逆行した悪女は婚約破棄を待ち望む~他の令嬢に夢中だったはずの婚約者の距離感がおかしいのですか!?

魚谷

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26 石炭論争

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 数日後の放課後。私はカリスト様と王宮へ向かう。
 石炭についての意見を言うためだ。
 カリスト様だけでなく、王妃様の求めというのも驚きだ。
 カリスト様は、仮に私が伯爵の考えを否定しても大丈夫なのかしら。
 ただでさえ首長国の一件で伯爵家にケチがついてしまっている状況である。
 殿下がエミリアと結ばれることを考えるのならば、陛下に同調するべきではないのかしら。
 もちろん伯爵家の提案がおかしいものとは必ずしも限らないけれど。
 それとも私が失敗することを期待して、公爵家よりも伯爵家のほうが……という既成事実を積み上げようと考えている、とか?
 私は回帰前に、ロイドと一緒に石炭などの鉱物も取り扱っていたから、ある程度の知見はあるわ。
 これから石炭の需要は年々高まっていくばかりだから、かなり人気商品になった。
 ロイドと話し合って、会社を設立し、炭鉱を所有するのもいいかもしれないと話し合ってもいた。
 と、前を歩いていたカリスト様が、謁見の間へ続く扉の前で立ち止まった。

「準備は?」
「問題ございません」
「よし。いつも通りで構わないから。自然体で」
「かしこまりました」

 左右に控える衛兵が扉を開け、私たちは謁見の間に入る。
 玉座に腰かける陛下、私に向けて満面の笑みをたたえる(なぜ?)王妃様、平場には重臣の方々、そして伯爵がいらっしゃった。
 カリスト様はまっすぐ壇上に上がると、陛下の左隣の玉座に座られる。

「王妃や王太子が是非にと言うからこのような場を設けた。オリヴィエ。これから伯爵の話を聞き、気付いたことがあれば言うがよい」
「かしこまりました」

 口ひげをたくわえ、やや額の広い伯爵が、余裕のある笑みを浮かべる。

「オリヴィエ嬢。これからする話は難しいもの。本ばかりの知識で現場を知らない君にも分かりやすいようできるかぎり噛み砕いて話すよう心がけるが、分からないところがあれば遠慮なく言いなさい」
「ご配慮、ありがとうございます」

 少なくとも、あなたよりは現場を知っているけれどね。
 あなたはいくつもの石炭を吟味して、体のあちこちが真っ黒くなった経験などないでしょう。
 あなたは貴族だもの。
 伯爵は偉ぶった咳払いをひとつすると、いかに自分の案が素晴らしく、王国に利をもたらすかを説明をはじめる。
 最も重要なところは隣国からの輸送という手軽さと、価格の安さ。
 関税を下げるということに関して重臣の方々は一様に渋い顔をなさったけれど、年々高まっていく石炭需要を考えれば、多少の損には目をつむるべきであり、こちらが二の足を踏むようであれば他国との取り引きが成立してしまうかもしれない。
 今は伯爵の交渉により優先権を手に入れられているに過ぎないが、いつこの状況が変わるか分からない、と。
 淀みない弁舌はまるで商人のよう。
 他にもライバルがいることを強調し、聞く者の心理にそれとなく圧をかけ、理性にブレーキがかかるのを食い止めようというしていた。
 なるほどと関心したわ。
 伯爵には商人の才能がおありなのかも。
 陛下は伯爵の弁舌にとても満足されているし、王妃様でさえ話がはじまる当初に比べて、その表情には真剣さが増している。
 きっとカリスト様も喜んでおられるだろう。
 ……ん? カリスト様、どうしてそう私を心配そうな顔で見ていらっしゃるのですか?
 今話しているのは伯爵ですよ。
 あなたの義理の父親になる伯爵が陛下や王妃様、重臣の方々へ最高のプレゼンをされたのですよ。

「オリヴィエ嬢、理解できたかな?」
「とても素晴らしい取り引きだということは理解できました」
「良かった。では陛下、オリヴィエ嬢がこう申しております。どうか私の案の採択をお願いいたします」
「お待ち下さい。一つ、とても重要なことが欠けております」
「ほう、何かな」

 伯爵は余裕綽々で言う。

「現物です。取り引きをする現物を見てみなければ、どれほど素晴らしい条件も意味をなしえませんから。もちろんここまで素晴らしいプレゼンを披露してくださった伯爵ですから、そのあたりも抜かりはないでしょうが」
「もちろんだよ」

 伯爵は従者に合図を送る。
 なるほど。
 従者に持たせていた箱が、そうなのね。
 従者が箱を開き、現物を見せてくれる。
 陛下たちも興味津々に前のめりになった。
 私は溜息がこぼれそうになるのをぎりぎりでこらえる。
 最高品質の石炭は金属的な光沢を帯び、黒いダイヤと呼ばれ珍重される。
 百聞は一見にしかずとはよく言ったものだわ。
 箱に詰まっていた石炭は灰色だったり、黒でもくすんでいたり。
 私は石炭の一つをつまみ上げる。

「おっと、オリヴィエ嬢。石炭というものは触れると黒く汚……」
「存じております」

 触れるなり、その石炭はぼろぼろと崩れるし、軽い。
 品質の良いものはもっとずっしりと重たいし、ぼろぼろと崩れるということもない。
 私は石炭を箱に戻すと、ハンカチで手を拭う。

「この石炭の品質は最悪です」
「なっ!?」

 伯爵が目を剥く。

「このようなもの、いくら安く取り引きできても意味がありません。安物買いの銭失い──そのような言葉が商人の間にはありますが、まさにこれはその好例と言えるでしょう。この品質の石炭では、量が必要になります。それを考えると、関税の分もあいまって、かなりの割高な買い物になってしまいます。私としては、取り引きはするべきではないと思います」

