拗れてく俺と拗れてるお前

暮雨

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拗れてく俺と拗れてるお前⑨

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「迷った……」
 滲む視界を持て余しながら歩いていたせいだろう。
 見覚えのない広場に出た俺は途方に暮れた。
 地図を探そうにも今いる場所はまず部外者が立ち入らない場所なのか地図がなく。
 携帯電話で位置情報を調べても大学構内であるからか、詳細な地図は出てこない。
 ならば大まかな方角に進めばいいと思って歩いていると道が途切れているし校舎に阻まれる。
 仕方がないので人気の多い場所を探すように歩いているとようやくぽつぽつと歩く人が増えてきた。
 行きかう生徒たちは皆楽器を背負っていたり運動着だったりして。サークル棟の近くに戻ってこられたことを悟る。
 あぁよかった。これでどうしようもなかったら誰かについていくか、道を聞けばいい。

「あれ、君一年生? 道に迷ったの?」
 そんなことを考えていると後ろから声を掛けられた。
 振り向くと立っていたのは背の高い男子学生だ。
 気安く声を掛けてきたところを見ると上級生か。
 何のサークルに所属しているのかは格好からわからないけれどしっかりとした男らしい恵まれた体型は運動部にも、落ち着いた物腰は大学から文化部に転身したようにも感じられる。
 なぜか彼は毛先を銀色に染めていて。やけに綺麗な姿勢で立っている。
「迷ったついでにうちを見学していかない?」
 そう言いながら彼はすっと手を差し出し、その手にポンと音を立てそうな勢いで花を咲かせた。
 予想外の展開に俺は何も考えられなくてじっと狐を思わせる、けれど妙に胸が和む笑顔を見つめた。
「うち、奇術部なんだ」
 そう言いながら彼は掌の上で咲かせたプラスチックの花を掌の中に押し込んで振ってから開く。すると掌の上にはイチゴミルクの飴玉があって。差し出されるまま俺は受け取ってしまった。
「違うんです。友達に会いに来ただけで、俺、ここの生徒じゃなくて……」
「うんうん、別に僕は勧誘しているわけじゃないから、楽しんでって」
 にっこり笑った笑顔で促されると何故か抗えなくなって。俺は不思議な先輩の後ろをついていった。

 そうして連れてこられたのはサークル棟の一室で。先輩はぽんと指先に火を灯したかと思うとゆらゆらと掌の上でそれをはねさせ。結局どういう種や仕掛けなのかはわからないが。火を消すと鍵を差し込んだ様子のないドアがガチャリと開いた。
「いまの、どうなっているんですか」
 思わず俺が問いかけると先輩はこの上なく嬉しそうに、にやっと笑った。
 もとは綺麗な顔をしていると思うのに、恵比須顔、と言ってしまっていいほどの惜しみない笑顔は場合によっては不気味に映るのかもしれない。
「いまのは簡単。炎感知器の死角で火を起こすだけだよ……つまり、鍵は最初からかかってなかった。なにせうちは弱小で盗まれるものがほとんどない」
 そう言いながら先輩は声をたてて笑い。俺は思わずつられて笑った。

 部屋に入った先輩はまたどうやってか、スイッチに触れていないのに指を鳴らして明かりをつけ。指をさすだけでコーヒーメーカーを動かし。果ては紙コップを浮遊させて手に持った。
 その度に俺は思わず声を上げ。先輩は心底嬉しそうに喉から声を漏らして笑った。

「なんで、こんなに良くしてくださるんですか」
「んー君がすっごく凹んだ顔してたから。僕はね、奇術で人を笑顔にしたいの。だから君は僕の実験台。ふふ、君みたいな子なかなか拾えないからおにーさん頑張っちゃう。あ、申し遅れたけど僕はみんなからキツネって呼ばれてるからキツネって呼んで」
 そう言いながらキツネ先輩はスナック菓子を浮かせて食べる。
 そして咀嚼したかと思えば眉を歪めてべっと舌を出すと真っ青になっていて。俺は驚いてパイプ椅子を軋ませ。また先輩に笑われた。

「いいね君、ずーっと笑わせたいくらい気に入った。でもほかの大学の子なんだよね。にしても、うちの大学広いし迷いやすいでしょ。友達には会えたのかな?」
 キツネ先輩は、常識がないようである。
 行動や言動が不思議だがきっと頭はすごく良いのだとなんとなく思った。
「友達は、見つけたんですけど……声、掛けられませんでした」
 佐野のことを思い出した俺はちょっとうつむいた。

