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第3章 温泉を引こう
第18話 貸切風呂なう
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「マコト殿、これでいいと思います?」
「うーん……いや……」
初入浴の翌日、大浴場のロッカー搬入が始まりつつある中、俺はクレマンさんに朝から呼び出されていた。
呼び出された場所は大浴場の手前、貸し切りで運営する小さな蒸し風呂だ。2畳ほどの脱衣場と、4畳ほどの蒸し風呂が、それぞれ二組ずつ作られている。
温泉と水道の配管は既に完了し、温泉を加熱するための水盤も既に設置してある。座るためのベンチも作り付けで既に設置済みだ。床材も綺麗に張られている。
だが、このままではだめだ。
しゃがみ込んだ俺が、その木製の床をそっと撫でる。
「レイヨン杉材ですよね、これ」
「そうですなぁ。ベンチも同じ木材ですから、こちらも変えないとなりませんぞ」
俺達が問題視しているのは、床とベンチの材質だった。
確かに、俺は作業員に「木製で」とオーダーはした。
しかし蒸し風呂は確実に湿気がこもる。熱に強いだけでなく、湿気にも強い材質の木でないと腐るし、湿気を含んだ木が乾燥する時に割れたら怪我の原因にもなる。
この旅館の建材の多くは杉、ヴェノ領内の特産品であるレイヨン杉だが、杉材は乾燥が早く腐りにくい反面割れやすい。耐水性、耐湿性が高いわけでもないため、風呂場に使うには不向きだ。
オーダーする時に「湿気に強い木材を使ってください」と伝達したのは間違いないのだが、割れやすさについてまで気が回らなかった。俺の発注ミスだ。
「ベニノキ材の用意はありましたよね?」
「ございますな。しかし蒸し風呂全体に使えるほどあったかと言われますと……」
「……あー、そうか」
レイヨン杉材の他に、大陸東方のシュマル王国からはるばる取り寄せたベニノキ材があるにはある。
ベニノキは地球で言うヒノキのように、材の中に油分を多く含んだ、耐水性・耐湿性に優れた木材だ。シュマル王国北方、チェレット産のベニノキは香りも強く、高級木材として大陸全土にその名を轟かせている。
しかしそのブランド力に加えて輸送費用もかかることから値段が高く、流通量も多くないため、あまり大量には取り寄せられなかったのだ。
作り付けのベンチを二部屋分、あとは壁面、もしくは床面。それでギリギリというところだろうか。追加で取り寄せるにしても時間がかかる。ぶっちゃけかかる費用についてはまだまだ予算に余裕があるため、心配する必要はないのだが。
クレマンが太い尻尾をへにょりと床に這わせながら眉尻を下げた。
「……どうしましょうか?」
「床か壁を石製にして、妥協するしか、ないですかね……天井はもう石製にしましょう、仕方がない」
俺は綺麗に張られた木製の天井を見上げながら、力なく肩を落とした。
折角こんなに綺麗に仕上げてくれた作業員の努力をふいにするのは申し訳が無いが、宿泊客に使ってもらった時のことを考えると放置はできない。
すぐさまイーナと作業員に集まってもらうと、俺は貸し切り用風呂の現状と、再施工を平身低頭しながらお願いした。
「仕方がないですね……それにしても、なんでここに来るまでに気付かなかったんですか?」
「申し開きもございません……大浴場のことばかり考えてたもので……」
イーナがため息をつきながら俺を見下ろすその視線に圧されるように、俺は地面に擦り付けた額を更にめり込ませた。
頭を下げてから5日後。突貫工事と作業員の奮闘もあって、張替え作業は存外早くに終わらせることが出来た。
床と壁の下半分はベニノキ材を貼り付け、天井と壁の上半分に錆花崗岩の薄板を貼り付けた。石材の色合いと木材の色合いをなるべく近づけようとした結果だ。この試みは、思いの外うまい具合にマッチしてくれた。
ベンチもベニノキ材で作り直し、余った材で温泉を加熱する水盤と配管周りの装飾も行ったが、ここの加工で少し時間を使ってしまった。下半分を木材にする形にしてよかったと、この時は心底思った。
俺は出来上がった蒸し風呂の中に入ってベンチに腰掛け、足をぶらぶらさせながら天井のつやつやした石材を見上げていた。
「こうしてちゃんと形になると、やっぱりホッとしますね」
俺の何とも緊迫感のない発言に、俺と向かい合わせになる形で立ったイーナが、眼鏡をクイっと指で押し上げる。
「それは結構ですがオオゼキさん、次からはもっと早くに気付いていただけると金銭面からも非常に助かります」
「はい……すみません」
俺は申し訳なさを顔全体で表現しながら、そっと後頭部に手を回す。そんな俺を見つめるイーナの口元が、僅かに緩んだ。
「ともあれ、これで温泉の方は出来上がった形になりますね。いよいよプロジェクトも大詰めです。
オオゼキさん、最後まで努々、油断なさることのないよう、お願いいたします」
イーナの引き締めるような言葉に、俺は表情を引き締めこくりと頷いた。
客室の工事は温泉と並行して進んでおり、もう枠組みは出来上がっていた。食事スペースや厨房、ラウンジの工事の方も、この2ヶ月ほどの間に着々と進んでいる。
残りはそこで提供するメニューや、部屋の内装部分の問題だ。
