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第2章 フェアリー学園入学編

第13話 『第1話 ピーチ・ミーツ・シンデレラ』

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「アグネス~…、あなたちゃんと着替えは鞄に入れたんでしょうね!?」
「流石にそれはちゃんと入ってるって!」
「お嬢様、日用品をお忘れです」
「あ~!うっかりしてた!ありがとうアイラさん!」
「あんたって子は…」
私を見て呆れるお母様。
フェアリー学園入学式当日の朝、私は滅茶苦茶ドタバタしていた。
全寮制のフェアリー学園に入学するとあって、今日から私は寮生活に入る。
そのため寮に持って行くための荷物をちゃんと事前に用意していたはずなんだけど…。
思ってたより私のうっかりミスが多くて、当日朝になってお母様とアイラさんと一緒に今更荷物点検を行っている。
そう言えば前世でもこの手の大量の荷物を用意するの大変だったなぁ。
週刊少年アドバンスで連載するために田舎から東京に引っ越してきた時も、担当の林田さんに荷物の事ですっごく迷惑をかけたっけ…。
一回生まれ変わった位では人間変わらないものなのだ。
「はぁ…、昔はもうちょっと手のかからない良い子だったんだけどねぇ。
いつからこんなに色々と抜けてる子に…」
苦笑いする私。
ごめんなさいお母様、それ私が猫被ってただけです…。
渋谷翼としての記憶が蘇る前の私も、プライドは無駄に高い割に実は結構抜けてる所が多かった。
その代わり、自分が何かミスをした時は必ずお母様の見えない所で使用人さん達に怒鳴り散らして無理矢理ミスをカバーして、お母様目線でミスの無い完璧な娘を演じていた…というのが真相だったりする。
前世の記憶が戻って使用人さんにパワハラしなくなった結果、その抜けてる所がそのまんまお母様の目に映るようになってしまった。
「私、もうほんとに不安になってきたわ…。
こんな子を寮になんて送ったら一体どうなってしまうのやら。
アイラ、押しつけてしまうようで悪いけれど、どうか私の分までアグネスの面倒を見てあげてね…!」
「かしこまりました、尽力いたします」
実は、フェアリー学園には各生徒に一人まで付き人として関係者の立ち入りが許可されている。
そこで、アイラさんが私とエリナのお世話係として学園に着いてきてくれる事になった。
「本当はアグネスとエリナにそれぞれ一人ずつ着けたかったんだけど、使用人達に屋敷でやって欲しい事も多くて、一人しか人員が割けないのよね…。
ごめんなさいね、アイラ」
「大丈夫です、お二人と一緒に過ごす事には慣れておりますから…!」
「あっちでもよろしくね、アイラさん!」
それにしても、アイラさんが学園に着いてくるなんて原作の『メルヘン・テール』にはあり得なかった展開だ。
そもそもアイラさんはアグネスとエリナの過去編の描写に一コマだけ映っていたようなほぼモブ同然のキャラだったし…。
多分原作のアグネスも使用人を学園に連れてきていたんだろうけど、それはアイラさんじゃなかったんだろうし、原作のアグネスが中盤から敵組織に加入したタイミングで学園内で大量虐殺を行っていたから、使用人さんはそれに巻き込まれて死んでしまった可能性が高い。
つくづく、原作通りの展開にならなくて良かったと痛感する。
「さて、そろそろ学園へ向かう馬車が到着する時間ですね。
お嬢様、”今度こそ”、準備は済みましたね???」
「は、はい…!今度こそ本当に大丈夫です…!
