身代わり婚~光を失った騎士団長は、令嬢へ愛を捧げる

魚谷

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騎士団本部へ

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 マリアは朝から、公爵邸を訪ねた。
 その手にはバスケット。中にはアップルパイが入っている。
 エイリークが顧客からりんごをもらってきたのだ。その時に、アップルパイが作りたくなり、エイリークの許可をもらって作ったのだ。
 エイリークたちに食べてもらうとかなり好評だったので、レオンとマリアンヌにも食べてもらおうと思い、朝早くから支度をしたのだった。
 するといつもは静かな邸内は、珍しく騒がしい。

(どうしたのかしら)

 マリアが声のするほうへ行くと、使用人一同、そして一人、紺色の制服に身を包んだ青年が片膝をついて、マリアンヌに話しかけている。

「いい子だから、その書類を下さい」
「やーっ! まいあぬがいくぅ!」

 マリアンヌは泣きべそをかきながら、声を上げた。

「駄目なんですよ。えっと、団長がいる場所は、小さなお子さんには危ないですから。ね、お願いですから言うことを……」

 青年だけでなく、周りの使用人たちも必死にマリアンヌを説得しようと奮闘するが、

「やーっ、やーっ!」

 マリアンヌは周囲から何かを言われれば言われるほど、どんどん意固地になっているように、首を激しく横に振るのだ。

「どうしたんですか」

 マリアが声をかけると、

「マリアぁ!」

 マリアンヌが大人たちの間をすり抜けて、走ってきた。
 当然短い足でまだそれほど歩くのがうまくないから、すぐに転びそうになってしまう。
 マリアは、間一髪のところで抱き上げた。

「まりあぁ」

 マリアンヌは抱きつき、涙をこぼす。

「あー、書類がクシャクシャにぃ」

 青年が悲痛な叫びをこぼす。

「……何がどうなっているんですか」

 マリアは、そばにいるメイドに聞く。

「私は、団長に頼まれて会議に必要な書類を取りに来たのですが、お嬢さんがその書類を手にして、自分が団長のところへ持っていくと言ってきかないんです。それを、使用人の方々と一緒になって説得していたところなんですが……」

 なるほど。そしてはかばかしくない結果だった、ということか。

「マリアンヌちゃん、それはとても大切なものなんです。お兄さんに渡してあげてください」
「やぁ! パパのところ、まいあぬぃがいくぅ!」
「マリアンヌちゃんが届けたいんですか?」
「うん!」
「お嬢さん、いい加減に渡して下さい。このままじゃ、僕が団長に大目玉を食らってしまいますぅ」

 青年の嘆きも、意固地になってしまっているマリアンヌには通じない。

(マリアンヌちゃんもかなり頑固だから)

 これはもうしょうがない。

「それじゃあ、私がマリアンヌちゃんと一緒に行きます。でしたら問題はありませんよね?」
「え……あー……確かに、そうですね。お嬢さんも、あなたになついているようですから」
「このままじゃ、ますます書類がぐちゃぐちゃになってしまいそうですし」
「ええ……それではご同行をお願いできますか」
「はい」
「それでは急ぎましょう」

 という訳で、急遽、騎士団本部へ出かけることになった。
 マリアは、マリアンヌを抱きながら、青年と一緒に馬車のところまで来る。

「うま!」
「馬が好き?」
「ぱぱもうまにのってう!」
「ふふ、そうなのね」

 マリアンヌと一緒に馬車に乗り込んだ。
 騎士団本部は、都の郊外にある。軍馬の調練場なども併設されている大きな施設だ。
 レオンの元へ行かれるのが嬉しいのか、さっきまであれほどぐずっていたのが嘘のように、マリアンヌは大人しくマリアの膝の上にちょこんと座っている。
 ちなみに書類は今もぎゅっと握り締めたまま。

(だいぶ皺くちゃになっちゃってるけど、大丈夫かな)

 それだけが心配だった。
 と、向かいに座っている青年の視線を感じて目を上げた。

「何か?」
「あ、いえ……ずいぶん、懐かれているなと思いまして。僕や他の使用人の方々がどれだけ説得しても、マリアンヌちゃんはぜんぜん言うことを聞いてくれなかったのに」
「ええ。私たちどうやら相性がいいみたいで」

