ある復讐とその後の人生

来栖瑠樺

文字の大きさ
上 下
34 / 45
第7章

置き土産

しおりを挟む
 私は、1ヶ月後に、前回と同じ顔に変装して、deadly poisonの家を訪れた。庭を見ると、以前は、丁寧に手入れされていたガーデニングは、すっかり変わっている。花は枯れ、雑草が生えている。
無理もない。息子が死んだ悲しみは、1ヶ月では癒えない。息子の遺体は、崖の下で、傷だらけで見つかった。矢の傷は、それで隠せたと思うが、父親と同様に自殺で処理されている。deadly poisonの母親は、夫だけではなく息子まで失い、1人なってしまった。遺体が見つかって、すぐに会うべきか迷ったが、怪しまれるのも面倒なので、少し時間を開けた。
 インターホンを鳴らすと、痩せたdeadly poisonの母親が出てきた。以前は、身なりを整えていたが、今は、髪もボサボサだ。虚ろな目で私を見る。
「・・・あなたは」
「お久しぶりです。お話に来ました」
「ごめんなさい。今は、そう言う気分じゃないの」
虚ろな目に、涙が溜まっていく。
「以前仰いましたよね。時間があるときに来てほしいと。今日は、ある程度の時間があります。息子さんの遺志を、あなたに伝えるために来ました。申し遅れました。私は、工藤と申します」
「・・・息子の」
「はい。都合が悪いようであれば、出直します」
虚ろだった目が揺れ、僅かに光が宿る。
「待って!お話がしたいわ。その前に私の身なりが酷いから、部屋で待っててくださる?今案内するわ」
そのまま家の中に入り、客間でしばらく待った。

