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営みが終わり
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「おい」
やんわりと頬を叩かれ、蒼花は目を覚ます。
「……?」
「何を一人で極まっている。見送れ」
目の前で話しているのが、英麟であることに遅ればせながら気づく。
あれから何度も果てを強いられた。
意識朦朧になりながらもそれでも英麟はやめようとはせず、溢れるほど精を注ぎ続けた。
ようやく気絶という安らぎを得られのもつかの間のことだった。
「……は、はい」
肩で息をつきながら身体をもちあげる。
頭の中は半ば霧のなかに沈んでしまっているかのようだった。
臥榻から転げるように下り、叩頭する。
英麟は満足したように去りゆく。
休息を求める頭を必死にたたき起こし、声をあげる。
「――へ、陛下」
英麟が振り返る。
「皇太后様より、お母上のことを聞いたと、発表したというのは本当、でしょうか……っ」
「蔡両か、お前に言ったのか?」
そう話す英麟の顔には何の感情もなかった。
「……いえ。女官たちが噂をしているのがたまたま聞こえただけでございます……」
英麟は掃き出し窓のほうを見やる。
「まあ、いいだろう。――その通りだ。俺は皇太后からそのことを聞いた」
「だ、誰が、陛下にそのことを」
「母つきの宦官だ。そいつは母の死後、皇太后に放逐されたが、俺が巡幸した時に面会を求めてきた。そいつが、母は自害を迫られ、毒を飲まされた」
「それで……」
「俺とて、そんな者を鵜呑みにするほど愚かではない。宮中の宦官に本当に母つきであったかを確かめさせた上で、皇太后へ聞いた」
蒼花はそのことを知らない。
「そしてあの女は、顔色一つかえず、そうだと言った。なぜと迫ったが、そんなことより皇帝としての務めを果たせと……」
英麟は覚えている。その時、幽鬼のような皇太后の顔と、その顔にかかった暗い翳りを。
「……そんな」
声が震える。
「俺はもちろんだが、お前も騙されていた。自分の境遇に絶望するならば、皇太后を恨め。もし、あの女をおとしめる気持ちになれば言え。少しは境遇をよくしてやる」
――そんな、英麟の言葉は、衝撃にうちのめされている蒼花には届いてはなかった。
※
後宮から宣室殿へ戻ると、侍中が叩頭して迎えた。
「宰相殿が控えにてお待ちでございます」
時刻は、平旦(午前三時)だ。
「明日にせよ。朕は疲れている」
「はっ」
侍中が下がろうとするのを、「……待て」と呼び止め、
「寝室へ呼べ」
と言いおいて、さっさと寝室へ入る。
宰相というものがこんな夜分に現れるのは、ただならぬことがおきたと思ったのだ。
女官たちの手によって夜着に着替えたあと、侍中が経綸の到来を告げる。
寝室には、眠りを促進する香油のあまい香りが漂う。
「入れ」
経綸が入るなり、叩頭する。
「何かあったのか」
「いえ、そうではございません。――陛下、今は、あの娘のところに……?」
「お前には関係ないことだ」
「ははっ」
「まさか、用事とはそんなことか?」
「いえ、そうではありません」
「ならば早く言え」
「……大将軍のことにございます」
「大将軍が何かしたのか」
「どうか、大将軍を別の役職へ替えてくださりますよう、伏して乞い願い奉ります……っ」
「なぜだ」
英麟は眉をひそめた。
「大将軍は、旧知の者や、出歴の定からならぬものを重職に就けております。そればかりか、宮中では、陛下の従弟として、他のものもまるで陛下に対するのと同じように平伏するものも……」
「大将軍は軍権を握り、その権限がある。将軍位についたものは、みんな、朕が経歴をみておるが、あれは合理的な男。武に長じたものを将軍にしているだけだ」
「陛下……」
「経綸。お前が抱いているのは杞憂にすぎん。……外戚の禍などあろうはずもない」
それは古来の数多の王朝を腐らせ、社稷を傾ける大きな原因だ。
しかし英麟の母はなく、朝廷にいるのは羌士忠くらいだ。それも羌士忠はこれまで専横な振る舞いをしたことがない。
「お前の考えすぎだ。あれはただの武官。朕あっての、大将軍だ。お前も、あれがみだりに権力を乱用するような男ではないことは分かっているだろう」
「はっ……」
「下がれ」
頭を下げ、経綸は去って行った。
