冷酷な王の過剰な純愛

魚谷

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出会いの宴(3)

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 ヨハンは、大使たちと会話を交わす主君を見やる。

(そろそろ陛下には私室の方へ退いて頂いて大丈夫だろう)

 大使たちの相手役は侍女と、自分達で十分だ。

 ジクムントへ戻って貰った後はマリアとの対面である。

 着飾ったマリアはいつも以上に輝いて見えた。

 女性の色香には疎《うと》いヨハンですら見取れてしまったのだ。

 ジクムントはもっと感動するだろう。

 だからと言ってマリアのことを受け容れるとは限らない話だが。

 とにかくやってみるしかない。

「ヨハン様……!」

 マリア付きの侍女、ルリが慌てた様子でやってくる。

「……マリア様が」

 侍女は声をひそめる。

「マリア様がどうした」

「どこにも見当たらないのです」

「何をしていたんだ!」

「申し訳ございません。何かつまめるものを取りに行っていた間に……」

「花を摘《つ》みに行ったのではないのか」

「確かめに行きましたが……。もしかしてなのですが、マリア様にニオイス子爵様がご興味を抱かれたご様子で」

 思わず舌打ちが出てしまう。

 ニオイスは素行が悪い貴族として有名だった。

 何人かの貴族令嬢が毒牙にかかったという噂が流れているが、明確な証拠が出ないし、被害側の貴族も娘の醜聞を公表したくないということもあって実情は分かっていない。

 吹けば飛ぶような貴族ではあるが、今は面倒以外の何者でもない。

「ヨハン様、どうかされたのですか」

 ゲオルグが尋ねてくる。

 本当のことを言うまいかどうか迷いつつも、これを秘密にして万が一のことがあってはいけないとぼやかして伝える。

「どうやらニオイス子爵がまたどこぞの貴族令嬢と消えたようだ。客人方に気付かれぬよう一刻も早く見つけ出せ」

「分かりました」

 ゲオルグはすぐに行動に移る。

 ルリが泣きそうな顔でヨハンを見る。

「ヨハン様、申し訳ございません……!」

「謝罪は後だ。お前も探せ」

「か、かしこまりましたっ」

 とりあえずジクムントには部屋へ戻ってもらわなければ。

 ヨハンは玉座へと向かうと、傅《かしづ》く。

「陛下、次の予定がございます。そろそろ……」

 それは退出の合図だ。

 ジクムントは顎《あご》を引き、「ではまた会おう」と大使たちに向かって言う。

 先触れが「陛下は退出にございます!」と声を上げた。

(何か問題が起きたのか)

 ジクムントはすぐに察した。

 それはかすかな違いでしかないが、衛兵の数が最初よりも増え、何か探す素振りをしている。

「何かあったのか」

 背後に付いている護衛役の近衛兵に聞くと、「どうやらニオイス子爵が女性貴族と消えたとのことです」と言った。

(……ニオイス……あいつか)

 面倒な貴族であるとは耳にしたことがあった。

 いかがわしい手口で女性を手込めにするとか。

「お前たちも捜索に加われ」

「いえ、我々は……」

「命令だ。大使たちに騒動が漏れたとなれば一生の恥辱だ。急げ」

「はっ」

 背筋をただした兵士はすぐに走り出した。

 ジクムントはしばらく歩くと、やがてぴたりと動きを止める。

「何の用だ」

 振り返ると、女がびくっと肩を震わせた。

 城の女中ではないことはお仕着せの種類で分かる。

(刺客か?)

 外套《マント》で隠れている右手で剣の束に手を掴む。

「お許し下さい!」

 女は突然跪《ひざまず》き、声を上げた。

「何?」

「マリア様がニオイス様に拐かされてしまったかもしれません! わっ、私の責任でござ
います! どうか、マリア様をお助け下さいませ!」

「……マリア?」

 ジクムントは弾かれたように女の傍らで膝を折ると、顔を上げさせた。

「マリア・デ・エリントロスかっ!」

 思わず大きな声が出ると、女は驚きに身を震わせる。

「さっ、左様でございます」

「城内に……いるのかっ」

「はい。陛下にお会いする為に……」

「よく報《しら》せてくれた」

 ジクムントは外套をかなぐり捨てると駆けだした。



「……少し飲み過ぎですよ」

 身体が動かない。

(誰……?)

 聞き慣れない声だ。

 ぼんやりしていた視界が、ゆっくりと焦点を結んでいく――その先には自分を見下ろす男の顔が。

(………)

 マリアはニオイスによって横抱きにされていた。

(どうして……私?)

 動こうとするが、指先一本微動だにできない。

「全く。君は一体どんな素性だ? 城中が僕らを探して血眼になっているよ。お陰で外に出られなくなっちまった」

 ニオイスは口汚く吐き捨てると、マリアを見下ろして微笑んだ。

「どれほど足掻いても無駄だよ。その薬は特注品だから」

「あ、あなた……」

 瞬《まばた》きできるが、首すら動かせない。

 ただ恐怖する心は自由であり、涙が滲む。

「悲しむことはないんだ。すぐに気持ち良くなれる。そういう薬も揃えてあるんだ」

 会場で会った時よりもずっと粘っこい糸引くような猫なで声で囁き、にやりと嗤《わら》った。

(ここは、どこ……?)

 ぼんやりした頭を必死に叩き起こし、少しでも手がかりを探す。

(外……)

 しかしニオイスは今し方外に出られないと口にしたばかりだ。

(中庭?)

 城外に出られないとしたら、それしかないが、城内にはたくさんの中庭が存在している。

 兵士が探していてもここを探り当てられるまではどれくらいの時を要するか分からない
のだ。

「月が綺麗だ……。フフ。こんな気持ちいい中でするのはとても昂奮するよ。兵士がここに来たら、あられもない君を見ることになるだろう。まあその時はそれも一興だ」

 ニオイスは薄気味の悪い笑顔を浮かべると、マリアの肌は粟立った。

「さあ、これを飲めば何も煩《わずら》うようなこともなく、楽しい気分になること請負いだから」

 ニオイスが小瓶を取り出した。

 中身は毒々しい赤い液体で満たされていた。

 それを口元に近づけると、そっと傾ける。

 口を締めて拒絶することなど今の状況では叶わない。

 トロリとした液体が喉元を滑り落ちていく。

(やっ、やめて……っ)

「……っ!」

 身体の中に液体が染みこんでいくのが分かる。

「どうだい? 美味しいだろう」

 次の瞬間、身体が燃えるように熱くなり、息が上がっていく。

 ドクドクと脈拍が加速した。

 意識を置いてけぼりにする変化のうねりに、マリアは目を白黒させずにはいられなかった。

「君の肌は透明感があるから、赤みが綺麗に出るね。最高だよ。これまでで一番の美しさだ」

 ニオイスが輪郭《りんかく》をなぞられると、びくっと身体が過敏な反応を見せてしまう。

 指でなぞられると、その部分が熱く疼いた。

「ぁあ……んっ……」

 鼻にかかった声が漏れてしまう。

「大丈夫。すぐに幸せにして上げるよ」

 ニオイスが舌なめずりをした。

(だっ、誰か……ジーク様……助けて……っ)

 その時、空気を震わせる声がつんざく。

「マリア――――――ッ!!」
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