真夜中に愛猫とキスを

八百十三

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第2章 低次元存在との交錯

第16話 二次元の悪霊

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 さて、時間軸が動かされてぴたりと止まった小飯塚課長を前にして、六反田がパンと拳を打ち鳴らした。

「さて、やるぞ。今回のは大物だから気合入れろよ」
「問題ありません、いつでも行けます」
「えっあのっ、俺は何をどうすれば!?」

 さっさと準備を進めている四十物さんと違って、何をすればいいのか分からなくてまごつく俺だ。こんなに大掛かりな『仕事』、今回が初めてだ。何をどうすればいいのか検討もつかない。
 せわしなくキョロキョロとする俺に、六反田が顎をしゃくりながら言った。

「トソちゃんはまだ看破以外の作業に不慣れだし、基本的には俺と四十物ちゃんに任せる形でいい。だけど、先に一つやっといて欲しいことがある」

 そう言うと、六反田の目がきりりと細くなった。真剣な表情をしながら俺に言ってくる。

「キネスリスと『融合』しろ。今、ここで、すぐに」
「えっ、ちょっ」

 きっぱりと、強い調子で言われてますます戸惑う俺だ。
 わらびとの融合は昨日の夜に試している。やり方が分からないわけではない。
 しかし、こんな人目のある場所で融合するのは初めてだし、それより何よりあの脚の、顔の、変化する感覚はどうしても慣れない。
 出来ることならやりたくないが、二人は有無を言わさずといった様子だ。四十物さんも淡々とした調子ながら、珍しく断定的に言ってくる。

「唐突に何を、と思うかもしれませんが、下唐湊さん。必須です。すぐにおこなってください。でないとあなたが確実に死にます」
「俺はそもそも四次元生物だからいいが、基本人間の四十物ちゃんとトソちゃんは三次契約してたとしても、融合しとかないと確実につらい。うだうだしてたら処置の時間が減るんだ、急げ」

 小飯塚課長の椅子を引っ張って動かしながら、六反田が急かすように言ってきた。
 こうまで言われたら俺も抵抗する気はない。右肩に乗っかっているわらびへと視線を向けながら声を発した。

「ああもう、分かったよ! わらび、頼む!」
「はい、ご主人様。融合シーケンス、開始いたします」

 わらびが言うや、俺の顔へと前脚を触れる。その瞬間に俺の頭へとわらびからエネルギーが送られてきた。
 俺の身体とわらびの身体の境界線が曖昧になり、混ざり合う。俺の鼻先が小さく前にせり出し、腰から生えた尻尾は太くふさふさになり、両脚の骨格が音も立てずに変わっていく。そして数秒経った頃には、俺はすっかり白猫獣人の姿になっていた。
 着ていたままになっていたスーツの裾を整えてから、俺は二人に目を向ける

「ふぅ……こ、これで大丈夫か?」

 俺が問いかけると、六反田が小さくうなずいた。その間にも既に彼は、小飯塚課長の大口が開いたままの肩に手をかけている。

「ん、問題ない。さっさと済ませるぞ」
「そうしたい……うぅ、この脚の形、なんかぞわぞわして気持ち悪いから嫌なんだよなぁ」

 六反田の言葉に返事を返しながら、俺は小さく足を持ち上げた。正直スーツの布地が微妙に引っ張られて、脚にくっついている感じがして落ち着かない。
 そうでなくてもつま先立ちという姿勢、獣人の脚だから仕方ないとは言えバランスが取りづらいのだ。気を抜くと後方に倒れてしまいそうになる。
 そんな様子の俺を見て、小さくため息を付いた六反田だ。

「骨格が人間と違うんだから仕方ねーよ……さて」

 そう言うと、彼は自分が手を置いたままの小飯塚課長の方へと向き直った。小飯塚課長の異形の頭、その奥を見透かすようにして声を発する。

「おい、ウームベアトゥ」

 そして彼は、課長の名前ではない別の名前を呼んだ。その聞き慣れない名前が、小飯塚課長に取り憑いているという、悪霊とやらの名前なのだろう。
 課長は答えない。課長の中にいる何かも、答える様子はなかった。口は開いたままであれど、沈黙を守っている。

「……」
「聞こえてんだろ。だんまりを決め込むなら、無理やり引っぺがして二次元にブチ込むぞ。俺たちは小飯塚亘が知ったこっちゃないんだ」

 すると六反田が、語調を僅かに荒くした。少し乱暴な物言いをして、悪霊を脅し始める彼に、俺は戸惑いながら声をかける。

「お、おい、強硬すぎやしないか」
「交渉においては強硬手段も一つの方法です。こと、ひずみを引き起こすような重大な歪曲深度の発生者は、簡単には出てきません」

 と、俺の隣で様子を見守っていた四十物さんが静かに言った。
 確かに彼女の言うように、強硬的に相手に詰め寄るのも一つの手段だ。そうして相手が驚き恐れて、口を開いてくれるなら問題ない。
 しかし相手は三次元の理論が通用しない相手なのだ。こちらは四次元世界、あちらは二次元世界と階層は異なるが、違う理の中で動いていることには違いない。
 するとそこで、四十物さんが触手を一本縦に立てながら俺を見た。

「そこで下唐湊さんの出番なのですよ」
「えっ、えぇっ」

 突然に俺の名前を出されて、ますますまごついた俺だ。なんでそこで俺の出番がやってくるのか、とても分からない。
 と、そこで六反田がこちらを振り返った。片目をつむりながら、普段の飄々とした声で言ってくる。

