ある復讐とその後の人生

来栖瑠樺

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第7章

隠し事

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 あの日から、任務の量がさらに増えた。一晩で3件。そう言う日が続く。朝方に帰ってきて、昼間は準備したりで、自由な時間が以前より減った。ボスが私に余計なことをさせないための策略だろうか。
 この日も任務を終え、自室に入り、ソファーに倒れ込むように、寝っ転がった。
溜め息をつくと、部屋のドアがノックなしで開かれ、誰かの足音が近づいてくる。見なくても分かる。そちらには目もくれず、腕を目の辺りに置いて、顔を隠した。
「紅音」
久しぶりに聞いた翼の声だ。翼やthreadから、何度も連絡は入っていたが、全部無視していた。
痺れを切らして来たのか。
何も答えない私を見ても、翼は話を続ける。
「話がある」
「悪いけど後にして」 
「それは、応えてやれない」
「owl。この状況を見ても、話をしろって言うのか?疲れている」
「疲れているのは、見て分かる。じゃあ、いつならいいんだ。電話しても出ないし、いつも忙しそうで、話すタイミングがない。俺もthreadも心配してるんだぞ。それに、今は2人きりなのに、なんでそんな話し方なんだ」
翼の顔は見ていないが、最後は落ち込んでいるような声色だ。
2人きりのときは、コードネームで呼ばないし、話し方も優しめだったな。
「あーそうだったな。お前の前では、呼び方や話し方違ったな。でも、前のときのようでもいいだろう?落ち着いたら連絡するし、そのときには話し方も戻るだろう」
すると、足音が近づいてきて腕を退かされ、床に翼が座り込んだ。
「嫌だ」
「・・・」
「その呼び方も、その喋り方も、顔が見えないのも」 
なぜ、そんな傷ついたような顔をする。それだけで、傷つくなんて考えていなかった。そんな顔を見ると、罪悪感を感じる。
「・・・そんなに私を求めているの?」
手を伸ばし、翼の頬に触る。その手に翼の手が重なる。暖かい。安心する。
ボスに、頬を触られたときとは真逆。
この暖かさと安心感が、ずっと続けばいいのに・・・・・。
「求めている」
重なっていた手が、私の頬に移動する。
そのまま見つめ合っていると、顔が近づいてくる。
でも、寸前のところで翼を押し返した。翼は、少しの間呆然としていたが、その後、目を伏せて謝られた。また傷つけてしまった・・・・・。

   「話は、他にもあるんじゃないの?」
「あ、ああ。今何を調べている?
deadly poisonから、死ぬ前に何を言われた?」
「deadly poisonは、死ぬ前に嫉妬を言われただけ。何も調べていないよ」
「嘘だ!」
翼は、声を荒らげた。私は、キョトンとしていると、さらに言葉を続けられた。
「いつも、自分だけで抱え込もうとする。他の人の気持ちを、そのときに考えたことあるか。頼られないのは、寂しいんだよ」
翼に手をギュッと握られる。
「・・・世の中には知らない方がいいってあるでしょ。だから言えないよ。たとえ、翼でも。頼られないのは、寂しいとか悲しいとか思うことは分かるよ。今までのこともあったし。それでも言えない。ごめんね」
「でも、紅音は知っているだろ。大丈夫なのか。殺されないか」
「大丈夫だよ。それに約束したでしょ。お互い生きるって。私からしたら、翼の方が心配だよ。最近、殺し屋のランクインしたけど、その分任務のリスクも出てくるから、気をつけなよ」
「俺を子供扱いするな」
不満げな表情をしている。それを見て私は、フッと笑う。
「私からしたら、腕前はまだ子供だよ。さあ、もう寝るから、そろそろ部屋から出ていって」
「・・・分かった。最後にこれだけ。紅音の言う、世の中には知らない方がいいってことに、これ以上は、足を踏み込まないでくれ」
そして、そのまま部屋を出ていった。私は、その後ろ姿を見送りながら、心の中で返事をした。
『ごめん。それは守れない』
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