こちら、秘密の薬屋です。

言ノ葉

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第二話

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 ある日俺は久しぶりに現代の世界に足を踏み入れていた。季節は冬から春になってすぐの頃。ポカポカとした天気が眠気を誘う。流石に歩きながら寝たりはしないが、ボーッとしてしまうのは仕方ない。と思いたい…。すると向かい側から歩いてきた女性とぶつかってしまった。咄嗟とっさに支えてぶつかった女性に問う。

 『っと、すいません、お怪我はありませんか?』
 『へっ、あっ、だ、大丈夫です!こちらこそすいません!少しボーッとしてしまって…!』

わたわたしながら可愛らしく慌てる女性。その様子にクスッと笑みがこぼれる。そんな俺を女性はキョトンとしながらみつめた。

 『…あぁ、失礼しました。あまりにも可愛らしく慌てていらっしゃったので、つい。』

そう言って微笑みかければ女性は顔を真っ赤にした。

 『あ、う、え、えっと、し、失礼しましたー!』

そしてそのまま走っていってしまった。

 『おや、残念。』

おどけながらも、久しぶりに人間と話したものだ、と内心ウキウキとしながら俺はまた歩き出した。

 だが、微かな違和感が俺の頬を掠めた。その違和感の方向を向くとさっきの女性が走って行った方向だった。

やがてその違和感は淡い光となり、地面にほわほわと現れ、目に見えるようになった。もちろん、俺にしか見えていない。

これは魔法使いかあやかし、妖精によるものの類だ。その光を辿るように道を進んでいくと車通りの多い、まさに都会という雰囲気の十字路についた。人が多く、光はその周辺で消えていてそれより先には見当たらなかった。

(なんだったんだ···)

辺りをキョロキョロと見回してみる。するとさっきぶつかった女性を見つけた。そして、その女性の足元がさっきの淡い光で丸く円を書くように囲われている事に気が付いた。

嫌な予感がして、人をかき分けながら急いで女性の元へ向かう。

 もう少しで手が届く、というところまで来ると女性は前へと足を進めた。肩をつかもうと伸ばしていた手は空を掴む。女性はそのまま真っ直ぐに進み、ついには車が多く走っている道路のそばまで進んでいた。

そしてそこに大型のトラックが走ってきた。すると女性は何を思ったのかトラックの前へ出るように駆け出した。周りの人は気が付いていないのか誰一人として女性を止めようとはしない。

(この人混みじゃ間に合わないっ…!)

 『クソっ!力を貸せ!《 風の精・フレア 》!』

俺は妖精を呼び出し、力を借りて宙を舞う。もちろん、姿は見えないように消してある。上から女性を横抱きにして捕まえた。抵抗されるかと思ったがもうすでに女性の意識はなかった。

(このまま放っておくわけにはいかない…。仕方ない…俺の店に連れていこう…。)

 店に着いてから女性をベッドの上へそっと寝かせる。ぶつかった時には見当たらなかった隈が目の下にうっすらと出来ていた。

(…呪いがかけられてから大分経っている…。)

こんなに長い期間続く呪いをかけるのは相当体力を消費する。もちろん魔力も。つまり、下級の魔法使いや妖、妖精には無理だ。中級であってもコレは中々厳しいだろう。

(…呪いをかけたのが悪魔なら話は別だけれど…。)

 原因を、呪いをかけた奴を推測しながらベッド近くの椅子に座り紅茶を飲んでいると女性が目を覚ました。

 『んっ…あれ?』

俺は椅子に座ったまま声をかける。

 『お目覚めですか、眠り姫?』

少し笑いながらからかうように言う。

 『へっ、あっ、さっきぶつかった人ですよね!?あの、ここ何処ですか!?私なんでここに居るんですか!?』

ガバッと効果音でも付きそうなほどの勢いで起き上がりながら問いかけてきた。

 『急に起き上がると目眩を起こしますよ。ここは私の店、「秘密の薬屋」です。と、何故ここに貴女がいるのか、でしたね。覚えてないと思いますが、先程貴女はトラックの走る道路へ飛び出そうとしていたんですよ。』

