冷酷な王の過剰な純愛

魚谷

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王の妃は(3)

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 午後の一時。

 マリアがルリと一緒にお茶を飲んでいると、扉の開く音がした。

 ジクムントが戻って来たのだ。足音ですぐに分かった。

 マリアたちは立ち上がり出迎える。

「――マリア。待たせた」

 ジクムントがふっと表情を緩める。

「……ジーク、様。おかえりなさいませ」

「懐かしいな。お前はいつもそうして俺を迎えてくれた」

 ジクムントから抱きしめられる。

 逞《たくま》しい腕に抱かれ、自分の動作でそっと唇を押しつけられる。

 時間は短かったが、それだけで身体が燃えるように火照ってしまう。

「……呼び捨てて良いと言ったろう」

 彼の声が耳に染み、心臓が痛いほどに跳《は》ねた。

「は、はい」

 ジクムントはルリに目を向けると、「下がれ」と言った。

 ルリはそっと頭を下げると足早に部屋を出て行く。

「……ジーク」

「このまま押し倒してしまいたいっ」

「ま、まだ日が高うございます……」

 ふっと耳元に吐息がかかる。

「なら、夜ならどれほど抱かれても構わないか。お前も段々いやらしくなってきたな、マリア」

「っ」

 ジクムントからの意地悪な指摘に頬がかっと熱を持つ。

「冗談だ」

「心臓に悪い、です……」

 マリアは目を伏せつつ、抗議する。

「本当は一日中貪りたいが、それはいつでも出来るからな。――マリア、今日は街に出よう」

「街に、でございますか」

「俺と会うのが不安で街見物どころではなかったと以前言っていただろう。ここ数日、城内にこもりきりで退屈だろう。買い物は商人を呼びつけることで出来るだろうが、街に出れば気分転換にもなる」

「あの、ジークも一緒、でございますか」

「当然だ。お前を守ってやれるのは俺しかいないだろ?」

「ありがとうございます!」

 マリアが頬を染めて喜ぶと、ジクムントもまた頬を緩める。

「出る前に紅茶を淹れてくれ。喉が渇いた」

「かしこまりましたっ」

 マリアは落ち着かない鼓動を感じながら、準備を始めた。

(ジーク。私の言葉を覚えていてくれたんですね)