どんどんと形になっていく温泉旅館に、俺の期待は否応なしに高まっていく。プロジェクトの完遂も見えてきた。もうひと頑張りだ。
「うーん……いや……」
初入浴の翌日、大浴場のロッカー搬入が始まりつつある中、俺はクレマンさんに朝から呼び出されていた。
呼び出された場所は大浴場の手前、貸し切りで運営する小さな蒸し風呂だ。2畳ほどの脱衣場と、4畳ほどの蒸し風呂が、それぞれ二組ずつ作られている。
温泉と水道の配管は既に完了し、温泉を加熱するための水盤も既に設置してある。座るためのベンチも作り付けで既に設置済みだ。床材も綺麗に張られている。
だが、このままではだめだ。
しゃがみ込んだ俺が、その木製の床をそっと撫でる。
「レイヨン杉材ですよね、これ」
「そうですなぁ。ベンチも同じ木材ですから、こちらも変えないとなりませんぞ」
俺達が問題視しているのは、床とベンチの材質だった。
確かに、俺は作業員に「木製で」とオーダーはした。
しかし蒸し風呂は確実に湿気がこもる。熱に強いだけでなく、湿気にも強い材質の木でないと腐るし、湿気を含んだ木が乾燥する時に割れたら怪我の原因にもなる。
この旅館の建材の多くは杉、ヴェノ領内の特産品であるレイヨン杉だが、杉材は乾燥が早く腐りにくい反面割れやすい。耐水性、耐湿性が高いわけでもないため、風呂場に使うには不向きだ。
オーダーする時に「湿気に強い木材を使ってください」と伝達したのは間違いないのだが、割れやすさについてまで気が回らなかった。俺の発注ミスだ。
「ベニノキ材の用意はありましたよね?」
「ございますな。しかし蒸し風呂全体に使えるほどあったかと言われますと……」
「……あー、そうか」
レイヨン杉材の他に、大陸東方のシュマル王国からはるばる取り寄せたベニノキ材があるにはある。
ベニノキは地球で言うヒノキのように、材の中に油分を多く含んだ、耐水性・耐湿性に優れた木材だ。シュマル王国北方、チェレット産のベニノキは香りも強く、高級木材として大陸全土にその名を轟かせている。
しかしそのブランド力に加えて輸送費用もかかることから値段が高く、流通量も多くないため、あまり大量には取り寄せられなかったのだ。
作り付けのベンチを二部屋分、あとは壁面、もしくは床面。それでギリギリというところだろうか。追加で取り寄せるにしても時間がかかる。ぶっちゃけかかる費用についてはまだまだ予算に余裕があるため、心配する必要はないのだが。
クレマンが太い尻尾をへにょりと床に這わせながら眉尻を下げた。
「……どうしましょうか?」
「床か壁を石製にして、妥協するしか、ないですかね……天井はもう石製にしましょう、仕方がない」
俺は綺麗に張られた木製の天井を見上げながら、力なく肩を落とした。
折角こんなに綺麗に仕上げてくれた作業員の努力をふいにするのは申し訳が無いが、宿泊客に使ってもらった時のことを考えると放置はできない。
すぐさまイーナと作業員に集まってもらうと、俺は貸し切り用風呂の現状と、再施工を平身低頭しながらお願いした。
「仕方がないですね……それにしても、なんでここに来るまでに気付かなかったんですか?」
「申し開きもございません……大浴場のことばかり考えてたもので……」
イーナがため息をつきながら俺を見下ろすその視線に圧されるように、俺は地面に擦り付けた額を更にめり込ませた。
頭を下げてから5日後。突貫工事と作業員の奮闘もあって、張替え作業は存外早くに終わらせることが出来た。
床と壁の下半分はベニノキ材を貼り付け、天井と壁の上半分に錆花崗岩の薄板を貼り付けた。石材の色合いと木材の色合いをなるべく近づけようとした結果だ。この試みは、思いの外うまい具合にマッチしてくれた。
ベンチもベニノキ材で作り直し、余った材で温泉を加熱する水盤と配管周りの装飾も行ったが、ここの加工で少し時間を使ってしまった。下半分を木材にする形にしてよかったと、この時は心底思った。
俺は出来上がった蒸し風呂の中に入ってベンチに腰掛け、足をぶらぶらさせながら天井のつやつやした石材を見上げていた。
「こうしてちゃんと形になると、やっぱりホッとしますね」
俺の何とも緊迫感のない発言に、俺と向かい合わせになる形で立ったイーナが、眼鏡をクイっと指で押し上げる。
「それは結構ですがオオゼキさん、次からはもっと早くに気付いていただけると金銭面からも非常に助かります」
「はい……すみません」
俺は申し訳なさを顔全体で表現しながら、そっと後頭部に手を回す。そんな俺を見つめるイーナの口元が、僅かに緩んだ。
「ともあれ、これで温泉の方は出来上がった形になりますね。いよいよプロジェクトも大詰めです。
オオゼキさん、最後まで努々、油断なさることのないよう、お願いいたします」
イーナの引き締めるような言葉に、俺は表情を引き締めこくりと頷いた。
客室の工事は温泉と並行して進んでおり、もう枠組みは出来上がっていた。食事スペースや厨房、ラウンジの工事の方も、この2ヶ月ほどの間に着々と進んでいる。
残りはそこで提供するメニューや、部屋の内装部分の問題だ。
どんどんと形になっていく温泉旅館に、俺の期待は否応なしに高まっていく。プロジェクトの完遂も見えてきた。もうひと頑張りだ。
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