ある復讐とその後の人生

来栖瑠樺

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第5章

切り裂きジャック

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 私は、今ボスの部屋にいる。
「切り裂きジャック」
「そうだ。今回のターゲットだ。ターゲットの名は、鈴木鉄雄。近頃、夜になると女性が殺されてるのは知ってるだろう。連続殺人鬼。今は、こう言われてる。令和の切り裂きジャックとね。世間で話題になっていて、ニュースやマスコミで取り上げられている」
昔、イギリスで起きた切り裂きジャックが、日本に模倣犯が現れるとは。その模倣犯が現れれば、世間が騒ぐ。事件は増えるばかり。
仕事で夜帰るのは、しかたない。でも、被害者には、未成年もいる。物騒な世の中でも、出かける人は後を絶たない。
「昔と違うのは、場所がバラバラなのと、被害者の所持品を奪うところだ。神出鬼没な奴だよ」
「そんなの、ターゲットが犯行を及ぶ前に、殺せばいいのでは?」
「それは私も考えた。でも、奴はよく引越しをするし、凶器や全身を隠すフード付きのコート、女性の所持品もどこに隠してるか分からない。依頼内容にあるが、奴の最後が令和の切り裂きジャックとして終わるのを望んでいるよ」
「・・・」
「殺し屋の本部の命令なんだよ。その事件のおかげで、こちらも活動しにくいからね。万が一、被害者になりそうな女性と鉢合わせになってしまっても、こちらの情報が漏れることがないようにな。まあ、Bloody roseのことだから、大丈夫だろう」
ボスも殺し屋の本部からの圧力なのか、苦労してるように見える。ターゲットの資料を眉間に皺を寄せて睨みつけている。
今回の任務は、本部が関わると責任の重みが、いつもより感じる。
「なるほど。分かりました。作戦を練るので、失礼致します」
「頼むよ。そうだ。君の友達に真理奈と言う子がいただろう。その子にも、それとなく気をつけるように伝えてくれ。夜は怖いからね」
「かしこまりました」
学校が終わった後の真理奈の行動は、把握はしてないが、琉斗と過ごす時間が多そうな気がする。
それでも、1人にならないとは言い切れない。彼女には、必ず1人にならないようにと言い聞かせなければならない。

 次の日大学に行き、いつも通り真理奈と琉斗のいる席に向かう。
私が近づくと2人も気づいてくれて、挨拶してくれる。
「「おはよう」」
「おはよう」
席に着いた私は、早速に本題に入る。
「ねえ、ネットにも流れてるから知っていると思うけど、令和の切り裂きジャック知ってる?」
「知ってる」
「知ってるよ!世の中物騒だよ。神出鬼没なんだってね。怖いし、早く捕まってほしい」
怖がる真理奈の肩を引き寄せて、腕を撫でる琉斗。その行動に少しほっとする真理奈。
「ごめん。そんなに、怖がらせるつもりはなかった。その犯人は、夜に神出鬼没だから、夜は出かけないで。危ないから。狙われているのは女性だし、どうしても、出かけないといけない用事があるなら、琉斗を連れていって」
「分かった。そうする。いや、待って!紅音だって危ないよ!?1人で帰っているじゃない!翼とか呼べないの?」
私の忠告は受け入れてくれたが、次は、私の心配をしてるみたいだ。そう簡単に、殺られたりしない。
その犯人を殺すのが、今回の任務だから。
なんて、絶対に言えない。
「大丈夫たよ。毎回、翼を呼ぶことはできないし、夜になる前には、家に着いているから」
「でも・・・」
「真理奈は、自分のことだけ心配してくれればいいよ」
真理奈は、会話が強制的に終わらせたことに、不満そうだったが、それ以上は何も言わなかった。

