19世紀英国風の世界が舞台のヒストリカル風ロマンス小説(のつもり)です。
だったら私が貰います! 婚約破棄からはじまる溺愛婚(希望)
春瀬湖子
恋愛
【2025.2.13書籍刊行になりました!ありがとうございます】
「婚約破棄の宣言がされるのなんて待ってられないわ!」
シエラ・ビスターは第一王子であり王太子であるアレクシス・ルーカンの婚約者候補筆頭なのだが、アレクシス殿下は男爵令嬢にコロッと落とされているようでエスコートすらされない日々。
しかもその男爵令嬢にも婚約者がいて⋯
我慢の限界だったシエラは父である公爵の許可が出たのをキッカケに、夜会で高らかに宣言した。
「婚約破棄してください!!」
いらないのなら私が貰うわ、と勢いのまま男爵令嬢の婚約者だったバルフにプロポーズしたシエラと、訳がわからないまま拐われるように結婚したバルフは⋯?
婚約破棄されたばかりの子爵令息×欲しいものは手に入れるタイプの公爵令嬢のラブコメです。
《2022.9.6追記》
二人の初夜の後を番外編として更新致しました!
念願の初夜を迎えた二人はー⋯?
《2022.9.24追記》
バルフ視点を更新しました!
前半でその時バルフは何を考えて⋯?のお話を。
また、後半は続編のその後のお話を更新しております。
《2023.1.1》
2人のその後の連載を始めるべくキャラ紹介を追加しました(キャサリン主人公のスピンオフが別タイトルである為)
こちらもどうぞよろしくお願いいたします。
初恋をこじらせた騎士軍師は、愛妻を偏愛する ~有能な頭脳が愛妻には働きません!~
如月あこ
恋愛
宮廷使用人のメリアは男好きのする体型のせいで、日頃から貴族男性に絡まれることが多く、自分の身体を嫌っていた。
ある夜、悪辣で有名な貴族の男に王城の庭園へ追い込まれて、絶体絶命のピンチに陥る。
懸命に守ってきた純潔がついに散らされてしまう! と、恐怖に駆られるメリアを助けたのは『騎士軍師』という特別な階級を与えられている、策士として有名な男ゲオルグだった。
メリアはゲオルグの提案で、大切な人たちを守るために、彼と契約結婚をすることになるが――。
騎士軍師(40歳)×宮廷使用人(22歳)
ひたすら不器用で素直な二人の、両片想いむずむずストーリー。
※ヒロインは、むちっとした体型(太っているわけではないが、本人は太っていると思い込んでいる)
虐げられた出戻り姫は、こじらせ騎士の執愛に甘く捕らわれる
無憂
恋愛
旧題:水面に映る月影は――出戻り姫と銀の騎士
和平のために、隣国の大公に嫁いでいた末姫が、未亡人になって帰国した。わずか十二歳の妹を四十も年上の大公に嫁がせ、国のために犠牲を強いたことに自責の念を抱く王太子は、今度こそ幸福な結婚をと、信頼する側近の騎士に降嫁させようと考える。だが、騎士にはすでに生涯を誓った相手がいた。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
鉄壁騎士様は奥様が好きすぎる~彼の素顔は元聖女候補のガチファンでした~
二階堂まや♡電書「騎士団長との~」発売中
恋愛
令嬢エミリアは、王太子の花嫁選び━━通称聖女選びに敗れた後、家族の勧めにより王立騎士団長ヴァルタと結婚することとなる。しかし、エミリアは無愛想でどこか冷たい彼のことが苦手であった。結婚後の初夜も呆気なく終わってしまう。
ヴァルタは仕事面では優秀であるものの、縁談を断り続けていたが故、陰で''鉄壁''と呼ばれ女嫌いとすら噂されていた。
しかし彼は、戦争の最中エミリアに助けられており、再会すべく彼女を探していた不器用なただの追っかけだったのだ。内心気にかけていた存在である''彼''がヴァルタだと知り、エミリアは彼との再会を喜ぶ。
そして互いに想いが通じ合った二人は、''三度目''の夜を共にするのだった……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる