ある復讐とその後の人生

来栖瑠樺

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第5章

ぶどう狩り

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 真理奈と琉斗に、翼もぶどう狩りに行けることを伝えた。この間は、あまり長い時間は一緒にいなかったけど、たぶん上手く行くだろう。琉斗は、同じ性別だから問題なさそうだし、真理奈は、お節介なところあるけど、琉斗がいるし、大丈夫だと思う。

 当日は、現地集合。私は、翼と一緒に向かった。私達が先に着き、真理奈と琉斗を待っている。
「ここからは、この間みたいな優しく会話して下さいよ」
「分かっている。翼こそ、勘ぐられるようなヘマするなよ」
「さあ?どうでしょうね」
そう言って違う方向を見ている。その様子を見て、何か変なことを言わないだろうかと思ってしまう。
「おい」
「あ、紅音の親友の2人が来た」
翼の顔を向けてる方向を見ると、真理奈と琉斗が、こっちに向かって歩いてくる。
「おまたせ」
「翼と一緒に来たのか?」
「待ってないよ。翼には、駅前で車に乗せてもらった」
本当は、最初から一緒に来てる。
   「翼も付けているね」
「なにが?」
「ううん。なんでもない。じゃあ、行こう」
真理奈は、私と翼のネックレスを見ていた。分かりやすい。
真理奈と琉斗が、先に歩いていく。少し距離を空けて、私達も付いていく
「今のネックレスのことだよな」
「そうだね」
「分かりやすい人だ」
「確かに。素直な子だからね。澄んだ目をしているよ」
【私と違って】と心の中で呟いた。
でも、翼に伝わったようだ。
「俺は、あの人と真逆な紅音でも好き」
前の2人を見ていた私は、翼を見た。
でも、すぐ目を逸らしてしまった。真っ直ぐな目に耐えられなくて。
「そっか」
今は、そう言うだけで、精一杯だった。

 ぶどう園に入ると、他にも私達と同じぶどう狩りに来た人が、たくさんいた。
木には収穫できる、ぶどうが、たくさん実っている。
4人の中で、1番はしゃぐのは、真理奈。
「凄~い!美味しそうなぶどうが、たくさん!全部欲しい!」
「そんなに食べれないだろ」
真理奈を愛おしそう見ながら、冷静にツッコミを入れる琉斗。
その様子を見守る私と翼。
「あの2人良いな」
翼は話しかけてるのか、独り言なのか分からない声量。
翼を見ると、真理奈と琉斗を羨ましそうに見ている。翼は私の視線に気づき、こちらを見た。
「なに?」
「別に」
翼が、どう言う思いで言ったのか分かっているけど、気づかないふりをした。

   「ねえ、4人で写真を撮ろう!」
突然の真理奈の提案に、私は驚いた。確かに、友達同士なら写真を気軽に撮るのかもしれない。でも、私なんかが写って、あとで、私以外が見たときに、楽しい思い出になるだろうか。
「じゃあ、私が撮影係するよ」
「え?なんで?ここには他の人もいるから、その人に頼めばいいよ」
「そうだけど、自分で言うのもどうかと思うけど、私、無表情だし・・・。あとで、皆が見ても楽しい写真にならないよ」
「紅音は自覚がないだけで、笑っていることが増えたぞ」
「え?」
琉斗の言葉に耳を疑った。笑っていることが増えた?
「そうだよ。だから、平気だよ!仮に無表情で写っても楽しくないなんて思わないから」
「・・・」
「2人が、ここまで言っているから、撮ってみたら」
黙り込む私に、翼が背中を押してくれた。
「・・・一緒に写る」
そうして、近くの人に撮影を頼んだ。私と真理奈が前で後ろに翼と琉斗が立つ。
撮った写真を見せてもらうと、私は笑っていた。自分が気づいていないだけで、こんなに自然に笑えていたなんて。
「皆、良い顔じゃないか」
「本当だね。この写真お気に入り。あとで送るね!」
翼の言う通り、全員良い顔してる。視線を感じるので、その方向を向けば、翼が、こちらを見て微笑んでいる。
普段、無表情が多いから新鮮と思っているんだろうか。
   「じゃあ、あたし達は、お邪魔だから別のところで、ぶどう狩りするね」
「そうだな。退散」
真理奈と琉斗に勘違いさせてしまっている。慌てて呼び止めようとした。
「紅音、頑張るんだよ」
真理奈が近づいて、私だけに聞こえるように言って、琉斗と一緒に離れていった。
応援されても、何を頑張ればいいのか分からず、首を傾げる。
その様子を見た翼が、声をかける。
「なんで首を傾げてる?」
「さっき、頑張るんだよと言われたけど、何のことか分からない」
「鈍感」
「は?」
「じゃあ、俺達も始めよう」
そう言って、準備を始めている。
翼には、真理奈の言葉の意味が分かったのか。なんで私には分からない。
それに、鈍感なんて心外だ。
それでも言い返す言葉が見つからない。しかたなく、私もぶどう狩りの準備を手伝った。