英麟は、蒼花との逢瀬で昂ぶった心が冷え切ったことに、ため息を漏らしながら床に就いた。
やんわりと頬を叩かれ、蒼花は目を覚ます。
「……?」
「何を一人で極まっている。見送れ」
目の前で話しているのが、英麟であることに遅ればせながら気づく。
あれから何度も果てを強いられた。
意識朦朧になりながらもそれでも英麟はやめようとはせず、溢れるほど精を注ぎ続けた。
ようやく気絶という安らぎを得られのもつかの間のことだった。
「……は、はい」
肩で息をつきながら身体をもちあげる。
頭の中は半ば霧のなかに沈んでしまっているかのようだった。
臥榻から転げるように下り、叩頭する。
英麟は満足したように去りゆく。
休息を求める頭を必死にたたき起こし、声をあげる。
「――へ、陛下」
英麟が振り返る。
「皇太后様より、お母上のことを聞いたと、発表したというのは本当、でしょうか……っ」
「蔡両か、お前に言ったのか?」
そう話す英麟の顔には何の感情もなかった。
「……いえ。女官たちが噂をしているのがたまたま聞こえただけでございます……」
英麟は掃き出し窓のほうを見やる。
「まあ、いいだろう。――その通りだ。俺は皇太后からそのことを聞いた」
「だ、誰が、陛下にそのことを」
「母つきの宦官だ。そいつは母の死後、皇太后に放逐されたが、俺が巡幸した時に面会を求めてきた。そいつが、母は自害を迫られ、毒を飲まされた」
「それで……」
「俺とて、そんな者を鵜呑みにするほど愚かではない。宮中の宦官に本当に母つきであったかを確かめさせた上で、皇太后へ聞いた」
蒼花はそのことを知らない。
「そしてあの女は、顔色一つかえず、そうだと言った。なぜと迫ったが、そんなことより皇帝としての務めを果たせと……」
英麟は覚えている。その時、幽鬼のような皇太后の顔と、その顔にかかった暗い翳りを。
「……そんな」
声が震える。
「俺はもちろんだが、お前も騙されていた。自分の境遇に絶望するならば、皇太后を恨め。もし、あの女をおとしめる気持ちになれば言え。少しは境遇をよくしてやる」
――そんな、英麟の言葉は、衝撃にうちのめされている蒼花には届いてはなかった。
※
後宮から宣室殿へ戻ると、侍中が叩頭して迎えた。
「宰相殿が控えにてお待ちでございます」
時刻は、平旦(午前三時)だ。
「明日にせよ。朕は疲れている」
「はっ」
侍中が下がろうとするのを、「……待て」と呼び止め、
「寝室へ呼べ」
と言いおいて、さっさと寝室へ入る。
宰相というものがこんな夜分に現れるのは、ただならぬことがおきたと思ったのだ。
女官たちの手によって夜着に着替えたあと、侍中が経綸の到来を告げる。
寝室には、眠りを促進する香油のあまい香りが漂う。
「入れ」
経綸が入るなり、叩頭する。
「何かあったのか」
「いえ、そうではございません。――陛下、今は、あの娘のところに……?」
「お前には関係ないことだ」
「ははっ」
「まさか、用事とはそんなことか?」
「いえ、そうではありません」
「ならば早く言え」
「……大将軍のことにございます」
「大将軍が何かしたのか」
「どうか、大将軍を別の役職へ替えてくださりますよう、伏して乞い願い奉ります……っ」
「なぜだ」
英麟は眉をひそめた。
「大将軍は、旧知の者や、出歴の定からならぬものを重職に就けております。そればかりか、宮中では、陛下の従弟として、他のものもまるで陛下に対するのと同じように平伏するものも……」
「大将軍は軍権を握り、その権限がある。将軍位についたものは、みんな、朕が経歴をみておるが、あれは合理的な男。武に長じたものを将軍にしているだけだ」
「陛下……」
「経綸。お前が抱いているのは杞憂にすぎん。……外戚の禍などあろうはずもない」
それは古来の数多の王朝を腐らせ、社稷を傾ける大きな原因だ。
しかし英麟の母はなく、朝廷にいるのは羌士忠くらいだ。それも羌士忠はこれまで専横な振る舞いをしたことがない。
「お前の考えすぎだ。あれはただの武官。朕あっての、大将軍だ。お前も、あれがみだりに権力を乱用するような男ではないことは分かっているだろう」
「はっ……」
「下がれ」
頭を下げ、経綸は去って行った。
英麟は、蒼花との逢瀬で昂ぶった心が冷え切ったことに、ため息を漏らしながら床に就いた。
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