…あれ、そう言えばエリナは?」
「あっ…、お待たせしました。
僕はもう準備は出来てます」
ちょうどそのタイミングで玄関に降りてくるエリナ。
一緒に、お父様もエリナの後を着いて来る。
どうやら寮生活でしばらく別離する前に血の繋がった実の親子二人でゆっくり団欒の時間を過ごしていたようだ。
「ついこの間エリナとわかり合えたと思ったら、メルヘンに覚醒して、精神的に成長して、髪も短くなって、ついにはフェアリー学園に入学かぁ…。
子供の成長は早いものだなぁ、お母さんも天国から喜んでくれてるさ…グスッ…」
涙目になって感慨深く語るお父様。
でも、私の目から見てもエリナは本当に立派になった。
誘拐事件の後、ベリーショートになったエリナは、学園入学までの半年間毎日の様に自身の能力をより使いこなすための鍛錬を積んでいた。
もちろん私も少しでも能力を使えるようになるためにエリナと一緒に技術向上に励んでいたけれど、エリナの鍛錬への向き合い方は私とは比較にならない位ストイックだった。
その甲斐もあって、エリナの『硝子の加速』はあの誘拐事件の時とは比べ物にならない位使いこなせるようになっていた。
…対する私はと言うと、あれだけ練習したのに未だに灰の任意着火が出来ていない。
原作のアグネスは何であんなに簡単に『灰被らせの悪女』を使いこなせてたの!?
確かに原作のアグネスはプライド高くて全ての人を下に見て殺人も楽しむ最低最悪のゴミカスだったけど、メルヘン能力の扱いという点だけは天才だったのかもしれない…。
私も渋谷翼としての記憶があるだけでベースはあくまで同じアグネスのはずなんだけどなぁ……。
それはさておき、あれから半年の鍛錬もあってエリナの雰囲気はとても逞しく、気品のあるオーラを放つようになっていた。
本当に、私がエリナに見せた漫画で描いた”王子様”にそっくりだ。
…このままじゃダメだ。
私も『本編が始まって本格的に敵と戦う事になる』前に、ちゃんとメルヘンを使えるようになって、エリナと一緒に戦えるようにならなくちゃ!
そう決意し、私はギュッと握り拳を作った。

そして、いよいよ馬車の出発の時間となり、私とエリナ、そしてアイラさんは荷物と共に馬車に乗り込んだ。
「二人とも、学園でも元気でな!
何か嫌な事があったらすぐに僕達に連絡するんだぞ!」
お父様は笑顔で私達の門出を祝ってくれる。
「しばらく会えなくなるけれど、私達はいつでもあなた達二人の親だからね!
アイラ、二人をよろしく頼むわ!
エリナ、あなたならきっと立派なメルヘン使いになれるわ、頑張ってね!
…そしてアグネス、本当に学園で変な事をしないでね!?
この間の事件みたいにまたあなたが危険を承知で何かやらかしたら私もうどうしたら良いのか…」
反対に、お母様はいつも通り三人それぞれに向けたお母様らしいメッセージで送り出してくれた。
「あはははは…、気を付けまぁす……」
口ではそう言うものの、ぶっちゃけここからは『メルヘン・テール』本編の物語が始まるのであの時以上に無茶をしなくちゃいけない場面が目白押しだった。
ごめんなさい、お母様…!
極力気を付けます…!!!
「…とにかく!
三人とも、元気でね……!!!」
お母様の目にほろりと一筋の涙。
私も感化されて、目が少しうるうるしてきた。
「うん…!
……行って来ます!!!」
「行って来ます、お母様、お父さん!」
「行って参ります、お二方」
三人とも挨拶を済ませると、馬車の扉は閉まり、運転手さんの手綱を引っ張る音と共についに動き出す。
お母様もお父様も、馬車の窓から見えなくなるまでずっと私達に向かって手を振ってくれていた。
私とエリナもそれに応えて、二人が見えなくなるまで手を振り続けるのだった。


そして、数時間馬車に揺られた後……。
ついに馬の脚が止まり、馬車が動かなくなる。
荷物を持って馬車から降りる私達。
目の前に広がっていたのは……。
「…すごい、本当にフェアリー学園だ!!!!!!」
私が何度も漫画の中に描いた、フェアリー学園の校舎だった!
