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プロローグ
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竜。
強大な力と深い叡智を有する、長命で神秘的な生物。空の支配者。財宝の守り手。
その圧倒的な存在感と威圧感、能力に比して、性根は穏やかで好奇心が旺盛な生き物である。
故に、人間の冒険者の供として旅をすることもあれば、人間の研究者に知恵を貸して共に高みに上ろうとすることもある。
勿論悪を成す者もいるわけで、そういう輩は得てして勇者や冒険者によって退治されるのであるが……これは人間でも同じことだ。
そんな世界に広がる、アッシュナー大陸の北方に位置するバーリ公国の中央部、高く聳え立つスヴェドボリ山。
その中腹に広く掘られた洞窟の中にて。
「う~~~ん……」
淀みの無いアッシュナー共通語で呻き声を上げながら、ごろりと洞窟の地面に転がる一頭の雄の竜がいた。
くすんだ草色の鱗はところどころが欠け、翼の皮膜には裂けも見える。かなりの年月を重ねてきたことは想像に難くない。
それでいながら角が未だに立派であるのは、彼が争いとは無縁に生きてきたからなのだろう。
「ぬ~~~ん……」
うつ伏せになった老竜がさらにごろりと身体を反転させた。自身の巨体で翼が下敷きになり、折りたたまれている。
そんなことなど意識の内には無いと言わんばかりに、彼の表情は苦悶に満ちていた。
寝ているわけでも、悪夢に魘されているわけでもない。両目はしっかと開いている。
そんな彼の周りには、数多の石板が散らばっていた。何単語分か、あるいは何節分か、竜語で使われる爪文字が刻まれている。
石板に書かれた文章のように取っ散らかった洞窟の中で、老竜は翼を完全に身体の下に敷き、長い尻尾を後脚の間から出す形で、仰向けになりながら力なく言葉を吐いた。
「ダメじゃー……まっっったく筆が進まん」
そう、誰に言うでもなく一人、いや一頭零す、この老竜の名はオーケビョルン。
齢八百と三十八。性別雄。妻には先立たれ、子供たちは独立して、以来三百年余をこのスヴェドボリ山で一頭だけで過ごしてきた。
職業、文筆家。趣味、詩や物語を書くことと、鳥と戯れること。
根っからの文系で引きこもり気質な竜。それが彼だ。
麓の村では「山の守り神」だの「賢竜」だのと呼ばれているが、別に特別何か、人々を守る動きをしてきたわけでもない。ただ石板に作品を書いては麓に住む人間の友人の元に持って行っただけである。
石板に記された著作は友人の手で大陸文字に翻訳され、紙に記されて広く出版されている。なので書籍を刊行する際に使っている「オーケビョルン・ド・スヴェドボリ」の名は、人々の間ではまぁまぁ知られていると、いつだかに知人が話していたことを思い出す。
最初から大陸文字で書けば翻訳の手間も省けるのだが、残念なことに彼はアッシュナー共通語を流暢に話せても大陸文字を書けない。曲線の多い大陸文字はどうしても、竜の爪では書きにくいのだ。
そんな文章を書くことを生業として長い彼が。
見事なまでにスランプに陥って洞窟の地面に転がっているのだ。
「うむ、気分転換せねばならん。マルクスのところにでも行ってみるか」
再びごろりとその巨体を転がし、起き上がったオーケビョルンは洞窟の外へと足を向けた。引きこもりな彼でも、流石に現状を打開するには外出するしかないと思ったらしい。
ばさり、と皮膜が裂けかけた翼を羽搏かせて、彼は大きい身体を曇天へと躍らせていった。
強大な力と深い叡智を有する、長命で神秘的な生物。空の支配者。財宝の守り手。
その圧倒的な存在感と威圧感、能力に比して、性根は穏やかで好奇心が旺盛な生き物である。
故に、人間の冒険者の供として旅をすることもあれば、人間の研究者に知恵を貸して共に高みに上ろうとすることもある。
勿論悪を成す者もいるわけで、そういう輩は得てして勇者や冒険者によって退治されるのであるが……これは人間でも同じことだ。
そんな世界に広がる、アッシュナー大陸の北方に位置するバーリ公国の中央部、高く聳え立つスヴェドボリ山。
その中腹に広く掘られた洞窟の中にて。
「う~~~ん……」
淀みの無いアッシュナー共通語で呻き声を上げながら、ごろりと洞窟の地面に転がる一頭の雄の竜がいた。
くすんだ草色の鱗はところどころが欠け、翼の皮膜には裂けも見える。かなりの年月を重ねてきたことは想像に難くない。
それでいながら角が未だに立派であるのは、彼が争いとは無縁に生きてきたからなのだろう。
「ぬ~~~ん……」
うつ伏せになった老竜がさらにごろりと身体を反転させた。自身の巨体で翼が下敷きになり、折りたたまれている。
そんなことなど意識の内には無いと言わんばかりに、彼の表情は苦悶に満ちていた。
寝ているわけでも、悪夢に魘されているわけでもない。両目はしっかと開いている。
そんな彼の周りには、数多の石板が散らばっていた。何単語分か、あるいは何節分か、竜語で使われる爪文字が刻まれている。
石板に書かれた文章のように取っ散らかった洞窟の中で、老竜は翼を完全に身体の下に敷き、長い尻尾を後脚の間から出す形で、仰向けになりながら力なく言葉を吐いた。
「ダメじゃー……まっっったく筆が進まん」
そう、誰に言うでもなく一人、いや一頭零す、この老竜の名はオーケビョルン。
齢八百と三十八。性別雄。妻には先立たれ、子供たちは独立して、以来三百年余をこのスヴェドボリ山で一頭だけで過ごしてきた。
職業、文筆家。趣味、詩や物語を書くことと、鳥と戯れること。
根っからの文系で引きこもり気質な竜。それが彼だ。
麓の村では「山の守り神」だの「賢竜」だのと呼ばれているが、別に特別何か、人々を守る動きをしてきたわけでもない。ただ石板に作品を書いては麓に住む人間の友人の元に持って行っただけである。
石板に記された著作は友人の手で大陸文字に翻訳され、紙に記されて広く出版されている。なので書籍を刊行する際に使っている「オーケビョルン・ド・スヴェドボリ」の名は、人々の間ではまぁまぁ知られていると、いつだかに知人が話していたことを思い出す。
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「うむ、気分転換せねばならん。マルクスのところにでも行ってみるか」
再びごろりとその巨体を転がし、起き上がったオーケビョルンは洞窟の外へと足を向けた。引きこもりな彼でも、流石に現状を打開するには外出するしかないと思ったらしい。
ばさり、と皮膜が裂けかけた翼を羽搏かせて、彼は大きい身体を曇天へと躍らせていった。
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