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諦めぬ心
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蒼花の身には、あれ以来、何も起こらなかった。
外の騒ぎをよそ目に変化といえば、扉の前に監視役の兵士がついてことくらい。
いつもの通り蔡両が世話役として来てくれる。
外界から隔絶されている蒼花にとっては唯一といってもいい外部との連絡手段だ。
「蔡両、状況は?」
「そ、それが」
「どうしたの」
「……はい。羌大将軍が勅命と称し、次々と群臣たちを投獄したり、大変な混乱のようです……」
「おそらく陛下を脅してのことでしょう。それで陛下のご様子は」
「どうやら宣室殿に監禁されているとのことでございます。詳しい状況については……申し訳ございません」
「……ありがとう。それだけで十分よ」
蒼花は小さく頷いた。
「鋭意、調べを……」
「いいえ。下手に探りを入れれば怪しまれてあなたにも累が及ぶでしょう。――でも、あなたがまだ私のために動いてくれて感謝しています。裏切っても不思議はないのに」
「いえ、そんな……」
「分かっています。羌大将軍ほどの人が、身辺に側近をそれほどおいているわけもない。つまりあなたたちの働きどころ……ひいては、出世の機会もない、それならばまだ陛下がいきている間は、私についておくことが得策――そんなところでしょう」
「め、滅相もございません……っ!」
「いいのよ」
それは本心だった。利得でついてくれているのなら単純明快。
こちらにはまだ芽がある、陛下の身辺にそれほど危険が迫っているわけではない、ということだから。
血が流れればそれはどんなに隠そうとしても空気として現れてしまうものだ。
奴隷という過酷な立場を経験したからこそ分かる。
「蔡両。あなたたち宦官は羌士忠をどう思ってるの?」
「どう、とは?」
「歓迎しているか、早く去って欲しいか」
「それは……あまり快く思ってはいません。私のような下のものだけでなく、上のものもでございます。とかく上の物ほど職を罷免されたものも多く……」
「つまり、陛下がもう一度表舞台に出るために協力する者は多い、ということ?」
「心の上ではそうかもしれませんが……所詮、我々にできることなどたかがしれています。今や禁軍も士忠に属した将軍が率いている現状では」
「……そう……そうね……」
何とかしなければ。蒼花は心の中で強く想った。
※
英麟は自己嫌悪と無力感に苛まれた日々を過ごしていた。。
先程、侍中から士忠が禁軍の兵を数名、衆人環視で処刑したことを報された。
今、英麟は一人きりだった。
侍中を下がらせたあとの室内はひどく閑散としている。
逃走を防ぐために窓は打ち付けられ、自害や抵抗を防ぐために凶器になりうるものはすべて持ち去られた。
(士忠の言う通りだ。俺は、幸せものだ……とんでもない、昏君だった……)
士忠に言われたことは、どれ一つとして間違ってはいない。
今、自分がこれまで安穏としていられたのは芳皇太后が選び抜いた臣下をそっくりそのままつかっているからだ。
豹変した皇太后に京師から追放されはしたが、元々は、皇太后に見いだされた者ばかり。
(俺は一体何をした? 俺は、愚かにも賊に大権を与え、蒼花を嬲り、苦しみつづけ……)
しかしこのままで良いとは思っていない。
士忠が自分を殺し、皇帝に成り代わって善政を敷く――そう言われたほうが、もっと心はないでいたことだろう。
だが、士忠は民を追い詰めるために悪法を次々と発令することを強いた。もちろん英麟は逆らった。
しかしある時、これ以上逆らえば、お前の臣を殺す――そう言い、迫ってきた。
ただの虚仮威しと思い、突っぱねれば、士忠はためいらいなく目の前で侍中の首を刎《は》ねた。
蒼花もこうする――その言葉に抗いきれず、法令を許可してしまった。
(俺は確かに愚かな皇帝だ。民はいまごろ、俺を恨んでいるだろう……。いや、恨まれるだけのことを俺はしている。こんじょ謀反とて自業自得だ……。だからといってこのまま黙って民を苦しめることに加担するわけにはいかない……っ)
