真夜中に愛猫とキスを

八百十三

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第2章 低次元存在との交錯

第13話 手遅れの者

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 その後、すぐに四十物さんがシステム開発部のフロアにやってきて、松河原と二言三言言葉を交わしていく。
 そのまま彼女に見守られつつ、周囲の目を窺いながら何やら自席で作業した松河原を、静々と会議室へと連れて行った。俺と六反田も、頃合いを見てこっそり会議室の方へ向かう。
 小会議室の前に行くと、ちょうど四十物さんが会議室の扉を開けて廊下に出てきたところだった。すぐさまに六反田が時間軸をずらす。

「……ふう」
「四十物ちゃん、どうだった」

 ため息をつく四十物さんに六反田が声をかけると、彼女は力なく頭を振った。その表情はなんとも、落胆の色が濃い。

「私から見ても望み薄、と言わざるを得ません」
「そんな……」

 彼女が発した言葉に俺は愕然とする。確かに先程見た感じ、松河原はすっかり異次元存在になってしまって、人間として生きる道を閉ざされてしまっているように思えた。四十物さんから見てもそういう状況なのでは、いよいよ人間としては生きられないんだろう。
 四十物さんが眉尻をわずかに下げながら、俺に状況を告げる。

「下唐湊さんの見立て通り、完全に四次元存在と化してしまっています。しかも元となった四次元存在が肉体から分離しています。このままでは遅かれ早かれ、命を落とすことになっていたでしょう」

 曰く、異次元存在に蝕まれた人間にはいくつかの段階があるらしい。俺とわらびの関係のように正常に契約が結ばれておらず、かつ人間と異次元存在が分離している状態で、人間が異次元存在と同じ姿をしている場合、その人間は完全に異次元存在になってしまっているのだそうだ。
 普通の人間や、真実視の能力を持たない存在から見た場合は普通の人間のように見えるのだが、中身は完全に別次元の存在。三次元に留まるために人間の枠にはめこまれているが、そう長くないうちに三次元からはじき出されてしまうらしい。
 六反田が腕を組みながら長い息を吐く。

「危ないところだったな。そうなればもっと騒ぎが大きくなっていたはずだ」
「下唐湊さんがくださって助かりました。今ならまだ、対応も穏便にいけます」

 六反田の発言に四十物さんもうなずいた。二人の表情は、ずいぶん落ち着いているように見える。松河原の切迫した状況とは相反している。

「お……穏便に、って」

 戸惑いながら俺が口を開くと、四十物さんが右手を持ち上げながら説明を始めた。右手を象った触手がうぞうぞとうごめく。

「完全に異次元の存在と化してしまった人間は、私の触手を以てしても『切除』が出来ません。『』存在しうる次元に還さねばなりません」

 四十物さんの話に、俺は目を見開いた。
 やはり、このまま松河原が四次元世界に行くのは避けられないのか。とはいえアビス株式会社のブラック具合、退職するのと変わらないと言えば、まあそこまで変わらないだろう。六反田もひらりと手を動かしながら言う。

「表向きは失踪、という形で扱われる。でも、ま、自分で家族だのに連絡は取れるし、退職手続きは取れるから社会的にはいいだろ」
「ううん……確かに、自殺とかされるよりは、いいと思うけれど」

 彼の言葉に眉根を寄せながら、俺は返事を返した。
 実際、三次元から元の次元に、異次元存在と化した人間がはじき出される際、三次元に残された人間は抜け殻のようになり、そのまま自殺してしまうんだそうだ。その中に魂がないことなどお構いなし、自殺として扱われるから騒ぎにもなるし、遺族は悲しむ。
 その分、失踪と扱われた場合は他人に迷惑をかけることもないし、連絡が取れるなら家族や親類が悲しむこともない。落とし所としてはだいぶいいんだろう。
 何とも言えず肩を落とす俺の肩を、六反田がぽんと叩いた。

「そう。だから気にすんなトソちゃん、トソちゃんが救ったことに間違いはない」

 そう言いつつ、六反田が小会議室の中に目を向けた。そこでは松河原と、松河原に寄り添う狐獣人が、揃ってうつむきながら肩を震わせている。
 四十物さんが小会議室の扉の隣に立ちながらこちらに顔を向けて言う。

「お話されますか」
「だな。俺が出ていった方が具合がいいだろ」

 すぐに六反田がうなずく。どうやら中にいる狐獣人に思うところがあるらしい。
 うなずいて、四十物さんが小会議室の扉を叩いた。扉が開かれると同時に松河原が顔を上げる。そして中の二人が反応するより先に、中に踏み入った六反田がひらりと手を上げて言った。

「よう、フリーデリーケ」
「えっ」

 彼が呼びかけたのは松河原の隣りにいる狐獣人の方だ。胸元に膨らみが見える。女性だったのか。
 フリーデリーケと呼ばれた狐獣人が、信じられないものを見るような目で六反田を見上げる。震えながら、彼女は床に両手をついた。

「ふ……フレーデガル、様?」
「俺がすぐそばで仕事してたってのに、気付かなかったかよ。フライフォーゲルの血が泣くぞ」

 土下座するような姿勢になったフリーデリーケを、六反田が呆れ顔で見下ろす。どうやら互いに顔見知り、というか六反田ことフレーデガルのことを、彼女はよく知っているらしい。
 小会議室に入ったはいいものの、話についていけない俺が困惑混じりに言った。

