たとえ愛がなくても、あなたのそばにいられるのなら

魚谷

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 束の間の休暇を終えたアーサーは、王都へ戻ると騎士団長としての職務に励んだ。
 そんな中、イザベラに呼ばれた。

「久しぶりね。奥様との貴重な休暇はどうだったの?」
「お前と世間話をする趣味はない」
「本当につれない男。でも」

 イザベラはにこりと、彼女らしからぬ優しげな笑みを浮かべた。

「悪くない休暇だったみたいじゃない」
「あいつがそう言ったのか?」
「あなたの顔から推察したの。すっきりしてるし、休暇を取る前よりずっと活き活きしてるわよ。まあ表情筋が死んでいるのは相変わらずだけど」

 アーサーは深いため息を漏らす。

「さっさと仕事の話をしろ」
「人身売買の元締めが分かった。大物よ」
「貴族か」
「ご名答。エッケン・ヴァン・ドラウム侯爵」
「……エッケン」
「自分の孫みたいな年齢の愛人をはべらせてるで有名でしょう」
「ハイネが、借金の肩代わりに売り渡そうとした奴だ」
「はあ!? 本当に!? なんて最低な親……いいえ、悪魔ねっ!」
 イザベラは本気で怒っているようだった。
「そのクソ両親もついでに捕まえちゃってよ! いかれてる!」
「安心しろ。捕まえていないが、もうとっくに思い知らせた」
「……どういうこと?」
「あの父親は、ハイネに暴力を振るっていたからな。それ以上に、殴り付けてやった」
「その時の父親の顔、見たかったわ」

 イザベラはにこりと微笑む。

「仕事は済ませる」

 アーサーは外に出ると馬に飛び乗り、第二騎士団本部へ戻る。
 厩舎に馬を戻したその時、背後に感じた人の気配に振り返った。

「道にでも迷ったのか。ここは王宮じゃないぞ」

 音もなく背後に立ったのは、クロフォードだった。
 振り返りざま、顔めがけて飛んできたものを受け止める。
 それは右手の手袋――決闘の合図。

「これから付き合ってもらう」
「狩猟祭で相手をしてやっただろう」
「今度は直接的に決着をつけるっ」
「しつこい奴だ」

 人の妻に手を出そうとしているくせに心の底からハイネを救おうとしているかのような、まっすぐな眼差しが癪に障る。
 自分のほうが、ハイネを幸せにできると信じて疑っていない目。
 人の気など知らずに。
 アーサーは拳をぎゅっと固く握り締める。
 目の前の自惚れ屋のプライドをズタズタに引き裂き、助けてくれと許しを乞う姿が見たくなった。

「いいだろう」



 クロフォードと共に向かったのは王都の郊外の野原だ。

「ここなら邪魔をする人間はいない。私が勝てば、ハイネ嬢と離縁してもらう」

 クロフォードは剣を抜く。

「寝言は寝て言え」

 アーサーも剣を抜き、構える。
 最初に動いたのはクロフォードだ。
 流れるような動きで剣を振るう。
 アーサーは受け止め、右へ流す。
 体勢を崩した所でアーサーは剣を切り上げたが、すぐに態勢を立て直したクロフォードが応戦する。
 剣と剣が打ち合い、火花が散った。
 鍔迫り合い、交差し合う剣ごしに睨み合う。

「どうしてそこまでハイネ嬢に執着するっ。女ならば、誰でもいいくせにっ!」
「貴様には関係のないことだっ!」
「いいや、あるっ!」

 一度巨利を取り合い、再びぶつかりあう。
 激しく剣を打ち込むが、さすがは第一騎士団の団長なだけのことはある。
 全てを必要最小限の動きで受け止め、隙を見出せない。

(それなら……)

 何十合目の打ち合いの果て、クロフォードに剣を弾かれ、体勢を崩す。
 それを手練れのクローフォードが見逃すはずがない。
 確実に殺そうと心の臓を狙う剣先。
 それを、アーサーは左腕で受け止めたのだ。
 クロフォードの目が驚きに見開かれる。

「日頃から王族の警備を主任務にする第一騎士団の団長様だ。戦い方があまりにも素直すぎる。そんなんじゃ、勝てるものも勝てなくなるぞっ!」

 腕に力を込めれば、剣を容易には抜けない。
 アーサーは腹めがけ蹴りを見舞う。

「ぐっ!」

 クロフォードの体が地面を転がる。
 腕に深く突き刺さった剣を抜き、放り捨てた。

「……俺の、勝ちだ」

 アーサーは肩を大きく上下させ、仰向けに倒れたクロフォードへ剣を差し向ける。

「教えろ。どうしてそこまで愛してもいないハイネ嬢を縛り付ける? 一体、彼女に何を求めているんだ? 女ならば他にいくらでもいるのに。ラウーロへの劣等感のせいか? それを補うために──」
「だったら教えてくれ。子どもの頃から好きだったハイネが兄と結ばれる様を前にして、俺はどうすれば良かった? 怒りに任せて二人の仲を引き裂くべきだったのか? ハイネを忘れるために何人もの女と関係を持とうとしても、ハイネ以上に愛せるような相手と巡り会えないことが分かっただけじゃない。ますます自分の中でハイネの存在感ばかり大きくなっていって……」

 なんでこんな奴にこんなことを話してるんだ。
 しかし一度口を開けば、堰を切ったように本音が溢れた。

「……お前は、本気でハイネ嬢を愛しているのか」

 クロフォードが驚きに目を瞠る。

「独りよがりな感情だ。くそ。下らないことを話しすぎた」
「そうか、そうだったのか……」
「? おい、何を勝手に一人で納得してるっ」
「ハイネ嬢は、ラウーロを愛してはいない」
「誰が信じる? 俺自身が、親しげに寄り添う二人を見ているんだぞ!」
「ハイネ嬢は――」

 次の瞬間、クロフォードの言葉に、アーサーは耳を疑った。
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