 場がざわつく。
 しかしそれしきのことで伯爵は動じない。
 理解のある大人を演じるように小さく拍手をしてみせた。

「素晴らしい。それは全て本の受けうりなのかね? 確かにこの石炭は最高品質とまではいかないのは認めよう。しかし必要なのはこれから高まっていくことが確実視される石炭をどう確保していくかなのだよ。我々は学者ではない。品質の善し悪しを鑑定するより、どのように需要を満たしていくか、それが最重要なんだよ。オリヴィエ嬢がどれほど素晴らしい知識をもっているかは分かったが、それについてはどう解消していくつもりなのか、アイディアはあるのかね? 否定するだけなら誰にでもできる」
「まさに伯爵の言う通りだ。石炭の需要を満たす代案はどこにあるのか、聞こう。さもなさければ、意味がない」

 陛下も伯爵の考えに相乗りする。
 確かにその通りね。

「さすがにそこまでの情報は本にはないかな?」

 伯爵がにたりと笑う。

「トレイニ大公国をお薦めします」
「……トレイニ? 北方の?」

 陛下が眉をひそめた。

「左様でございます。あの国の所有する石炭は素晴らしい品質であると耳にしております」

 伯爵がせせら笑い、まるで児童を窘める大人のように言う。

「オリヴィエ嬢。確かに君の言う通り、彼の国が素晴らしい炭鉱を抱え込んでいることは私も耳にしたことはある。それをこの場にいる優秀な重臣の方々が何も考えなかったとでも? 殿下はどうやら君に大事な情報を伝え損ねたらしい。大公国とは事前交渉に必要な書簡のやりとりを行っているのだよ。しかし彼の国が提示してきた価格は、到底、我々が受け入れられるものではなかった。これに輸送量などを考えると、国費がかなり圧迫される。だからこそ重臣の方々は断念された。そういう経緯があるのだよ」
「伯爵様はよく今回の交渉に精通していらっしゃるのですね」
「これくらいは当然のことだ」
「ではお聞きしても」
「どうぞ」
「我が国は代わりにどんな品を提示したのですか?」
「何も。石炭だけに絞ったものだ。向こうもこちらの足元を見て、さらに価格をつり上げそうな勢いだったからね。こちらが何を提示しても意味はなかっただろう」
「ですが、レンドとの石炭取り引きに関しては我が国の関税を引き下げるという話し合いをもったのなら、同じことを大公国ともするべきだったのでは?」
「三倍もの値段を提示された時点で話にならない。では、オリヴィエ嬢。あなたに大公国を動かす秘策があると?」
「ございます」
「では是非、教えて欲しい」
「水です」

 伯爵は笑いをこらえられないと言わんばかりに、破顔する。
 重臣たちの中にも私の突拍子のない考えに、思わずという風に噴き出す者がいたが、カリスト様がその方を睨まれるので、慌てて真顔になっていた。
 ……どうしてカリスト様が睨まれるのかしら。
 そのことを気にしつつ、私は話を続ける。

「水? アハハハハ! これは面白い! あんなものにそもそも値段がつくとでも? 我が国のあちこちに湧いて出ているのだぞ!? だったら、そこら辺の小石も大公国は喜んで買うとでも?」
「それは我が国が水という資源に恵まれているから、不思議に思われるのは当然でしょう。しかしながら大公国は違います。彼の国は冬は川が凍り付くほどの大寒波に毎年のように見舞われます。そのせいで九月から春の雪解けの四月までのおよそ半年の間、飲み水の確保が常に問題となっております。大公国では冬の間、喉の渇きを癒やすのにアルコールを代用品としておりますが、そのせいで大人から子どもまで重篤な酒による被害がでているのです。我が国の豊富な水を輸送できれば、大公国が助かるのは明白ですし、これを取り引き材料に使えば、最高品質の石炭の取引価格を抑えられるのは確実です。なにせ西大陸広しといえども、我が国ほど水資源の豊かな国は存在しないのですから。伯爵様、それについてどのようにお考えになられますか?」
「待て、オリヴィエ。どこでそんな情報を? 冬には大公国が酒を水の代わりに飲むなど、聞いたこともない。大公国がその情報を公開しているのか?」

 陛下が聞かれる。

「いいえ。ですが、これは我が国の税関記録を見れば予測できるのです。商人たちによる冬場の酒量取引が大きく増えるのです。それも取引されるお酒ははどれもこれも低い度数のお酒ばかり。そして冬を過ぎると、取引量が減る一方、度数の高いお酒の取引が増えていくのです」

 重臣たちがひそひそと囁き合う。
 陛下がむっつり顔になり、王妃様とカリスト様は笑顔になる。
 どうしてカリスト様が笑顔なの?
 伯爵が黙ってしまったのに。

「確かに今のオリヴィエの言葉には理があるように思われます。陛下。早速、大公国との再交渉をするべきでは?」

 王妃様が身を乗り出す。

「だが今のは全てオリヴィエの憶測に過ぎない」
「しかし説得力はありました。書簡のやりとりを」
「う、む……」
「父上。我が国にとってもこれは大きな好機となります」
「伯爵、何か言うべきことは?」

 陛下は水を向けるが、伯爵は表情を強張らせたまま、言葉が出ないようだ。

「伯爵っ」

 痺れを切らした陛下の語気が強くなる。

「……何もございません」

 陛下は渋面のまま小さく息を吐き出すと、「……大公国へ使者を送れ」と告げた。
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