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日が落ちると村人たちが一人また一人と客席に集まってくる。
雲ひとつない空に浮かんだ月に照らされ、舞台が闇の中でぼんやりと幻想的に浮かび上がった。
村長の好意で、舞台を間近に見られる場所に、アーサーの席は用意された。
しばらくするとアーサーの向かって右手側の舞台袖から、ハイネが姿を見せた。
「っ」
思わずその美しさに息を呑んだ。
それはアーサーだけでなく、他の村人たちも同様のようだった。
舞台上ということもあるのか普段よりも濃いめにメイクをしているハイネだが、それが決して、彼女自身の美しさを損なっていないどころか、より美しく映えさせている。
ハイネは物怖じせず、まるでこの日のために練習を重ねてきたかのように、見事な舞を披露した。
時に羽でもついているように軽やかに跳べば、薄衣で作られたひれがふわりと舞い上がる。
(本当にハイネなのか?)
アーサーは本気でそう思ってしまう。
跳び、緩やかに弧を描くように回転し、艶やかにこちらに微笑みかける。
誰に笑いかけている訳ではないのだろうが、アーサーはまるで自分に笑いかけてくれているような錯覚になり、その華やかな微笑に胸の高鳴りを押さえきれなかった。
客席のあちこちから溜息がこぼれる。
やがてハイネはこちらに背を向けると、月に向かってひれ伏すように頭を下げた。
これにて精霊への感謝の祈りとする。
ハイネに合わせ、村尾たちも頭綾華を深々と下げた。
舞台からハイネが去ると、拍手が響く。
しばらくすると、服を着替え、化粧を落としてきたハイネがアーサーの隣へやってきた。
「夫人、お見事でございます。今夜は本当にありがとうございますっ」
村長をはじめとして村人たちも再び頭を下げた。
ハイネは照れたのか赤面しつつも、秘めやかな笑みを浮かべた。
「皆さんのお役に立てたのなら何よりです」
「想像以上に素晴らしい舞でございました。あれにはきっと精霊様もきっとご満足頂けたかと思います。では、宴をどうぞ堪能くださいっ」
先程まで厳粛だった雰囲気が朗らかなものに変わる。
舞台では村人たちが今度は楽器を弾いたり、精霊に関する話をしたりしはじめる。
これは精霊を芸事で楽しませるためにやっているのだ。
アーサーが舞台を見ていると、不意に右肩に重みを感じてそちらを見やれば、ハイネだった。
「おい」
ハイネは緊張感から解放されたせいか、穏やかな顔で眠っていた。
「……もしよろしければ、今日は我が家の二階をお使い下さい」
「いいのか?」
「はい。公爵様方にご満足していただけるようなお部屋ではございませんが……」
アーサーはハイネを起こさぬよう慎重な手つきで抱き上げると、立ち上がった。
村長宅に入ると、二階へ上がった。
あてがわれたのは階段を上がってすぐの客間。
ベッドが二つ置かれている。
「何かあれば、私は広場におりますので」
「すまない」
ハイネをベッドへ寝かせ、手を離そうとした時、ハイネがぱちりと目を開けた。
「起きたのか。今日はここで一泊――」
「……私の舞、どうだった?」
その目は半ばとろんとして、舌っ足らずに聞いてくる。
寝ぼけているのだとすぐに分かった。
無視しても構わなかったが、寝ぼけながらも、アーサーの顔から目を反らすことなくじっと見つめてくるハイネを前にして、そんなことはできなかった。
「……とても見事だった」
「良かったぁ」
ハイネはにへら、と普段は絶対に見せないような、子どもの頃を思わせるような無垢な笑みを浮かべる。
