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最期
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喚声が聞こえ、士忠は目を覚ました。
耳に響くのは獲物を求める、貪欲な雄叫び。
士忠に実戦経験はないが、それでもこの声を知っている。
自分たち兄妹を追い詰めた者たちがあげていた声、そのものだったから。
臥榻《しんだい》から起き上がって間もなく兵士が駆け込んでくる。
「禁軍が攻め寄せて参りますっ」
「……反乱か」
あ、あの……と兵士は口ごもった。
「どうした。はっきり言え」
「……こ、黄旗を掲げておりますっ!」
「……そうか」
黄旗。それを掲げて良いのは皇帝みずからが軍を率いる時のみ。
士忠はかすかに天を仰ぐ。
「い、いかがいたしましょうっ」
「武具を持て」
士忠はそれだけを言った。
※
官庁街の一角にある羌士忠の屋敷は不意を打ったことでたちまち包囲した。
そのまま焼き討ちにするべきという声もあがったが英麟はそれを退けた。
そんな終わり方をしてはいけない、英麟はそれを強く思った。
羌士忠を自殺させてはならない。
(この手で……)
英麟は馬から下りると、館へと入ることを決めた。
本当は一人で向かおうとしたのだが、袁壮がそれを許さなかった。
妥協点が袁壮と共に向かうということだった。
士忠が館にどれだけの兵を潜ませているか分からない。
(もしここで討たれることになれば士忠に天が味方したということになる)
帝は別名、天子という。天の意を受け、はじめて統治者になれる。
今さらながらそんな当たり前のことを思い出した。
(俺は気づいたら皇帝で、それが当たり前だと想っていた。皇帝という者がどんなものなのか……一切、思いを馳せたことはなかった……)
皇帝だからといってその権をみだりに遣うことなど最初から間違っていた。
だから英麟が羌士忠に追いやられたのも、当然の罰とも言える。
あとは、天が英麟を見放していないかどうか……。
英麟は迷いのない足取りで廊下を進み、突き当たりの部屋へ踏み込んだ。
そこには甲冑に身を包んだ武人がいた。
それが士忠だと気づくのに少し時間がかかった。
顔は青ざめ、目だけが異様な光りを放っている。
(そうか、お前も苦しんだのだな……)
しかし顔の変化にくらべ、その立ち姿は静かなままだった。
月明かりのない、闇が横たわる室内。
そばにおかれた蝋燭の明かりが部屋をかすかに照らし出している。
「屋敷ごと焼かれるとばかり思っていました」
士忠の声だと気づくのに少し間ができた。
「……だがそれでは俺の気が済まない」
「兵を伏せているとは思われませんでしたか。あなたは皇帝だ。無茶をしすぎる。それでは周りのものが神経をすり減らす。気をつけられたほうがいい」
士忠は相変わらず生真面目な物言いをする。まるで前と変わらず忠実な皇帝の臣下であるかのように。
聞きたいことがあった。しかしそれは羌士忠の顔をみれば何となく分かった。
この国を滅ぼそうと思いながら、兵士には厳しすぎるくらいの規律を求めた。
皇帝への反感を増やし根元を腐らせようというのなら素行の悪い兵士を巷へ放てば簡単だ。しかし羌士忠はそれをしなかった。
なぜか。羌士忠の苦しみ抜いた姿で、何となく分かったような気がした。
「お前は……」
(この時をまっていたのか?)
殺され、楽になれるのを――。
その思いを込めた眼差しで士忠を見る。
伝わったのかどうか士忠は口元にうっすらと笑みをたたえ、手にしていた剣をうち捨てるや、ゆっくりと正座をし、首を差し出す。
「袁壮。羌士忠を捕らえよ。殺すなよ」
「なぜ!?」
羌士忠の声が響くが、英麟は答えず、背中を向け、歩き出していた。
耳に響くのは獲物を求める、貪欲な雄叫び。
士忠に実戦経験はないが、それでもこの声を知っている。
自分たち兄妹を追い詰めた者たちがあげていた声、そのものだったから。
臥榻《しんだい》から起き上がって間もなく兵士が駆け込んでくる。
「禁軍が攻め寄せて参りますっ」
「……反乱か」
あ、あの……と兵士は口ごもった。
「どうした。はっきり言え」
「……こ、黄旗を掲げておりますっ!」
「……そうか」
黄旗。それを掲げて良いのは皇帝みずからが軍を率いる時のみ。
士忠はかすかに天を仰ぐ。
「い、いかがいたしましょうっ」
「武具を持て」
士忠はそれだけを言った。
※
官庁街の一角にある羌士忠の屋敷は不意を打ったことでたちまち包囲した。
そのまま焼き討ちにするべきという声もあがったが英麟はそれを退けた。
そんな終わり方をしてはいけない、英麟はそれを強く思った。
羌士忠を自殺させてはならない。
(この手で……)
英麟は馬から下りると、館へと入ることを決めた。
本当は一人で向かおうとしたのだが、袁壮がそれを許さなかった。
妥協点が袁壮と共に向かうということだった。
士忠が館にどれだけの兵を潜ませているか分からない。
(もしここで討たれることになれば士忠に天が味方したということになる)
帝は別名、天子という。天の意を受け、はじめて統治者になれる。
今さらながらそんな当たり前のことを思い出した。
(俺は気づいたら皇帝で、それが当たり前だと想っていた。皇帝という者がどんなものなのか……一切、思いを馳せたことはなかった……)
皇帝だからといってその権をみだりに遣うことなど最初から間違っていた。
だから英麟が羌士忠に追いやられたのも、当然の罰とも言える。
あとは、天が英麟を見放していないかどうか……。
英麟は迷いのない足取りで廊下を進み、突き当たりの部屋へ踏み込んだ。
そこには甲冑に身を包んだ武人がいた。
それが士忠だと気づくのに少し時間がかかった。
顔は青ざめ、目だけが異様な光りを放っている。
(そうか、お前も苦しんだのだな……)
しかし顔の変化にくらべ、その立ち姿は静かなままだった。
月明かりのない、闇が横たわる室内。
そばにおかれた蝋燭の明かりが部屋をかすかに照らし出している。
「屋敷ごと焼かれるとばかり思っていました」
士忠の声だと気づくのに少し間ができた。
「……だがそれでは俺の気が済まない」
「兵を伏せているとは思われませんでしたか。あなたは皇帝だ。無茶をしすぎる。それでは周りのものが神経をすり減らす。気をつけられたほうがいい」
士忠は相変わらず生真面目な物言いをする。まるで前と変わらず忠実な皇帝の臣下であるかのように。
聞きたいことがあった。しかしそれは羌士忠の顔をみれば何となく分かった。
この国を滅ぼそうと思いながら、兵士には厳しすぎるくらいの規律を求めた。
皇帝への反感を増やし根元を腐らせようというのなら素行の悪い兵士を巷へ放てば簡単だ。しかし羌士忠はそれをしなかった。
なぜか。羌士忠の苦しみ抜いた姿で、何となく分かったような気がした。
「お前は……」
(この時をまっていたのか?)
殺され、楽になれるのを――。
その思いを込めた眼差しで士忠を見る。
伝わったのかどうか士忠は口元にうっすらと笑みをたたえ、手にしていた剣をうち捨てるや、ゆっくりと正座をし、首を差し出す。
「袁壮。羌士忠を捕らえよ。殺すなよ」
「なぜ!?」
羌士忠の声が響くが、英麟は答えず、背中を向け、歩き出していた。
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