 次の日から私は、ターゲットの鈴木鉄雄。別名【令和の切り裂きジャック】を尾行している。朝、鈴木がマンションから出てきた。今日は休みらしく、食料のを買い出し行った後に戻ってきた。しばらく経つと、また外出している。どうやら、行く当てもなく、フラフラしているだけだった。その後の数日は、マンションに引きこもっている。
この男、仕事していないのか?長期休暇を取っているだけか?
殺害した女性が、身に付けていた物を戦利品のように奪った物は、あの部屋にあるのか?
身に付けていた物を奪われたことに、怒りで拳を握りしめる。両親と重なる。
被害者ではなく、身に付けていた物を奪われたことに怒るなんて、やっぱり私は、冷たい人間だ。
1週間様子を見てたが、いつも通り。何の進展もない。あの男は、次の犠牲者を、どうやって決めている?
進展がないなら、私から接触した方がいいかと考えていた。
 しかし、事態は進展した。鈴木が引越しをした。しかも、私がよく知っている場所。
これは、偶然なのか?でも、なんだか嫌な予感がする。予感が外れてほしいと思う。しかし、そう上手くいかないものだ。

 私は、ある人物に電話をかける。何回か呼出音が鳴る。無機質な呼出音が鳴るたびに、焦る気持ちが募る。
「もしもし」
やっと出た。相手が生きていたことに、安堵する。まだ、ターゲットが、彼女と決まったわけではないのに。
「ごめん。突然電話して」
「ううん。それより、体調不良でまた休んでるいるけど、大丈夫?」
彼女が、私を心配してくれるのが、電話口でも分かった。
「うん。今日はマシなんだ。元気かなと思って、電話した」
「なにそれ。遠くにいる人みたいに。体調が戻ったら、会えるじゃない」
可笑しそうに笑っている。
確かに会えると思うが、あの男を殺すまでは、会えない。
ただでさえ、同じマンションなので、気が気じゃない。
「そうだね。私がいない間、変わったことなかった?」
「ないよ。あ、これからある」
「なに?」
「あたし達の結婚式で、最終確認するんだけど、担当の人が、体調不良で別の人と確認するの。結婚相談してた場所も、改装中で今は入れないみたいだから、カフェで打ち合わせするんだよ。琉斗と一緒に」
「・・・」
「紅音?」
何も返答しない私に、違和感を感じているようだ。
「そうなんだ。それは、いつするの?場所は?」
「なんで、そこまで聞くの?」
「なんか変な感じするから」
「変?」
「話事態が変な感じがする。確証はないけど、行かない方がいい気がする」
「なんで、そう言うこと言うの?!あたし達の幸せを願ってくれているんじゃないの!?」
「願っている!とにかく、琉斗から離れないで!」
「もういい!紅音なんて嫌い!」
そう言われ、一方的に電話を切られた。
 思わず感情的になってしまった。今は、ここで立ち止まっている暇はない。
私は、まず、鈴木の職場に向かった。本当は、令和の切り裂きジャックの証拠が、自宅にあるのか、確かめたかった。しかし、前の住居では、外出する機会がなく、部屋に入り込めなかった。今は、引越しの荷解きしてるだろうし、出かけるなら夕方~翌日だろう。

 鈴木の職場に着いた。事前にネットで調べ、現場に来た。改装しているのも本当だ。しかし外観だけで、店内は変わらない。私は、工事現場のスタッフに見つからないように、裏門から入り込み、男性更衣室に向かった。館内の見取り図と出勤しているスタッフの休憩時間の情報、真理奈と琉斗のを担当の体調不良の欠勤してるかの情報を、threadに送ってもらった。最初は文句言われたが、お金さえ渡せば仕事してくれる。
担当しているスタッフが、体調不良で欠勤も本当だった。
 今は、全員仕事中だ。男性更衣室のドアを開けて、辺りを見回す。誰もいないことを確認してから、忍び込む。
鈴木のロッカーに向かい、上に【鈴木】と印刷されたシールが貼ってある。ロッカーを開けると、制服、身だしなみ用品、手帳、鞄が目に入った。
 まず、鈴木の手帳を手に取り、捲ってみた。そこには、担当する客の訪問時間が、書いてあった。今月のページまで捲ると、見つけた。真理奈と琉斗の訪問時間と場所。2人が会うのは、明日だ。場所はカフェのようだ。しかし、この辺りの場所は・・・。
 次は、鞄を開けた。中には、透けない袋で何か入っていた。開けてみると、今までの被害者が殺害された後、奪われた所持品、全身を覆う真っ黒なコート、凶器に使用されていると思われるナイフが見つかった。私は予め用意していた、被害者の所持品とレプリカと本物をすり替えた。所持品は、資料の写真で見ているため、知っている。
鈴木は、遅くても明日には、ここに来る。
 次のターゲットは、真理奈。絶対に殺させない。守ってみせる。
私は、心に強く誓い、その場所を後にする。

