皇帝(実の弟)から悪女になれと言われ、混乱しています!

魚谷

文字の大きさ
47 / 49
第六章 悪女

皇太后との対決

しおりを挟む
 その日の正午。旬果が昼餉を取っていると後宮より遣いが現れた。
 劉皇太后が会いたい、と言っているというのだ。
 これは予想の範囲内である。

 あらかじめ、瑛景より言われていたのだ。きっと劉皇太后が姉上を召すだろう――と。
 すでに朝議の件を群臣の誰かが皇太后に注進しているはず。
 止める際には皇帝に非があるという言い方は避けるはずだから、原因は旬果にあるという旨が皇太后には伝えられたはずだ。

「行くわ」
 旬果は席を立った。

                        ※※※※※

 そして後宮に、旬果は向かった。
 いつか皇太后と、初めて対面した時と同じ場所である。
 だがいつかの時とは違い、皇太后の取り巻きは女官だけではない。
 皇后候補である劉麗と、康慧星の二人も傍にいたのだ。

(全く。三下具合が凄いわね)
 旬果は胸の内でそう思う。
 対する旬果は一人である。だが見くびられまいと、悠然と歩く。
 そして皇太后の前で深々と拝礼する。
「王旬果。お召しにより、ただいま参上つかまつりました」
 その瞬間、
「あなた、一体何様なの!」
 感情的な罵声が響く。

 旬果はそっと面を上げた。今、声を上げたのは劉麗である。
 旬果は凪いだ湖面のような静かな眼差しを向けた。
「劉麗様、慧星様。お加減はいかがでございますか?」
 慧星が吠える。
「お黙りなさい! 姦婦! あなたは一体何の理由あって、陛下とご一緒に朝議に出て、差し出がましい口を叩きましたの!?」

 だが二人の少女の甲高い怒声は、凛とした声に押さえられた。
「二人とも、静かに。呼び出したのは私です」
 後宮の王とも言うべき、皇太后の言葉に二人は恐縮する。
「皇后陛下。ありがとうございます」

 旬果が言えば、皇太后はその切れ長の眼差しに鋭い敵意を見せた。
「お黙りなさい!」
 空気が、ぴりぴりと震えるような一喝。
「旬果。お前は皇后ではないのよ。いえ、たとえ皇后といえども御政道に口を挟むのは、差し出がましいにも程がある!」
「しかし、陛下にお許しを頂いたのでございます。そのお陰で、罪人を処罰するというお許しが――」
 劉皇太后はさすがに、一癖も二癖もある後宮を支配してあるだけある。
 劉麗や慧星のように怒りを表情に露わにはしない。だが、その冷たい眼差しに煮え滾った憤怒があるのは、間違いない。
「陛下を惑わすは罪。女人は後ろに控え、陛下の御身を安んずることだけを考えればよろしい。政に口を出すのは、後宮の者の仕事ではないっ!」
「洪周は私たちを殺さんとしたのです。にもかかわらず、たかが追放だけなんて……私は嫌ですっ!」
「洪家は名門なのよ。お前は村娘ゆえ分からないかもしれないが、貴顕には貴顕に対する処置、というものがあるのよ」
「では陛下が、過ったと?」
「そなたが要らぬ差し出口を叩いたが故に、陛下の明晰な決断に曇りが生じたのです。そんなことも分からないのですかっ」

 旬果はやれやれと言わんばかりに、芝居がかった大きな仕草で肩をすくめる。
「畏《おそ》れながら皇太后陛下に申し上げます。律(刑法)によりますれば、いかような身分に問わず、陛下に対する逆意は死罪にございます。皇后候補たる私どもを殺さんと計るは、明確な陛下にたいする叛心で……」
「知らいでかっ!」
 旬果の悪びれぬ物言いに、皇太后は扇を閉じ、旬果に突きつけた。
「痴《し》れ者。速やかに都より去りなさい。お前を皇后候補からも外します!」
「畏れながら、後宮の主人は皇帝陛下でございます。たとえ皇太后陛下といえども、皇帝陛下のお許しなく、そのような処分は下せぬはず……」

 劉麗が声を上げる。
「皇太后様になんという口をっ! この無礼者を捕らえなさい!」
 劉麗が女官や宦官をけしかける。
 しかし旬果は女官たちを睨み付ければ、女官たちは「ひっ」と声を上擦らせて、後退った。
「よくよく考えて行動するのね。私に乱暴を働けば、陛下がどのように思われるか……。陛下は私の為に、洪兄妹の死罪を決めて下さったのよ」

 劉麗はますます激昂《げきこう》する。
「何をしているの! 役立たず!」
 劉麗は自ら飛びかかろうとしたが、
「おやめなさい!」

 劉皇太后が制止し、旬果を睨んだ。
「下がりなさい、下郎! 顔も見たくないっ!」
「失礼いたします」
 旬果は頭を下げ、来たときと同じように、悠々とその場を後にした。

                         ※※※※※

 白鹿殿に戻ると、泰風たちが駆けつけてきた。
 旬果は疲れた笑いをこぼす。
「まあ、よくもこれだけ嫌われたと思ったわ。あともう少しで、女官たちに取り押さえられる所だったんだから」
 泰風は言う。
「陛下には……」
「話さない。こうなることは分かっていたし」
 菜鈴が言う。
「誰からも悪女呼ばわりされているんですから、吹っ切れたらよろしいのに」
「私は悪女を装っているのであって、悪女じゃないの。好きでこんなことしてないの」
 泰風が言う。
「旬果様は後宮の女どもとは違うんだ。お心が綺麗で、瑛国の為にお立ちあそばされて……」
 そこまで言われてしまうと、さすがにこそばゆい。
「ちょ、ちょっと。そこまでのものじゃないから!」

 菜鈴は苦笑して、肩をすくめた。
「はいはい。仲のよろしいことで」
「ちょっと菜鈴!」
 旬果は頬を染め、照れ隠しにお茶をすすった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

【完結】魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――

ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。 魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。 ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。 誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。

婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される

さら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。 慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。 だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。 「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」 そう言って真剣な瞳で求婚してきて!? 王妃も兄王子たちも立ちはだかる。 「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!

秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。 民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。 「おまえたちは許さない」 二度目の人生。 エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。 彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。 1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。 「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」 憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。 二人の偽りの婚約の行く末は……

処理中です...