ある復讐とその後の人生

来栖瑠樺

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第7章

1つの鍵

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 今日は久しぶりの休日だ。今日は、自宅に籠らず、当てもなくフラフラしていた。
特に意味はないが、ずっと任務ばかりで、今日もボスは、普段私が暮らす建物にいる。
黒幕が分かってからも、普段通り接しているつもりだ。ただ、いつも近くにいるのは、嫌だった。たまに外出するくらいなら、怪しまれないだろう。
   「あの、すみません」
突然、横から1人の女性に声をかけられた。歳は私と同じくらいで、小柄で黒髪を軽く巻いている。初めて見る人だ。
「・・・なにか?」
「違ってたら、ごめんなさい。もしかして、向井彩葉さんですか?」
彼女は、私の顔をジッと見ている。
なぜ、彼女は、私の前の名前を知っている。
「・・・・・あなたは、誰ですか?」
「私は、逆巻愛莉です。次は、あなたの番です。名前を教えて下さい」
「なぜ、私の名前を知りたがるのですか?あなたとは、初対面ですよね。何か意図があるように思えます」
愛莉は、しばらく無言で俯いていた。こんな街中で俯かれると、なんとなく印象が悪い。
「・・・・・あなたの言う通り、意図があります。でも、お話するのは別の場所にしましょう。付いてきてもらえますか?」
愛莉の目は、力強かった。私は頷いて、愛莉の後ろを歩いた。
 着いたのは、店内が賑わっているカフェだ。このうるささなら、私達の会話も周りに聞こえないだろう。
愛莉は、2枚の写真を取り出して、私に見せてきた。
「こちらは、私の家族写真です。もう1枚は、あなたと思われる家族写真。この少女は、あなたではないですか?横のご両親に、似てるところがあります。ちなみに、裏に名前が書いてあります」
そう言って、写真を裏返す。確かに、私の名前と両親の名前が書いてある。
まさか、17年も経って家族写真見るとは、思ってもいなかった。
「この写真は、確かに私の家族写真です」
「では、やはり向井彩葉さんなんですね」
「・・・」
その名は、もう使われていない。今は別名だ。
「そうですか。やっと見つけた。これでやっと・・・」
愛莉は、ホッとしている様子だ。泣きそうな嬉しそうな、そんな曖昧な顔を見せた。
「ずっと、あなたのことを捜していました。こっちの写真のこの人は、私の父です。
あの日から帰ってきません。17年前から」
その言葉を聞いて、心臓がドクンと跳ねた。17年前。あの日は、両親が殺された。殺される前に愛莉の父親は、私を迎えにきていた。
「この話は、母から聞いた話です。私の父とあなたのお父さんは、幼なじみの関係のようです。17年前、あなたの家に行くと母に言い残したまま、帰ってきません。母は父を心配し、警察に捜索願を出しました。あなたの両親も、何か知っているのではないかと思いました。しかし報道で、お亡くなりになっていることを知りました。
母は、心労で弱っている状態なんです。私は、1日も早く父を見つけたい。だからずっと、あなたのことを捜していたんです。父のこと何か知りませんか?」
愛莉は、身を乗り出した。彼女も必死なんだ。私とは必死の内容が違うが、少し似ているものを感じる。
「残念ですが分かりません」
「何でもいいんです!小さなことでも!何か手がかりがほしいんです!早く父を見つけて、母に会わせないと・・・。いつまでもつか・・・」
愛莉の声は、だんだんか細くなっていき、涙を薄ら滲ませている。
私は、しばらく黙って愛莉を見ていた。
   「正直に言うと、こんなことは言いたくありません。酷なことを言いますが、あなたのお父さんは、もうこの世にいない可能性もあります」
「そんなこと「では聞きますが、あなたが、ずっと捜している間に、何か情報は得られたのですか?」
愛莉の言葉を遮り、問いかければ無言になってしまう。
「行方不明になってから、17年間経っています。もう亡くなっていると思うのが、普通でしょう」
「・・・あなたは、淡々と酷いことを言うのですね。私が、今まで捜してきたことは、ムダだと言いたいんですね」
愛莉は、涙を流し私を睨みつけている。私は、彼女から目を逸らさずに言葉を続けた。
「ムダとは言ってません。一般的に考えたら、その可能性が高いと思ったので、伝えただけです」
「・・・私は諦めません。それに先程の質問ですが、父に繋がる情報か分かりませんが、1つだけ知っていることがあります。なので、父を捜します」
「知っていることとは?」
愛莉は、自分の家族写真を裏にして、8桁の番号を指した。
「これが、何のことかは分かりません。しかし、私の家には金庫はないし、8桁でロックするような物は何もないです。もしかしたら、これが、父に繋がるかもしれません」
愛莉は、拳を作る。
 この8桁は、おそらく組織の何かだろう。ただ、どこの暗証番号だろうか。組織内で自分は、ほとんどの場所に入ることができる。それぞれ暗証番号は違うが、これは、自分の行ける場所のではない。可能性が高いのは、ボスの部屋のどこかだろう。
しかし、なぜ、この写真の裏に残したのだろうか。
本人にしか分からないが、あの事件に関わった人達は、家族も殺されているのが、ほとんどだ。このままだと・・・。
「深入りせずに諦めて、お母様の傍にいるのが、賢明だと思いますよ」
「それは、どう言う意味ですか」
「そのままの意味です。深入りすると、ロクなことがないと言いますよ。お母様は、弱っている状態と仰っていましたし、周りに誰もいないことは、可哀想ですよ」
「・・・父の行方不明は、深入りすれば、危険と言うことですか」
「あらゆる可能性を言ったまでです。それに、あなたが、お父様のことを尋ねたときに、私は最初に言いましたよ。分からないと」
愛莉は、複雑そうな表情だ。今まで捜してたことをやめろと言われているのだから。
それに、彼女の父親も私と同じ殺し屋だ。もうボスによって、殺されているかもしれない。彼女の父親も、その可能性が高いし、仮に生きていても、居場所なんて知らない。
愛莉は、一般人だ。これ以上捜して、深入りしたときに、ボスの目にとまって殺されるだろう。そうなれば、彼女だけではなく、母親も殺される可能性もある。
捜すのを諦めるのは辛いだろうが、これが彼女達にとっては安全だ。
「それでは、もう話すことはないです。
さようなら」
私は、テーブルに注文した分のお代を置き、その場を離れた。
出口に向かう途中で愛莉を見れば、写真を見ながら、涙を流し続ける彼女を見て、少し胸が傷んだ。