俺は冷静にそう答えていく。
すると女性はみるみる顔が青ざめ、怯えたような声で話す。

 『じゃあ、私死んじゃったんですか…?』

あまりに真剣な顔で的外れな言葉を言う女性に俺は笑いを堪え切れずに笑う。

 『あははっ、違いますよ!貴女はちゃんと生きてます。ぶつかる寸前に私が貴女を助けましたから。意識がないようでしたので勝手ながら私の店へ連れてきてしまいました。ふふっ、面白いですね、貴女。』

声を出して笑いながら説明した。女性はホッとしたようで青ざめていた顔色は元の健康的な色に戻っていった。そして俺は本題に入る。

 『急で申し訳ありませんが、最近、廃病院や、墓地、廃強会などへ行ったことはありませんか?』

急な俺の問いかけに女性は困惑しながらも答える。

 『え、いや、行ってないです…。行ったこともないです…。』

俺は続ける。

 『では、お友達やお知り合いに魔術、呪術などに興味があるという方はいませんか?』

女性は思い当たるようで瞳に影を差しながらいう。

 『あ、はい。…友達、じゃないですけど…。』
 『…失礼します。』

俺はそう言いながら女性の長袖をまくる。すると女性の腕にはアザや切り傷、火傷の跡のようなものが複数ついていた。女性はさっきよりも顔を青ざめさせ、俯いてしまった。

 『これ、先程貴女が言った、友達ではない魔術・呪術に興味のある人、にやられましたか?』

俺は服を元に戻しながら問う。女性は何も言わずに頷いた。
元々違和感はあった。
今日は長袖を着るには少し暑い。なのに女性は長袖のカーディガンをはおり、長いスカートを履いていた。

(怪我を隠すためだったのか…。)

怪我からも微量の魔力が感じられるということは怪我をさせてる人が呪いをかけてるってことで確定か。

 『今日はこれから予定などはありましたか?無ければ少し私とお話して頂きたいのですが…。』

呪いについて、かけた人について色々聞きたいことがある。その事は今は隠し女性に問う。

 『…怪我をさせてくる人から呼び出しはありますけど…行ってもどうせ怪我が増えるだけですから。予定はないことにします。』

女性は少し苦しげな笑みを浮かべながら言った。

 話をすることが決定したのはいいけど、まずするべきなのは怪我の手当だな…。…サッサと治してあげたいけど気味悪がられても困るし、聞いた方がいいかな…。あ、名前聞いてないや。まず名前聞いておかないと不便だな。

 『あの、失礼ですが、お名前と…年齢、お仕事を教えて頂いても構いませんか?』
『はい、えっと、篠原 桜 と言います。歳は二十一で、仕事は大学に行きながら、カフェでアルバイトをしてます。』

女性はサラサラと答えてくれた。

 『ありがとうございます。えっと、篠原さん。まず、怪我の手当てをさせて頂きたいんですが…二つ方法があるんです。』

一応聞いておく。

 『二つ、ですか?あ!お金がかかるとか!?今あんまり持ってないです…。』

彼女はそう言って慌てた後しょぼんとし始めた。

 『いえいえ、お金は要りませんよ。私がやりたいだけですし。二つあるというのは手当ての方法の事ですよ。一つは今一瞬で全ての傷が治る方、もう一つは1週間程で全ての傷が消える方です。どちらがいいですか?』 

俺は笑いながら問いかける。俺の質問にホッとしながらも意味がわかってないようで彼女は頭にはてなを浮かべていた。けれど、すぐに答えた。

 『えっと、じゃあ、今一瞬で治る?方でお願いします…。痛くないですか…?』
『わかりました。痛くありませんよ。痛みを伴うような事はしませんから。』

少し怯え気味な彼女を安心させるように言う。

 『少し失礼しますね。』

俺はそう言いながら横になっていた彼女を抱き上げる。

 『へっ!?え!?きゅ、急に何を!?』

顔を赤くしながら慌てる彼女。

 『ここでは治療しづらいので少し移動するだけですよ。体、力入らないでしょう?』

そう言いながら微笑みかける。彼女は納得したようで俺に身を任せ始めた。…もう少し人を疑うということをこの子は覚えた方がいい…。

(心配になる…。)

