夫はマウンテンパーカーを欲しがる

成木沢 遥

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 どこにも夫の姿がなかった。スマホにメッセージも入っていないし、一体どこに行ったのか。

 そこまで心配していないけど……こんな日に外出なんて、本当に自己中心的だ。また腹が立ってきた。
 いや、待てよ……もしかして……。
 ちょっと、期待が持てるかもしれない。

 今日の私の態度から、今日が結婚記念日だということを思い出し、慌てて何かプレゼントを買いに行ったのではないか。
 淡い期待ではあるけど、夫もそのくらいの気遣いはできるようになったのかもしれない。

 手洗いうがいの後に「もうー、勝手なんだから」と愚痴をこぼしながら一人で笑った。

 エプロンをつけて、キッチンに立つ。夫が帰って来るまでに、晩御飯の用意をしておこう。
 テレビをBGM代わりにつけてみた。
 すると、夫が好きな女優が出ているドラマの再放送がかかっていた。
 このドラマ……今話題のドラマだ。
 見逃した人向けに、夕方に再放送をやっているんだ。

 そのドラマを見て、私はなるほど、と思う。

 そのドラマの女優が役の中で着ているマウンテンパーカー……夫はきっと、あれが欲しいんだ。
 いつもオシャレになんか無頓着な人なのに……どうりで買いたくなるわけだ。
 夫はマウンテンパーカーをオシャレだと思って着こなそうと思っている人ではない。
 別に登山とかもしたいわけではないだろうし、急に欲しくなるなんておかしいと思った。

 まあ、それは夫の勝手だ。
 神様にでも頼んで、臨時収入でも入ったら買えばいい。

 私は「くだらない」と吐き捨てるような独り言を口にして、テレビを消した。
 台所の前に立って、今日の食卓の準備をする。
 ステーキだけじゃ物足りないと思った私は、ハンバーグも作ることにした。

 最初に手早く玉ねぎを微塵切りにして、その後にサッと炒める。
 あめ色になるまで炒めたら、玉ねぎと挽肉を混ぜる工程に入った。
 ビニール手袋をつけて、力強く混ぜ合わす。
 卵やパン粉、黒コショウやコンソメ……いつも作る時の調味料も合わせて混ぜる。
 いい感じにタネができてきたら、小判上に成型した。

 早く帰ってこないかな……朝の喧嘩を忘れたかのように、夫の帰りを待っていた。
 お腹も空いてきた……。

 あとはハンバーグとステーキを焼くだけ。
 形作られたハンバーグのタネは、ラップをかけて冷蔵庫に入れておいた。

 エプロンを外す前にダイニングテーブルの椅子に座る。
 そのまま突っ伏して、目を閉じた。
 夫と結婚して、もう二十年が経つのか……。

 出会った頃を思い返しながら、目を瞑る。眠ってしまいそうだ。

 いや、しまいそうではなく、眠ってしまおう。この眠気を我慢する必要はない。
 私は全身の力を抜いた。

 すると、気持ちの良い世界に導かれたみたいだった。
 夢の中で、夫が出てくる。
 夫はお気に入りのマウンテンパーカーを着ていた。
 すごく楽しそうに、私の方を見ている。
 まるで新婚の時のような、純粋な目。

 そんなに、お気に入りの女優が着ていたマウンテンパーカーが嬉しいのか。
 クスッと笑ったところで、フワフワしていた感覚から現実に戻された気がした。

 ……ガチャッという音がして、完全に目が覚める。
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