「まーそういうこともあるよねー、特に恋とかしてる相手だとさぁ……なんか、気分が落ち込んだ状態だと声かけづらいもんよ。だってそういう相手にはさ、綺麗なとこだけ見せたいじゃん?」
「こ、恋とかじゃ」
「え。違うの? 君、思い切り失恋した顔してたけど。てっきり好きな子が誰かのものになってるとこ見ちゃったのかなーって」
 そう言いながら先輩はあっという間に飲み干して、空になった紙コップを指先でぷかぷか浮かせた。
 真面目なことを言っているはずなのに、もう何が起こっているのか考えるのをやめたくなる現実感のなさだけれど何故か笑えてしまう。

 だからだろうか。
 何を話してもあまり深刻な雰囲気にならないと思うから。俺は驚くほどおいしい珈琲を飲みながら誰にも言えない気持ちを初対面の先輩に吐露した。

「でも、それに近いのかもしれないです、俺、その友達に恋してるんだってやっと気づけたのに、あいつにはもっといい相手がいっぱいいて。やっぱり俺と恋人にならないほうがいいかなって思って……」
「ふぅん。君って鈍感なおかつ面倒くさそうな性格してるね。君みたいな子がそんなふうに言うってことは相手は普通にモテる奴で。君としてもまんざらでもないって感じじゃない。そんで君は多分、その友達に言い寄られてた、と推測」
 そう言いながら先輩はくるくると、どこから取り出したのか、半面のおしゃれなキツネ面を指先で弄ぶ。
 何もかも言い当てられて、俺は何も言えなかった。
 そんな俺の顔をちらっと一瞥した先輩はふふ、と吐息で笑う。

「考えすぎだよー。その子のこと、ちゃんと好きだって気づいたなら、自分に自信がなくても応えてあげないと。有象無象に絡まれてたせいで一番好きな子に応えてもらえないなんて、頑張ってた子がかわいそう……まぁ僕としては『初対面』だけど君のこと気に入ってたからね? 正直惜しいと思ってるよ」

 明け透けに笑うキツネ先輩はぽんとキツネ面を投げて寄越す。
 思わず受け取った俺は、白地に鮮やかでいて落ち着いた紅の入った面を見て、目を瞬かせ。

「ね、良かったらそれ使って……ずっと君に似合うなって思ってたんだ、『アキ』君」
「え……?」
 にやっと笑みを深める先輩を、俺は呆然と見つめた。
「うん。君ね……自分で思ってるより綺麗で目立つし、手首の黒子と泣き黒子は隠した方が身のためだよ。うん、でもまぁ安心してよ。僕みたいな奴じゃなきゃ気づかないし、僕は人を笑顔にするのが好きだから言いふらしたりしないよー……ってわけで今後も楽しみにしてるから」

 そういったキツネ先輩はくすくす笑う。
 俺はどんな顔をしているのだろう。
 恥ずかしいやらなんやらで顔を上げられなくなった俺のポケットに飴やチョコレートを詰め込んだキツネ先輩は。じゃあ僕散歩してくるねと言い置いて、笑いながら呆然としたままの俺を残して部屋を出ていった。
 俺は散々迷った後、先輩がくれた仮面を鞄の奥深くにしまい込み。同時に音を消していた携帯電話が通知を告げていることに気づいて、慌てて部屋を出ていった。


 
 電話の相手は、佐野だった。
 もしかすると、遠目に俺の姿を見つけたから何事かと思って電話を掛けてきたのかもしれない。
 正直言うと佐野と会うのはまだ怖い。
 けれどちゃんと向き合わなければいけないとも思うので。俺は電話をかけ返した。

『あ、よかった! うちのマネージャーがお前のこと見つけたって言って……なにかあった? いまどこ?』
 電話が繋がるまでさんざん探していたのだろう。佐野の声は上がっている。
「ごめん、ちょっと顔見たくなって……まだお前の大学」
 佐野はきっと俺の家の近くにいるのだろう。
 そのまま家の近くで落ち合おうと提案したのだが。佐野は今から行くから待っててと言って電話を切り。俺は指定された大学図書館で佐野を待つことにした。
 