 彼女を少し大きめの一人用のソファへ座らせる。そして淡い桃色の液体の入った小瓶を渡す。

 『痛みが伴う事は絶対にありませんが体に多少の負担はかかってしまうので…。コレを飲んで少し待っていて下さい。…苦くはありませんから安心してくださいね?』

小瓶を渡された瞬間に手に取るようにわかる。彼女の

(苦くないかな…。)

という感情。彼女は本当に顔に出やすい。苦くないと伝えるとパッと表情が明るくなる。…可愛らしい。小さい子を見ているようだ…。彼女が薬を飲んでいる間に治療・・の準備をする。

 『飲み終わりましたか?では、この石を握っていて下さい。』

さっきの薬と同じ淡い桃色の丸い石を渡す。頭にハテナを浮かべながらも彼女は素直に石を両手で包むように握る。

 『さて…、目は開けていても閉じていても構いませんよ。目を開けていれば治る過程が。目を閉じていれば目を開けた時には傷が綺麗になくなった貴女の体が見られます。お好きにどうぞ?』

石を握る彼女の手を上から包み込みながら言う。彼女は照れながらも目を開けていることにしたらしい。

 『では、始めます。』

《 湧けや 泉 咲けや 花 流るる聖水 身に溶けよ 》

言葉を唱え、目をつぶる。するとどこからともなく少し冷たい穏やかな風が吹き始め、甘く爽やか香りが漂い始める。彼女の手に重ねていた自分の手に光が集まり始めた所で彼女の手の甲に一つ、口付けを落とす。

すると淡い光の帯が彼女の腕や足など傷のある部分へ巻き付いていく。驚いて体を動かしそうになる彼女の頬に手を添え、自分と目が合うように顔を向けさせ、呟く。

 《 目を、逸らしてはいけない 》

魔力を込めていえば魅入られた様に彼女は俺の目を見つめ続ける。光の帯は徐々に空気に溶けるように消えていく。完全に消えたところで俺は彼女から手を離し、目を逸らす。
そして

パチンッ

と一度指を鳴らす。すると彼女は一瞬ビクッと体を揺らし、ギギギッと音がなりそうなほどぎこちなく、立っている俺を見上げる。何が起こったかわかっていない彼女にニコリと微笑みかける。

 『な、何が起こったんでしょうか…?あ、傷は…!?ないです!綺麗サッパリ!あんなにいっぱいあったのに!』

彼女は驚きながらも自分の体を眺め感動していた。ひとしきり自分の体の確認が終わると再び俺を見つめた。

 『…魔法使いさんなんですか…?』

真剣で深刻そうな顔をしながら俺に問う。

 『えぇ、そうですよ。正真正銘、おとぎ話の魔法使いさんです。』

俺は自分の左胸の方に片手を当て、軽くお辞儀をする。すると彼女は急に立ち上がり近づいて来たかと思うと俺の手を取り、ブンブンと振り始めた。

 『わ、私!夢だったんです!本物の魔法使いさんに会うの!』

そういうとキャッキャッと俺の手を振り続ける。俺からすると彼女の行動は微笑ましい以外の何物でもないけど、このままだと話が進まない…。

 『ストーップ!』

そう言って彼女の動きを止めさせる。彼女は少し驚いたようでピタッと動きを止めた。

 『私の話はいつでもいくらでもして差し上げますから、今は篠原さん、貴女の話をしましょう。』

俺は真剣な顔で彼女に伝える。彼女は何かを察したようで俺から手を離し、さっきまで座っていたソファに座り直した。俺も椅子を取り出し、向かい合うように腰掛ける。

 『さて、まず、単刀直入に言わせて頂きますと、貴女は呪われています。』

俺から発せられた想像していなかった事実に彼女は目を見開く。

 『貴女を呪っているのは貴女に暴力を振るう方です。』

俺の言葉に彼女は少し納得しているような顔をした。

 『…どうすれば呪いは解けるんですか?』

彼女は覚悟を決めたような顔をして問いかけてきた。

 『方法は二つ。私が無理やり貴女にかけられてる呪いを解く方法。もう一つはかけている本人に呪いを解いてもらう方法。』
 『魔法使いさん…えっと、お名前は?』
 『あぁ、自己紹介がまだでしたね。ノアと申します。』
 『ありがとうございます。えっと、ノアさんが呪いを解くだけじゃダメなんですか?多分あの人は呪いを解いてはくれないと思うのですが…。』