 カフェを出ると、不在着信が何件もあった。相手は翼だ。
こんなに電話をかけて、急用なのか?
電話がかかってきたのは知っていたが、愛莉と話していて、電話に出る気分じゃなかった。ボスじゃないのは、バイブ音で分かっていたから、放置していた。
電話を折り返すと、すぐに翼が出た。
「どこにいる?」
「なんで?」
「紅音に会わせたい人がいるから」
「誰?」
「thread」
「・・・ああ、そういえば、しばらく会ってないし、連絡してなかったね。私の心配はいらないから、今まで通り、自分の仕事に専念しろって伝えといて」
「自分で伝えろよ。なに避けているんだよ」
「じゃあ、よろしくね」
そう言って、一方的に電話を切った。

 threadは、deadly poisonから助けて以降会っていないし、連絡もとってない。
threadに会えば、質問攻めになるに決まっている。それに、彼の家族の死が、ボスが仕組んだことを知っているから、会ったときに秘密を守り通せるか分からない。全てが終わるまでは、自分からは言わないが、threadは鋭いところがあるからな。彼と会うのは避けたい。
『threadごめんね。依頼されたわけじゃないけど、threadの家族の敵討ちするよ。だから終わるまでは、しばらく待っていてほしい』
本人には、届くことはないthreadへのメッセージを送った。
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