それは寝ぼけていなければ、このまま覆い被さり、抱き潰してやりたいと思えるような魅力的な笑顔。
ハイネはごにょごにょと何か喋っていたが、すぐに眠りに落ちてしまう。
肩まで布団をかけてやり、アーサーは隣のベッドに横になるが、ハイネのことを強く意識しているせいか、なかなか眠れなかった。
(今朝のせいか……)
柔らかな心地よい感触と香りに目覚めたアーサーが見たのは、抱きついてきていたハイネの姿だった。
身動ぐことで逃れようとしたが、ハイネは眠っているくせにやけに力が強く、叶わなかった。
しかし嫌な気持ちは何もなかった。むしろ、このまま抱きしめ返したいという欲望を抑え込むのが大変なほど。
鼓動が高鳴り、体が燃えるように火照った。
抱き合う以上のことをもう何度も行っているにもかかわらず、この程度のことでドキドキしてしまう自分の単純さが嫌になりながら、ハイネから目が離せない。
乱暴に振りほどくこともできず、彼女が目覚めるまで待たなければならなかった。
心の中で自分の動揺がハイネに伝わらないよう、祈ったほど。
しかしハイネのほうがよほど動揺していたらしく、結局、アーサーどころではなかようだったので助かった。
そこにきて先程の、無防備な表情。
昼間の花畑に目を輝かせるハイネの姿もそうだが、どれほど望んでも、ハイネを嫌いになれないことを再認識させられた。
嫌いになれれば、この胸の中で渦巻く狂おしい気持ちとも決別できるのに。
(どうして俺はお前にほれてしまったんだ……)
※
翌朝、ハイネは馬車の中で反省していた。
舞台上で大勢の村人はもちろん、アーサーの前で踊るという大役から解放された反動で、そのまま眠ってしまったせいで予想外の外泊にアーサーを付き合わせてしまったこと、いきなりのことで村長にも迷惑をかけてしまったこと。
あまりに謝るハイネを前に、アーサーは「もう分かったからいい加減黙れ」と言われてしまった。
(情けない……)
ただ、アーサーとの思い出が作れたのは嬉しかった。
(アーサーは迷惑だろうけど)
舞台で踊るハイネが考えていたのは、アーサーのこと。
本番を前に舞台役者たちに、踊る時の心構えというのを聞くと、「好きな人に自分を見てもらえるようにって考えたらいいですよ」と村の女性たちが口を揃えていったのだ。
それは不謹慎でも何でもなく、昔からの言い伝えらしい。
祭りの踊り手は精霊へ捧げる舞を踊りながら、恋に関することを願い、一度も手順を間違えることなく踊りきるとその願いが叶うということだった。
そして今のところ、村娘たちは意中の相手と添い遂げられているらしい。
それは精霊が、子孫繁栄を最も喜ぶから、というところからきているようだ。
だからハイネはアーサーが少しでも自分に興味を持ってくれますように、と願いながら舞を奉じた。
雲ひとつない空に浮かんだ月に照らされ、舞台が闇の中でぼんやりと幻想的に浮かび上がった。
村長の好意で、舞台を間近に見られる場所に、アーサーの席は用意された。
しばらくするとアーサーの向かって右手側の舞台袖から、ハイネが姿を見せた。
「っ」
思わずその美しさに息を呑んだ。
それはアーサーだけでなく、他の村人たちも同様のようだった。
舞台上ということもあるのか普段よりも濃いめにメイクをしているハイネだが、それが決して、彼女自身の美しさを損なっていないどころか、より美しく映えさせている。
ハイネは物怖じせず、まるでこの日のために練習を重ねてきたかのように、見事な舞を披露した。
時に羽でもついているように軽やかに跳べば、薄衣で作られたひれがふわりと舞い上がる。
(本当にハイネなのか?)