彼女は不思議そうな顔をする。

 『私が解くのはダメなわけではありませんよ。ですが、貴女への体の負担がとても大きいのです。最低でも二日は寝込んでしまうでしょうね。なのであまりオススメはしません。』

俺の話を聞いて彼女はうーん、と悩み始めた。

 『じゃあ、かけた人に解いてもらうとどうなるんですか?』

興味本位か、単純な疑問か、わからないが彼女は俺にそう問いかけた。

 『貴女への負担は一切なく解けます。ですが…呪い返しというものをご存知ですか?』
 『呪い返し?』
 『はい。呪い返しとは呪いが失敗した際にかけた本人に呪いが返り、最後には命を落とすものです。本人が呪いを解くとコレが起こります。…自業自得だと思いますけどね。』

俺はそう言ったあと一口紅茶を飲んだ。
溜息をつき呆れる俺とは裏腹に彼女は泣きそうな顔をしていた。

 『どうしてそんな泣きそう顔をしてらっしゃるんですか?呪いをかけた方はお友達ではないのでしょう?自業自得な事だというのに、同情でもなさってるんですか?』

俺は彼女の頬に手を添え親指で目尻を撫でる。

 『…ダメですよ。どんな人でもそんな簡単に死んじゃダメなんです。それに…友達だった・・・、ので…。あの子、急に変わっちゃったんです。』

彼女は震える声でポツリと呟いた。

(変わった···?)

 『変わった、とは…?お話を聞かせていただいても構いませんか?』
 『え、はい…。えっと、あの子っていうのは倉橋 佳奈という子で。幼なじみだったんです。ちっちゃい頃からずっと一緒で、大学まで一緒でした。親友でした。

でも、大学に入ってすぐの頃、佳奈は急に黒い色の物を好んで身に付けたり、買うようになりました。別に黒い色が好きになるのは悪いことじゃないと思うのでその時は何も思わなかったんですけど、その頃から佳奈がオカルト好きになり始めて…。

私は怖いものが好きではないのであまりその話には乗らないようにしてました。そしたら佳奈が私に急に暴力を振るうようになってきて…。最初の頃は暴言とか軽く叩いてくるくらいで、私がなにかしたのかなって思ってたんですけど、1週間経ってもそれは変わらないくて、むしろエスカレートする一方で…。

最近ではカッターとかタバコの火とかを使うようになってきて…。…私、嫌われちゃったんですかね…。』

彼女の話を聞いて納得した。彼女の友達、倉橋さんは悪魔に魅入られている。

 『…篠原さん、落ち着いて聞いて下さいね。貴女の親友である倉橋さんは、悪魔に魅入られてしまっているようです。』

そう告げると彼女は立ち上がり俺の肩を掴んで揺らした。

 『ど、どうすれば!助けられますか!わ、私、何でもします!佳奈と前みたいに笑い合えるなら!なんでも…!』

(…人間の友情とは素晴らしいなぁ。)

なんて悠長な事を考えている俺の前で彼女は焦り続ける。

 『落ち着いて下さい。方法はあります。少し手荒な方法になってしまいますが。』

彼女の手を自分の肩から離しながら言う。

 『…少し準備が必要ですね。篠原さんにも少し手伝って頂きましょう。』

彼女の頭を軽く撫で、そう言うと彼女は両手を自分の体の前でグッと握った。

 『頑張ります!』

(…頑張るような事は残念ながらないかな。)

 俺は彼女を部屋に待たせ、倉庫へ行った。

(悪魔退治なんてここ数百年やってなかったからなぁ…。)