 しばらくすると、客間のドアが開き、以前会ったときと同じように、身なりを整えた母親が、トレーに2人分のティーセットとお茶菓子を持って入ってきた。
「お待たせして、ごめんなさいね」
「いえ、おかまいなく」
母親は、2人分の紅茶を入れ、お茶菓子の皿をテーブルに置いた。紅茶を飲み、一息ついたところで、母親から話を切り出した。
「それで、息子の遺志って?あなたは、息子とどう言う関係なの?」
「そうですね。透さんとは、同じ仕事の系列でした。一緒に仕事したのは、数えられるくらいですね」
「それだと、あまり仲は深くないような気がするわ。失礼だけど、そんなあなたに、透は自分の遺志を伝えたの?」
彼の母親は、首を傾げ、不思議そうに私を見ている。
確かに。これだけでは、そう思うのは当たり前だ。
「仰る通り、仲はあまり深くありません。ただ、目標は一緒でした」
「目標?」
「その目標に関しては、秘密事項なので言えません。ただ悔やまれるのは、私は、それに気づくのが遅すぎました」
彼の母親から目を逸らし、自嘲した。
「もっと早く気づいて入れば、目標達成が近づいたかもしれません。それぞれの持っているパーツを合わせても、パズルの完成は先ですけどね。今から言うことは、透さんのお母様の気を悪くするかもしれません」
視線を母親に戻し、様子を見る。母親は薄ら涙を浮かべるが、どこか毅然とした態度だ。
「いいわ。話を続けてちょうだい」
「・・・彼は、天邪鬼ですね。だから誤解されやすいし、本当のことが分からなかった。でも、天邪鬼ではありますが、優しさは含まれていました。そのことが分かったとき、彼の遺志を、あなたに伝えてほしいと頼まれました」
「・・・そう・・・・・天邪鬼。そうかもしれないわね。羨ましいわ。私には、素顔を見せてくれないの。いつからかしら・・・私の主人が亡くなってから。その頃から透は、笑顔でも偽りなの。あまり会話もないし、たまに、私を冷たい目で見てくる。気づいているのよ。透の遺志は、私の恨み言なんでしょう?」
先程の毅然とした態度はなくなり、目線を下に落としてしまった。
「違います」
「じゃあ、なんなの?」
「これです」
私は、鞄から土地の権利書、設備管理の資料、通帳と印鑑が入っている封筒を渡した。あの日、deadly poisonは、土地の権利書しか言わなかったが、封筒の中には他の書類も入っていた。
「これは?」
突然の予想外の書類に戸惑い、私と書類を交互に見てくる。
「あなたの夢を叶えるための書類です。趣味がガーデニングですね。夢は、ガーデニング施設を創って、たくさんの人達に、笑顔になってもらうことですよね。透さんは、お父様から、あなたの夢を教えられていました。お父様が亡くなっても、その夢を叶えるために、その書類を用意したのは、ご両親を思ってのことだと思います。彼が、偽りの笑顔や冷たい目を、あなたに向けた理由は分かりません。でも、あなたのことを嫌ったり、恨んだりはしていないと思います。あなたに悪い感情を抱いているなら、その書類は不要ですし、私に渡すこともないでしょう。ただ、正直になれなかっただけです。自分で渡すのも、説明するのも、天邪鬼が邪魔したのでしょう。先程、お庭を拝見しましたが、以前とずいぶん変わっていますね。まずは、そこから立て直して、自分の夢を歩み始めて下さい。どうか、お2人の気持ちをムダにしないで下さい」
「・・・・・」
彼の母親は、嗚咽を漏らしながら、しばらく泣いていた。私は何も言わずに、ただ見ていた。泣き止んで顔を上げたとき、ふわりと笑っていた。最初に会ったときと同じように。
「ありがとう。私ね主人から、プレゼントされたピアスもなくして、透もいなくなってしまって・・・生きる気力がなくなりかけてたの。でも、あなたに会えて良かったわ。庭を整えた後、自分の夢を叶えるわ。そして、2人の分まで生きるわ」
「・・・きっと、お2人も喜びますよ。それでは私は、そろそろ時間なので、失礼致します」
「もう、帰ってしまうのね。また会えるかしら」
「これから忙しくなるので、無理だと思います。あなたは、ご自身のことだけを考えて下さい」
何か言いたげなのは、分かっている。しかし、気づかないふりをした。
「あなたが私のことを忘れても、私はあなたを忘れないわ。あなたは、私の命の恩人だし、優しい人だから」
「私が?透さんの遺志を伝えにきただけですよ」
彼の母親の言っている意味が分からず、私は、首を傾げた。
「そうね。あなたにとっては、そうだわ。でも、あなたは、透の遺志を義務でもないのに、伝えに来てくれた。そのまま無視することもできたのに。この書類と、あなたの言葉は、私にとっては大切なの。だから、命の恩人だし、優しい人なのよ。透も、この書類を渡してるから、あなたは、信頼されてたのでしょう。同じ目標を持つもの同士。仲間と言うのかしらね」
「・・・優しいとは、他の人にも言われたことはありますが、命の恩人は、初めてです。私も、あなたのことを忘れないでしょう」
「光栄だわ。あ、ごめんなさいね。引き止めてしまって」
「いえ、それでは今度こそ失礼致します」
私が立ち上がると、母親も立ち上がり、外の門まで見送ってくれた。最後に会釈した後、歩み始める。
命の恩人なんて大げさだと思った。でも、生きる気力がなくなりかけている、あの人にとっては、あの書類は重要なものだ。
あの人の今後は分からないが、おそらく、夢を叶えて生きていくだろう。

 上を見上げると青空だ。
『透が言ってた、土地の権利書渡してきたよ。あなたは、天邪鬼だから分かりにくい。母親は誤解してたぞ。その誤解も解いてきたし、あなたの母親は、おそらく大丈夫だろう。これからは、あなたが、母親を見守ってやれよ』
deadly poison・・・いや、新堂透に向かって、空にメッセージを送った。
しおりを挟む

処理中です...