ヤバい、メルヘン・テール連載中に何百回とも描いた校舎が本物の建造物として、私達の目の前に佇んでいる。
流石にこれは感動もひとしおだ。
言うなれば、大ヒットした漫画のテーマパークが作られて作中の建造物を細部まで再現した建物が目の前に広がっているような、あの感動である。
しかも、私の場合は再現したんじゃなくて本物の建造物だ。
漫画家の端くれとしてこれ程までに嬉しい事は無い。
しかし、あまりにもリアルに細部まで再現されていると、今度は自分のデザインに対してちょっと気になる所が出て来る。
「…けど、いざ本物の建造物として見るとこの校舎、結構歪な形してるかも……。
なんか、もうちょっと現実的なデザインの建物にした方が良かったかな。
このデザインだと物理法則的に重心を上手く支えられないのでは...いやでもしかし……」
「あ、アグネス様…?
一体何のお話を……」
校舎を見ながらブツブツと呟いている私の姿を不思議がるエリナ。
おっと、ついつい自分だけの世界に入り込んでしまった。
今更建物のデザインなんか変えられないのだ、受け入れるしかない。
「あっ、ううん!?
何でも無いの!
さっ、早速私達が入る予定の寮に荷物を運びましょ!!!」
各々の荷物を持って、私達三人は女子寮に向かった。
学園の敷地内には、既に私達と同じ新入生が多数溢れかえっている。
よく見ると、私が作中に描いたモブキャラクターの顔をした生徒も多い。
流石にまだメインキャラクターは見かけなかった。
女子寮に辿り着くと、早速私達の部屋を探す。
「お嬢様は204号室、エリナ様は205号室ですね。
申請した通り、隣同士の部屋になっているようです」
部屋割りが書かれた紙を見てアイラさんは言う。
確か、原作のメルヘン・テールではアグネスとエリナの部屋はかなり離れていた。
これはアグネスがエリナを近くに置きたくないがために学園側にエリナの部屋を遠くにしろと要望したためこうなっていたのだけれど、この世界では反対に私達二人の要望が通って隣同士の部屋になった。
「あれっ、そう言えばアイラさんはどこの部屋になるんだっけ?」
ふと疑問に思い私は質問する。
「わたくしはお二人の部屋の前にある使用人用のお部屋に割り当てられております」
「それならアグネス様が寝坊してもすぐに叩き起こしてくれますね!」
エリナは満面の笑みで言った。
「ひ、ひどいな~!
流石に寮に入ったんだしこれからはちゃんと早起きするわよ~、多分……」
「多分じゃ困ります、ちゃんとわたくし抜きで置きてください」
「はい…頑張ります…」
私だって寝坊したくて寝坊しているわけではない。
この世界には目覚まし時計という便利な発明が無いから、決めた時間に自分一人で起きられないのだ。
だって無理でしょ!
現代人感覚では目覚まし時計無しで起きるなんて!!!
どうやったら誰にも起こされず自分一人で朝7時30分きっかりに目を覚ませるのよ!!!
とは言え、これからはアイラさんに迷惑をかけないように極力時間通りに起きられるように頑張ろう…。
やがて、私達三人の部屋がある辺りに辿り着いたので、ひとまず三人それぞれ各々の部屋の中を確認してみる事になった。
私の割り当てられた204号室を扉を開けてみると、とても綺麗な部屋で、勉強用の机とふかふかのベッド、クローゼット等生活に必要な物は全て備え付けられている。
部屋の広さも実家の自室と同じ位なので、あまり違和感を感じずに生活出来そうだ。
すると、扉を開けてアイラさんが入ってきた。
「お嬢様、間もなく入学式の式典が始まる時刻です。
荷物の片付けはエリナ様のお部屋と一緒にわたくしがやっておきますので、お二人は講堂へ行って下さい」
そっか、今日はいきなり入学式なんだっけ。
荷物の運び入れやセッティングはアイラさんにお任せして、私とエリナは早速講堂へ向かった。

エリナと談笑しながら学園の敷地内を進んでいると、ふと入学式の前に何か大切なイベントがあった事を思い出す。
…そうだ、第1話冒頭!!!