(どうせなら薬の材料にしたい。大きめの瓶あったかな。悪魔が入るくらいの…。…無いなぁ、作る…。んー、自分で作る時間はない…?仕方ない…。)

 『はぁ…おいで《 創造の民・クラーロ 》』
(お呼び?お呼び?魔法使い。)
 『お呼びだよ。悪魔が入るくらいの大きめの瓶を作って欲しいんだ。病鬼の瓶と同じやつね。』
 (任せて、任せて、魔法使い。いつまで?いつまで?魔法使い。)
 『今すぐに。』
 (!今すぐ?今すぐ!魔法使いは無茶を言う。けど心配ご無用!今すぐ作るよ魔法使い。出来たらお届け、この僕が!)
 『あぁ、急でごめんよ。キミの好きなパイと紅茶を用意して待っているよ。』

小さな妖精であるクラーロの頭を撫でるとふわりと光と共に消えていった。瓶の問題は解決。あとは…倉橋さんと悪魔の切り離し方…。倉橋さんも悪魔も殺しちゃいけないとなると少し面倒臭い。

(…気絶くらいなら許してくれるだろう。悪魔は死なない程度にボロボロにしよう。準備良し。)

(篠原さんに守護の魔法かけておかないといけないな。)

 彼女の待つ部屋に戻り持ってきたものを渡す。

 『篠原さん、コレ、着てて下さいね。』

白く、金の糸で刺繍が施された、大きめのフードが着いたケープを手渡した。

 『あと、コレ首から下げてて下さい。』

小さなランプのような物がついた首飾りを渡し、ランプの中に暖かく光る石を入れる。

 『何があってもコレを外してはいけませんよ。貴女の身を守るものです。いいですね?』

そう念を押すと彼女は首が取れるんじゃないかというほど首を縦に振った。

(お届け!お届け!魔法使い!悪魔の入る瓶をお届け!)

クラーロが鳥の姿で首から袋を下げながら現れた。

 『ありがとうクラーロ。お礼のパイと紅茶はそこの机にあるよ。自由にお食べ。』

瓶を受け取りながら机を指さすとクラーロは人型に戻り、嬉しそうに食べ始めた。篠原さんは何が起きてるのか分からずポカンとしていた。

 『大丈夫ですか?あれはただの物作りの妖精ですよ。悪魔を入れる用の瓶を作って貰ったんです。』

彼女の顔の前で手を振りながら言う。彼女は目をキラキラさせながらはしゃぐ。

 『おとぎ話みたいで素敵ですね!』

(『悪魔を入れる瓶が?』とは言わないでおこう…。)


 『さて、そろそろ倉橋さんの元へ行きましょう。』

篠原さんを抱き寄せながら言う。彼女は顔を真っ赤にし、可愛らしく慌てる。

 『へっ、えっ、ど、どうやって?』
 『目は閉じていて下さいね。口も閉じていて下さい。飛びますよ。』

慌てる彼女を気にせず詠唱を始める。

 《 飛べや 鳥 吹けや 風  その地は我と共にあり 》

 飛んだ先は彼女の記憶にあった場所。恐らく彼女が暴力を振るわれていた場所だろう。人が全く来ない、薄暗い、使われていない教室のような場所だ。目をギュッと閉じている彼女に声をかける。

 『もう目を開けても大丈夫ですよ。』

恐る恐る目を開ける彼女はとても可愛らしい。

 『え!?ここ、私が呼び出されてた場所です!どうしてここに?』
 『もちろん、倉橋さんが来るからですよ。倉橋さん本人がいなければ悪魔を引き離せませんから。』

俺は淡々と答える。その時、ザワっと嫌な気配が近付いてきた。

(…悪魔は本当に面倒臭い。)