 ものの十五分ほどで佐野は現れた。
 案の定、全力で走ってきたのだろう。汗を滲ませた佐野に俺は自販機で買った水を差しだし。礼を言って受け取った佐野が水を飲む。
 そんな些細な動作が格好良く見えてしまうのはきっと……恋であることを自覚して。これから想いを伝えようとしているからだ。
 正直言うと、自分の性癖のことを打ち明ける勇気はまだないし。キツネ先輩に背中を押してもらえたけれど佐野にもっといい相手がいるのではないかという気持ちは抜けない。
 けれど待ってくれた佐野のためにも俺はちゃんと想いを伝えなければいけないのだと思った。

 そう、思ったのだがいざ想いを伝えようとするものの、何も言葉が浮かばないし。どういうタイミングで言っていいのかもわからない。
 佐野も何か感じ取っているのかいつもより言葉少なで。時折探るような目が、傍らから寄越される。
 なんとなく俺たちは並んで歩きながら、俺のアパートに向かっていたのだけれど。俺の家の、手前にあるいつも人気のない公園で佐野が足を止めた。

「あのさ、宇野……なんで急にオレに会いに来たの。オレの顔が見たかった、だけじゃないよね」
佐野は真剣な口調で問いかけてくる。瞳孔と虹彩の境目が曖昧に見えるほど深い色の目はひたりと俺に据えられていて。俺はは、と微かな吐息を漏らしかけて、噛み殺した。
「俺、久賀に告白された」
 囁くような声で伝えるとぐっと佐野が肩を握りこむ。
 信じていても不安に思うのだろう。探るように佐野の目が俺の国筋や襟元を辿る。

「ちゃんと断ったら、久賀はちゃんと受け入れてくれた……それで俺、お前の顔が見たくなってお前の大学に行ったんだけど……モテてるお前見て、綺麗なマネージャーさんのこと、名前で呼んでるの見て……嫉妬したし、いろいろ考えた」
 包み隠さずに俺は語り。嫉妬した、と打ち明けた途端ぐっと肩を握りこんでくる佐野の顔を見て。どうしようもないほどつよい好意が腹の奥から湧いて喉元までこみ上げるのを感じた。
「御崎さんは先輩で、彼氏がいて、先輩って呼んだら怒られるから部員もマネージャーもみんな『さん付け』で呼んでるだけだよ。モテてるのは……オレはお前にしか惚れていないから関係ない……でも宇野が不安になるなら俺、頭を剃り上げるし……額に漢字で『犬』とか……そういう、めちゃくちゃ格好悪い入れ墨とか入れてもいい」
 そんな気持ちを噛み殺していたのに。佐野は至極真面目にそんな提案をしてくるから。俺は思わず吹き出して。下を向いて笑って。どうしようもなく目が潤んで……大粒の涙を零しているところを佐野に気づかれたと思ったら。その強い腕できつく抱きしめられていた。

「遅くなってごめん……俺、お前に恋してる」
 その腕に。打つような鼓動に甘えるように、俺は佐野を抱き返し。ぐっと肩に寄せられる顔に頬を寄せるようにしながら目を伏せて言葉を紡いだ。

「俺はお前が誰かと仲良さそうにしていたら普通に嫉妬するし、お前にずっと好きでいてもらえる自信がないって悩むし……お前がどうやったら一番幸せになれるかって考えて……俺じゃだめだって思うとどうしようもなく悲しくなるくらい……お前のこと好きだよ」

 囁くたび、佐野の腕が強まって、掻き抱くようになっていくのが面映ゆい。
 嬉しくて、どこか安堵するのに頬を伝う涙は止まらなくて。ちらりと横目で佐野を見ると佐野もまた、目尻を濡らして感極まった顔をしているから余計に涙が誘発されて止まらない。
「俺は他の誰でもない、お前の恋人になりたいんだ」
 俺がそう言葉を締めくくると佐野が頬を撫でて顔を上向かせてくる。
「オレだって、宇野のことずっと好きだよ。恋人になろう……玲」
 これから何が起こるのか。これから何をするのか。察した俺は佐野に抱きしめられたまま動かずに。どこか神妙に目を伏せた、涙の痕を残す佐野がそっと大切な宝物に触れるように唇を重ねてくるのを受け入れた。
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