 次の日も鈴木を見張ると、まずは職場に出向いた。
鈴木を見つけた、スタッフの1人が声をかける。
「あれ?鈴木さん?お休み今日までですよね。どうしたんですか?」
「昨日、身だしなみ用品が、切れていることに気づいて持ってきたんです。明日だと忘れそうで、持ってきました」
「へえ。俺なら明日にしますよ。真面目ですね」
「そんなことありませんよ。それでは帰ります」
「はい。また明日」
鈴木は鞄を持ち、職場を去った。

 その後一旦自宅に帰ったが、すぐに出てきた。先程、持ち出した鞄と1つの封筒を持って。
何が入っている封筒だ?今日、打ち合わせをする結婚式の資料か?
尾行を続け、待ち合わせのカフェに入っていく。私も店内に入るため、帽子に髪の毛を全部入れ、目深に被った。鈴木から少し離れた席に座り、適当に注文して、様子を見る。
 しばらくすると、真理奈と琉斗の声が聞こえる。
2人が現れると、鈴木は立ち上がり、2人に挨拶をする。
「お待ちしておりました。はじめまして。担当の加藤に代わって、私、鈴木が結婚式の最終確認をさせていただきます。こちら名刺です。どうぞ、お掛け下さい」
鈴木は、自分の名刺を差し出し、琉斗が受け取った。そして、鈴木は、真理奈と琉斗に向かい合うように座った。
    「では、~のような段取りでお間違いないでしょうか」
「「はい」」
鈴木は持ってきた封筒から、結婚式のプランの資料を見せ、説明しながら相互確認をした。
間違いがないことを確認すると、鈴木は鞄を持って立ち上がった。
「今井様ちょっといいですか?」
「ここでは、ダメなんですか?」
琉斗が尋ねると、鈴木は琉斗だけに聞こえるように、耳元で何か囁いた。
何かを聞いた後、琉斗は頷いた。
「それでは私は、一旦失礼致します。また戻ってきますので」
そして出口に向かっていく。
一体何を言われた?
「ねえ、琉斗。鈴木さん何て言ってたの?」
「内緒。良い話だよ」
真理奈に問われた琉斗は、正確なことは言わず、曖昧に答えた。
内容は分からないが、私は、鈴木を追うことにした。

