晶蒼花伝~孤独の少女は皇帝との愛に溺れる

魚谷

文字の大きさ
23 / 27

血のにおい

しおりを挟む
 近頃、城内には血の臭いがよくするようになった。
 処刑された人々の死体は確かに片付けられているはずなのに。
 鸞果は一人、数名の護衛に守られながら官庁街の一画にあてがわれた屋敷に住まう兄を訪ねようというところだった。
 士忠は実質的な最高権力者になりながら、決して豪奢な屋敷や生活を望まず、大将軍次代とほとんど変わらぬ生活を送っていた。
 変化はといえば民を苦しめる法を次々と英麟に裁可するよう強い、逆らう者を次々と殺すようになったことだ。
 士忠の変質のはじまりは小さな綻びだった。
 士忠を殺そうとした禁軍の兵士が襲いかかったが、あっさりとねじ伏せられた。士忠はその兵士を投獄せよという意味で臣下に任せたが、臣下は士忠の気持ちを勝手に忖度し、その兵士を殺した。
 その際、市中は勝手なことをした臣下を処刑し、暗殺未遂の兵士もろとも処分するよう言い渡した。
 それからだ。
 士忠は厳しい規律を兵たちに要求し、罪を犯せば、片っ端から首を刎ね、自分の意にそぐわない臣下の首を次々とすげかえた。
 城内は英麟の統治の頃とは比べものにならないくらい暗く沈んだ。
 誰もが目を伏せ、同僚と話す時にもどこかよそよそしく何をするにも人の目を気にした。
 実際、密告で職を逐われる者も出てきていた。
 鳥の声に歩みをふと止めた。
 見ると、城壁の上で磔に処された十数人の罪人の死体に鳥がたかっていた。
 まるで悪夢のように無数の、逆光で黒々とした影が、舞う。
 思わず襦の袖を鼻にあてた。
 士忠の妹でもある自分にも死臭がつきまとっているのではないか――そう思ったのだ。
 乱世は顔を歪め、足早に兄の屋敷を訪ねた。
 護衛は出入り口に待たせ、家令に案内されて奥の部屋へ案内される。

「兄上……」
「鸞果か」

 何十枚という書類と向き合っていた兄が顔をあげる。

「……っ」

 鸞果は出そうになった悲鳴を辛うじて、こらえた。
 見ないうちに異様な雰囲気になっていた。
 頬が痩けているのに、目が妙にぎらぎらと輝いていた。
 宮中で噂になるほどの白皙《はくせき》の将軍の面影はない。

「どうしたんだ、何か用か」
「……兄上。また、誰かを処刑したのですか。城壁に……」
「見せしめだ。あれは俺の暗殺を企てようとした。まだ禁軍の中には俺のやり方が気に入らない連中がごまんといるらしい」
「しかし、兄上は以前、無駄な血を流すのを厭うていたではありませんかっ」
「簡単なことだ。人は、死を恐れる。恐れは人を硬直させ、従わせる力がある。今はそれが必要な時だ」
「それでは、芳皇太后と一緒ではありませんか。私たちの両親を、叔母を殺した……」

 士忠の目が鋭くなった。まるで獣のような獰猛な眼差しに鸞果は射竦められる。

「あんな女と一緒にするなっ!」

 士忠は勢いよく立ち上がると鸞果に近づいて来た。
 喰われる――。
 そう反射的に思った。

「誓っただろう? 両親の仇を討つ、俺たちの人生をめちゃくちゃにしたこの国に復讐をすると……。忘れたわけではないだろう?」

 鸞果は目を伏せる。

「……分かっています」

 しかしどうしても、兄のしていることが正しいとは思えなかった。いや、きっとこれは兄との差なのだ。
 鸞果は兄ほど、この国を恨んでもいないし、復讐を望んでもいないのだ。
 誰にも追われることのない、兄との静かな暮らしさえ出来ればそれで良かった……。
 確かに、兄に計画を教えられた時には協力しようという気持ちは確かにあった。兄がそれを望んでいるのならばそれを助けよう。
 女の自分にしかできないやり方で。
 兄が幼い自分を助けて逃げて、追っ手からかくまってくれたときのように。
 しかし兄が具体的に何をするのかまでは想像はできなかった。
 英麟を殺すのか、みずから皇帝につくのか。
 しかし賢い兄であれば、どんな道を辿っても間違いはないはず――。
 そう思った。
 だが、こうしてことがなったと思えば、どうだ。
 兄は民や臣下を次々と虐げはじめた。
 兄は常にこの国を壊すためというが、それは民が苦しむことになるのと等号だ。
 兄が追っ手を恐れるかつての自分たちのようなものたちを、たくさん作り上げようとしているだけのように想えてならなかった。
 その時、

「――旦那様。将軍たちがいらっしゃいました、客庁(きゃくま)でお待ちです」

 家令が告げてきた。
 士忠は鸞果から視線をそらし、首肯した。

「鸞果、安心しろ。父上と母上の仇は私が討つ。約束する」

 士忠は妹と心が通じ合っていると微塵も疑っていないかのようにその頬をそっと撫で、家令と共にを出て行った。

(兄上……)
 鸞果は振り返るが、かける言葉を見つけられなかった。



 蔡両の報告のなかで人が殺された話しをよく聞くようになった。
 いつその刃が英麟に向かうのか、蒼花はそのことばかり考えてしまい、時には英麟が目の前で殺される悪夢にうなされ、汗をびっしょりとかいて飛び起きることもあった。

「――蒼花様?」

 呼びかけられてはっと我に返る。

「大丈夫ですか?」
「え、ええ。ごめんなさい……」
「もう一度、説明を?」
「いいえ。大丈夫」

 今、蔡両から英麟の監禁されている宣室殿の様子を聞いていたのだ。
 そう、英麟を救う計画をこの数日間、少しずつ組み立てていた。
 その結果、士忠による恐怖政治により、兵の士気は下がり、綱紀そのものがかなり緩んでいることを掴んだ。
 そして、決行をする時期は明後日と決めた。
 明後日は新月なのだ。
 夜陰に乗じればきっと、うまくいくはずだ。

「……しかし、どうやってここから出るのですか?」

 外にいる兵士を憚《はばか》り、蔡両は小声で言う。

「私に考えがあるわ」

 蒼花は蔡両に、脱走に必要な手はずを耳打ちをした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

イケメンエリートは愛妻の下僕になりたがる(イケメンエリートシリーズ第四弾)

便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC” 謎多き噂の飛び交う外資系一流企業 日本内外のイケメンエリートが 集まる男のみの会社 そのイケメンエリート軍団のキャップ的存在 唯一の既婚者、中山トオルの意外なお話 中山加恋(20歳) 二十歳でトオルの妻になる 何不自由ない新婚生活だが若さゆえ好奇心旺盛 中山トオル(32歳) 17歳の加恋に一目ぼれ 加恋の二十歳の誕生日に強引に結婚する 加恋を愛し過ぎるあまりたまに壊れる 会社では群を抜くほどの超エリートが、 愛してやまない加恋ちゃんに 振り回されたり落ち込まされたり… そんなイケメンエリートの ちょっと切なくて笑えるお話

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない

彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。 酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。 「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」 そんなことを、言い出した。

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

処理中です...