「二人がかりで交渉して、片方は荒っぽく、もう片方は優しくってのは対人交渉の基本戦略だ……交渉する相手の目の前で話すってのもアレだけどな」

 そう言って六反田はぺろりと舌を出した。
 確かに、こんな話をこれから交渉しようとする相手の前で話すものではない。自分の手の内を自分から明かしにいくようなものだ。
 その発言を聞いて、自分が軽んじられていると思ったのだろう。悪霊が底冷えのする声を上げた。

「……侮ってくれるな、フライフォーゲルのドラ息子が」

 小飯塚課長の声とは似ても似つかない、低く威厳のある声だ。しかしどこかぶれているような、エコーが掛かったような声がやたらと耳につく。
 ようやくお出ましということらしい。六反田が腰に手を当てながら、小飯塚課長を見下ろして言う。

「よう、ウームベアトゥ・ド・ウルデリコ。『暗迷公あんめいこう』が直々に三次元にお出ましとは、なかなか楽しいことをやってくれるじゃねえか」

 随分とフランクな、乱暴な物言いをしながら話しかける六反田。すると身じろぎ一つしない小飯塚課長の身体から、赤いモヤのようなものが立ち上がった。
 大きな口と、その口の中に並ぶ歯を持った人型の怪物だ。それが小飯塚課長の身体からはみ出るようにして、こちらにその口だけしか無い頭を向けている。
 しかし、これまた名前が長いと言うか、聞き慣れないと言うか。六反田の本名ほどではないけれど。

「ウー、ム……?」
「ウームベアトゥ・ド・ウルデリコ。二次元世界、暗黒領域の支配者の一人である、『暗迷公』とあだ名される強大な死霊です」

 俺が呟くと、四十物さんがそっと解説してくれた。どうやらそうやって話をされるくらいには、この怪物は有名らしい。
 ウームベアトゥは俺たちを見回しながら、カチカチとその大きな歯を鳴らした。

「四次元のケダモノどもが雁首がんくび揃えて……大方、この男の身体からわしを切除しに来たのだろうが、そうはさせん」
「だろうな」

 ウームベアトゥがこちらを脅すように話すと、畳み掛けるように六反田が言葉を返した。腰に手を当てたまま、こきりと首を鳴らして言う。

「お前が俺に言われて、ハイそうですかととっとと帰っていくなんざ思っちゃいねえよ。さぞ居心地がよかったことだろうさ、そんなにブクブクと負の感情で肥え太りやがって」

 乱暴な言葉を投げかけるも、ウームベアトゥは答えない。再びその口に並んだ歯をカチカチと鳴らすだけだ。
 こんな相手に、どう交渉すればいいというのか。というか俺がどう交渉に加わればいいのか。さっぱり分からない。
 と、六反田の視線がこちらに投げられた。

「ほら、トソちゃんもなんか言えよ。そこで突っ立ってないで」
「え、えーと……」

 突然声をかけられて、何か言わなくては、と思う俺だが、話が頭の中でぐるぐる回ってまとまらない。すると俺の隣に立つ四十物さんが、一歩踏み出しながら口を開いた。

「ウームベアトゥ。我々は先に述べました通り、小飯塚亘の命は最悪どうなろうと構わない、と考えております。ただ、貴方が小飯塚亘の身体に巣食っていることによる悪影響を除く、その為にこうしてここにいる次第です」

 いつものように淡々と、しかしきっぱりと話す四十物さん。その言葉にはやはり芯が通っている。
 そして話している内容も明確だから、俺の考えもまとまってきた。乗っかるようにして口を開く。

「そ、そうです。もちろん、出来ることなら課長の命が助かった方がいいですけれど……課長が死んでも貴方が二次元に還ることで、もっとたくさんの命が救われるなら、俺はそうしたい」

 そう言って、内心しまった、と思った。さすがに課長が死んでも、は言いすぎだったかも知れない。
 しかし先程から、六反田も四十物さんも「課長はどうなろうと構わない」と言っているのだ。それなら俺もそういう姿勢を見せたほうがいいはずだ。
 すると、ウームベアトゥの歯が大きくガチリ、と鳴った。奥歯が砕けた音だろうか、バキッと言う音も口の中から聞こえてくる。

「ふん、三次元の民草の命がどうなろうと、わしの知ったことではないわ。そもそもが毎日のように生まれ出でて、毎日のように死んでいく有象無象。それが多少増えて何になる」

 ウームベアトゥの突き放したような言葉に、六反田が深くため息をついた。
 そしてその言葉が、俺の中にどうにも引っかかる。

「相変わらず言ってくれやがる」
「……」

 確かに二次元世界に生きるウームベアトゥにとって、三次元の人間の命など、どうでもいいことだろう。この会社には毎年何人もの人が入社してきて、同じ位だけの人間が心を病んだり、命を落としたりして去っていく。
 しかしそのいずれもは、同じような取るに足らない人間だっただろうか?
 ぐ、と俺の拳が固く握られた。喉の奥から絞り出すように話す。

「それは……違うと思います」
「むっ」

 俺はここで、初めてはっきりと自分の意見を述べた。その言葉にウームベアトゥの動きと、歯を鳴らす音が止まる。
 四十物さんも六反田も俺の方を見た。そして二人して小さく拳を握り、俺に向けて声を上げる。

「下唐湊さん、その調子です」
「言ってやれ、トソちゃん!」

 二人の言葉に後押しされて、俺は一歩前に出た。
 今のウームベアトゥの言葉をそのままにはしておけない。俺の戦いも、今ここに始まろうとしていた。
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