英麟の目の中にはまだ光があった。
外の騒ぎをよそ目に変化といえば、扉の前に監視役の兵士がついてことくらい。
いつもの通り蔡両が世話役として来てくれる。
外界から隔絶されている蒼花にとっては唯一といってもいい外部との連絡手段だ。
「蔡両、状況は?」
「そ、それが」
「どうしたの」
「……はい。羌大将軍が勅命と称し、次々と群臣たちを投獄したり、大変な混乱のようです……」
「おそらく陛下を脅してのことでしょう。それで陛下のご様子は」
「どうやら宣室殿に監禁されているとのことでございます。詳しい状況については……申し訳ございません」
「……ありがとう。それだけで十分よ」
蒼花は小さく頷いた。
「鋭意、調べを……」
「いいえ。下手に探りを入れれば怪しまれてあなたにも累が及ぶでしょう。――でも、あなたがまだ私のために動いてくれて感謝しています。裏切っても不思議はないのに」
「いえ、そんな……」
「分かっています。羌大将軍ほどの人が、身辺に側近をそれほどおいているわけもない。つまりあなたたちの働きどころ……ひいては、出世の機会もない、それならばまだ陛下がいきている間は、私についておくことが得策――そんなところでしょう」
「め、滅相もございません……っ!」
「いいのよ」
それは本心だった。利得でついてくれているのなら単純明快。
こちらにはまだ芽がある、陛下の身辺にそれほど危険が迫っているわけではない、ということだから。
血が流れればそれはどんなに隠そうとしても空気として現れてしまうものだ。
奴隷という過酷な立場を経験したからこそ分かる。
「蔡両。あなたたち宦官は羌士忠をどう思ってるの?」
「どう、とは?」
「歓迎しているか、早く去って欲しいか」
「それは……あまり快く思ってはいません。私のような下のものだけでなく、上のものもでございます。とかく上の物ほど職を罷免されたものも多く……」
「つまり、陛下がもう一度表舞台に出るために協力する者は多い、ということ?」
「心の上ではそうかもしれませんが……所詮、我々にできることなどたかがしれています。今や禁軍も士忠に属した将軍が率いている現状では」
「……そう……そうね……」
何とかしなければ。蒼花は心の中で強く想った。
※
英麟は自己嫌悪と無力感に苛まれた日々を過ごしていた。。
先程、侍中から士忠が禁軍の兵を数名、衆人環視で処刑したことを報された。
今、英麟は一人きりだった。
侍中を下がらせたあとの室内はひどく閑散としている。
逃走を防ぐために窓は打ち付けられ、自害や抵抗を防ぐために凶器になりうるものはすべて持ち去られた。
(士忠の言う通りだ。俺は、幸せものだ……とんでもない、昏君だった……)
士忠に言われたことは、どれ一つとして間違ってはいない。
今、自分がこれまで安穏としていられたのは芳皇太后が選び抜いた臣下をそっくりそのままつかっているからだ。
豹変した皇太后に京師から追放されはしたが、元々は、皇太后に見いだされた者ばかり。
(俺は一体何をした? 俺は、愚かにも賊に大権を与え、蒼花を嬲り、苦しみつづけ……)
しかしこのままで良いとは思っていない。
士忠が自分を殺し、皇帝に成り代わって善政を敷く――そう言われたほうが、もっと心はないでいたことだろう。
だが、士忠は民を追い詰めるために悪法を次々と発令することを強いた。もちろん英麟は逆らった。
しかしある時、これ以上逆らえば、お前の臣を殺す――そう言い、迫ってきた。
ただの虚仮威しと思い、突っぱねれば、士忠はためいらいなく目の前で侍中の首を刎《は》ねた。
蒼花もこうする――その言葉に抗いきれず、法令を許可してしまった。
(俺は確かに愚かな皇帝だ。民はいまごろ、俺を恨んでいるだろう……。いや、恨まれるだけのことを俺はしている。こんじょ謀反とて自業自得だ……。だからといってこのまま黙って民を苦しめることに加担するわけにはいかない……っ)
英麟の目の中にはまだ光があった。
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