 ぶどうを採りながら、翼が話かけてきた。
「そういえば俺達、あまりお互いのこと知らないよな」
「そうだね」
知っているのは、お互いの殺し屋になるきっかけ、私の好きな色と花、翼が私のことを好きってことくらい。好きの意味の変化を翼が、求めてくるのを分かってる。
「今は2人だし、お互いのこと話そう」
「なんで」
「なんでって言うなよ」
「任務に必要ないと思うから」
「任務のことは置いといて。ある程度は、知っていても良いと思う。俺達は、仲間でもある」
「役に立つの?」
「理屈なし。じゃあ、暇つぶしってことで」
この間、出かけたときも、暇つぶしと言っていたな。私は、無言でも平気。だけど、会話は聞こえない距離だが、真理奈と琉斗が、私達をたまに見る。私達の様子が気になっているようだ。翼も2人の視線に気づいてる。
このままだと、他人みたいに見えてしまうのか?
   「せっかく、ぶどう狩りに来て、会話ないのも変だから、何かお題ちょうだい」
「俺から?」
どこに笑うところがあるのか理解できないが、こっちを見て可笑しそうに笑う。
「先に、お互いのことを話そうと言ったのは、翼でしょ」
「確かに。じゃあ、紅音は何が好き?」
ずいぶん、アバウトだな。何が好き?思考を巡らせる。
「分からない」
「え?」
「何が好きか分からない。好きな花や色は、翼に言ったことあるけど、他は知らない。8歳のときから普通の生活をしていない。自分は何に興味があるか分からない。例えば、食べ物も好き嫌いじゃなくて、ただ食べているだけ。前に好きだった食べ物も、それに纏わる思いを、思い出すのが辛いから、心の中に閉じ込めてしまう。そうしたら、食べ物自体に興味もなくなる。他は・・・ほとんどの物が同じ」
「・・・」
私は収穫された、ぶどうを入れているカゴを眺めながら、翼を見ずに話した。お題を振らせておいて、こんな回答しかできない。
私は、その場に腰を降ろした。
「つまらない人間でしょ」
自分で分かっていたが、口に出すと、より思い知らされるようで、自嘲してしまう。
「つまらなくない」
翼も、その場に腰を降ろす。
「なんで、そう言えるの?」
「紅音は、外の世界を限られた場所しか知らないだけだ。知らないなら、行けばいい。俺も、そんなに知っているわけじゃないが、知らない者同士探していけばいい。何度もやれば、1つ好きな物が見つかる。繰り返せば、その分好きな物や新しい発見ができて、興味がわく。辛くなってしまった思い出も、無理には言わないが、楽しいとか、嬉しい思い出に書き換えればいい」
真っ直ぐ見つめられる目。1回も目を逸らされることがない。話してるときも、話し終わった後も。
翼は、いつも私を支えてくれる。私には、返すことができないのに・・・。
「翼は、こんな私と付き合って、探してくれるの?私は、返すものが何もないよ。前も言ったけど、私は恋愛をしないよ。翼は私といて、平気でいられるの?それとも、さっきの言葉は、仲間として言ってくれているってこと?」
自分で言って不安になる。せっかく、手を差し伸べてくれる人がいるのに。素直に手を取ることができない。
「見返りか。あるとしたら、恋愛だな。今は、仲間としか思ってもらえなくても、恋愛を諦めたわけじゃない。何度も言ってるけど、俺は諦めが悪いから。俺の中では、紅音のことを仲間って言う一言では、片付けられなくなってきてる。辛いことがあるのも、すぐに振り向かないことも分かっている。長期戦になることは覚悟してる。でも、俺の思いが、紅音にとって辛いなら、悔しいけど、諦めるよ」
「・・・・・」
今まで多くの人に、怖がられてばかりな私。そんな中、諦めずに絡んできたのは、翼。気持ちに応えられる保証ない。
きっと、私が今まで通り、辛いから仲間でいようと言えば、傷つきながらも、受け入れてくれるだろう。
「応えられるか分からないけど・・・こんな私でいいの?」
「紅音だからいい」
「じゃあ、1つ約束してくれる?仲間でも、恋人になったとしても言えること」
「なに?」
「死なないで。生きて。私は、もう大切な人を失いたくない」
私は、自然と翼の手を握った。
「約束する。紅音こそ生きて」
翼は握られた手を握り返し、空いているもう片方の手を私の後頭部に回す。そして、引き寄せられ、翼とおでこが、くっついてる状態になっている。
「分かった」
お互い約束して、翼は軽く笑った。釣られさたのか、自然なのか分からないが、私も、自分の口角が上がったのが分かった。

