私を嫌っていた冷徹魔導士が魅了の魔法にかかった結果、なぜか私にだけ愛を囁く

魚谷

文字の大きさ
29 / 35

27 潜入

しおりを挟む
 じりじりと容赦ない苛烈な日射しが肌をあぶる。
 ジュリアはそばの街で仕入れた馬を駆り、帝都に向かって駆ける。
 脇目も振らず、馬を駆けさせた。

 やがて変化が起こる。
 城壁に囲まれた帝都を目視できた瞬間、空に魔導士たちが現れ、攻撃を仕掛けてきたのだ。

 ――これが索敵術式!

 しかしその攻撃はおかしかった。
 相手からまるで殺気を感じない。ただ義務的に放っているだけのように思えた。

 ――誘導されてるっ!

 そしてその先に、マクシミリアンが姿を見せる。

「マクシミリアン!!」

 ジュリアは剣を抜き、飛びかかる。しかし剣が彼に達することはなかった。それより先に、姿を隠していた魔導士たちの手から伸びる光のロープによって、全身を雁字搦めに拘束され、地面に無残に転がらされてしまう。
 必死に藻掻くが、身動きが取れない。

「ジュリア、あれから……二週間か? 生きていて嬉しいよ」

 マクシミリアンが不敵に微笑み、見下ろしてくる。

「マクシミリアン!!」

 叫び、飛びかかろうとするが、無数に伸びた光の縄がそれを許さない。

「さあ、一体、どういう策なんだ? ん? こうして君が目立つ囮となっている隙に、ギルフォードが帝都を急襲か? とんだ浅知恵だな」
「今ごろギルが帝都を襲い、皇太子殿下たちを救い出してる!」
「いくらギルフォードが優れた魔導士であったとしても、張り巡らせた索敵魔法から逃れられるはずがない。――おい、体を検めろ。俺の女だ。敬意を持ってやれ」
「誰が、誰の女なのよ!」
「君のその怒鳴り声を聞けただけで、ゾクゾクしてすごく気分がいい……。失っていたと思っていたものが無事だと分かった……人生最良の日だよ」

 マクシミリアンは余裕の微笑をたたえる。

「よくそんな気持ちの悪いことが言えるわねっ」
「ひどいな。俺にとっては大切な愛情表現だ」
「本気でイカれてるのねっ」

 女魔導士が乱暴にドレスごしに体をまさぐり、そして動きを止め、それを引き抜く。

「やめて! それに触らないで……!」

 青みがかった銀色の髪の束。

「……っ」

 ジュリアは目を伏せた。

「貸せ」

 女魔導士から髪束を受け取ったマクシミリアンはそこから何かを読み取ろうとするようにじっと見つめ、嘆息した。

「マクシミリアン様?」

 そばにいた魔導士の質問に、

「ギルフォードが死んだか……」

 マクシミリアンはそう呟いた。

「死んだ? あんたが殺したのよ! あの濁流の中……ギルは、魔力を使い果たして、それでも私を守るために……あんたのことだけは絶対に許さない! 殺してやるっ!」

 ジュリアは涙目で、マクシミリアンを睨み付けた。
 マクシミリアンはジュリアの顎を掴んで顔をあげさせる。
 そこにはさっきよりもさらに大きな笑みがあった。

「嬉しいよ。そうして殺意をもって俺を見てくれて。その目が愛おしくてたまらない。お前がそうして見てくれるほど、全てを俺のものにしたいと思える」

 マクシミリアンは愛おしそうにジュリアを抱きしめる。嫌悪感で胸が押し潰されそうなくらい気持ち悪くなった。

「さあ、行こう。俺たちの家へ」

 魔力の気配に気付いた瞬間、ジュリアの姿はすでに外ではなく建物の中――皇宮内の謁見の間にいた。
 そこには大勢の人間が揃っていた。
 その中には、官僚派の首魁であるゴーディエ・フォン・ヴァーラフ侯爵もいた。

「突然、消えてどこに行って……どうしてここに、ジュリア将軍が!?」
「侯爵。敬意を示せ。俺の女だ」

 マクシミリアンは迷いのない足取りで玉座に座り、そして部下に命じて、半ば無理矢理、ジュリアを皇后の座る席に座らせた。

「侯爵。一体誰の許可を得て、ここにいる? お前には行政機構のとりまとめを命じたはずだが」
「命じた? 一体何様だ! 伯爵家に過ぎない貴様の言うことをどうして私が聞かなければならない!? だいたいお前は何を考えている! 皇帝陛下をはじめ、皇族の方々の身柄まで拘束するとは! これはくまでギルフォードを排除するための計画だったはず! これでは、我々は謀反人だ! 逃走中のギルフォードや他の街にいる連中に、我々への格好の討伐理由を与えることになるんだぞ!?」
「ギルフォードなら、死んだ」

 場がざわつく。
 マクシミリアンはギルフォードの髪を見せる。

「これは、あいつの遺髪だ。ジュリアが持っていた。残念ながら、あいつはとうに死んでいる。一流の魔導士といえども、最期は呆気ないものだ。だが俺にとっては朗報だ。これで俺を阻む奴はいなくなった」
「何を――」

