冷酷な王の過剰な純愛

魚谷

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王の妃は(1)

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 ゲオルグは起床するとすぐに政務に就く。

 まだ東の山の端が明るくなり出して間もない時だ。

 蝋燭を頼りに書類の束を処理していく。

 ゲオルグの所属している宮廷監房《きゅうていかんぼう》という部署は、ジクムントの右腕であるヨハンを首班《しゅはん》に据《す》えた国王の秘書部門である。

 しかしそれは表向きの話であって事実上、政策の立案や内政などにも深く関与する権限を持っていた。

 要員は下級貴族の子弟はもちろん平民まで幅広い。

 ジクムント、ヨハンが直々に人員を集めている。

貴族に頼らぬ国家運営を目標に設置された組織ではあったが、いくら生まれを問わないとしても優秀な人間がそこら辺に都合良くごろごろと転がっているはずもない。

 地方において領主が人民を支配している以上、人材集めもなかなか進まず、慢性的な人不足に喘いでいる。

 その為一人一人にかかる負担が大きくならざるをえなかった。

 それでもゲオルグを始め、要員の士気は高い。

 自分が新しい国の担い手になるのだという自負心と情熱に溢れていた。

 それはもちろんゲオルグも言うまでもない。

「――ゲオルグ殿、よろしいですか。商人が面会を求めております。かなり手広く商売を
しているようで見込みがあるかと思います。是非、お会いして頂きたいのですが」

「分かった」

 部下に応じ、応接室に出向く。

 これまでは免状を与えられた商人が特権的に出入りしていたが、改革の一環として様々な商人の出入りを面接を経て、許すようになっていた。

応接室にいた商人は福々しい顔をした中年の男だった。

 こういう人当たりの良さそうな奴に限って抜け目がないのだ。

「これは、どうも……。わざわざ面会して頂きありがとうございます」

「時間がない。手短に頼む」

「これを」

 商人は丸められた書状を差し出してくる。

 うんざりした気持ちでゲオルグは手も伸ばさず告げる。

「賄賂《わいろ》は受け取らない」

「ではなく、紹介状でして」

 受け取り、その封蝋の刻印に目を瞠《みは》った。

「これは……」

「では、私めはこれで。失礼いたします」

 唖然《あぜん》とするゲオルグをその場に残し、商人はそそくさと出て行ってしまう。

 扉を叩く音にはっとしたゲオルグはすぐに手紙を懐《ふところ》にしまった。

 部下が部屋に入ってくる。

「いかがでしたか?」

 尋ねてくる部下には、「いや、言う程ではなかった」と適当な相づちを返した。

「そうですか……。申し訳ありません。あの口のうまさに騙《だま》されました」

「そうだな……。精進しろ」

 どうにか平静を装ったゲオルグだったが、頭は真っ白だった。



マリアはジクムントの私室において手持ちぶさたを覚えていた。

 ――俺が戻るまでここにいろ。どこでもいくなよ。良いな?

 朝方、執務へ出るジクムントにそう、念入りに言われてしまったのだ。

「あああ、マリア様、すごいですね、すごいですねえ! お城に上がれたばかりか、陛下の私室にまで……! 私はもう何と言ったら良いか!」

 目の前で、マリアの世話のために特別に入室を許されたルリが昂奮《こうふん》の面持ちで目を輝かせ、椅子一つとっても歴史的遺産に匹敵するものに囲まれた部屋を見渡す。

 暖色系の落ち着いた色で統一された家具に囲まれたその部屋には王家にしか許されない竜の意匠が所々にあしらわれていた。

「ルリさん、お茶を淹れたわ。どうぞ」

「あああ、マリア様、もったいのうございます! そのような雑事は私にお任せ下さいませっ」

「大丈夫です。してもらうより、する方が性に合っていますので」

 ルリの性格に、マリアは助けられていた。

 もしここにいるのがルリではなく見ず知らずの侍女であったら、もっとずっと息が詰ま
ってしまって笑顔など見せる余裕もなかっただろう。

ルリは席に着くと、「いただきます」と紅茶に口を付ける。

「おいしいですね。これは……木苺《きいちご》のジャム、ですか?」

「そうです。陛下もこの飲み方が好きで」

「マリア様が教えられたんですね!」

「教えたなんておこがましいです。こういう飲み方が私が好きだったので試しにお薦めしただけです」

「あああ、やっぱり陛下とマリア様はこうなる運命だったんですね。私、こういう物語にずっとずーっと憧れていたんです。当たり前ですが陛下とは結ばれませんでしたけれど、侍女としてこうして末席に座らせて頂けただけで幸せでございますっ!」

 ルリは小躍《こおど》りせんばかりにはしゃぐ。

 マリアは苦笑する。

「こうなる運命って何ですか?」

「決まっているじゃないですか。お妃《きさき》様でございますっ!」

「お妃……ルリさん、そんな……あり得ないです」

「あり得ない事こそ、あり得ません! ではどうして陛下がわざわざここにいろ、などとマリア様に仰られたのですか。陛下にとってマリア様は特別な女性だからではございませんか。それ以外、考えられませんっ!」

「私は……その、ジークとは、以前よりお側に仕えていたから……」

「ジーク!?」

 ルリは黄色い声を上げた。

 マリアははっとして、口元を手で覆《おお》う。

「ち、違うんです、ルリさん……!」

「もう、そんな特別なご関係でしたか……。もうこれは決まったも同然でございますね」

「そんなことないです。私がお妃など」

「ご謙遜が過ぎます。マリア様のお家柄は立派な伯爵家ではございませんか!」

「私の家は……。王家のお妃になるくらいであればもっと格式が高いか、他国の王家からと相場が決まっていますし」

「きっと陛下は公爵でも何でも爵位を授けて下さいます」

「だ、第一、ジーク――陛下はそのようなことは一言も仰りませんでしたもの」

 昨夜の激しいやりとりは、あくまであの閨《ねや》だけのものだ。

 ジクムントの妃が誰になるかは、ジクムント一人だけの問題ではない。

 この国の行く末とも強く結びついている重大事だ。

「ふふ。マリア様ってば自信がないのですね。でもそれがマリア様の魅力であり、陛下のお気持ちをものにした証、なのでしょう」

 ルリはそう笑って鼻歌交じりに紅茶を飲むのだった。
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