晶蒼花伝~孤独の少女は皇帝との愛に溺れる

魚谷

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皇太后崩御

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 皇太后が崩御して数日が経ち、女官や宦官たちが一様に俯き、永楽宮全体が悲しみに包まれていた。
 まだ冬の足音が近づいてはいなかった頃。
 すでに遺骸は運び出されていたが、仕えていたものたちはいつまでも離れずにいた。まるでそこにまだ芳皇太后の御霊があるとでもいうかのように。
 少しでもその悲痛を和らげたい。
 その一心で蒼花は箏を馴らした。
 死の一年前。皇太后は恐ろしい指示を行った。反対するものを処罰し、臣下を地方へとばした。それで蒼花にとっては慕わしい人だった。他の者も同じ気持ちだからこそ、大奥の女官や宦官がここにいる。たとえ、疎まれていたとは分かっていても……。
 女官や宦官が一人、また一人と蒼花の周りに集まり、耳をすましてくれる。
 爪でかき鳴らす指にも自然と熱がこもった。
 しかし喪の静寂は突如として破られる。
 武装した衛士たちが押し入ってきたのだ。

「なんですか、あなたたちはっ!」

 震えふためく女官たちは役に立たないと、皇太后に仕える中で一番の新参ではあった、蒼花は声をあげた。
 しかし衛士たちは蒼花を無視して屋内にある家具を片っ端から外へ持ち出し、乱暴に投げ捨て始めた。
 彫漆の六角宮灯、三彩の馬を象った高炉、墨と金泥とで山水の描かれた六扇の屏風、漆塗りに螺鈿細工で梅や桂花のほどこされた几案。

「あなたがた、それは皇太后様の愛用の品であると分かっているのですか!」

 暴挙をやめさせようとしたが、非力な女の力ではどうにもならなかった。
 そこへ兵士ではない男が現れた。
 冠をかぶり、金銀で装飾された帯に、緋の闕腋の袍をまとう青年といっても差し支えない男だった。
 その目元は涼しげで、端正な顔立ちをし、甘い顔つきをしていた。
 見慣れない男だったが、兵士たちはそろって平伏する。
 蒼花はぽかんとしてしまう。

「貴様、平伏せんか!」

 兵士が声をあげるが、蒼花は無視して顎をそびやかす。

「私がひれ伏すのは、皇帝陛下と皇太后様……そのお二方だけですっ」

 決然と言えば、目の前の優男は静かな気配を僅かさも乱さず、うなずいた。

「なんですか、あなたは」
「晶蒼花と申します。私が名乗ったのですから、あなたも答えるのが筋でしょう」
「なるほど。あなたですか。私は大将軍の羌士忠《きょうしちゅう》である。皇帝陛下の勅命をもって参上した」
「勅命……?」

 一瞬、羌士忠が何を言っているのか分からなかった。

「――さあ、お前たち。さっさと仕事を続けろ! 皇太后の品々はすべて破却し、女どもはことごとく捕らえ、宦官どもは放逐せよっ!」
「なんと言うことを!」

 蒼花は、羌士忠に追いすがろうとするが、それよりも先に、兵士に取り押さえられてしまう。
 羌士忠が悠然と見下ろしてくる。

「こ、皇帝陛下がそのような命を出すはずが」
「この女はいかがしますか」
「その女は、陛下がじきじきに詰問することになっている。暴室へ連れて行け」
「どういうことなのですかっ!?」

 叫ぶが、それへの答えはなく、蒼花は引きずられるように連行されていった。
 暴室は、元々は後宮における医療をおこなっていた場所だったが、今は告発された皇帝の妃嬪の監獄だ。
 両脇を捉えた衛士たちは、蒼花の話になど一向に耳を貸さず、問答無用に石造りの部屋に閉じ込められてしまった。
 その部屋には粗末な臥榻があるばかりで、まさに牢獄だ。
 明かり取りには玻璃はないが、用事くらいでなければとてもその穴からくぐり出ることは難しそうだ。
 羌と名乗る武人は陛下の命であると言った。
 思い当たることがあった。
 そう、それは皇太后が亡くなった翌日――。


 
 そのとき、皇太后宮は喪に服した。
 常に女官のさんざめく笑いの絶えない場所だったが、そのときばかりは、まるで人っ子一人いなくなったかのようにしんと静まりかえった。
 もちろん蒼花もその一人で、与えられた部屋に籠もり、白と黒の衣で喪に服し続けていた。
 そんな折、何の前触れもなく、訪問者が現れたのだ。

「陛下!?」

 いつものように黄袍姿で現れた英麟は戸惑う蒼花のもとへ近づいてくるや、不意に押し倒してきたのだ。
 最初は英麟が倒れ込んできたと思ったが、違った。
 英麟が両肩を掴んできた手に力をこめたために、起き上がりたくてもできなかったのだ。

「陛下、どうされたのですか!?」

 部屋に入ってきた時から、英麟の様子がおかしいことには気づいていた。
 目がどこか虚ろで、どこか顔色も悪い。
 ひどく所在ない様子で……。

「……蒼花」

 腕に入った力とは裏腹に、漏れる声に力はなかった。

「蒼花」

 不意に顔を近づけ、唇を――。
 驚きと戸惑いの半ば、

「いやっ!」

 蒼花は叫び、顔を夢中で振っていた。
 気づくと、口のなかにかすかな鉄錆の味が広がっていた。
 おそるおそる、目を開けると、英麟の顔があった。
 彼は驚きに目をやや見張っていた。
 そしてその下唇にはかすかに血が滲んでいた。

「陛下、も、申し訳……ございません……っ」

 英麟は唇に触れ、血が滲んだことを見たようだった。
 呆然としたまま起き上がり、蒼花の呼びかけに応じることもなく部屋を出て行った。
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