 馬車はやがて騎士団本部の門前で停まった。

「では、団長の所までご案内いたします」
「お願いします。――マリアンヌちゃん、もうすぐパパに会えるよ」
「やーっ!」

 マリアンヌが嬉しそうに笑顔になった。

(本当にマリアンヌちゃんの笑顔は元気一杯で見ているだけで、こっちまで元気をもらえているような気になるわ)

 マリアンヌを抱きながら、敷地に入る。
 騎士団という男社会に、女性がいる、それも子どもを連れているのがかなり珍しいのか、訓練に励んでいた騎士たちが興味津々に見てくる。
 マリアはそんな騎士たちに軽く会釈をして、建物へ入っていく。
 青年はとある部屋の前で立ち止まった。

「こちらです」

 青年はノックをする。

「ジョセフです。団長、書類をお届けに参りました」
「入れ」

 レオンの声だ。
 レッグスは、マリアにどうぞ、と部屋に入るよう手振りで示す。

「失礼します」

 マリアが部屋に入ると、部屋にいたレオンと、副官のゾーイは驚いた顔をしていた。

「ぱぱぁ!」
「マリア……マリアンヌ、どうしたんだ、二人とも」

 マリアの後に入ってきたジョセフは、「実は」とマリアたちを伴ってきた事情を説明する。
 立ち上がったレオンは「みんなを困らせたら駄目じゃないか」と軽くマリアンヌを注意する。マリアンヌにどこまで伝わっているのかは分からないかったが、怒られているということは何となく察したように、不満そうに頬を膨らませた。

「さ、マリアンヌちゃん。書類をパパへ渡してください」
「やぁ!」
「だめですよ、そんなこと言ったら。それがなかったら、パパがすごく困ってしまいますよ」

 マリアが言って聞かせると、そっぽを向いたまま、マリアンヌに渡してくる。
 代わりに渡せ、ということだろう。
 マリアが代わりに渡す。

「ありがとう、マリアンヌ」

 レオンが頭を撫でると現金なもので、マリアンヌはすぐ笑顔になった。
 本当にマリアンヌはレオンが好きみたいだ。

「なんだか、いい香りがしますね。そちらのバスケットにあるのは、もしかして団長へのお昼ですか?」

 ゾーイが言った。

「あ、これ、召し上がってもらおうと思って持ってきたんです。アップルパイです」
「私も食べても?」
「もちろんです」
「それはありがたいっ」

 ゾーイが目を輝かせ、バスケットに手を伸ばそうとするが、レオンが手を叩いてやめさせる。

「いじきたない真似をするな」
「申し訳ございません。つい……」

 ゾーイが苦笑をこぼす。

「では、私たちはこれで帰りますね」
「ジョセフ、送っていけ」
「はっ」
「マリア、苦労をかけたな」
「いいんです。では失礼します。さあ、マリアンヌちゃん、行きましょう」
「うん!」

 頭を下げ、マリアは部屋を出た。

(喜んでもらえて良かった)

 胸の中が温かくなる。

(あれ、この感覚、どこかで……)

 しかし明確になる前にその感覚は、マリアの手から逃れ、消えてしまう。

「うま!」

 マリアンヌの元気いっぱいの声に、はっと我に返った。

「え?」
「うま、ぱかぱか!」
「あ、そうね」

 騎士たちが乗馬訓練しているのを、マリアンヌが指さす。馬場にはたくさんの馬がいた。

「よろしければ、見てみますか?」

 ジョセフが言ってくれる。

「……よろしいんですか」
「もちろんです。他ならぬ団長のお嬢さんですから」
「見に行きたいですか?」
「ぁい!」
「ジョセフさん、お願いします」

 ジョセフの好意に甘えてさせてもらう。
 馬はしっかり調練が行き届いているお陰で、危ないことは何もなかった。
 馬たちも、普段は接しないという子どもに興味津々で、何頭も近づいてくる。

「触ってもいいんですか?」
「どうぞ。みんな調練が行き届いていて大人しいですから」

 マリアンヌが馬の顔を優しく撫でると、もっと撫でて欲しいとばかりに甘えてくるのだった。

「可愛い。ね、マリアンヌちゃん」
「うま、かわいーっ!」

 きゃっきゃ、とマリアンヌがはしゃいだ。
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