 この辺りの場所は、人気のないところだ。その近辺の店で打ち合わせするなら、次の被害者は、今までと同じ女性の真理奈だと思っていた。しかし、琉斗だけ呼び出した。今は、真理奈が1人。
まさか、令和の切り裂きジャックの次の被害者は、琉斗になるなんて。その証拠に、鈴木は、令和の切り裂きジャックの姿に変わる。そして、レプリカの今までの被害者の所持品を眺めて、それを戻している。
私は、物陰に隠れた。
 なぜ、今回は男?あの男、真理奈のことが好きなのか?
わざわざ、人気のない場所に呼び出して。
琉斗が戻ってこなかったら、真理奈が不審がるのに、どう取り繕うつもりなのか。
 今は、何も考えるな。もう鈴木は、令和の切り裂きジャックの姿になり、今までの戦利品のように集めてた、女性の所持品も私が持っている。琉斗が来る前に奴を殺して・・・。
銃を取り出したとき、人の気配がした。私は、舌打ちしそうになるのを堪え、銃を一旦しまう。
 現れたのは、やっぱり琉斗だ。彼に背を向けるように、鈴木は立っている。
「鈴木さん?」
先程と雰囲気も変わり、真っ黒なフード付きのコートで、全身を包んでいる鈴木に、違和感を感じてるようだ。
「はい」
琉斗に名前を呼ばれ、振り返るが、顔を見えないようにしている。
「どうしたんですか?さっきと雰囲気が全然違いますけど・・・。それに、真理奈を喜ばせる作戦って言ってましけど、一体これは、どうなってるんですか?」
琉斗の言葉を聞いて、鈴木が笑い始めた。狂ったように笑うのを見て、琉斗は1歩後退る。
「待って下さいよ。喜ばせる作戦をまだ言ってないじゃないですか。それは、あなたを殺すことです」
笑いは止まったが、鈴木は、楽しんでいるように思える。
鈴木を殺したい。しかし、このままだと、琉斗がいて狙いを定めにくい。
「な、何を言ってるのか分かっていますか!?」
「分かってますよ。なぜ、殺されるのか思いますよね。理由は、僕が真理奈さんを好きだからです。あなたと真理奈さんが、うちで結婚相談してるときに見かけました。そのときに、一目惚れしました。本当は、担当したかったのに、別のお客様の担当中のため、できませんでした。真理奈さんのことを諦めようと思いましたが、無理でした。僕の部屋には、真理奈さんの写真でいっぱいですよ。それと、知らないと思いますが、今、あなた達と同じマンションに住んでます。真理奈さんの相手は、あなたは相応しくない。あなたを殺した後、悲しみにくれる真理奈さんを、僕が励まし、いずれ結婚します。あ、言い忘れてました。今、話題の令和の切り裂きジャックは、僕です。大丈夫。予行練習はたくさんしてきましたから。死んで下さい。僕と真理奈さんのために」
そう言って琉斗に向かって、走り出しナイフで刺そうとする。琉斗と揉み合いになる。
 どうする?このまま銃で撃っても、今の状態だと狙いが定めにくく、琉斗に当たる可能性がある。それに、私の存在がバレる可能性もある。どちらも避けなければならない。でも迷っていたら、琉斗が殺されてしまう。私は銃を取り出し、物陰から出ようとした。
そのとき、琉斗がバランスを崩し、地面に倒れ込む。その上に、馬乗りになった鈴木がナイフを振り下ろそうとする。今のままだと、フードが邪魔で、頭の位置が見ずらい。私は近くにあった空き缶を、鈴木の頭に目がけて投げた。頭に当たり、一瞬動きを止め、頭を上げた鈴木に銃弾を1発撃ち放つ。銃弾は頭に当たり、鈴木はナイフを落とし、そのまま琉斗に覆い被さるように倒れた。
 私は、今までいた物陰に隠れず、一旦琉斗から離れる。私の姿は、見られてないから大丈夫。もう1つは、被害者の所持品を残すこと。そのまま、現場に持ってくるか分からないため、レプリカにすり替えたが、不要だったな。
 きっと、琉斗が警察を呼ぶだろう。警察が来る前に、琉斗があの場から離れてくれないと。少し時間が経った頃、現場に人はいない。その場にあるのは、令和の切り裂きジャックの遺体とソイツが持っていた鞄。鞄を覗き込むと、女性の所持品を入れていた袋があり、その中身を本物とすり替えた。
そこで、警察のサイレンが聞こえ、私はその場からすぐに離れた。
任務完了。