 『桜。』

女性特有のソプラノの声がした。篠原さんの体がビクッと震える。

 『佳奈…。』

怯えた目で篠原さんは倉橋さんをみる。

 『どうしたの?その格好。まるで邪気がない。私とは正反対。…そんなに私が怖い?一人で来てって言ったのに、その人はだぁれ?』

倉橋さんはニコニコと笑いながら言う。…大分侵食されている。俺は篠原さんを庇うように背中に隠した。

 『初めまして、倉橋 佳奈さん。私ノアと申します。折り入ってご相談がありまして参りました。』

彼女と同じようにニコニコと笑いながら俺は告げる。

 『相談?いいわよ、言ってみて?』

彼女は変わらぬ笑みで言う。

 『はい。貴女の親友である彼女、篠原さんにかけた呪いを解いて頂きたいんです。』

俺はあくまで真剣に告げる。けれど彼女はキョトンとしていた。

 『呪い?呪いなんてかけてないわ。私は私を受け入れてくれないその子にちょっとお仕置きをしてるだけ。人違いじゃないの?』

(…これは、呪いをかけたのは悪魔本人か。)

 『そうでしたか。失礼いたしました。では、貴女に憑いていらっしゃるそこの悪魔さんはどうでしょうか。お心当たりは御座いませんか?』

手のひらを上にし誘うように手を伸ばす。すると倉橋さんは呻き始め苦しそうに倒れ込んだ。

 『佳奈!』

俺の後ろにいた篠原さんは倒れた倉橋さんに駆け寄る。

 『篠原さん!』

俺は彼女を抱き上げる。倉橋さんの周りには黒い稲妻のようなものが浮いていた。そして黒い稲妻は俺に向かって攻撃してきた。

 『篠原さん危ないので私の後ろで首飾りのランプを握っていて下さい。絶対に、動かないで。』

攻撃をかわしながら篠原さんを床に下ろす。篠原さんは涙目になりながらもコクコクとうなづいていた。

 黒い稲妻の方を向きながら俺は壁を作る。

 『そんなに暴れては貴方の大事な苗床が傷付いてしまいますよ?』

やがて黒い稲妻が集まり黒い塊となった。

(お前…何者だ…。)

黒い塊が俺に向かって問いかける。

 『何者でしょうね。まぁ、知らなくてもいい事ですよ。貴方は倉橋さんに取り憑いている悪魔ですね?』

黒い塊が徐々に変形し、角と尾のある中型の犬のような姿になった。

(…あぁ、その女は俺が見つけた苗床だ。闇の力を溜め込み俺の力の糧となる。)

グルルと唸りながら悪魔は言う。

 『そうですか、そうですか。では、倉橋さんから離れて下さい。目障りですよ。』

心底迷惑だ、という風に悪魔に告げた。けれど悪魔はケタケタと笑う。

(はっ、それは出来ないな。俺はこいつを気に入ってるんだ。やれるもんなら力づくで離してみろ。まぁ、人間には無理だろうけどな。)
 『まぁ、離れなくてもいいんですが。…篠原さんに呪いをかけたのは貴方ですね。』
 (あぁ、そうだ。闇の力を集めるには呪いがかかってる奴を痛ぶるのが効率がいいからな。)

俺は確信してほっと、溜息をつく。

 『なら、貴方を消せば万事解決という事ですね。』
 (はぁ?どういう意味…)

 《 目覚めの光 溢れる泉 聖なる雫をこの手に納め、現る力は聖なる魔法 》

悪魔の言葉を遮るように唱えれば鮮やかな光が現れ、俺の周りを漂う。俺は続けて唱える。

 《 集まれ光 集まれ力 力は我と共にあらん 》

すると光は俺の右手に集まり丸く光の玉のようになる。

 《 響け 音 荒ぶれ 炎 風と共に舞い踊れ 》

空いていた俺の左手に青い炎が集まる。光の玉と同じ位集まった所で両手を合わせて

 《 囲め 》

と悪魔の方へ光と炎の合わさった玉を飛ばす。玉は複数に別れ悪魔を囲むように並ぶ。

 『さて、悪魔さん。今から何をされるかおわかりですか?』

ニコニコと笑いながら悪魔へ告げる。悪魔は怯えだし、震えだした。

 (っお前…魔法使いか…。しかも上級…。何故、魔法使いが人間に関わる!魔法使いは孤独と共にある者だろう!)

 『うるさいよ。中級の弱い悪魔が。キャンキャン吠えて、本当の犬のようだね。首輪を付けて飼ってあげようか?

