31 / 49
第四章 緋色(ひいろ)の記憶
親友を想う
しおりを挟む
翌日。旬果は、城内を輿《こし》に乗って移動していた。
最少人数でも担ぎ手が八人に、護衛の泰風を入れて九人。
泰風は、担ぎ手は路傍の石同然でこちらの話が外に漏れることがないと請け負ってくれるが、それでもやはり旬果としては泰風と話す時にはついつい小声になってしまう――普段ならば。
しかし、今日はその声は担ぎ手を憚らなかった。
一日経ってみて、やはり瑛景の和解の宴の提案を鵜呑みにして、間違ったという気がしてならなかった。
それを泰風に打ち明けてみると、彼も本心では同意見だった。
しかしその一方で、現実的には旬果が折れるしかないとも、言う。
それは分かる。分かるのだが、釈然としない。
(……私が皇后になったら覚えておきなさいよ)
思わずそんなことを考えてしまい、慌てて打ち消す。
(だめだめ。あくまで悪女の振りなんだから。本当に悪女になってどうするのよっ!)
というか悪女ならば、でことちびっ子の動きを観察していれば、すぐになれそうな気がする。
泰風が言う。
「ご不満でしょうが、ここはこらえて下さい。それに和解の宴の席には、陛下も同席されるのですから、とりなして下さるはずです」
「……何気にそれが一番の不安要素だったりもするのよねー」
泰風は苦笑する。
「それも分からなくは、ないですが」
「陛下のことだから」旬果は一応、担ぎ手に配慮して陛下と呼ぶ。「余計なことをしそうな気もする。私を応援するつもりで実際は追い詰める、みたいな」
「……その時は私がお支えします」
「そうね。そっちの方が何十倍も心強い」
旬果と、泰風は微笑みを交わした。
と、向こう側から兵士の一団がやってくる。
五人の歩兵と騎乗者が一人。騎乗者は旬果の輿を見るや下馬をして、馬の轡を取り、頭を下げる。
その騎乗者の顔を見た旬果は、「止めて」と声を上げた。
泰風が怪訝な顔をする。
「いかがされましたか?」
突然、目の前で輿が止まり、下馬した将が顔を上げる。
「あなた……洪周のお兄さん?」
洪仁傑は怪訝な顔をする。
こうして陽の下で改めて見ると、まだ少年のようにあどけない顔立ちをしているのが分かった。そして眉や目元が洪周によく似ている。
「そうですが……?」
「申し遅れました。私は王旬果と申します」
「これは……」
と、仁傑は泰風を見る。
「お前は……」
泰風は頭を下げる。
「武泰風と申します。以前は錦衣衛におりました」
「やはり。魁夷か」
「そうです」
仁傑は、うっすらと笑みを浮かべる。
「噂は聞いている。お前を魁夷と嘲った者共と一人一人と立ち合いをし、全員を見事に叩きのめしたとか」
泰風は苦笑する。
「……将軍のお耳にも入っておりましたか」
「将軍などと。家名でなったに過ぎん。――こうして皇后候補の方に、名を知って戴けているとは光栄に存ずる」
旬果は言う。
「妹君の、洪周殿とお会いしたことがございます」
「左様で御座いますか。ご迷惑をおかけしませんでしたか? あれは気の強いところがございますので」
旬果はかぶりを振った。
「いえ……。洪周殿はお元気ですか? 近頃、私は後宮に行く機会がございませんので。どうされているかと……」
「元気にしているようです」
「そうですか」
「妹にはよく言っておきます」
「あ、そうだ。もし妹さんに会ったら、陛下主催の宴に私も参りますとお伝え下さい」
「……かしこまりました。では、我々はこれで」
深々と一礼し、仁傑たちは去って行った。
それを見送った旬果は泰風に言う。
「優しそうなお方ね」
「仁傑殿は、武芸に卓越した腕をお持ちですよ」
「そうなんだ」
(宴の席で、洪周と話せれば良いんだけど)
最少人数でも担ぎ手が八人に、護衛の泰風を入れて九人。
泰風は、担ぎ手は路傍の石同然でこちらの話が外に漏れることがないと請け負ってくれるが、それでもやはり旬果としては泰風と話す時にはついつい小声になってしまう――普段ならば。
しかし、今日はその声は担ぎ手を憚らなかった。
一日経ってみて、やはり瑛景の和解の宴の提案を鵜呑みにして、間違ったという気がしてならなかった。
それを泰風に打ち明けてみると、彼も本心では同意見だった。
しかしその一方で、現実的には旬果が折れるしかないとも、言う。
それは分かる。分かるのだが、釈然としない。
(……私が皇后になったら覚えておきなさいよ)
思わずそんなことを考えてしまい、慌てて打ち消す。
(だめだめ。あくまで悪女の振りなんだから。本当に悪女になってどうするのよっ!)