 しばらくして、真理奈と琉斗が戻ってきた。
「おまたせ~。たくさん収穫できたよ」
「そっちも、たくさん収穫できてるな」
2人のカゴにも、たくさんのぶどうが採れている。
「紅音、ちょっと」
戻ってきたと思えば、いきなり腕を引っ張られ、どんどん進んでいく。翼と琉斗を置いて。私は、ただ引っ張られるまま、真理奈の後を付いていく。そして、人気のない場所まで来て、やっと止まった。
「どうしたの?」
聞いてはいるが、予想はしてる。
「どうしたの?じゃないよ!さっきのなに?!絶対何かある!白状しなさい!」
目を見開いて、両肩を握られ、顔を近づけられる。
「近い」
真理奈とは正反対に冷静に言った私。真理奈は、ハッとして、顔を離し、肩から手を離した。
「ごめん。いや、それでも気になる!教えて!」
教えてと言われても、全部言うわけにはいかないし、どうしようか・・・。
「翼と冒険する」
「冒険?」
真理奈は、予想外の言葉を聞いたため、首を傾げている。
「私は、知っていることが少ないから、一緒に付き合ってくれる」
「それで、手を握ったり、おでこをくっつけてたの?」
「あれは・・・翼も大切な人だから失いたくなくて。翼は諦めが悪いから。恋愛の方面も諦めないって。応えられるか分からないって言ってる」
「そっか。あまり翼のこと知らないけど、紅音とお似合いな感じする。紅音も、あまり、線引きしなくてもいいと思うよ。紅音の言ってた大切な人も、本当の意味で分かるといいね」
「本当の意味?」
「うん。紅音は、翼のこと、仲間の意味で言ってるんでしょ。本当にそれだけ?」 
「・・・」
真理奈の質問に答えられなかった。
【仲間】【恋愛はしない】の考えは、まだある。だけど、さっき翼に【恋愛に応えられるか分からない】と言っていた。
まだ翼には、恋愛感情なんてないはずなのに。
どうして、否定できない?嘘も言えるのに、なぜか嘘をつくのが嫌だと思ってしまう。
「ゆっくり考えていけばいいよ。さっき、恋人ぽく見えたよ」
真理奈は、優しく微笑んだ。
「そっか」
恋人ぽく見えたのか。まだまだ知らないことが多い私。応えを見つけるまでには、どれくらいの時間が必要かな。
真理奈との会話が一段落ついたところで、翼と琉斗のところに戻り、ある程度話をした後解散した。
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