***
 昨日、真理奈は怒っていた。理由を聞けば、紅音から電話があり、最近変わったことないかと聞かれたらしい。そして、結婚式の最終確認の話をしたら、確証はないけど、話が変だと言われたと。
「紅音は、あたし達の幸せなんて願っていない!だから、紅音なんて嫌い。そう言ってやったわ!」
興奮している真理奈は、ぶどう園で撮った写真をコルクボードから外し、破ろうとした。俺は、急いで止めた。
「真理奈!やめろ!」
「なんで止めるの?!琉斗は、紅音の肩を持つの?親友なら幸せを願って、話が変なんて言わないでしょ?!」
「紅音は、幸せを願っていないなんて言ったのか?」
「言っていない」
「きっと、理由があるんだよ。紅音に直接聞いても、答えてくれるかは分からない。でも何かあるから、不幸にならないように、反対したんじゃないか?紅音は不器用だけど、今まで俺達に優しかったし、助けてもらうことも多かったじゃないか」
「・・・」
「それに、紅音のことを嫌いって言って、後悔してないか。本当は、そんなことを思っていないだろ」
「・・・している。紅音に謝る」
真理奈は、スマホを手に取り、紅音に電話をしたが、何度かけても繋がらない。しかたないので、後日謝ることにした。
 次の日、結婚式の最終確認するために、真理奈と現地に向かった。紅音には反対されたが、理由は分からないし、改装していることも、担当者が体調不良なのも確認している。だから、疑わなかった。この日、紅音の言葉を、もっと慎重に考えるべきだと、後悔するとは知らずに。

 俺は、代行の担当者、鈴木さんに呼び出されて路地裏まで来た。
なんで、こんな場所で話をする?
それに、カフェに来たときも人通りが少ないと思った。俺は、違和感を感じながらも、人らしきものを認識して声をかける。
「鈴木さん?」
「はい」
暗くて、見ずらいが人らしきものは、鈴木さんで合ってた。
しかし、さっきと違う。彼は俺に呼ばれ、振り返り向かい合ってる。服装は変わり、真っ黒なフード付きのコートで顔があまり見えな。それに、手にしている僅かに光っているものは、なんだ?
 俺が、真理奈を喜ばせる作戦を聞けば、彼は、狂ったように笑った後、答えた。
【俺を殺す。真理奈の結婚相手は、自分がなる。そして、令和の切り裂きジャックは、自分だと】
彼の言葉は、全て耳を疑うものばかりだ。しかし、理解が追いつく前に、俺に襲いかかってくる。ナイフが揉み合いになったが、俺はバランスを崩した。それを逃さないように、鈴木は俺の上に馬乗りになり、ナイフを振り下ろされそうになった。
もう、ダメだと思った。
最後に浮かんだのは、真理奈の顔だった。
俺が、死んだらきっと悲しむ。結局、この男の思い通りになってしまうのか。
そのとき、鈴木が俺を見ていたのに、顔を上げた。上げたのと同時に、鈴木の手からナイフが落ち、俺に覆い被さるように倒れた。そして、カラン、カランと何かが転がる音。
俺は、覆い被さる鈴木を退かして後退りした。鈴木の頭に銃弾のような穴が空いていて、死んでいるからだ。そして、カラン、カランと鳴っていたのは、空き缶だった。
一体どうなっているんだ。辺りを見回しても誰もいない。誰かが空き缶を投げ、鈴木が頭を上げた瞬間に殺したのか。一体誰が?
鈴木が死んだことにより、俺は命拾いをした。しかし、その場にいることは、耐えられず、路地裏から出て、警察に通報した。警察を待っている間も、路地裏の出来事が、頭から離れずにいた。