というか悪女ならば、でことちびっ子の動きを観察していれば、すぐになれそうな気がする。
泰風が言う。
「ご不満でしょうが、ここはこらえて下さい。それに和解の宴の席には、陛下も同席されるのですから、とりなして下さるはずです」
「……何気にそれが一番の不安要素だったりもするのよねー」
泰風は苦笑する。
「それも分からなくは、ないですが」
「陛下のことだから」旬果は一応、担ぎ手に配慮して陛下と呼ぶ。「余計なことをしそうな気もする。私を応援するつもりで実際は追い詰める、みたいな」
「……その時は私がお支えします」
「そうね。そっちの方が何十倍も心強い」
旬果と、泰風は微笑みを交わした。
と、向こう側から兵士の一団がやってくる。
五人の歩兵と騎乗者が一人。騎乗者は旬果の輿を見るや下馬をして、馬の轡を取り、頭を下げる。
その騎乗者の顔を見た旬果は、「止めて」と声を上げた。
泰風が怪訝な顔をする。
「いかがされましたか?」
突然、目の前で輿が止まり、下馬した将が顔を上げる。
「あなた……洪周のお兄さん?」
洪仁傑は怪訝な顔をする。
こうして陽の下で改めて見ると、まだ少年のようにあどけない顔立ちをしているのが分かった。そして眉や目元が洪周によく似ている。
「そうですが……?」
「申し遅れました。私は王旬果と申します」
「これは……」
と、仁傑は泰風を見る。
「お前は……」
泰風は頭を下げる。
「武泰風と申します。以前は錦衣衛におりました」
「やはり。魁夷か」
「そうです」
仁傑は、うっすらと笑みを浮かべる。
「噂は聞いている。お前を魁夷と嘲った者共と一人一人と立ち合いをし、全員を見事に叩きのめしたとか」
泰風は苦笑する。
「……将軍のお耳にも入っておりましたか」
「将軍などと。家名でなったに過ぎん。――こうして皇后候補の方に、名を知って戴けているとは光栄に存ずる」
旬果は言う。
「妹君の、洪周殿とお会いしたことがございます」
「左様で御座いますか。ご迷惑をおかけしませんでしたか? あれは気の強いところがございますので」
旬果はかぶりを振った。
「いえ……。洪周殿はお元気ですか? 近頃、私は後宮に行く機会がございませんので。どうされているかと……」
「元気にしているようです」
「そうですか」
「妹にはよく言っておきます」
「あ、そうだ。もし妹さんに会ったら、陛下主催の宴に私も参りますとお伝え下さい」
「……かしこまりました。では、我々はこれで」
深々と一礼し、仁傑たちは去って行った。
それを見送った旬果は泰風に言う。
「優しそうなお方ね」
「仁傑殿は、武芸に卓越した腕をお持ちですよ」
「そうなんだ」
(宴の席で、洪周と話せれば良いんだけど)
5
あなたにおすすめの小説
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します
スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」
眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。
隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。
エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。
しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。
彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。
「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」
裏切りへのカウントダウンが今、始まる。
スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!
無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……
タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。
【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~
いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。
地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。
「――もう、草とだけ暮らせればいい」
絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。
やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる――
「あなたの薬に、国を救ってほしい」
導かれるように再び王都へと向かうレイナ。
医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。
薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える――
これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
【完結】魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――
ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。
魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。
ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。
誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。
婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される
さら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。
慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。
だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。
「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」
そう言って真剣な瞳で求婚してきて!?
王妃も兄王子たちも立ちはだかる。
「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。
処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!
秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。
民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。
「おまえたちは許さない」
二度目の人生。
エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。
彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。
1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。
「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」
憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。
二人の偽りの婚約の行く末は……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる