たとえ愛がなくても、あなたのそばにいられるのなら

魚谷

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 翌日の午後。
 ハイネは馬車で公爵家が長年出資している孤児院へ向かう。
 孤児院は都から三十分ほど行った小さな村の外れにあった。
 牧歌的でのどかな空気が流れている。
 子どもたちには街よりも、のんびりと過ごせる場所のほうが過ごしやすいだろうというフアナ様の考えで、この地に孤児院が建てられたのだった。
 赤い屋根に、クリーム色の煉瓦造り。
 孤児院の前では何人かの子どもたちが、おいかけっこをしていた。
 そこへやってきた見馴れぬ馬車に、年長の子どもが孤児院へ入っていく。
 しばらくして子どもたちに連れられてシスターたちが外に出てきて、馬車から降り立つハイネに深々と頭を下げる。

「これは公爵夫人。よくお出でくださりました。わたくしはこちらの院長を務めております、マーガレットと申します」

 六十代くらいの上品な老婦人が言った。

「院長様、はじめまして。ハイネと申します」

 院長の肩ごし、子どもたちににこりと微笑みかける。

「院長先生、この人、誰ーっ?」
「きれーなお姉さん!」
「ねえ、髪の毛に触っていい?」

 好奇心いっぱいの子どもたちにあっという間に取り囲まれてしまう。

「みんな、そんないっぺんに話しかけたら、夫人が困ってしまいますよ。お行儀良くなさい」
「はぁい!」

 子どもたちは下は六歳から上は十六際くらいまで。
 この孤児院だけでも、二十人ほどの子どもたちが暮らしている。

「夫人がご本を読んでくださるわ。中へ行きましょう」

 子どもたちに手を引かれ、ハイネは腰を上げたその時。
 背中にベチャ、と何かがぶつかる感触に振り返った。

「やった、当たった!」

 十メートル先にいた男の子がニヤッと笑う。その手には泥団子。

「ショーン、何をしているんですか! 謝りなさい!」
「やだね!」

 院長が咎めるが、少年はさらに泥団子を投げてくる。
 女の子たちが「なんでそんなことするのっ」「最低っ」と非難する。

「うっせえ、ブーーーーース!」

 あっかんべー、と舌を出すとショーンは逃げていく。
 院長は他のシスターにタオルと水を持ってくるよう言った。

「本当に申し訳ございません」
「ご心配なく。……元気な子ですね」
「……大人に構って欲しくてわざとああして叱られるようなことをする子がいるのです。元はとただせば、あの子が悪い訳ではないのですが……」

 持ち込まれたタオルを水で濡らしてしっかり絞り、泥汚れを落とす。

「これで綺麗に落ちました。さあ、みんな、中へ入りましょう」

 窓を見ると、男の子たちが太い枝を剣に見立てて打ち合いをしている。
 それをシスターたちが注意したが、男の子たちは無視して続けた。

「男の子たちはみんな元気ですね」
「元気すぎて困ってしまうんですよ。ああして剣術の真似事なんかをして、怪我をしたらどうするのか」

 院長は溜息をこぼす。

「あら。院長先生。服にほつれが」
「あぁ、私としたことが。申し訳ございません」
「もし宜しければ、繕いましょうか?」
「夫人にそんなことはさせられません!」
「先代の公爵夫人から教わって、裁縫は得意なんです」
「……では、お願いできますか?」

 裁縫道具を借りてシスターの服のほころびを縫っていると、子どもたちが集まってくる。

「完成です」
「ありがとうございます」
「すごーい!」
「お姉さん、私にも教えてっ!」

 女の子たちが興味津々に見てくる。

「いいわよ」

 そうして子どもたちに端切れをもってきてもらい、色々な縫い方を教えた。
 うまい子になると、たった数時間教えただけで全てを完璧に学習してしまい、ハイネのほうが驚いてしまった。
 子どもたちに裁縫を教えている間にあっという間に日が暮れた。

「次はまた裁縫教えてくださいっ!」
「いいわ。次までに、今日教えたことをしっかり復習しておいてね」

 子どもたちに見送られ、ハイネは孤児院を出た。
 院長が見送りに出てくれる。

「今日は本当にありがとうございます。子どもたちがあんな嬉しそうに何かを学んでいる姿、なかなか見られないもので。夫人は物を教える才能がおありのようで」
「才能だなんて大袈裟です。ただの裁縫ですから」
「いいえ。ああいう技術も、ここを将来出ていくあの子たちの生計を支えるのに役に立ちますから、立派な学習です」

 ただあの程度の技術ではやはり低賃金の仕事にしかならないだろう。
 もっと独自色のある技術をあの子たちに教えることができれば、貧困から抜け出せる子も出てくるかもしれない。
(なにかいい方法があればいいんだけど)
 ハイネはそんなことを考えながら馬車に乗り込んだ。
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