***
 昨日、琉斗に怒っている理由を聞かれ、答えた。そしたら、反対しているのは、何か理由があること。あたしが、感情的になって、紅音は言ってしまった言葉に、後悔はないかと聞かれた。
冷静に考えれば、後悔はある。あたしは、紅音を傷つけてしまった。親友なのに・・・。
紅音は、不器用なところがあるから、感情は他の人より乏しいところがある。せっかく仲良くなれたと思ったのに、これで避けられたら、どうしよう。
そう思って、破ろうとしていた写真をコルクボードに戻して、電話をかけた。でも何度かけても、紅音は出ない。しかたなく、後日謝ることにした。
 次の日、人通りの少ないカフェで、結婚式の最終確認した後、琉斗だけ鈴木さんに外に呼び出された。
「すぐ戻ってくる」
琉斗は、そのまま外に出て、しばらく経ったが戻ってこない。心配になって、電話をかけようとしたら、琉斗が戻ってきた。
 でも、様子が可笑しい。
「琉斗、どうしたの?」
問いかけるが、琉斗は、真っ青な顔のまま答えない。それに、服が汚れているけど、何があったの?
「そういえば、鈴木さんは?」
琉斗より前に店を出て、また戻ってくると言っていたのに。
琉斗は彼の名前を聞いて、肩をビクッと大きく揺らした後、ゆっくり話出した。
内容が、あまりにも衝撃的で、すぐに理解ができない。
彼が、令和の切り裂きジャック。今までの被害者は、練習台。殺しの本命は、琉斗。
その理由が、あたしのことが好きだから。そして、同じマンションに住んでる。
でも、謎が残る。彼が琉斗を殺そうとしたとき、何者かによって殺された。一体誰が?
謎は残るが、令和の切り裂きジャックでもあり、横恋慕していた人と同じマンションに住みたくないため、すぐに引越しをした。
引越しした理由と、新しい住所を紅音に知らせたが、返信はない。

 引越しが終わり、あたしと琉斗は、久しぶりに大学に来た。今まで、琉斗が警察から事情を聞かれたり、引越しでバタバタしてたが、ようやく落ち着いた。
今日は、紅音は来るだろうか。教室を見回しても、紅音の姿はない。そのことに肩を落とし、3人分の席が空いてるところに座る。紅音はいつも、あたしの隣に座るので、紅音の分の席を確保するために、自分の鞄を置く。
「ねえ、ここ空いてる?」
見上げると、喋ったことはないが、同じ講義を受講してる人だ。
「悪いけど、空いてない」
「この席、広瀬さんの分でしょ。でも、彼女しばらく大学に来てないじゃない。今日来るって連絡あったの?もう、大学辞めたんじゃない?」
「そんなことない!この席に座る人は決まっているの!あなたは、他の席に座って!」
相手を怒鳴りつけて、追い払った。
紅音が、大学を辞めたなんて信じたくない。でも、今日も大学に来ないし、連絡もつかない。
紅音、会いたいよ・・・。
あたしは、泣きそうになるのを、唇を噛み締めて堪えた。


 私は、1ヶ月ぶりに大学に来た。令和の切り裂きジャックの任務完了後、ボスの報告だけでは、終わらなかった。今回は、殺し屋本部からの直々の依頼のため、本部に報告などでバタバタしていた。
真理奈と琉斗からの電話など何度もきていることは知っていたが、電話に出たり、折り返しもできる状況ではないため、音信不通になってしまった。
真理奈を怒らしてしまったな。
あれから時間が経っているし、気まずい。
 とりあえず構内には入った。いつもは、まっすぐに教室に向かうが、今日はその辺をフラフラして、講義開始ギリギリ前に教室に入った。教室で、真理奈と琉斗の姿を見つけ、いつも私が座っている席も空いている。いつもは、まっすぐ向かう場所。
今日は、ドアの近くの席に座った。周りの人達がチラチラ見てくる。私が、普段の席に座らないからだ。周りの視線を無視して、講義終了後すぐに教室を出て、次の教室に向かう。次は、真理奈と琉斗とは、講義が被っていない。その講義が終われば、昼食の時間。食堂には2人がいるし、今日は食べなくていいか。屋上で1人で過ごそうと考えていた。次の講義が終わり、教室を出たときに呼び止められた。
「紅音」
声の方に視線を向ければ、真理奈と琉斗がいた。
「なんで、いるの?」
2人の講義の教室は、ここから少し離れている。
「講義が終わる前に少し早めに出てきた。それより最初の講義のとき、どうして、あたし達のところに来なかったの?」
「・・・」
「とりあえず、ご飯食べながら話そう」
「私は、ご飯いらないから。2人は、どこかに食べに行けばいいよ」
真理奈の質問には答えず、琉斗からの誘いも断った。私の視線は、俯いたままで2人の顔を見れない。そのまま立ち去ろうとしたとき、手を掴まれ、引っ張られた。
掴んで引っ張っているのは、真理奈だ。
「あたし達は、話があるの」
私は、その手を振りほどくことはできず、後を付いていくだけ。私の後ろを琉斗が歩いていた。