アーサーは本気でそう思ってしまう。
跳び、緩やかに弧を描くように回転し、艶やかにこちらに微笑みかける。
誰に笑いかけている訳ではないのだろうが、アーサーはまるで自分に笑いかけてくれているような錯覚になり、その華やかな微笑に胸の高鳴りを押さえきれなかった。
客席のあちこちから溜息がこぼれる。
やがてハイネはこちらに背を向けると、月に向かってひれ伏すように頭を下げた。
これにて精霊への感謝の祈りとする。
ハイネに合わせ、村尾たちも頭綾華を深々と下げた。
舞台からハイネが去ると、拍手が響く。
しばらくすると、服を着替え、化粧を落としてきたハイネがアーサーの隣へやってきた。
「夫人、お見事でございます。今夜は本当にありがとうございますっ」
村長をはじめとして村人たちも再び頭を下げた。
ハイネは照れたのか赤面しつつも、秘めやかな笑みを浮かべた。
「皆さんのお役に立てたのなら何よりです」
「想像以上に素晴らしい舞でございました。あれにはきっと精霊様もきっとご満足頂けたかと思います。では、宴をどうぞ堪能くださいっ」
先程まで厳粛だった雰囲気が朗らかなものに変わる。
舞台では村人たちが今度は楽器を弾いたり、精霊に関する話をしたりしはじめる。
これは精霊を芸事で楽しませるためにやっているのだ。
アーサーが舞台を見ていると、不意に右肩に重みを感じてそちらを見やれば、ハイネだった。
「おい」
ハイネは緊張感から解放されたせいか、穏やかな顔で眠っていた。
「……もしよろしければ、今日は我が家の二階をお使い下さい」
「いいのか?」
「はい。公爵様方にご満足していただけるようなお部屋ではございませんが……」
アーサーはハイネを起こさぬよう慎重な手つきで抱き上げると、立ち上がった。
村長宅に入ると、二階へ上がった。
あてがわれたのは階段を上がってすぐの客間。
ベッドが二つ置かれている。
「何かあれば、私は広場におりますので」
「すまない」
ハイネをベッドへ寝かせ、手を離そうとした時、ハイネがぱちりと目を開けた。
「起きたのか。今日はここで一泊――」
「……私の舞、どうだった?」
その目は半ばとろんとして、舌っ足らずに聞いてくる。
寝ぼけているのだとすぐに分かった。
無視しても構わなかったが、寝ぼけながらも、アーサーの顔から目を反らすことなくじっと見つめてくるハイネを前にして、そんなことはできなかった。
「……とても見事だった」
「良かったぁ」
ハイネはにへら、と普段は絶対に見せないような、子どもの頃を思わせるような無垢な笑みを浮かべる。
それは寝ぼけていなければ、このまま覆い被さり、抱き潰してやりたいと思えるような魅力的な笑顔。
ハイネはごにょごにょと何か喋っていたが、すぐに眠りに落ちてしまう。
肩まで布団をかけてやり、アーサーは隣のベッドに横になるが、ハイネのことを強く意識しているせいか、なかなか眠れなかった。
(今朝のせいか……)
柔らかな心地よい感触と香りに目覚めたアーサーが見たのは、抱きついてきていたハイネの姿だった。
身動ぐことで逃れようとしたが、ハイネは眠っているくせにやけに力が強く、叶わなかった。
しかし嫌な気持ちは何もなかった。むしろ、このまま抱きしめ返したいという欲望を抑え込むのが大変なほど。
鼓動が高鳴り、体が燃えるように火照った。
抱き合う以上のことをもう何度も行っているにもかかわらず、この程度のことでドキドキしてしまう自分の単純さが嫌になりながら、ハイネから目が離せない。
乱暴に振りほどくこともできず、彼女が目覚めるまで待たなければならなかった。
心の中で自分の動揺がハイネに伝わらないよう、祈ったほど。
しかしハイネのほうがよほど動揺していたらしく、結局、アーサーどころではなかようだったので助かった。
そこにきて先程の、無防備な表情。
昼間の花畑に目を輝かせるハイネの姿もそうだが、どれほど望んでも、ハイネを嫌いになれないことを再認識させられた。
嫌いになれれば、この胸の中で渦巻く狂おしい気持ちとも決別できるのに。
(どうして俺はお前にほれてしまったんだ……)
※
翌朝、ハイネは馬車の中で反省していた。
舞台上で大勢の村人はもちろん、アーサーの前で踊るという大役から解放された反動で、そのまま眠ってしまったせいで予想外の外泊にアーサーを付き合わせてしまったこと、いきなりのことで村長にも迷惑をかけてしまったこと。
あまりに謝るハイネを前に、アーサーは「もう分かったからいい加減黙れ」と言われてしまった。
(情けない……)
ただ、アーサーとの思い出が作れたのは嬉しかった。
(アーサーは迷惑だろうけど)
舞台で踊るハイネが考えていたのは、アーサーのこと。
本番を前に舞台役者たちに、踊る時の心構えというのを聞くと、「好きな人に自分を見てもらえるようにって考えたらいいですよ」と村の女性たちが口を揃えていったのだ。
それは不謹慎でも何でもなく、昔からの言い伝えらしい。
祭りの踊り手は精霊へ捧げる舞を踊りながら、恋に関することを願い、一度も手順を間違えることなく踊りきるとその願いが叶うということだった。
そして今のところ、村娘たちは意中の相手と添い遂げられているらしい。
それは精霊が、子孫繁栄を最も喜ぶから、というところからきているようだ。
だからハイネはアーサーが少しでも自分に興味を持ってくれますように、と願いながら舞を奉じた。
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