私を嫌っていた冷徹魔導士が魅了の魔法にかかった結果、なぜか私にだけ愛を囁く

魚谷

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26 襲撃

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 雨露に濡れ、輝く道を足を取られないよう慎重に、山荘へ戻っていく。
 テレポートでスキップしてしまうのが嫌だったけど、ギルフォードも歩くことを嫌だとは言わなかった。

 ジュリアたちは手を繋ぎ、身を寄せ合うように、互いの体を支え合うように歩いていた。
 示し合わせるのではなく、どちらからともなく、そうすることを選んだのだ。

 ――恥ずかしい。こういう時って一体何を話せばいいの?

「これまでのこと、すまない。謝って済むことではないが」

 ギルフォードが呟く。顔を見ると、謝り馴れない彼は耳を少し赤くしていた。

「……いいの。私が忘れていたことが悪いんだから」
「俺と儀式をしたにもかかわらず、お前は有象無象の男たちと会っていた。それがまるで俺を嘲笑っているように感じた。お前と会っても、儀式のことなんてなかったように俺と接するし……。突然、突きはなされたように思えた」
「言ってくれれば良かったのに」
「戸惑うばかりでそのうち、話しかけ辛くなったんだ……。俺たちの儀式は失敗したかもと思った。子どもだったから、何かミスをしたんだと思った。お前の気持ちだけ消えて、俺だけ一人おいてけぼりを食らっているかもしれないって」

 ギルフォードの見せる臆病さが、驚きだった。

「ギルもそういう気持ちになったりするんだ……」
「お前は俺をなんだと思ってるんだ」
「ギルのイメージと違うから」
「当然だろ。不安にもなる」
「そうだよね。ごめん。私が悪いのに」
「悪くないだろ」
「でも忘れてたんだよ、こんな大切な気持ち」
「ただの物忘れとは違う。こんなに綺麗に忘れるはずがないだろ。まるでなかったみたいに」
「でも魔法の痕跡はなかったでしょ」
「考えられることはある」
「何?」

 山荘が見えてきたその時、ギルフォードが不意に手を離したかと思うと、ジュリアの前に進み出た。

「ギル? どうしたの?」
「……お前を招待したつもりはない」

 マクシミリアンが姿を見せた。彼だけではない。フードをかぶった魔導士たちが四人、マクシミリアンの背後に従う。
 マクシミリアンたちのまとう敵意に、ジュリアは自然と剣の束に手をかけた。

「一帯なにをしに来たの?」
「公国の残党に手を貸していたのが誰なのか分かった」
「誰」
「ギルフォード・フォン・クリシィール。大人しく我々と来てもらおう。なぜ、そんな愚かな決断をお前がしたのか、聞かせてくれ」
「何を言ってるの!?」

 ギルフォードが国を裏切る理由なんてない。あまりにも馬鹿馬鹿しすぎる。

「残党どもの痕跡を辿り、ついに見つけだした。ジュリア。これは真実だ」
「悪いけど、そんなのとても信じられないわ」
「君が信じるかどうかは関係ない。これは事実だ」
「マクシミリアン。特に、あなたの言葉は何もかも信用できない」

 ジュリアが何を言っても、マクシミリアンは関係ないと、じっとギルフォードを見つめる。

「大人しくしたがってもらおう。ギルフォード。ここに出頭命令書がある。もし逆らえば、反逆者だ」

 魔導士たちが飛びかかろうと腰を低くするのを見て、ジュリアは剣を抜く。

「愚かな選択をするな、ジュリア。君まで反逆者になりたいのか?」
「証拠をみせて。確たる証拠を。それが出来ないなら、私はギルを信じるっ」
「君にそんなことをする謂われはない。残念だよ」

 マクシミリアンが顎をしゃくると同時に、魔導士たちが一斉に攻撃魔法を放つが、ギルフォードは防御魔法を展開して散らす。
 爆風の向こうから魔導士が光の剣を手に飛びかかってくるのを、ジュリアは足を踏み込んで応戦した。

「ジュリア!」

 ギルフォードはジュリアの手を握ると、テレポートする。
 そのまま脇目もふらず、駆け出す。

「なんで逃げるの!?」
「魔導士は、魔力を追尾してくるっ」

 たしかにすぐにマクシミリアンたちもテレポートで追いつき、攻撃魔法を繰り出してくる。大地を抉り、地響きによろめきそうになりながら、それでも足を動かし続ける。
 ギルフォードも合間合間に攻撃魔法を放つが、相手は五人。攻撃魔法を打とうとすれば死角から攻撃され、うまく照準が定められなかった。

 これ以上、逃げられない崖際まで追い詰められてしまう。
 眼下にはさっきまで降り続けた大雨で増水した、濁流。
 ギルフォードは肩で息をしていた。これまでマクシミリアンたちの魔法を防ぎながら応戦したことで、体力と魔力を消費していているのだ。

「もう追いかけっこは終わりにしよう。もうテレポートで逃げる魔力もないはずだ。ジュリア。正義はこちらにある。さっさと俺のもとへ来い。帝国の英雄が、謀反人を庇うのは見るに堪えない」
「……ジュリア、俺の無実を信じるか」
「当然じゃないっ」
「行くぞ!」

 瞬時に何をしようとしたのかジュリアは察し、ギルフォードと一緒に濁流に向かって身を投げた。

「ジュリア!」

 マクシミリアが血相を変えた顔で崖下を覗き込むのが見えた。
 その顔をさせただけで、爽快感が胸に広がる。
 空中でギルフォードがジュリアを庇うように抱きしめる。同時に、ジュリアたちを包み込むように防御魔法が展開される。

 濁流の中にジュリアたちは呑み込まれた。
 自分の体を抱きしめてくれるギルフォードのことだけを意識する。
 防御魔法で守られながらも濁流の中が快適な空間になるわけでもなく。

 木の葉のように錐揉みし、振り回され、息もできない苦しさに苛まれ、やがて意識を手放した。
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