…魔法使いが皆、孤独を愛すると思うな。少なくとも俺は人間を愛しているし、孤独はなるべく避けたい。

…あと一つ訂正だ。俺が上級?キミの目は節穴かい?上級なんてとっくの昔に通り過ぎたよ。キミも一度は聞いたことがあるだろう。

「白銀色の神 ノア」

という名を。』

俺がそういうと悪魔は震えながら、掠れるような声で言う。

 (何故、何故、お前のような魔法使いが現世にいる…!お前は…!悪魔よりも恐ろしい悪だ!)

 『悪魔を恐ろしいと思ったことは無いよ。調子に乗らないでおくれ。あぁ、長々と話していたら疲れてしまった。もう終わりにしよう。さようなら。』

くだらない悪魔の話で嫌な事を思い出した。俺は悪魔の命乞いに聞こえない振りをした。

 《 砕け散れ 》

悪魔を囲んでいた玉は薄く広がり悪魔を包み、縮んでいった。悪魔の呻き声がするけど気にしない。俺は倒れている倉橋さんの元へ行き、倉橋さんの額に手を当てる。

 《  広がれ光 その身の穢れを取り去りて 》

倉橋さんの体に光が集まる。

 『…あれ。』

光が消えるとと倉橋さんは目を覚ました。

 『佳奈ぁぁぁ!』

篠原さんは泣きながら倉橋さんに抱きついた。わけが分かっていない倉橋さんは苦笑いをしながら篠原さんを宥めていた。

 大学の広場のような場所へ移動し、倉橋さんに、何があったのか話す。

 『本当にありがとうございました!』

事情を聞き、全てを理解した倉橋さんと、一緒に勢い良く頭を下げる篠原さんにまじないのかかった飾りを渡す。

 『いえいえ、無事で何よりですよ。倉橋さんは悪魔に気をつけてくださいね。これ、お二人に。』

 『悪魔や呪いを寄せ付けない守護の魔法のかかったものです。少なくとも一週間は必ず身に付けていて下さい。それ以降はどちらでも構いません。』

そういいながら俺は二人から少しずつ離れていく。すると篠原さんが少し大きな声で言った。

 『あの!ノアさん!また会えますか?ノアさんのおとぎ話みたいな魔法のお話聞きたいんです!』

そう言いながら笑顔を向ける彼女。

 『えぇ、いつかまた会えますよ。…貴女方が私を忘れていなければ…。』

そう告げながら姿を消す。その瞬間に彼女たちの記憶の中に俺はいなくなる。

 『あれ、なんで私たちこんな所にいるんだっけ?』
 『なんでだっけ?』

彼女たちはそう話し出す。

 『んー?なんだろこのストラップ。すごい綺麗な石ー!』

篠原さんが石を太陽に照らす。

 『お揃いで買ったんだっけ?』

倉橋さんも篠原さんと同じように太陽に照らす。

 『覚えてないけどそうかもね!綺麗だし、二人でカバンに付けとこうよ!』

篠原さんがそういい、倉橋さんもカバンに付け始める。

(…ここまで見れたらもう大丈夫かな。帰ろう。)

 店に帰るとうさぎの姿になったクラーロが待っていた。

 (おかえり、おかえり、魔法使い。僕の瓶は役に立った?)

クラーロはそう問いかける。

 『…ごめんよ、使わなかったや。今度使うよ。』

俺はクラーロの頭を撫でながら力なく言う。

 (…いいよ、いいよ、気にしないで?魔法使い。僕ら精霊は貴方を愛しているからね。いつでも助けてあげるよ魔法使い。またね、またね、魔法使い。)

そう告げるとクラーロは淡い光と共に消えていった。

 一人になり、誰もいない部屋でポツリと誰に言うでもない言い訳をつぶやく。

 『「白銀色の神 ノア」か…。…好きでなった訳じゃない…。』

 『…寒いなぁ、暖炉に火でも入れようかな。』

春で、太陽が出てて寒いはずがないのに、何故か酷く寒さを感じて暖炉に火を入れる。

 『…独りは寂しいよ…。』
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 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

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