『メルヘン・テール』の第1話『ピーチ・ミーツ・シンデレラ』の冒頭、巻頭カラーページの後の最初のモノクロページでは、入学式の式典に向かうために一人で歩いていたエリナ(原作のアグネスは当然エリナを置いて先に講堂に行っている)が石につまずいて転びそうになった所を、主人公のトオルが支えて転倒を防ぐシーンから始まるのだ。
言わば、これが主人公とヒロインのファーストコンタクトとなる重要なシーン!
トオルは故郷で皆から恐れられた自分の能力の事で自己嫌悪に陥っている時期のため、エリナを助けた後自信なさげに『柄でもない事しちゃったな…』なんて言いながらそそくさと立ち去っていくのだ。
…という事は、もしかしてこの近くに主人公のトオルがいるのでは!?
私はキョロキョロと周りを見渡してみる。
すると…、
いた!見つけた!!!
私達の後ろ、5メートル程離れた辺りに、周りの様子を伺いながら肩をすくめて歩いている我らが主人公『トオル・ナガレ』が!!!
少年漫画の主人公らしくチクチクと尖った黒い髪、桃色の瞳はどこかかわいらしさを秘めながらも、キリッとすれば様になる事間違いなしの美少年だ。
うわあぁぁぁっ、エリナに続き二人目のメインキャラクターそれも主人公が生きて私の目の前にいる!!!
嬉しすぎ!!!
いや~、流石に主人公ともなると間違いなく『メルヘン・テール』の執筆中に一番描く機会が多かったもんね…。
そんなトオルが本物の人間として私のすぐそばにいるのだ。
作者として感慨深くて泣きそう。
という事は…、もうすぐ起こるのか!?
私の隣にいるエリナが転んで、それをそっと助けるトオルの全ての始まりのシーンが!
ドキドキしてきちゃった…。
エリナは原作のメルヘン・テールと随分違うキャラクターになったけれども、それでもやっぱり私はトオルとエリナに結ばれて欲しいし、その二人の関係の全ての始まりになるこの超重要シーン…見逃すわけには行かない。
さぁ…、いつ来る!?
いつ転んじゃうの、エリナ!?
すると…。
「あっ…!?」
来た!!!
石につまずいて思わず驚く声!!!
すかさず私の隣で転びそうになっているエリナを後ろのトオルが支えにk…。

「あれっ???」
私が左を見ると、何故かエリナがいない。
慌てて後ろを見ると…。
「大丈夫ですか!?危なかったですね…!」
「あっ…、ありがとう。
わざわざ助けてくれて…!」
あれェ..~っ!?!?!?
どうやらさっき石につまずいて思わず声を上げたのはトオルの方で、その声にいち早く気が付いたエリナが咄嗟に後ろにいるトオルを支えて助けてあげたようだった。
バランスを崩したトオルの背中を支えるエリナの姿は、正に王子様さながらのかっこよさであった。
…って、原作の二人と関係性が逆転しとる!!!!!!
…まぁそれもそうか~。
今の王子様みたいに自分を誇れるようになったエリナと、この時点では自分に全然自信が無くて気に病んでいるトオルの組み合わせだと、自動的にこういう立ち位置に納まるかぁ。
でも、これはこれでアリ!!!
私は思わずサムズアップする。
「気にしないで下さい、困った時はお互い様ですよ!
それじゃ、僕はこれで!」
そう言って、エリナは小走りで私の隣に戻ってきた。
「ごめんなさいアグネス様、つい反射的に体が動いてしまって」
「ううん、すっごくかっこよかったわよ!
さっきのエリナ、まるで王子様みたいだったわ!!!」
「ほ、本当ですか!?
僕が…王子様…!
ふふふっ…、嬉しいです!!!」
顔を赤らめて嬉しそうに口角を上げるエリナに私も頬が緩む。
…思っていた形では無かったけれど、とりあえずトオルとエリナの顔合わせ『ピーチ・ミーツ・シンデレラ』、達成!!!
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