 向かった先は食堂ではなく、3人で最初に来た初めてのカフェだ。
2人は、食事と飲み物を注文したが、私は、食欲がなく飲み物だけにした。
何を言われるかは予想しているのが、3人とも話を始めない。沈黙が流れる中、最初に破ったのは琉斗。
「紅音には、色々言いたいことがある。まず、令和の切り裂きジャックが殺害されて、犯人が捕まっていないのは知ってるよな」
琉斗の言葉に頷く。今、TVやネットで話題だ。
犯人は私。証拠もないし、捕まることはない。
「俺は、犯人に感謝している。殺しは悪いことだが、俺は、犯人に命を救ってもらったんだよ」
「・・・」
「令和の切り裂きジャックは、結婚式の件で、代行担当した奴だった。ソイツは、真理奈に一目惚れして、俺が邪魔だった。俺を殺す前に、他の女性を、練習台にしていたんだ。俺はあの日、結婚式の最終確認をしに現地に向かって、代行担当者に呼び出され、殺されかけた。ソイツの話で同じ住まいのことが分かり、引越しもした」
「結果的に琉斗が助かって、真理奈にも、直接的な被害がないなら良かったよ」
私は、感謝されることはしていない。任務だから。自分の役割を果たしただけだ。
それに、殺しを悪いことだと思っていない。
そんなことを思っていたら、殺し屋の仕事は務まらない。
   「あの日、紅音の言葉をもっと慎重に考えていたら・・・。状況は、ちょっと違ったのかなと思っている」
「明確な理由もなく、話が変と言われたら、苛つくでしょ。それに、あの日結婚式の打ち合わせに行ったから、琉斗が話してくれたことになった。琉斗は危ない目にあったけど、世間を怖がらせていた人はいなくなった。だから、慎重に考える必要なんてなかったんだよ」
「俺は後悔してる」
「その必要はないよ」
琉斗は、言葉通りに後悔の顔。
なぜ、そんな顔をする。
「紅音はいつも相手を立てて、自分のことは下に見るよね。今も前も。自分を抑え込む」
琉斗の会話を黙って聞いていた、真理奈が口を挟んだ。
   「あたし達は、そう言うことは望んでいないよ。今日、あたしが言いたかったことは・・・この間の電話で感情的になってしまって・・・酷いこと言ってごめん。紅音のこと、嫌いなんて思ってないよ」
真理奈は、頭を下げて謝った。
「そっか。良かった」
真理奈が、私のことを、嫌いと思ってないことは、知っている。
「他に言うことないの?」
「うん」
「どうして?あたしは、紅音に酷いこと言ったんだよ。傷つけた。文句言われても、おかしくないと思ってる」
「紅音。言いたいことがあるなら、言わないと相手に伝わらないぞ。友情、愛情、他のことでも。そのときの状況によって、言わないこともあるかもしれない。でも、今は言ってもいいと思うぞ」
「・・・・・嫌いって言われて傷ついた。ちょっと・・・いや、もっと・・・でも、真理奈が、本心ではないことは分かっていた。ただ、その後どう接すればいいのか分からなくて・・・結果的に避けてしまった。こっちこそ、避けてごめん」
言って、正解だっただろうか・・・。
「ううん。紅音は悪くないもの。これからも、今まで通り接してくれる?親友として」
私は頷いた。不安が払拭されていく。真理奈は、私の手を取った。それを見守ってた琉斗も。2人の微笑みを見ながら再度思った。私は、この2人に出会えて良かった。
この2人じゃなかったら、上手くいかなかったかもしれない。もしかしたら、今の私も、微笑んでるかもしれない。
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