 刹那、マクシミリアンの放った炎が、ゴーティエを焼く。

「ぎゃあああああああ!?」

 マクシミリアンは指を鳴らせば、ゴーティエを包んでいた炎が消える。
 ゴーティエは呻きを漏らす。活きてはいるが、自力では立てないようだ。

「これからは、俺がこの国を統治する。陛下たちにはごゆるりと、皇宮の奥で休んでいただいて、な。反対の者は?」

 魔導士たちがマクシミリアンの行動に合わせ、攻撃魔法を練り上げ、手の中で弄ぶ。
 ゴーティエと共に抗議にやってきた貴族たちは全員顔を青ざめさせ、降伏するようにその場で跪く。
 魔導士たちに連行され、男たちが去って行くと、謁見の間は静寂に包まれた。

「マクシミリアン、あなたがここまでイかれているとは思わなかった」

 マクシミリアンを侮辱すると、彼の部下が反応する。しかしマクシミリアンは身構える部下たちを目だけで制する。

「爵位という平時にしか価値のないものに縋り付く老害どもにほとほとうんざりしていた。最初からあいつらを利用するつもりだった。ハハハ。傑作だっただろ。高慢な老害どもが裏をかかれて取り乱す様は。あいつらはそういう生き物だ。飼い犬が手など噛むはずがないと本気で思い込んでいる」

 ジュリアはじっと、マクシミリアンを睨み付ける。
 フッ、とマクシミリアンは微笑する。

「ジュリアを部屋へ。また会おう」
「次は殺してやる」
「どうか、その眼差しを忘れずに、俺を愉しませてくれ」

 ジュリアは一室へ閉じ込められた。
 一室と言っても皇宮で、かなり広い。
 拘束魔法もすでに解かれている。

 ――まずはうまくいったわね。

 すべては十時間前に遡る。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー

小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。 でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。 もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……? 表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。 全年齢作品です。 ベリーズカフェ公開日 2022/09/21 アルファポリス公開日 2025/06/19 作品の無断転載はご遠慮ください。

年増令嬢と記憶喪失

くきの助
恋愛
「お前みたいな年増に迫られても気持ち悪いだけなんだよ!」 そう言って思い切りローズを突き飛ばしてきたのは今日夫となったばかりのエリックである。 ちなみにベッドに座っていただけで迫ってはいない。 「吐き気がする!」と言いながら自室の扉を音を立てて開けて出ていった。 年増か……仕方がない……。 なぜなら彼は5才も年下。加えて付き合いの長い年下の恋人がいるのだから。 次の日事故で頭を強く打ち記憶が混濁したのを記憶喪失と間違われた。 なんとか誤解と言おうとするも、今までとは違う彼の態度になかなか言い出せず……

前世で私を嫌っていた番の彼が何故か迫って来ます!

ハルン
恋愛
私には前世の記憶がある。 前世では犬の獣人だった私。 私の番は幼馴染の人間だった。自身の番が愛おしくて仕方なかった。しかし、人間の彼には獣人の番への感情が理解出来ず嫌われていた。それでも諦めずに彼に好きだと告げる日々。 そんな時、とある出来事で命を落とした私。 彼に会えなくなるのは悲しいがこれでもう彼に迷惑をかけなくて済む…。そう思いながら私の人生は幕を閉じた……筈だった。

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき
恋愛
 姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。    私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。    だが当日、姉は結婚式に来なかった。  パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。 「私が……蒼一さんと結婚します」    姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

勘違い令嬢の離縁大作戦!~旦那様、愛する人(♂)とどうかお幸せに~

藤 ゆみ子
恋愛
 グラーツ公爵家に嫁いたティアは、夫のシオンとは白い結婚を貫いてきた。  それは、シオンには幼馴染で騎士団長であるクラウドという愛する人がいるから。  二人の尊い関係を眺めることが生きがいになっていたティアは、この結婚生活に満足していた。  けれど、シオンの父が亡くなり、公爵家を継いだことをきっかけに離縁することを決意する。  親に決められた好きでもない相手ではなく、愛する人と一緒になったほうがいいと。  だが、それはティアの大きな勘違いだった。  シオンは、ティアを溺愛していた。  溺愛するあまり、手を出すこともできず、距離があった。  そしてシオンもまた、勘違いをしていた。  ティアは、自分ではなくクラウドが好きなのだと。  絶対に振り向かせると決意しながらも、好きになってもらうまでは手を出さないと決めている。  紳士的に振舞おうとするあまり、ティアの勘違いを助長させていた。    そして、ティアの離縁大作戦によって、二人の関係は少しずつ変化していく。

離婚が決まった日に惚れ薬を飲んでしまった旦那様

しあ
恋愛
片想いしていた彼と結婚をして幸せになれると思っていたけど、旦那様は女性嫌いで私とも話そうとしない。 会うのはパーティーに参加する時くらい。 そんな日々が3年続き、この生活に耐えられなくなって離婚を切り出す。そうすれば、考える素振りすらせず離婚届にサインをされる。 悲しくて泣きそうになったその日の夜、旦那に珍しく部屋に呼ばれる。 お茶をしようと言われ、無言の時間を過ごしていると、旦那様が急に倒れられる。 目を覚ませば私の事を愛していると言ってきてーーー。 旦那様は一体どうなってしまったの?

【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!

高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。 7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。 だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。 成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。 そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る 【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

処理中です...