「ふ、フライフォーゲル、って」
「フリーデリーケ・フリューリングはフライフォーゲル家の分家出身とのことです。当然、六反田さんとも血縁関係にあります」

 先んじて松河原と話をしていた四十物さんが、淡々と俺に説明を行う。なるほど、本家の人間と分家の人間、当然六反田のほうが立場的に上になる。土下座するのも当然なのだろう。
 信じられないといった様子で目を見開いている松河原に歩み寄りながら、六反田が目を細めつつ言った。

「松河原……いや、もうお前はマテーウス・フリューリングになっちまうのかな」
「う……」

 マテーウス、と名前を呼ばれた松河原が、言葉に詰まって再びうつむく。四次元存在となってしまった以上、もう松河原裕大とは名乗れない。どうして四次元存在としての名前を分かるのか、と思わなくもないが、血縁者であるなら分かることもあるのだろう、きっと。
 すると、六反田が両腕を大きく広げた。そのままの姿勢で高らかに告げる。

「このフレーデガル・フュルヒテゴット・フライフォーゲルが、新しい家族を歓迎しよう。お前は三次元という枷から解き放たれ、真の自由と永遠の安息を得るんだ」

 六反田の、四次元存在としての言葉に、彼を見上げる松河原が目から涙を流した。
 もう、三次元で苦しみながら生きる必要はない、四次元世界で新しい家族と生きていける。六反田はそう、松河原に言って聞かせた。
 涙を流し続ける松河原の肩を抱きながら、六反田は優しく言った。

「今まで、よく頑張ったな。もう課長の怒鳴り声を聞かなくても、徹夜してまで仕事しなくてもいいんだぞ」
「あ……う……」

 その言葉に、松河原が声を震わせる。六反田の反対側から、フリーデリーケも松河原に抱きつきながら言う。

「まーくん……よかったね、もう怒られないで済むんだよ」
「フリー……オレは……」

 涙を流したまま、松河原がフリーデリーケに目を向けた。その瞳には喜びと、安堵と、慈愛がある。きっと、恋人とか、夫婦とか、そういう形で接してきたんだろう。
 抱き合って泣きあう二人を苦笑しながら見ていた六反田が、おもむろに立ち上がった。そして小会議室に面した窓の一つを、がらりと開けて言う。

「フリーデリーケ。そこの窓の外に四次元世界への『扉』を開く。マテーウス連れて、そこから帰れ」

 そう話した六反田が、くいと親指を窓の外に向けた。なるほど、窓の外にはきらきらと光り輝く道のようなものがある。その道が、四次元世界に繋がる「扉」なのだろう。
 姿勢を正した四十物さんが、松河原とフリーデリーケに頭を下げた。

「会社は自主退職扱いとさせていただきます。社員証と保険証だけはここに残していってください」
「スマホだけ持って行っとけば、まぁいいだろ。どうせあっちでの生活の一切は、俺ん家が面倒見てくれる」

 四十物さんの隣に立った六反田がからりと笑えば、立ち上がった松河原がこくりとうなずいた。まだ涙は止まらないし、声は震えている。しかしその声には、先程まで見せていた不安や怖れはなかった。

「ありが、とう……」
「ありがとうございます、フレーデガル様……メルキザデク様も……」

 フリーデリーケも深く頭を下げながら、六反田と四十物さんにお礼を言った。どうやら四十物さんのメルキザデクも、彼女からは見えているらしい。
 松河原が社員証を首から外し、持ってきていた財布と一緒に会議室のテーブルの上においた。そのまま、フリーデリーケに付き添われながら立ち上がり、窓の方へ向かう。
 声をかけるとしたら今が最後のチャンスだ。俺は二人の背中に声をかける。

「あ、あの……」
「ん」

 立ち止まった松河原が振り返った。銀色の瞳が俺に向けられる。そのまま、彼はぺこりと俺に頭を下げた。

「……ありがとう、下唐湊」

 名前を呼ばれて、目を見開く俺。そこにフリーデリーケも、彼と一緒になって頭を下げてくる。

「そうでした、キネスリス様、ありがとうございます。おかげでまーくんを殺さないで済みました」
「い、いえ。健康には、十分気を付けて」

 フリーデリーケの言葉にこちらも頭を下げる。確かに俺のおかげ、と言えば俺のおかげだろう。実際にいろいろ動いてくれたのは四十物さんだと思うけれど。
 俺たち三人に見送られながら、松河原とフリーデリーケが窓の外に飛び出す。そのまま二人の体は光り輝く道に飛び込み、光に溶け込むようにして消えていった。
 それを確認した六反田が窓を閉じる。後には、松河原裕大の社員証と財布だけが残されていた。社員証と財布の中の保険証を四十物さんが回収する中、俺は六反田に声をかける。

「……ロクちゃん」
「なんだよ」

 俺の言葉に振り返る六反田。フレーデガル・フュルヒテゴット・フライフォーゲルとして、彼は自分の血縁に新たな人間を迎え入れたわけだが、だとしても。

「さっきのセリフ、なんかすごい悪っぽかった」
「そうかあ?」
「否定はしません。優しい死神のようでしたね」

 松河原に声をかけた時の言葉を思い返しながら俺が突っ込むと、四十物さんも淡々とした声色で同意を返してくる。
 やはり、あの時の彼はちょっと悪役っぽい物言いをしていたと思う。
 ともあれ、これで一旦は「仕事」を済ませた。次はどうやって、小飯塚課長に松河原の退職を説明しようか、という段階だ。
 頭を悩ませながら、俺たちは時間軸をゼロに戻す。そして静かに、小会議室を後にした。
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