 街へ出ようと提案してくれたことよりも、そのことのほうがずっと嬉しかった。

マリアはジクムント、ルリと共に馬車で出かけることになった。

 王家のみに許された四頭立てで豪奢に飾られた箱馬車だ。

 馬車の中はそこで執務が取れるように、折りたたみの執務机《しつむづくえ》が搭載されており、書斎《しょさい》の雰囲気を持っている。

 移動に伴う揺れもほとんど感じることがなく、まるで滑るように移動しているように思われた。

 ルリは馬車の中でも紅茶を淹《い》れてくれたりと甲斐甲斐《かいがい》しく世話をしてくれる。

 若き王と横並びに座っているマリアの肩にはジクムントの腕が回されていた。

 ジクムントはいたっていつも通りに振る舞う一方、マリアは恥ずかしさに目を伏せ続ける。

 それを面白がるようにジクムントは、

「どうした。天気が良いぞ。外を見て見ろ」

 いたずらっぽい笑み混じりに言った。

馬車は街中を進み、いわゆる高級店の集まる首都の目抜き通りへ到る。

 馬車の速度が緩やかになり停車した。

 扉が開かれ、ルリに手を取られて馬車から降りる。

 その際、ルリが耳元でこそっと囁く。

「……正直、息が詰まってしまいました。陛下がご機嫌が悪いようでして」

「え、そんなことはありませんでしたよ。むしろ私をからかって上機嫌で」

「じょ、上機嫌、ですか……」

 ルリは信じられないことを聞いたと言わんばかりの顔をする。

「全然分かりませんでした……。むしろ陛下が、俯いていらっしゃるマリア様を叱りつけていらっしゃるとばかり……」

 なるほど、とそこで内心マリアは得心《とくしん》がいった。

 馬車の中でルリがしきりにマリアを不安そうな顔で見つめていたのだ。

「マリア、どうした。気分でも悪いか?」

 マリアにルリが寄り添っているのを見て、ジクムントが聞いてくる。

「いえ、大丈夫です」

「そうか。なら良いが」

 そうして馬車から降りて歩き出そうとするのだが、マリアは違和感を覚えた。

今は午後を過ぎた辺りである。

 そしてここは王都の目抜き通り。いつもたくさんの人で溢れて、とても馬車を乗り入れる余地も無いはずの場所。

 しかし今はどうだろう。

 人っ子一人、そこにはいなかった。

 賑《にぎ》わいの声など聞こえず、水を打ったように静まりかえる。

 まるで無人の街のような違和感があった。

「好きな店で好きなだけものを買って良いぞ。遠慮するなよ。俺はここで待っている」

 ジクムントはそう言った。

「ジーク、あの、一つよろしいでしょうか。……あの、今日はお見せがお休みでなのではありませんか?」

「休み? 何を言っている。開いているぞ」

「ですが人が誰もいないのは……何故なのでしょうか。何かあったのかもしれません。一度、城に戻られた方がよろしいのではありませんか?」

 すると一瞬、ジクムントは虚を突かれた表情をしたあと、平然と言ってのける。

「外出禁止令を出した」

「どなたが……?」

「決まっている。俺以外の誰にそんなことが出来ると思っている?」

「何故なのですか」

 マリアはとうに予想がついていることだったが、聞かずにはいられなかった。

「お前が買い物をするんだ。どんな危険があるかも知れないだろう。それに、人がいなけれお前も思う存分、自由に買い物が出来るだろう」

「しかし、それではたくさんの人々が不自由を被ります」

「不自由? お前の安全を考えればこれぐらいやって当然のことだ」

「そんな……」

 ジクムントはマリアから視線を外すと、ルリに顎をしゃくる。

「俺は買い物はよく分からない。頼むぞ」

「か、かしこまりました。では、マリア様参りましょう」

 ルリから袖《そで》を引かれる。

 マリアはジクムントをかえりみるが、言葉が出なかった。

どうしたら良いのか分からないでいるマリアの手を引いたルリは近場にあった宝石店に入る。
 
 すぐに店員が駆け寄り、深々と頭を下げる。

 領民にすらここまで大仰なことをされたことのないマリアは戸惑う。

「陛下よりマリア様に似合うものをとのご希望がございました。どうぞ、こちらの品々よりお選び下さいませっ」

 店の奥の席に案内され、店員が代わる代わる商品を見せてくる。

 ルリがマリア以上に昂奮して声を上げた。

「まあ、素晴らしい品々ですよ、マリア様!」
 
 店員は宝飾品の一つ一つを説明する。

 名工の手によって作られた世界でたった一つの貴重な品であるとか、いくつもの厳選された金剛石《ダイヤモンド》をちりばめたとか。

 どの宝飾品もマリアが初めて目にする大きさや美しさだった。

 普段であれば、うっとり見とれていたであろうが、今日ばかりは心はぴくりともしなかった。

店員がマリアをうかがうように尋ねてくる。

「マリア様、気に入って頂けましたでしょうか」

「え、ええ。とても素晴らしい品々だと思います」

「ありがとうございます。では後ほどお城の方へお届けに上がりたいと思っております」

「あ、いえ、それは……」

 マリアは慌てて首を振った。

「大丈夫です。こんな高価なもの……」

「しかし陛下よりマリア様がお気に召されたものは全て届けよ、とのことでございますので」

「陛下、から?」

「左様でございます。それとも、何かお気に障られましたでしょうか」

 店員はたちまち顔を青ざめさせる。

 マリアは慌ててしまう。

「いえ。そのようなことはありません。ありがとうございます。頂きますっ」

「ありがとうございますっ」

 店員は傅《かしづ》き、深く深くこうべを垂らす。

 マリアは居心地の悪さを覚えるばかりだった。
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